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第10話 一緒に大学へⅢ
しおりを挟む結局、暗くなった雰囲気を変えるようにしばらく掃除に専念した。
「それはこっちに入れて!教授、こんなのどうしたんですか?」
「ほう。こんなのが出てきたか。たまに掃除も悪くない」
「掃除してから言ってください!」
そして、ウェイン先生は何もやらずに、メリッサたちが怒った。結局、一番じゃまにならない机の上に座っていろと言ったものの、書物を見つけては散らかす有様。
なかなか難しいのである。ウェイン教授の下につくというのは。
メリッサたちはそろって溜息を着いた。
この教授、何がすごいのか全く分からなくなってくる。
あのローブを着ていなかったらただのお爺さんではなくてもいかにも怪しい人で終わってしまうとメリッサは思う。
いつか、イクールにその話をしたらついたあだ名が"不審者魔術師お爺さん"になったものだ。
「オレリーさん。これ、いつのですか?」
長身の美女さんこと変人ウェイン教授の助手であるオレリー。気軽に話しかけられる雰囲気の人であるからにメリッサは苦手意識を抱いていた。
(わたしに良くしてもらう価値なんかないわ)
どうしても自分と比べてしまって、自分がいかに皆の言うような"機械人形"であるかを自覚するようで、怖かった。
「ああ、これ、クロヴィス君のじゃないの!よく見つけたわね」
「殿下の、ですか……?」
「は?俺の?」
オレリーが言った言葉にみんなで固まった。
メリッサは手に持っている紙を見つめる。
確かに、クロヴィスの魔力とよく似たものがついている。もう6年前くらいの物だとメリッサには分かった。
別に、クロヴィスだってこの研究室で過ごしていたのだから何もおかしいところはない。でも、メリッサは自分がクロヴィスと同じところで過ごしていたことに違和感を覚えた。
「確かに、殿下の魔術ですよ」
「メリッサ」
「何でしょうか」
「……クロヴィスでいい」
メリッサはあえて明るくクロヴィスに言ったが、クロヴィスは悲しそうな顔をした。
何かと思えばその顔で……真面目な顔でそんな事を言う。
(クロヴィス様って面白いかもしれないわ)
そんな表情をされるとクロヴィスが氷の王子だって事を忘れそうだ。
「……クロヴィス様?」
「メリッサ」
「何でしょうか?」
これ、数秒前に同じ会話をしたような気がする。
これがいわゆるこれがデジャブというやつだろう。
……三回見たら死ぬんだっけ。違うか。
「いつもそう呼べ」
「……殿下のお願いですか?」
「……そうする」
「ふふっ、殿下のお願いですからね」
メリッサは笑ったがそんなに笑えるほど余裕は無い。注意していなければ口元が緩んでしまいそうだ。
メリッサが望んで言うのはできるだけ控えたい。
変な誤解を招きたくないし――
(恥ずかしい……)
心なしか嬉しそうなクロヴィスと恥ずかしいメリッサ。嬉しそうなクロヴィスを見ると余計に恥ずかしくなる。
「ほう。久しぶりに見たな。ここでそんな雰囲気を出すとは元気があるものだ」
「あの~?ちょっといいかしら。お二人さん?」
「は、はいっ⁉」
「何だ」
ニヤニヤ笑う二人の突っ込みにメリッサは半分悲鳴で、クロヴィスは不満そうに答えた。
(たぶん、やってしまったわ……恥ずかしい)
「クロヴィス君のこれ、だいぶお宝じゃないの」
そう言ってオレリーは豪快に笑った。
メリッサは目の前の紙をまじまじと見つめる。
クロヴィスの魔力を使って書かれたその魔法式は、主の魔力を見つけてまばゆく光っていた。
「そうですね。クロヴィス、様?これ、祈りに近い祝福の願いですけど、珍しいですね。魔道具に祝福を送るような物はありませんよね?」
「ない。祝福が神に祈って出来るようなやつも珍しいが、ない。祝福の原理は未だに分かっていないだろう。それは祝福で身体強化が出来るかをしただけだ」
「出来たのですから、殿……クロヴィス様の魔力がたくさんあったのでしょう?素晴らしいことですよ」
だって、クロヴィスの魔力は多くて、規模が違って変化が起こるかもしれないから……と最後の方は口の中でメリッサは呟いた。
「うむ。小僧は魔力だけは取り柄だな。小さい姫(やつ)、おぬしのそれを見せないのか?」
頑なにクロヴィスを小僧と呼ぶウェインはメリッサに問いかけた。……口の端をニヤッと上げて。
メリッサはその笑顔を見慣れている。決していい意味ではない。悪い意味で、だ。ウェインが面白がっているようなときであり、メリッサが結局どんどん大変になる笑顔。
(まったく、ウェイン先生ったら。それにしても、クロヴィス様の前でそれを見せていいのかしら?)
