婚約破棄したい令嬢(ただし天然)と婚約破棄したくない(?)王子

ノンルン

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婚約破棄したい令嬢(ただし天然)と婚約破棄したくない(?)王子 

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「殿下!美しい花を見つけたのです。殿下に差し上げますね!」

 今日も殿下の婚約者の令嬢は我が主君、殿下の姿を認識されたようだ。可愛らしいお声 (しかし大音量)で叫ばれるとこちらにタタっと小走り(しかし早い)で近づいてこられる。そして確かに珍しく美しい花(しかし野花)を抱えておられる。
 その花束を、令嬢を見つけて随分と雰囲気の柔らかくなった殿下(しかし仏頂面)にお渡しになられた。

(いや令嬢、野草などでよろしいのですかぁああああ!?)

 しかし、受け取った殿下は満更でもない様子でふっと微笑まれた(しかし不機嫌な顔に見える)。

(何故ですか!?怒るところではないのですか!?)

 残念ながら令嬢は気づいていないご様子である。
 私の脳内会話……コホン、こちらを見つめられたではないか。
 小動物のように愛らしいお顔にキョトンとした表情を浮かべられた。頬にすべすべできれい(しかし健康的)な手を当てられ、コテンと顔を傾けられる。
 その様子に私の横にいる殿下が不意打ちを食らったように無表情になられ、仏頂面に戻った。

「うむ。其方は……野花よりもうつ……醜いな」

 僅かに微笑まれた(しかし仏頂面)殿下はボソボソと思ってもいないことを言われる。

(いや殿下。今、美しいとおっしゃられましたよね!?よろしいのですか?醜いなど……)

 素直に口にすればいいものの、うちの殿下ときたら全くどんなヘタレでバカ……オッホン、不器用なのでしょうか。


「そうですね!野草のようだとよく言われます!」

 しかし令嬢はひどいことを言われたと思っていないご様子である。ニコリと天使のような笑みを浮かべられた。

(いや、野花より醜いと言われたのだから怒るべきでしょう、ご令嬢!)

 我がバ……殿下の戯言……お言葉に胃がキリキリと痛むが、ご令嬢ももう少し自分が悪口を言われたと気づくべきなのではないでしょうか。
 私がおかしい?いや、そんなはずはないでしょう。

「……そうか」

 殿下も微笑まれる(しかしまだ無表情)。
 このバカやろ……殿下、それでは野草のようだと同意しているように聞こえてしまうだろう!ゴッホン、しまわれます。
 それとも私の認識がおかしいのでしょうか。
 私にとってご令嬢は天使のように愛らしく、妖精のように自由で素晴らしい方に見えるのですが。

 うちのバカ主君…いえ、殿下は目がおかしくなってしまったのでしょうか。


「殿下、恥ずかしながら……昼食を作ってきたのですが、お召し上がりますか?」

 血相のよい頬を赤らめて令嬢はうちのバカにバスケットを差し出されました。
 その健気な仕草に心が動いたのは決して私だけではないはずです。ええ、そうですよね!
 うちのバカもこれで見事に固まってしまっています。

「あ、ああ。食べてやらないこともないぞ」

(喜んで食べさせていただくの間違いでは?)

 うちのバカは令嬢がお手を煩わせて作られた昼食を食べてやらないこともないなど、何たる失礼な発言を。
 令嬢の手料理など私なら涙を流して喜んでいただくのに。
 このバカ王子、ヘッポコ王子め。……我がバカ主君から押し付けられた仕事に忙殺された臣下の戯言として聞き流してください。

 ああ、このバカ主君。末代まで呪ってやる。


 はっ

 ご令嬢はこちらに気づくとニコリと天使のような笑みを浮かべられた。
 そしてこの私に、一緒に食べますかなどと言ってくださった。

「そいつに食べさせるほどではない」

 令嬢に無表情に言い放ったこのバカは私の方を振り返ると今にも人を一人射てそうな冷たい目を向けてくる。

(はい。引っ込んでろということですね)

 私には大人しく引き下がるしかないようです。

(えっ?は?)

 このバカで不器用な安本丹に仕えて人生の半分以上が何故か、不本意に過ぎてしまっている。安本丹の心を読むのは朝飯前なはずだ。
 なぜだ。大人しく下がったのになおも睨んでくる。

(まさか……消えろ……?)

 あんぽんたんがまだ常識人であると信じた私が馬鹿だったようだ。

 誰か。いや、ご令嬢。私が殿下に殺されたときは、理不尽で迷惑極まりない我が主君、バカ殿下に忠誠を捧げ死亡。そう墓碑に刻んでもらえないでしょうか。


 さて。見るからにあいつは不機嫌に(しかし機嫌がいい)、令嬢はいつもと変わらぬ天使の笑顔で二人、仲睦まじく城の中庭へと移動された。

 これでも私は理不尽で迷惑極まりない殿下の忠実な臣下である。消えろと言われて大人しく消えているようではあいつの側近は務まらない。
 私達側近もあいつのことを後ろから追いかける。

 中庭につくと従卒が敷物を用意していた。
 そこに二人は座り、ご令嬢が作られたサンドウィッチを食べる。

 殿下の顔も柔らかくなり、ご令嬢は安定の笑顔だ。
 いつもの日常と言えるだろう。
 だからこのとき、私は想像しなかった。まさか、ご令嬢があんなことを言われるなど。


 お二人はしばらくゆったりした時間をお過ごしになられた。
 勿論、忙しい殿下の仕事は私達側近に押し付けられている。死後を押し付けてやっともぎ取ったあいつの少ない休息時間であるから、無粋なことなどしないし、文句を挟むつもりもない。

 だた、仲睦まじくおしゃべりさせれいるお二人の様子……というよりも令嬢の愛らしい笑顔があいつに向けられていることが私の旨を掴み、絞るような悲しさに襲われ、この二人だけの世界を見続けなければいけないということに頭痛と胃痛とバカ主君への悪口が浮かんできた、それだけである。


 しばらくして、令嬢はポケットからある一つの宝石を出された。
 私が見繕った殿下からご令嬢への贈り物の指輪であった。
 なぜ私などが令嬢の贈り物を選ばせていただく機会があったのかといえば、これはただのカモフラージュに過ぎない。
 ヘタレな殿下が何時間もかけて選んだのだが、自分が選んだというのがよほどかっこ悪くて恥ずかしいと思っているのか、名目上は私に選ばせたということにしているだけである。

 さて。話は戻し、ご令嬢はポケットから大事そうに丈夫な箱に入った指輪を取り出し、大事そうに手で握られると一度目をつぶって胸の前に持ってきてから殿下へその手を突き出した。
 そして、何が起きたかわからずに無表情で困惑しているバカに向かって安定の笑顔でこういったのだ。


「殿下。わたくしを婚約者に選んでいただきありがとうございます。わたくしには身に余る光栄ですわ。ですから、婚約破棄していただけませんか」


 いつもと変わらぬ木漏れ日のように私達を暖かく照らす笑顔で言い切ったご令嬢に、理解が追いつかずにポカンと固まってしまったのは私や殿下だけではなかったはずである。
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