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第12話 守りたかったのは

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 ジョセリンの瞳は、真っ直ぐ私達のことを捉えていた。
 その瞳に、私はドキリとした。

「そう、知りたいわ。ねえ、なんで、ローゼンハイン公爵家うちだったの?王家じゃなくて――」

 私は手をギュッと握った。その答えは、私を縛り付けていたものだと知っていたから――。

「それは――、もう良いですわ。そうね、わたくしが話せることは全て話しますわね」

 ジョセリンは遠い目をして、明後日の方向に視線を向けた。

「あの国にとって、王家はどうでも良かったのだと思いますね。多分、ローゼンハイン家が実権を握っていると思ったのでしょうか。それとも、別の理由があったのかはわたくしには分からないですわ」

「じゃぁ、なんで小競り合いと婚約が絡んでいるの?」

 私は、そのまま思ったことを質問で口に出した。

「知っているのではないの?小競り合いなんて、見せかけですよ。本質は、そのドサクサに紛れてローゼンハインと婚約でもしたかった、それだけれはないかしら――。いや、そうではないですわね。――何らかの理由でスクレイク王国――ローゼンハイン家を味方につけたかった。そこに、メルー王国が邪魔をして小競り合いになった。そんなところかしらね」

 ジョセリンはそこで一回区切ると、もう冷めた紅茶を口につけた。
 そこには微かに、怒りと嘆きの感情が浮かんで、寂しそうだった。

「私も、そう思ったわ。でも、何らかの理由がわからないんですか?」

「わからないのよ。今わかるのは、あなた達がルワン王国とメルー王国に嫁いだら不幸になるだけ。それだけだわ。人は道具ではないの。そんなに簡単に、政治の道具にされて言い訳がないと思うわ」

「それは――」

「――誰にもわからないのです、答えが。でも、あなた達が道具になるとこだけは、陛下も貴女の父も避けたかった。そんなのはこの国では許されないですから。それはもう、終わりにしたかったのですよ」

 そういったジョセリンの瞳はすごく悲しそうで、悔しそうで、そのことについては触れてはいけない気がした。でも、そのジョセリンの瞳は、確かに潤んでいた。
 ――なぜ?何があったの?私達はそんな疑問が頭の中をよぎった。でも、それは聞けずじまいだった。

 そして、そんなジョセリンを見て、私は決意をした。

「父は――お父様は私達のことを守ろうとしたんですよね。何が何でも、道具にはさせないために――。だから、私達がこの時期に婚約させられることになったんですよね。私達を守るために」

 ジョセリンは黙って私のことを見つめていた。ユリアは驚いた動揺を瞳に浮かべたが、そのまま黙っっていた。

「――それも、国のためと取れるかもしれない。でも、絶対にそんなんではないわ。――お父様は、お父様としての――親としての情があったのよね。私達はそれを勘違いして――認めたくなくて責めた。でも本当は私達が気づかなければならなかった……」

 私の目は自然と涙が溜まってきた。

 本当は、ユリアがあの話を持ってきたときからそう思っていた。気づいていたのだ。でも、それでも認めたくは無かった。そんなの、都合が良すぎるじゃないの、って。

 でも、そんな事はありえなかった。それに、お母さまが選んだお父様だもの。ちゃんと、人にかける情けはあったのよ。

「どうでしょうね。わたくしが今、答えを言うことはできませんが、親としてはそのように思いますよ。難しいところなんですよ。王家に忠誠を誓った家の子供の扱いって。でも、そうね、仕事と家、どちらも大切にしているとそうなってしまいますわね。けれど、どちらも誤解を生んでしまったのなら、一回会ってきちんと話すべきだと思いますね」

 ジョセリンはそれもまた、遠い目をしながら言った。何かを思い出して、その時に言っているようだった。
 私とユリアはその表情にびっくりし、わずかに息を飲んだ。

「そう、答えなんか無かったのですよ。だから、きちんと納得して行うことが大切なのですのに……。家族の絆なんて、そう簡単に壊れるようなものではありませんから。婚約――結婚だって、この先の人生の歩み方と一緒ですわ。守る、ね。それも、何が守るで、何が守られることで何のためにかは他人にはわかりませんね。だから、話し合いが必要だったのですわ」