メリッサはウェインに伝わるように小さく首をかしげると頬に手を当ててコテッと首を傾けた。
そして、全員、メリッサに見事にやられた。小さく頬を赤らめて、まるで小動物を見るような目でメリッサを見る。
そんな全員の反応にメリッサは更に……反対側にコテッと首をかしげる。
(どうしたのかしら……最近、この反応が多いような……でも……)
メリッサ・クラヴェルとしてではない。ただのメリッサとして来ているのに何故だろう。
確か、アベルもクロヴィスも王子までも、このような反応をしたような気がする。それは、メリッサの気のせいだろうか。
「うむ、ゴホンッ。ここをどこだと思っておる。見せていいぞ」
「はい……。教授が許可しましたからね」
メリッサは不安でクロヴィスとウェインの顔を見た。
いくら大人伸びて見えようが、メリッサは14歳だ。自分がまだみんなにとっては小さい子でしか無いことを自分が一番自覚している。
クロヴィスは何かを考えるようにうなずく。メリッサは首に付けているペンダントを無意識で掴んだ。
(大丈夫。きっと、大丈夫だから……)
――あの時、メリッサがもっと魔法を使えたら……
――あの時、メリッサがもっと強かったら……あんな風にはならなかっただろうか。
メリッサは息を吐くと祈るように両手を胸の前で合わせる。
体の中の魔力がメリッサの手に集まって、流れている。
「ウィンバス・ブレスト」
メリッサの手がまばゆく光ると虹色の光が出た。
普段の祝福とは比べ物にならない魔力がメリッサの手から流れた。
「……ほう。進化したな……おぬし」
「……メリッサ。……これは何だ……?」
ウェインは満足と言うようにうなずいて……口をあんぐり開けた。
クロヴィスといえばびっくりしたみたいだ。目を見開いて、自身からもわずかに魔力が漏れている。
「……虹色祝福……。もしかしてと思って……祝福を結界に出来ないかな、と……」
メリッサの目の前に広がるのは、虹色のドーム状の球体。
メリッサの魔力と祝福の光で光って、そしてツルツルと表面がすべすべの球体の中にメリッサたちはいた。
オレリーとイクールといえば固まって動かない。
(確かに……見せてはいけないものかもしれない)
「……虹色祝福、か。見たことが無いが、効果は?」
「……祝福を範囲上の人に送れて……このドーム状にいればその……」
「その?」
クロヴィスの詰め寄るような問いかけにメリッサはグッと言葉を詰まらせた。
「その……すべての魔法が使えるんです」
は?とクロヴィスが固まり、メリッサのことを凝視した。
メリッサはその視線にいたたまれなくなって口を閉じる。
(正確には……違うのだけれど……)
言うか言うまいか。
言ったらその後が怖いが、言わなければさらなる誤解を招くかもしれない。
しばらく迷った後、メリッサは決意して口を開く。
「……えっと、ちょっと違いますね。属性以外の魔法は分かりません。でも、この中にいれば――加護は受けられるのです……」
メリッサはしっかりと言い切った。
しかし、誰一人としてメリッサに返事はしない。
(言わないほうが良かった?)
しばらくメリッサは球体を維持したまま、自身は小さく丸くなる。
しばしの沈黙が部屋の中に流れた。
ふう、と溜息を一つ着くとクロヴィスはまだ胸の前で祈るように合わせていた両手のうち、左手をつかむと握った。
そして、今までになく真剣な目でメリッサのことを見据える。
(綺麗な方……。瞳に偽りがなくて……どこまでも澄んでいるわ)
「メリッサ……」
バツが悪そうにクロヴィスは言葉を濁した。
メリッサは更にいたたまれなくなるものの、手も瞳も離してくれそうもない。
「何でしょうか」
「君は、どこまでも予想以上だな」
感嘆か、呆然とか。クロヴィスからこぼれたのはその言葉だった。
「そうでしょうか……。あの、ウェイン先生以外に見せるのは初めてで……」
「どうせなら、俺が一番に感想を言いたかったよ」
その美貌といえば。
まさに神様みたいで、それでも整いすぎている顔は大理石の神様をメリッサに思い起こさせた。
(はぁ。わたしがこの方の周りにいるだけでも、いけないわ)
それでも、クロヴィスがその言葉を言ってくれて嬉しかった。
メリッサはふう、と縮こまっていた力をぬくと笑顔を浮かべた。
「二回目はクロヴィス様も言ってくださったでしょう。……その、嬉しかったです」
メリッサははにかみながらその言葉を口に出す。
「メリッサっ!」
歓喜極まったクロヴィスがメリッサに飛びついてきて、メリッサは固まった。
「殿下……クロヴィス様。あの……」
クロヴィスはメリッサの事を離さなかった。
真剣な瞳でメリッサの目を見る。
「メリッサ。君は……君のそれは君にとって危険だ」
クロヴィスが呟いたのは意外な……覚悟はしていたが、それでもメリッサに危機感を与えるのは十分な言葉だった。
メリッサはクロヴィスに向かってうなずく。
(そう。危険だけど……でも……)
「……クロヴィス様が守って下さるのでしょう?」
コテッと首をかしげながらメリッサが言うとクロヴィスは耳を真っ赤にした。
(どうしたのでしょうか。えっと、その……あの……)
「君は急にそんな事を……」
何やらブツブツと口の中で呟いていたクロヴィスだったが、急にメリッサのことを離すとメリッサの前に立った。
「そう。君のことは俺が守るよ」
メリッサは面と向かって言われて頬を真っ赤にしてうなずく。
そんなメリッサを見てクロヴィスは微笑んだ。
その後、クロヴィスが真剣な顔をしてメリッサのことを見つめていた事にメリッサは気づかなかった。
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