機械人形"妖精姫"、"氷の王子"に溺愛される

ノンルン

文字の大きさ
8 / 18

第7話 出来る秘書官は敗北する

しおりを挟む

「おい、クロヴィス。リサに何を言おうとしたんだ?」
「何だっていいだろう」

 クロヴィスの執務室には怒鳴り声が響いていた。

 アベル・コデルリエ。クロヴィスの出来る秘書官である。

 アベルの母は王宮の女官であった。その後、侯爵夫人となっても、なお王都に残っていた。見かねた王妃殿下が声をかけ、クロヴィスの乳母になり、なお王宮にいた。
 そして、クロヴィスが親の手をはなられてからは王宮の女官長をしている。

 ようするにアベルとクロヴィスは乳兄弟で、兄弟以上の何かがある。

 その後、アベルの父親が亡くなると、兄を後継者として残しながらもクロヴィスについていく覚悟をした。
 ところがクロヴィスが大学に行くとなり、アベルの家で一騒動があったためにアベルもともに隣国に行くことになった。

 大学ではクロヴィスは研究に、アベルは勉強と使節団としての仕事に追われ、第2王子の補佐官が助けを求めたために第二王子の残業に明け暮れていた。

(っまったく、俺を使うんじゃねぇーー!と言いたいところだが、これもリサのためと思おう)

 そして、アベルはメリッサの騎士(ナイト)である。

 隣国に渡ることになった時、アベルはさすがに反対した。
 お前はどこまで先に行くつもりだ!と叫んでやりたかったが、その頭脳は活かすべきなものだとも思っている。

 が、仕事が出来すぎる時点で国外に追い出すべきだっただろう。
 少なくともこの国にとって、彼は危険過ぎる。

 しかし、執務室で仕事をしているだけの仕事場は……

(平和、だねぇ……)

 大学だったら誰かから必ず死臭がしていたし、まさに地獄のような場所だった。
 必ず誰かがなにかに追われていて、あそこはもう、人が生きるような場所では無いとアベルは記憶してる。

 そんな場所とは違い、ものすごい速さでダイヤの瞳をもつ王子は仕事をしている。

「終わった」

 書類の山がいつの間にか綺麗に立てて置かれた時、その山からクロヴィスが顔をだす。
 まるで何かに追われるように仕事をしたクロヴィスだったが、その手がピタリと止まった。

「お前にメリッサのところに行かせるのでは無かった」
「ん?」

 心底悔しそうにするクロヴィスをニヤニヤしながらアベルは見る。

(うん。やっぱりこいつ人間だな)

「メリッサに何を喋った?」
「ん?何も。そんなに行きたかったのなら自分が行けばよかっただろう」

 アベルは哀れみを込めてクロヴィスをみる。

(おお、怒っている。うん、怒るよな)

 一瞬、クロヴィスのダイヤモンドのような鋭い瞳に背筋が凍ったものの、ここで敗退するほどアベルは弱くない。
 そもそも、こんなところで敗退していたらクロヴィスをからかうことなど出来るはずも無いのだが。

 そもそも5年間、クロヴィスに帰るという思考は無かったようだ。
 それが、メリッサの噂を聞いた瞬間に帰ると言い出すとは――

(やっぱり、俺があっていたじゃないか⁉)

 9年前、いやもう少し前からクロヴィスがメリッサを気になっていたのは知っていた。
 もはや、メリッサにあるアベルの感情は――
 すごい、の一言である。

「残っていろと仕事を置いって行ったのは誰だ⁉」
「う~ん。誰でしょうねぇ」

 アベルはわざとらしく目をそらす。
 こういうのも、主が怒る姿を見るための演技である。

(クロヴィスが怒るのは面白いからな)

 これはアベルでなきゃ出来ない芸当であると言えるだろう。

「アベル。お前な……」

 こっちもわざとらしく溜息をつく。
 そんな二人を見て、そそくさと補佐官たちは出ていった。
 アベルはそれを横目で確認して、口を開いた。

「でも、リサは本当に何かと規格外だよね。もう大学の卒業資格を取っていたなんて……」

 さすがにアベルもそれには驚いた。
 この主、クロヴィス以上の天才だったからだ。
 なのに……

(おかしい)

