機械人形"妖精姫"、"氷の王子"に溺愛される

ノンルン

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第8話 一緒に大学へⅠ

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「殿下がお越しですよ」

 メリッサが振り返ると嬉しそうに笑って部屋の支度をしているララがいた。その表情がかつての侍女の笑顔と重なってメリッサは懐かしさと罪悪感で胸が詰まった。
 メリッサのもうひとりの親で、メリッサのぬくもりだった人。そして、メリッサが後悔している事。
 今頃そんな感情がいま出てくることに自嘲する。

(今もわたしの大切な人)

 そして、彼女にお嬢様と呼んでもらえる人でありたかった。
 お嬢様なのに、救えなかった。

(ごめんなさい……)

 その後、ちょっとした縁でララを拾ってメリッサの侍女に付けた。
 ララは取り上げられないように、とメリッサがからだを張ってまで守り抜いたメリッサの大切な人である。

 メリッサは少し息を吐くと顔をあげる。

「ララ、変なところはない?」
 
 メリッサは見慣れたその姿の批評を彼女にきく。
 別に、なにか言ってほしいわけではない。それは、メリッサのなれた姿であり、今更言うようなこともないのだから。

「いいえ、ありませんよ。お嬢様は綺麗ですから」

 メリッサの姿はひたすら地味で地味である。
 しかし、メリッサの隠しきれない気品と言うものが溢れ出ている。
 言い換えるならば、オーラ、だろうか。

 メリッサはその言葉を聞いてビクッと体が揺れる。
 自分の表情が強張ったのが分かる。

「ララ、ダメよ。メリッサで良いわ」
「……ごめんなさい。メリッサさま」

 悲しそうなその表情にメリッサの心が揺れ、罪悪感で苦しくなる。
 
『お前はメリッサではない!この家の娘では無いんだ。お前はわたしの娘じゃない』
『あれの娘など、クラヴェル公爵家の娘としては認めない』

 繰り返しくるその聞き慣れた台詞。
 もう、メリッサは何を信じていいか分からなかった。

 なのに、これが、これのせいで公爵家の娘として王家に捧げなければいけなかった。
 そんなの、信じたくない。何故、道具にされなければならないのか、と。

 それなのに……

 メリッサはその思考を追い払おうと首を振った。本当に、静かに。

「さ、殿下のところに行くわ。バックは持ったし、行ってくるわね。留守の間よろしくお願いいたします」
「はい。かしこ参りましたわ。メリッサさま」

 笑顔で手をふるララに背中を押されながら玄関に行く。
 ララの笑顔で周りが暖かくなった気がして微笑んだ。

 そんな自分に驚いた。さっきまでぐちゃぐちゃとして、整理整頓など出来ないような状態だったのに、もう落ち着いて微笑んだ事に。もっとも、玄関にいるであろう彼を意識してだったかもしれない。しかし自分でもどちらかは分からなかったが。



「殿下。メリッサです……。このような姿で殿下のお目にかかること、お許し願います」

 メリッサは出来る限りクロヴィスに怒られないように頭を下げ、謝罪の言葉を口にした。
 そうしないと、メリッサは怖くなる。
 自分が、いかにダメな人間なのかと。
 母との約束を守れない人間なのかと恨みたく、辛くなる。

「いや、俺もこんな姿だ。別に気にしていない。さあ、行こう」

 微笑んだクロヴィスの美貌にメリッサは圧倒された。

(今日も美しい……素晴らしい……)

 クロヴィスが怒っていない事に安心してメリッサも微笑む。
 そこでクロヴィスが大学生らしいラフなシャツ姿な事に気づく。
 
(反則、ですよね?だって、こんなに人間が美しいなんて)

 まったく、他の人だったら憎らしいと思うかもしれないけど、そう思わせないところが彼だと思っている。もう、アベルもクロヴィスも人間としての顔は反則だと思う。

 残念ながらメリッサは、自分が同じように人に思われていたことに気づくことは出来ていない。

「殿下。大学にいた時、どの教授の下についていたのですか?」
「……クロヴィスでいい。ウェイン教授だ。何故、そんな事を聞く」
「……同じですね。あの先生、難しいところがありますから」

 ウェイン教授とは、学生たちの中では通称"魔術師ウェインの爺"という短くもなっていない、長くなっている名前で呼ばれている。それなら爺だけにすればいいのにな、とメリッサは思っているが、それは置いておいて。
 教授なんだから魔術師なのは当たり前であるが、それ以上に証拠が無いとあっさり前言撤回し、レポートを認めてくれないのがもはや魔術の域に達していると言われている。要するに嫌われものの……難しい先生なのである。
 しかしながら、ウェイン教授も素質がある子は徹底的に教え込む。大学の中ではウェイン教授につけることは名誉なはずなのだが……必ずしもいいとは言えなく、選ばれなかった学生が安堵の溜息をついていたのをメリッサは知っている。

 メリッサもウェイン教授に目を付けられることになった時、周りから憐れみの目で見つめられた。最初は知らずにキョトンとしていたものの、後になって身を持って実感したものだ。
 ……別に、嫌いでは無かったけど。