 その微笑みはもはや自嘲にまで届いてしまいそうで、私はただ、悲しかった。

「お母さま……。そうね、わからないわ。わたくしもです。――それで、お母さま、何で王宮は――お父様や兄様はそんなに忙しいの?」

 お母さまはハッとすると、微笑んだ。でも、今度こそその微笑みは冷笑だった。

「そう、その話をちゃんとしていなかったですね。スクレイク王国の北西部に接しているのがメルー王国、南東部に接しているのがルワン王国です。でも、その人達が小競り合いなんて、スクレイク王国を挟んでいるからできるわけがないのですよ。今は船とか、接したところでしていますけれど、事態はすぐ、大きくなりますわ。貿易を止めたりするだけでは終わらないですわね。――今は冷戦と言ったところだけれど。それが本格的に衝突したら――」

 私達は息を飲んだ。――まさか、そんな言葉が頭の中をよぎった。それはユリアも同じだったらしい。と同じように顔を白くした。

「スクレイク王国は黙ってみていることなんてできやしないわ。それとも、もし二つの国が一緒になって――」

 ジョセリンは寂しく微笑むと、キリッとした表情を浮かべて言った。

「二つの国が一緒になってどちらからも攻め込まれたら、スクレイク王国も流石に対応できませんわ。そうした時、平和協定かなにかを結ぶことになるかもしれません。その時に、鍵となるのが王家の血を継ぐ、実権の持っている貴族の子です。その、一番の候補がローゼンハイン家ですわ。それで、貴女のお父様はその事について危惧した。そして、あなた達の婚約者を決めてしまった。でも――」

「――でも、分かるでしょう?国にとってはローゼンハイン家の子を差し出して、平和協定でも結んだほうが、何事もなくすむのです。そうしたら、二つの国を味方につけられますから。でも、そうはしなかった――」

 私は手をギュッと握って、顔を上げた。

「――だから、お父様や兄様、ジョセリンたちは忙しかったの?でも、そんなんなら――」

「そうです、その対策で忙しかったのですよ。一番忙しいのはあの人、ユリアの父と、リオネルでしょうかね。何にせよ、その報告次第で仕事が振られるので、いつも王宮にいなければならなくてはならなくなったんですよ」

「それで、結局どうすることにするの?解決策がないんでしょう?」

「それは――、絶対にどうにかなりますわよ。大丈夫ですから、カリンが心配しなくても。――それに、カリンのせいではないからね」

 そう言ったジョセリンの声ははっきりしていた。でも、その表情は疲れていて、それが嘘だということを裏付けていた。

「お母さま、本当に、大丈夫なの?それに、――そしたら何故そうなったの?」

「それも、全くわかりません。だから、どうしようもないのです。それに、今は王家に――公爵家に忠誠を誓えるようにしなければいけませんし――」

「――本当に、お父様は私達のことを守ろうとしてくれたの?だって、――」

 私がそう言うとジョセリンは、びっくりしたように目を開いて、安心させるように笑った。

「――ふふっ、いいえ、ほんとうですよ。なんです、心配になったのですか。――確かに、それがまた、政略結婚だとも取れると思いますわ。公爵家のバランスのため、そして、国を分裂させないために。でも、確かに公爵は、あなた達のことを思っていたのよ。誤解されやすいのは、貴方の父が不器用だからですかね、まぁ、ふふっ」

 ずっと笑っているジョセリンを見ると、怒る気も失せたような気がする。
 私はあえて、その事には触れなかった。いつか、触れなきゃいけないけれど、今ではなくてもいいから――。

「もういいわ。それより、本当に大丈夫なの?スクレイク王国が滅んでしまうかもしれないのに?」

 今度こそ、ジョセリンの声は沈んで、低かった。

「そこまで分かってしまっているのですか。そうです、そうかもしれないんです。だから、この時期にあなた達の婚約が決められたのですわ」

 その時、ユリアがやっと口を開いた。母を心配する子供の声。でも、それは不安そうで、悲しそうだった。

「大丈夫ではないんでしょう?だって、貴族が――公爵家以外の貴族と――つまり侯爵家たちと、その2つに国が割れてしまうかもしれないのに?」

「そうね、分からないわ。最悪の場合はそうなるかもしれません。そして、誰にも分からない――知らないのです。根本的な解決はね。でも……、でも、カリン。その時になっても貴女のせいではありませんわ。そこは貴女が、信じてください。ね、カリン。そして、そうなっても今度こそ、わたくしが助けますからね」


 その時のジョセリンは、悲しそうで悔しそうで、そして、必死だった。私に信じてもらうために――。





 
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