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婚約破棄したくない(?)王子と婚約破棄したい訳あり令嬢
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「婚約破棄していただけませんか」
わたくしがいつもと変わらぬ笑みを貼り付けて宣言したその言葉に、それまで穏やかに流れていたはずの空気が凍った。
皆が動きを止め、沈黙する。殿下や殿下の側近も例外ではない。理解できない、と言うように固まった彼らに向かって更に笑みを深めた。
そして、彼らの行動が理解できない、と言うように頬に手を当て、コテッと首をかしげて見せる。
わたくしの行動にそれまで固まっていた殿下が不機嫌な表情になった。わたくしを射るように見ているその目は氷のように冷たい。
だからわたくしは、殿下の忠実な側近が理解してあげてと目で送ってくるサインを見なかったふりをして不安そうにしている表情を作ってみる。
こちらを見つめていた殿下がはっとしたように目をそらした。
「だめでしょうか?」
肯定も否定もしない殿下に、わたくしのこころに冷たい風が吹き、チクリと痛む。それに気づかないと言い聞かせ、殿下の手の隙間に貰った指輪を滑り込ませる。
わたくしが触ったことでビクッと震えた殿下の手は、次第にその指輪をギュッと握り白くなっていく。
動かない殿下からわたくしがそっと離れると、やっとのことで低い声が頭上から降ってきた。
「何故だ」
その声にわたくしはいつもどおりの笑みを浮かべ、しっかりと殿下の顔を見る。
ぎゅっと鷲掴みにされるような感覚を胸に覚えながら、震える唇を叱咤し口を開く。
「殿下はわたくしのことが好きではないでしょう?きっともっと良い婚約者が現れるはずですよ?ええ、きっとそうなはずです。いずれにせよ、わたくしなどが務まる役ではありませんから」
やっとの思いでいったその声は震えていなかっただろうか。貼り付けた笑みは、ぎこちなさが残っていただろうか。
いずれにせよ、殿下は絶対にわたくしのことを嫌いになる。この、わたくしのお面が剥がれたときに。
なぜかって。
好きだからに決まっているじゃない。
◇ ◇ ◇
「お嬢様、あのようなことをおっしゃられてよろしかったのですか」
花嫁修業のために城にきているため、いくら婚約破棄をしてほしいと告げたところでわたくしがその日寝るのは城の一室である。
ふかふかのベッド、おしゃれなインテリア。国宝に準ずるものと思われる調度品はわたくしの身に余る者だ。
とてもじゃないけれど、落ち着いた気分ではいられない。
私の心の中で、一つの良心が痛んで苦しい。ズキズキと悲鳴を上げている。でも、その痛みは本来わたくしなどが感じて良いものではない。今も、わたくしよりも苦しい思いをしている人がいるはずだから。
そんなわたくしの気持ちを読み取ったかのように、わたくしの侍女はそっとカモミールティーを置いた。
ホッと心があたたまる。そこで私はやっと自分が寒いのだと気がついた。
「じゃあ、逆にどのように言えばよいのかしら。だって、そうでしょう?」
わたくしが愚痴っぽくそう漏らすと、彼女は悔しそうに唇を噛んでから眉を下げ、ため息をついた。
「お嬢様。未来を求めることは罪なのでしょうか」
彼女のいっている意味はわかる。だからわたくしはいつもどおり、なんの変哲もない笑顔を貼り付けた。
涙が出てしまうような、心がぽっかり空いてしまうような孤独や寂しさにそしらぬふりをして。
ギュッと胸を鷲掴みにされる感情の名前を知らないふりをして。
目から留めなく溢れてくる生暖かいものには気づかないふりをした。
◇ ◇ ◇
あの日を境に、殿下は変わった。
それも、ものすごく。誰が見ても納得するように。
