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第9話 一緒に大学へⅡ
しおりを挟む「クロヴィス、さま……?」
メリッサは小さく震えるその口からやっとのことで彼の名前を口にした。
しかし、彼はメリッサの言葉など聞こえなかったかのようにその形相を変えはしない。
「イクールか。メリッサと一緒だったらしいな。感謝する」
「……光栄でございます」
「クロヴィスさま。ね、行きましょう?イクールも一緒に行くのでしょう?」
明らかに不穏な空気感を醸し出している二人の間に挟まれたメリッサは居づらくなって慌てて話を振った。
どうか、二人が喧嘩をしませんようにと願うばかりだ。
「……そうだな。ここは居心地が悪い」
「…………教授に呼ばれていましたし、そうしましょう」
二人は不満そうな顔をしたものの、それ以上何かを言う気配はない。
メリッサはホッとした。
「さ、みんなで行きましょう?」
メリッサの心はワクワクと浮かれて足もスキップをしそうだ。
魔法大学とは、楽園で地獄で、今日は前者だろう。
「そう、イクール君。失敗したの?また教授に怒られないようにしてくださいよ」
「そ、失敗した。光魔法と風魔法と水じゃダメだったね」
「……でも、祝福は出来るのでしょう?」
「だから未だに謎なんだ。加護と祝福と変化魔法の違いと必要性がね」
メリッサたちは歩いている間にさっきの花について話し合った。
魔法大学ではあっちこっちから異様な光が漏れている。が、それが通常運転なのだからどうかしている。メリッサは面白いと思うが。
「祝福は加護を受けた属性の魔法にしか送れないのでしょう?加護は属性の魔法にしか受けられないのですよね。変化魔法は習得すれば出来るのではないでしょうか」
「メリッサちゃんて何かと規格外だから……そうなんだけど」
「……そうだな……」
メリッサは最近考えていたことを口にした。
それは普通なことであって別に何か特別な発見を言った訳では無いのだが、イクールも、クロヴィスまでも苦笑混じりに感嘆の声を漏らした。
はて。変なことを言ったつもりはない。
「えっと、どうかいたしましたか?もう!着いてしまいましたよ。ほら、鴉部屋」
目の前にある扉はある意味古い無垢の重たそうな扉。
この部屋には結界があってそれがまた頑丈である。
メリッサの目には見えるその結界に扉を作って遊んでいたりした。言うと怒られそうな、間違いなく怒られることの一つである。
この部屋の結界は魔石に自分の登録しないと入れないようになっている。が、メリッサは幾度なく思う。
――こんな陰気臭い部屋に入りたいと思う人がいるだろうか、と。
「生きていますか?教授。メリッサでございます。入りますね」
声をかけても絶対に無駄だ。返事は必ずない。メリッサも入りたての頃はびくびくしたものだが、今になってみると返事があるほうが怖い。改めて、人間の適応力というものはすごいと思う。
「……誰だ。……小さい姫(やつ)か。おお、後ろに連れている赤いの、何をしにわしのところに来たんだ。……これは、小僧じゃないか」
教授ことウェイン先生。この国の高等魔術師であり、評議会に席を置くような偉い人であるが……。はっきり言って一目見てそう思える人は少ないのではないだろうか。
いつも黒のローブを着ていて、この国の認定である金と虹色のバッチを身に着けている。それは証拠づけのような感じであるが、問題は容姿である。
白いひげを長く垂らしていかにもおじいちゃんという感じなのに、しわをいっぱいにした顔の中の黒い目がギラリと光る。
まさに、魔術師という感じだが、いかにも悪役感がある。
そして、殿下のことを小僧と呼ぶ精神。イクールのことは赤いの。メリッサのことは小さい姫(やつ)である。この先生の分かりにくいところがその名付けであった。名をもらえるのは先生が気に入ったからだが、その名前は必ずしもいいものとは言い切れない。