 きっと、クロヴィスも気づいてるはずだ。

「アベル」
「なんだ?」
「……どう思った?」

 真剣な表情で問うてくるクロヴィスの質問にはきちんと答えなければいけない気がした。

「綺麗になっていた。それこそ、"妖精姫"の名に恥じないくらい」
「そうだな。あの頃と変わらず翡翠色の瞳が澄んでいて安心したが、アベル」

 これ以上無いくらい真剣なのだが、

(惚れちゃった、か。また、物好きな)

 アベルの興味のある点は少しずれている。

 しかし、アベルも物わかりの悪い秘書官ではない。

「おかしい、そう思ったんだろ?リサが何故あそこまで父を恐れている」

 おかしいと思う。
 少なくとも、メリッサは大切にされるべき人間なのだ。
 そして、王家も大切にするべきところなはず、なのに――

「聞くべきだったか?」
「いや、俺もきいた。答えてはくれなかったよ」

 あの、後悔に染まった顔を見ると辛くなった。
 どこか人を突き放すような、拒絶するような態度。
 なぜ、あそこまでなる。
 あの表情豊かな子が何故、"機械人形"と呼ばれる故になったのか。

 それとも……彼女ののために、王家のために作られた"機械人形"と言われる故になったのだろうか。

 まだ14だと言うのに一体その目に何を秘めているのだろう。

 クロヴィスもアベルも溜息をついた。

「……に王家は"賢姫"を一度ならず二度までも失ったのだろう……」

 アベルの口から出たその一言にクロヴィスはハッとなる。
 自分の口から漏れた一言にアベルもハッとなって自分の記憶メモリーの中からを探し出した。

 19年前、起きたこと。
 まだ、アベルもクロヴィスも小さかったが大きくなってからも少なからずそれを耳にした。
 "第一王子の愚行"であり、"王国最大の損失"とまで言われた事件。
 王家に、この国のために生まれた"賢姫"を冤罪で手放し、不当な理由で罪を着せた。
 結局、罪は残ったのか、どうだったか。

「19年前、か……。アベル、調べられるか?」
「ああ、もちろんだ」

 アベルは主に向かってしっかりとうなずいた。
 もっともこの主は――

「知ってそうだな」
「だいたい、予想はつく。お前もだろう」

 何枚も上手を行っているような人なのだが。

「それとアベル」
「なんだ?」
「その辺からのクラヴェル家を調べられるか?」
「分かった」

 抜け目がない、アベルは心からどう思う。
 ある意味、敵に回してはいけない人である。

 もっともメリッサは――

(彼女のほうが何枚も上手で、強いだろうな……。さすが、リサ!)

 重度のメリッサ教のアベルはもはや、メリッサが神か何かになっているだろう。

 あの完璧な微笑み、凛とした表情。それはメリッサのにふさわしいものだとアベルは思う。
 そして、時々見せるはにかみながら笑顔になるのはもう、"妖精姫"それに間違いない。
 誰にもまけなく、誰も右に出るものがいないくらいの美貌。
 完璧なシルバーの髪に翡翠色の澄んで輝いている瞳。
 それは"天使"と言っても過言で無いくらいに可愛くて美しい。

(メリッサは全く気づいていないのがまた、可愛いんだな。天然、うん!メリッサは天使だな)

「おい。何を考えている」

 アベルがニンマリ笑っていたのを見咎めたクロヴィスは機嫌の悪い凍るような声でアベルに言う。

 ――氷の王子。

 メリッサは覚えていないが、それを一番知っているのはメリッサなはずなのだ。

 心の中でクロヴィスに同情しながらも顔から笑顔は外さない。
 ひたすらからかうのがアベルにとって一番楽しいことなのだからだ。

「ん?何にも。何?考えられたくないことでもあるのか?クロヴィス」

 笑ってアベルはクロヴィスに向かって問いかけた。

「ある。お前はメリッサのことを考えるな」
「何で?」
「尺に触るからだ。文句があるか?」

 真面目な顔をして言ったクロヴィスの言葉にアベルは吹き出した。

(真面目、純粋(ピュア)すぎて……見てられないな……。おかしすぎる)