「ああ、やはり私は其方のことが好きだ」
「そうなのですか?」
「勿論、ずっと前から好きだった!」
「なんの冗談ですか?殿下のユーモアは巧みですね!」
つまり何がって。顔お見合わせるなりこの調子なのだ。以前の恥ずかしがっていたカッコつけは跡形もなく消え去り、人前で堂々と言葉で表すようになった。
おかげで殿下の仕事がよく進むようになったと周りの人には概ね好評である。
恥ずかしい思いをしているのがわたくしだけなど、とても笑えるものではない。だから、今日もわたくしは殿下が何を思ってそれをいっているのかは分からないふりをする。
「今日も其方の笑顔はその花よりも美しい。其方の笑顔は宝石よりも輝いて見える。其方が一番美しく、たくましく、輝いている。それは容姿だけでなく、其方の真の強い性格や花や木などをいたわり自然とともに共存して今日まで生きてきた其方の精神のことだ!其方はどんな状況にあっても天使のように笑い、我が神のように私達のことを暖かく照らしてくれる。無論人間だけでなく――」
「殿下!わたくしでも恥ずかしいということは持ち合わせておりますわ!」
「――いや、やはり其方の魅力は私が持っている言葉だけで語れるようなものではなく、しかし私は私の語彙の限界まで其方のことを語れる自信がある。無論、私が其方を好きなのは其方に分かってもらえるまで一生――」
「殿下!」
わたくしたちがいつもどおり、お茶会の時間で顔を見合わせると殿下はこの調子である。
確かに、前よりも細かなことに気づくようになった。
今も彼はわたくしが口をつけていない紅茶の換えを命じている。
そして、とても真面目にわたくしの言葉を受け入れてくださっている。そして、わたくしがとぼけて拒否の言葉を口にするたびに、傷つかれた表情を浮かべる。
殿下は優しい方だ。そう、わたくしにはもったいないくらい。
ちょっと自分の感情に素直じゃなかっただけで。
いつも忙しそうにされているのは国民のため。彼が一番に与える印象は怖い人、かもしれない。元々、顔の整った方ではあるが、それだけににらまれた時の怖さは忘れられないだろう。それでも、国民からの人望があるのは彼が真面目で、とても優しい人だからだ。
そう、わたくしを婚約者にしてくれて、婚約破棄をされないのだって。
きっと、彼が優しすぎるため。
彼に優しくされるたびにわたくしの心は離れたくないと悲鳴を上げる。そんな自分が反吐が出そうなほど嫌いだ。
わたくしは、きっと。
幸せになってはいけないから。
好きになったら離れられないじゃない。
「――おい!大丈夫か?」
「殿、下?」
強めの声で怒鳴られ、自分が思考に耽ていたのだと気づいた。
殿下は口調こそ強く、眉を寄せて怒っているものの、とても心配をかけていたのだと分かった。
「――其方への手紙だ。其方の、父上から」
殿下が手紙をわたくしに渡してくる。
さっと顔から血の気が引き、頭がガンガン割れるように痛い。
殿下がこちらに伸ばした手の中にある手紙を受け取るわたくしの手は、きっと誰が見てもわかるほど小刻みにふるえているはずだ。
まるで、自分の体じゃないみたいだ。
「大丈夫か?」
心配そうな表情をして怒鳴った殿下に、いつもどおりの笑顔を向ける。
「ええ、ありがとうございます。殿下――」
好きですよ。大好きです。
そんなわたくしの気持ちが殿下に届くことはないだろう。
まさに今。わたくしが殿下から離れなければいけないというサインがくだされたのだから。
「其方は美しく、誰よりも素敵だ」
殿下はわたくしに向かって断言口調で言い放った。いつもより確信たる口調で。誰よりも偉そうに、誰よりも優しく。
殿下は、わたくしなどにはもったいない方だ。
――見捨てたわたくしと違って。
「ありがとうございます!」
いつもお通りの笑顔で、なにも知らない無垢で純粋な子供のような無邪気な笑顔で笑えているだろうか。