(というか、もっとひどくなっているような気がするわ)
「ああ、爺。久しぶりだな。その元気が健在なようで何よりだ。俺が小僧だと?」
"魔術師ウェインの爺"の小僧発言を聞いたクロヴィスは口元をひくつかせた。
こめかみに青筋が浮かんでいる。
最初わずかに懐かしそうに下げた目元も明らかに吊り上がっている。
「ほう。おぬしも生意気が健在のようで何よりだ。ふっ、わしから見ればみな小僧だ。で、おぬしいつ戻って来たんだ?この家出小僧が」
「つい先日ですよ。ええ、爺が寂しがっているようなのを感知しましてね」
「ほっほ。それは何よりだ。家出したからには何か見つけたんだろう」
両者ともに譲る気はなさそうだ。
二人とも明らかに起こっているのに何故だろう。メリッサには楽しんでいるようにも見える。
多分、それが二人の中の友情に似た何かだと思う。
その中にメリッサもイクール君も入ることはできない。
「見つけましたよ。大切なもの……守りたい人をです」
険悪なその雰囲気にクロヴィスは皮肉に似た何かを口元に浮かべた。
「ほう。言わなくても分かっておる。そこの小さい姫(やつ)だろう」
「はい。教授も見る目があるのですね。初めて知りましたよ」
「……っ殿下⁉」
ウェイン先生がその発言をしたのとメリッサが悲鳴に近い声を上げたのは同時だった。
そしてメリッサは瞬時に顔が赤くなるのを感じた。
(で、殿下が……。い、いいえ。私は家紋を断ち切るのでは無かったの?しっかししなさい!メリッサ……えっと……)
自分で考えていてだんだんと分からなくなってくる。
「なんだ?メリッサ」
「……殿下は急過ぎます」
メリッサは熱くなる頬を両手で抑えると彼に背中を向ける。
そうしないと、見透かされてしまいそうで。
「小僧。ここで青春劇はやるのではない、と言いたいところだが、そうもいかぬ。が、そろそろやめたあげぬか」
「何故です」
「かわいそうだ。さて、あっちに行くならわしもついていこう」
ウェイン先生はやっとのことで書類に埋もれ、研究道具であふれているその机から立った。それを見てクロヴィスは不満そうに口をとがらせる。
(珍しいわ。彼、こんなに皮肉を言うなんて)
さて、その原因は誰だろうか。
「はい。先に行っていてください」
メリッサはほっとして笑いながらうなずいた。
ウェイン先生は極度のめんどくさがり屋だ。
魔道具を嫌い、のくせに興味を持っている。
それは置いておいても、自らの足で歩いているのを見たことがないとかなんとか……。
移動の時は必ず移転魔法を使い、絶対に歩かないらしい。
まるでいつも絨毯の上に暮らしている人みたい、とメリッサは思っている。
魔法陣が浮かび上がると緑と黄色の光とともにウェイン先生は消えていった。
「ったく。あの爺。食えないやつだな」
ウェイン先生がいなくなったと同時につばを吐くようにクロヴィスは言い放った。
メリッサもイクールも同時に苦笑する。
「きっと、あちらも同じことを思っていますよ、殿下」
「そういう先生だよね。殿下はさすがと思います。あの先生にあんなに言えるなんて」
「……どうだかな」
その声が暗くて慌ててメリッサは彼の方を向いた。しかし、何故か彼の顔に浮かんでいたのは苦笑めいたものだった。
それは、イクールの目がキラキラとして、クロヴィスを見つめる目が神を見つめる目になっていたからか、それとも……。
それ以上はメリッサの言えないこと。
「メリッサ。爺が先に行ったのは気に食わないが、行こう」
「……はい。イクールも行きましょう?」
「…………そうですね」
こうして三人は仲良く?歩いて行ったのでした。
全く仲良くはなく、クロヴィスとイクールに挟まれたメリッサは肩身が狭かったのは言うまでもない。