「ウェインの爺、だろう。俺も苦労させられた。要するに同類、って訳だろう」
「……ク、クロヴィス、殿下?わたしがあの教授と同類と言いたいのですか?」

 冗談じゃない、とまでは言えないが、メリッサは少なからず頬を膨らませた。
 その顔を見て、クロヴィスが吹き出したのでメリッサは赤面して慌てて顔を下に向けた。その時、クロヴィスの表情を見られなかったのは残念だったが。

「メリッサ、殿下はいらない。いや、訂正するよ。メリッサは教授みたいに腹黒じゃないな」
「…………それはクロヴィスさまが知らないだけかも知れませんよ?」

 メリッサがそういった瞬間、メリッサでも分かるようにクロヴィスは喜んだ。
 メリッサはどうしてかと疑問を抱く。

(どうして氷の王子、なんでしょう。あの時のわたしは何故あんな事を呟いたのかな)

 クロヴィスが氷の王子、だと。彼は氷であると。

「いいや、メリッサはいつでも綺麗だよ。その瞳がそれをものがったているさ」
「そうでしょうか?今日は馬車を用意いたしましたから、乗りましょう。おまたせいたしました」
「いいや。俺は歩いていってもよかった」
「…………殿下にそんな事をさせられるとも思っていらすのですか?」

 そう言ってからメリッサはうつむいて目をそらした。

「ごめんなさい……」

 そうして、今にも消え入りそうな声で謝罪を口にする。
 殿下に向かって生意気なことを言ってしまったとすぐに分かった。彼なら笑って許してくれるかもしれない。あの時だってそうだったから。
 でも、そうは行かない。
 だって……9年という月日が流れて、メリッサも彼もあの時のままではいられなくなっている。

 返事が無いことに不安を覚えるものの、メリッサはひたすらうつむいた。それが、メリッサに求められていることだと教えられた。

 そんなメリッサを見てクロヴィスは眉を寄せると溜息をついた。



「メリッサ。着いた」
「……ありがとうございます」

 メリッサはクロヴィスが出した手をつかむとゆっくり馬車を降りた。
 何故かクロヴィスの微笑みを見たら頬が熱くなって慌てて手を離した。 

 目の前にはかれこれ3年以上見慣れた大学が建っている。
 王国の歴史を刻む古いが綺麗な建造物。それは誰が見ても綺麗と思う建物だ。王国最高峰の魔術の研究所であり、数々のエリートを生んできた学校。
 多くの魔術師の夢が詰まった場所であり、歴史的建造物の魔法大学。しかし、メリッサは知っている。
 ここが、楽園ではなく地獄にふさわしい場所であることを。

「殿下。はじめにどこに行きますか?今日はわたしも講義が休みですし……教授がしばらく遊んでこいと言われたもので……」
「そうか。じゃあ、爺の研究室にいけば良いか?」
「どうでしょう。行きましょうか」

 なれた道。芝生と石畳の道はメリッサが通いなれたはずの道であるはずなのに、彼といると全く違う道に見えて不思議だ。

 今日は色々と課題も終わって存分に研究出来る時期なのでみんな楽しそうだった。
 庭園の至るところに変色した花や光っている花や、枯れている花があるのはもはや説明するほどの事ではない。
 そんなもんである。魔法大学の庭園は。

「ほら、ここの花、虹色でしょう?多分、光魔法で早まらせたはずが、水と掛合わさって命の方になっちゃったのでしょうね。きっと」
「……そうだな。良く知っているな」
「だって、これイレール君が研究していたんですよ。……失敗、かな?」
「……誰だ?イレールとは」

 メリッサはその花を見て嬉しくなった。
 七色はすべての魔法が使えて、すべてに加護を得られると染まる色であるが、稀に失敗で虹色になることがある。
 メリッサは妖精の加護と祝福、七魔法の属性を調べたかったので好都合だ。

 しかし、そんなルンルンなメリッサとは違い、彼の笑顔は次第に氷の笑顔、あと一歩で冷笑に届きそうなくらになっていた。

(どうしたのかしら?わたしが、また変なことを言ってしまったの?)

 じょじょに不安になってきた。
 彼は魔法好きだが、何か尺に触るようなことがあったのだろうか。

「一緒の研究室だったんです。光魔法の変化、命の魔法の研究をしたいって言ってまして」
「それで?」
「……その、一緒に研究したりしたんですけど、どうかしましたか?」

 メリッサは恐る恐るクロヴィスの顔を見た。
 浮かんでいたのは怒りか悔しさか。

(また、変なこと言いましたっけ?)

「……何でもない」

 明らかに不満そうにクロヴィスは言った。
 全く何でも無い表情には見えない。

「大丈夫ですか?えっと、その……あ!イレール君!」
「メリッサちゃん!どうしてここに?」

 メリッサとイレールはお互いにびっくりして目を見開いた。

 イレールは赤毛でくせ毛の男の子で、メリッサの4つ上で、大学2年生、今度三年になる。
 年齢より幼く見える青緑色の目を大きく見開いてメリッサのことを凝視している。

「えっと、用事があって……」
「僕は教授に呼ばれて……えっと、殿下、でいらっしゃいますか……?」

 ビクッとしてイレールは縮こまった。
 メリッサも一緒に小さくなる。
 いつも無愛想で無表情で、めんどくさそうな氷の王子だが、ここまで冷めた表情を見たことがある人はいないんじゃないだろうか。

「……誰だ」

 地面を這うような声とともに、鬼のような形相……と言っても綺麗な顔を怒りに歪めた顔があった。
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