そうだといい。
だって、殿下の告白を聞けるのは最後かもしれないから。
わたくしがいつもと変わらぬ笑みを貼り付けて宣言したその言葉に、それまで穏やかに流れていたはずの空気が凍った。
皆が動きを止め、沈黙する。殿下や殿下の側近も例外ではない。理解できない、と言うように固まった彼らに向かって更に笑みを深めた。
そして、彼らの行動が理解できない、と言うように頬に手を当て、コテッと首をかしげて見せる。
わたくしの行動にそれまで固まっていた殿下が不機嫌な表情になった。わたくしを射るように見ているその目は氷のように冷たい。
だからわたくしは、殿下の忠実な側近が理解してあげてと目で送ってくるサインを見なかったふりをして不安そうにしている表情を作ってみる。
こちらを見つめていた殿下がはっとしたように目をそらした。
「だめでしょうか?」
肯定も否定もしない殿下に、わたくしのこころに冷たい風が吹き、チクリと痛む。それに気づかないと言い聞かせ、殿下の手の隙間に貰った指輪を滑り込ませる。
わたくしが触ったことでビクッと震えた殿下の手は、次第にその指輪をギュッと握り白くなっていく。
動かない殿下からわたくしがそっと離れると、やっとのことで低い声が頭上から降ってきた。
「何故だ」
その声にわたくしはいつもどおりの笑みを浮かべ、しっかりと殿下の顔を見る。
ぎゅっと鷲掴みにされるような感覚を胸に覚えながら、震える唇を叱咤し口を開く。
「殿下はわたくしのことが好きではないでしょう?きっともっと良い婚約者が現れるはずですよ?ええ、きっとそうなはずです。いずれにせよ、わたくしなどが務まる役ではありませんから」
やっとの思いでいったその声は震えていなかっただろうか。貼り付けた笑みは、ぎこちなさが残っていただろうか。
いずれにせよ、殿下は絶対にわたくしのことを嫌いになる。この、わたくしのお面が剥がれたときに。
なぜかって。
好きだからに決まっているじゃない。
◇ ◇ ◇
「お嬢様、あのようなことをおっしゃられてよろしかったのですか」
花嫁修業のために城にきているため、いくら婚約破棄をしてほしいと告げたところでわたくしがその日寝るのは城の一室である。
ふかふかのベッド、おしゃれなインテリア。国宝に準ずるものと思われる調度品はわたくしの身に余る者だ。
とてもじゃないけれど、落ち着いた気分ではいられない。
私の心の中で、一つの良心が痛んで苦しい。ズキズキと悲鳴を上げている。でも、その痛みは本来わたくしなどが感じて良いものではない。今も、わたくしよりも苦しい思いをしている人がいるはずだから。
そんなわたくしの気持ちを読み取ったかのように、わたくしの侍女はそっとカモミールティーを置いた。
ホッと心があたたまる。そこで私はやっと自分が寒いのだと気がついた。
「じゃあ、逆にどのように言えばよいのかしら。だって、そうでしょう?」
わたくしが愚痴っぽくそう漏らすと、彼女は悔しそうに唇を噛んでから眉を下げ、ため息をついた。
「お嬢様。未来を求めることは罪なのでしょうか」
彼女のいっている意味はわかる。だからわたくしはいつもどおり、なんの変哲もない笑顔を貼り付けた。
涙が出てしまうような、心がぽっかり空いてしまうような孤独や寂しさにそしらぬふりをして。
ギュッと胸を鷲掴みにされる感情の名前を知らないふりをして。
目から留めなく溢れてくる生暖かいものには気づかないふりをした。
◇ ◇ ◇
あの日を境に、殿下は変わった。
それも、ものすごく。誰が見ても納得するように。
「ああ、やはり私は其方のことが好きだ」
「そうなのですか?」
「勿論、ずっと前から好きだった!」
「なんの冗談ですか?殿下のユーモアは巧みですね!」