「殿下って凄いですねー。ほぼすべての部屋の魔石に登録しているのですかー?」
「……してないところの方が多い」
イクールは開き直って彼の持ち味の陽気になったが、クロヴィスはいつまで経っても無愛想で無表情である。
イクールの疑問はもっともで、メリッサも思った事だ。
本来、大学と敷地内の結界は強力なもので、研究室やその他の部屋に至ってはもっと強力になる。魔石に登録していないものは弾かれるようになっている。
――入ったことのない部屋。
メリッサは大体の部屋は行ったことがある。
もっとも、この広すぎる大学にメリッサの知らない部屋があったって何もおかしくないのだが。
「イクール君ははしていない部屋がほとんどですからね。普通に見たら殿下の登録数は多いんですよ」
メリッサはちょっと笑いながら言った。
それは自分も同じかもしれないが、あまり褒められた事ではない。
「それはメリッサちゃんもでしょう。僕、あの魔石登録苦手だからいいかも……」
魔石登録。それは自身の魔力で魔石が染まるまで行うもので、魔力が少ない人にとっては重労働と言えるかもしれない。
イクールは苦虫を噛み潰したような顔で途方に暮れるような声とともに乾いた笑いを漏らした。メリッサもつられてちょっと笑う。
「さ、どうでしょう。――っ!何なのですか?汚くなってませんか?」
メリッサは恐る恐るという感じで扉を開けてのけぞった。
クロヴィスとイクールは眉を一つ動かしただけだったが、メリッサには信じられない。
元々、魔法大学という変人の集まりに、それも研究所の部屋が綺麗な事を期待するのは間違っていると思う。メリッサが入った頃も考えればそうだったかもしれない。
だが、メリッサが入った時からいつも最初に掃除をしていたはずだ。
なのに……床に紙と書物が無順序に散らばり、魔石や石などが紙に埋もれてどこにあるかわからないような状態になっている。聖獣や花などが唯一、床に転がっていないという有様だ。
「ウェイン先生⁉これじゃあ、出来るわけがありませんでしょう?何をしているのですか!」
「うるさいやつじゃな。掃除をすればよかろう。早くしなさい」
ウェイン先生は眉を潜めただけでメリッサたちに向かってひらひらと手を振りながらやるように言った。
「ウェイン先生。こんな状態でできるわけが無いでしょう。メリッサちゃん!殿下もいるわね。やらせられるわけがないでしょう!」
部屋の奥にいたらしい白衣を着た綺麗な美人さんの女性は一喝して彼に礼を取る。
クロヴィスもそんな美人さんに向かって微笑んだ。
その微笑みを見てメリッサの心は鈍く傷んだ。
その微笑みを見れるのはメリッサだけだと思っていた。
(勘違いよ。いつの間にかそんな考えになっていたのね。大体、わたしは目立ってはいけないのよ……)
『いつか、来たるべき時が来たら……』
いつになったらメリッサを開放してくれるのだろうか。"来たるべき時"とは何なのだろう。いつ、来るのだろう。
そして、来なかったらどうなるのだろうか。
そして、それが来るまでは――
(わたしは殿下のそばにいてはいけないわ。バカ王子――クローディア殿下だってそうだった)
自分は、そばにいていいと許されるべき人間では無い。
犯した罪と、それらの深さを考えれば――。
メリッサは軽く唇を噛んだ。
"罪を背負って生まれた人"とは何なのだろう。
どうして、メリッサがそうならなきゃいけなかったのだろう。
母はどう思っていたのだろう。
考えれば考えるほど、メリッサは泣きたくなって、そのたびに彼のことが頭に浮かぶ。
(わたしは、どうかしている。いけないの。いけないのよ。"来たるべき時"まで……妖精姫も、何もかも)
そんな事を考え、唇を噛んでうつむいたメリッサを見るクロヴィスの目は後悔に満ちていた。
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