 もはや笑いをこらえる気もおきないくらいにアベルはひたすら笑う。
 背中に殺気を感じても笑い続ける。

「おい。何故笑うんだ?」
「ここは笑わないと行けないでしょう。我が君。と冗談じゃないぞ?クロヴィス。これは笑うべきところだからな」
「は?意味わからないけど笑うな!」

 不機嫌に眉を寄せるクロヴィスのことを笑いを転げながらがらもちょっとした哀れみを込めて見つめる。

(お前は色々苦労するが良いんだ!この変人王子……)

 アベルは心からそう思った。
 人の心配を他所に恋人ごっこなど、付き合っていられるかーー!!!

(まったく、俺を巻き込むんじゃねぇーーー!!!)

 アベルは殴り込みたい気分だったが、そうしたらメリッサが悲しむので泣く泣くやめることにする。

「ところでクロヴィス。大学行くんだろう?良いじゃないか」
「黙れ。お前に用などない」
「つれない人だな……なあクロヴィス」

 アベルはニンマリ笑うと少し黙って口を開く。

「ついて行っても良いか?」

 まあ、リサとクロヴィスの会話は面白そうである。
 もっとも、恥ずかしくなりそうなので心から許しを望んでいるわけでは無いが。

「良いと言うとでも思うか。……まぁ、ムカつくが良いだろう」

 が、アベルは固まった。
 こいつの口からそんな事が出るなんてありえない。
 お前、自分の感情にもう少し向き合え、と言いたいところだがそれも言えない。
 恥ずかしくて言えるはずもない。
 
 とにかく殺気立っているクロヴィスのことをむやみに怒らせるのでは無いことは身を持って知っている。 

「っは?……いい。俺、行かないから二人で楽しんで行ってくるといい」
「そうだな。ところでリサは何が好きだと思う」
「……自分で考えろ」

(っていうか、俺を巻き込むな!もう知らないぞ……。だいたい、誰のせいでこうなったと思っているんだよ……)

 秘書官は嘆いた。

 しかし、それは自分のせいである。

 主人をからかった秘書官は敗北した。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

氷のメイドが辞職を伝えたらご主人様が何度も一緒にお出かけするようになりました

まさかの
恋愛
「結婚しようかと思います」 あまり表情に出ない氷のメイドとして噂されるサラサの一言が家族団欒としていた空気をぶち壊した。 ただそれは田舎に戻って結婚相手を探すというだけのことだった。 それに安心した伯爵の奥様が伯爵家の一人息子のオックスが成人するまでの一年間は残ってほしいという頼みを受け、いつものようにオックスのお世話をするサラサ。 するとどうしてかオックスは真面目に勉強を始め、社会勉強と評してサラサと一緒に何度もお出かけをするようになった。 好みの宝石を聞かれたり、ドレスを着せられたり、さらには何度も自分の好きな料理を食べさせてもらったりしながらも、あくまでも社会勉強と言い続けるオックス。 二人の甘酸っぱい日々と夫婦になるまでの物語。

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

強面夫の裏の顔は妻以外には見せられません!

ましろ
恋愛
「誰がこんなことをしろと言った?」 それは夫のいる騎士団へ差し入れを届けに行った私への彼からの冷たい言葉。 挙げ句の果てに、 「用が済んだなら早く帰れっ!」 と追い返されてしまいました。 そして夜、屋敷に戻って来た夫は─── ✻ゆるふわ設定です。 気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス! ※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。 【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】

身代わり令嬢、恋した公爵に真実を伝えて去ろうとしたら、絡めとられる(ごめんなさぁぁぁぁい!あなたの本当の婚約者は、私の姉です)

柳葉うら
恋愛
(ごめんなさぁぁぁぁい!) 辺境伯令嬢のウィルマは心の中で土下座した。 結婚が嫌で家出した姉の身代わりをして、誰もが羨むような素敵な公爵様の婚約者として会ったのだが、公爵あまりにも良い人すぎて、申し訳なくて仕方がないのだ。 正直者で面食いな身代わり令嬢と、そんな令嬢のことが実は昔から好きだった策士なヒーローがドタバタとするお話です。 さくっと読んでいただけるかと思います。

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

処理中です...