つまり何がって。顔お見合わせるなりこの調子なのだ。以前の恥ずかしがっていたカッコつけは跡形もなく消え去り、人前で堂々と言葉で表すようになった。
おかげで殿下の仕事がよく進むようになったと周りの人には概ね好評である。
恥ずかしい思いをしているのがわたくしだけなど、とても笑えるものではない。だから、今日もわたくしは殿下が何を思ってそれをいっているのかは分からないふりをする。
「今日も其方の笑顔はその花よりも美しい。其方の笑顔は宝石よりも輝いて見える。其方が一番美しく、たくましく、輝いている。それは容姿だけでなく、其方の真の強い性格や花や木などをいたわり自然とともに共存して今日まで生きてきた其方の精神のことだ!其方はどんな状況にあっても天使のように笑い、我が神のように私達のことを暖かく照らしてくれる。無論人間だけでなく――」
「殿下!わたくしでも恥ずかしいということは持ち合わせておりますわ!」
「――いや、やはり其方の魅力は私が持っている言葉だけで語れるようなものではなく、しかし私は私の語彙の限界まで其方のことを語れる自信がある。無論、私が其方を好きなのは其方に分かってもらえるまで一生――」
「殿下!」
わたくしたちがいつもどおり、お茶会の時間で顔を見合わせると殿下はこの調子である。
確かに、前よりも細かなことに気づくようになった。
今も彼はわたくしが口をつけていない紅茶の換えを命じている。
そして、とても真面目にわたくしの言葉を受け入れてくださっている。そして、わたくしがとぼけて拒否の言葉を口にするたびに、傷つかれた表情を浮かべる。
殿下は優しい方だ。そう、わたくしにはもったいないくらい。
ちょっと自分の感情に素直じゃなかっただけで。
いつも忙しそうにされているのは国民のため。彼が一番に与える印象は怖い人、かもしれない。元々、顔の整った方ではあるが、それだけににらまれた時の怖さは忘れられないだろう。それでも、国民からの人望があるのは彼が真面目で、とても優しい人だからだ。
そう、わたくしを婚約者にしてくれて、婚約破棄をされないのだって。
きっと、彼が優しすぎるため。
彼に優しくされるたびにわたくしの心は離れたくないと悲鳴を上げる。そんな自分が反吐が出そうなほど嫌いだ。
わたくしは、きっと。
幸せになってはいけないから。
好きになったら離れられないじゃない。
「――おい!大丈夫か?」
「殿、下?」
強めの声で怒鳴られ、自分が思考に耽ていたのだと気づいた。
殿下は口調こそ強く、眉を寄せて怒っているものの、とても心配をかけていたのだと分かった。
「――其方への手紙だ。其方の、父上から」
殿下が手紙をわたくしに渡してくる。
さっと顔から血の気が引き、頭がガンガン割れるように痛い。
殿下がこちらに伸ばした手の中にある手紙を受け取るわたくしの手は、きっと誰が見てもわかるほど小刻みにふるえているはずだ。
まるで、自分の体じゃないみたいだ。
「大丈夫か?」
心配そうな表情をして怒鳴った殿下に、いつもどおりの笑顔を向ける。
「ええ、ありがとうございます。殿下――」
好きですよ。大好きです。
そんなわたくしの気持ちが殿下に届くことはないだろう。
まさに今。わたくしが殿下から離れなければいけないというサインがくだされたのだから。
「其方は美しく、誰よりも素敵だ」
殿下はわたくしに向かって断言口調で言い放った。いつもより確信たる口調で。誰よりも偉そうに、誰よりも優しく。
殿下は、わたくしなどにはもったいない方だ。
――見捨てたわたくしと違って。
「ありがとうございます!」
いつもお通りの笑顔で、なにも知らない無垢で純粋な子供のような無邪気な笑顔で笑えているだろうか。
そうだといい。
だって、殿下の告白を聞けるのは最後かもしれないから。
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