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第13話 いざ王宮へ

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「わぁ、見て!久しぶりってこともないけれど、やっぱりいつ見ても王宮の白璧はきれいよね!」

 そう、目の前に見えているのは王宮の白璧。国一番の建物だけあって、その姿は堂々としていて、迫力があって、いつ来ても見飽きない。なのに、青い塔が出ていたり、それはそれはお城みたいに綺麗で(本物のお城です(こそっ))、ずっと眺めていたいような、そんな建物が王宮だった。
 しかし、そのきれいなものを眺めるのには不敬に当たるような表情がユリアには浮かんでいた。
 そう、私を睨んで、怒っているのだ。目を吊り上げて、青筋を立てている。

「はい、きれいですね、って、そんなこと言っている場合じゃないでしょうが!一体、いつ何処に城に乗り込むようなバカがいらっしゃるのですか!」

「ひっ――」

 鬼のような形相で私のことを睨んでいるのがユリア。今の私の悲鳴で、堪忍袋の緒が切れたらしい。

「何がひっ――、ですか!常識のない人が王家に連なる人間なんて、なんて恥らしいと思いませんか!良いですか、普通は約束をして、連絡をしてから行くのです。それも、一週間前には伝えているようなもんなんです!なのに、王妃様に職権乱用させて、こんな急に乗り込むなんて、なんて非常識なんですか?」

「そ、それは――。だって――」

「はい?何がだってですか?自分でも、非常識だと思われないんですか?思われないなら良いです。――もう失望しましたわ。それに、カリン様はそれで良いかもしれませんが、わたくしは母に怒られてしまうんです。なのに、こんな非常識、ひどすぎますよ!――ほんとに怒る気も失せました」

 と言いながら怒っているじゃないの。――今後ずっと、呪われそう。

「なにか言いましたか?」

 ギロリと睨まれて私は小さくならざる得なかった。

「い、いえ、何も言っていませんわ。急にユリアを巻き込んでしまって、ごめんなさい」

「ごめんなさいですみませんからね!」

 
「あのう、ローゼンハイン公爵令嬢カトリーナ様と、シュティール侯爵令嬢リリアン様でよろしいでしょうか?わたくし、王妃様から案内役を承りました。どうぞ、こちらです」


 私達の口論――ユリアの怒鳴り声を聞いて見かねていた侍女が怯えながら言った。が、その顔には見覚えがある。

「何で貴女がここにいるの?アシュリン。王妃様は何も言わなかったわけ?」

「えっ?わたくしの事が気になったわけ?勿論、お母さまには了解を取っているからね。だって、面白そうじゃないの。ね、ユリア」

 お茶目に笑いながら言ったその顔はなんとも言い難かった。そう、私の従姉妹のアシュリンだ。
 髪を2つにツインテールにして、メイド服を着て笑っていた。

「面白そう、ですか。ええ、アシュリンもそんな事を言うようになられたわけ?いいです、怒られるのはわたくしなんですよ」

「だって、良いって言われたから良いでしょう?」

 私達は喋りながら王宮の中を歩いて行った。

「そういう問題ではないですわよ。お転婆娘なのはアシュリンも一緒ですわね。ああ、嘆かわしいですわ」

 ユリアがわざとらしく嘆いて見せると、すぐにアシュリンからツッコミが入る。

「それ、親が言う台詞じゃないの?」

「ユリアはみんなの母親みたいなものなのよ。結婚したら今度こそおばさんになってしまうわ」

 私がからかって見せると、アシュリンは意味ありげに笑った。

「婚約といえばカリン、婚約したんでしょう?好きな人いるのではないの?」

 一瞬、ピシッと固まると私とユリアは顔を見合わせるとすぐに口を開いた。

「アシュリン、ここではそれ、禁句よ。みんな、ピリピリしているから」

「そうです、言ってはなりませんわ。――でも、それよりお母さまに会わなければいいな」

 私達が歩いていると王家のプライベートフロアに来た。
 目の前の重そうな扉を開けるとそこには王妃様がいるはず、私は覚悟を決めた。


 初めにアシュリンが侍女らしく扉をノックすると扉を開けた。

「どうぞ」
 
 その目の前にはきれいな銀髪の女性――王妃様だ。


「あら、随分と早かったのね。うちの侍女はうまく案内してくれたかしら、ね、カリン」

「お母さま……?」

 珍しく焦ったような表情をアシュリンは浮かべた。それに答えるように、王妃様――叔母様は笑った。

「あら、なに?それよりカリン、ユリア、よくいらしてくれましたわね。さ、外は寒いから、そこでお茶でもしましょう?用意はしてありますから」

「ええ、王妃様――、いえ叔母様、ありがとうございます」

 私達は席つくと紅茶とマカロンを食べながら話をした。

「今日は急に来たのに出迎えてくださってありがとうございます、コルネリア様」

「いいえ、そんな事はありませんよ。確かに貴女の急さには驚きましたが、その分楽しくなりますのも。ほら、いま忙しいでしょう?」

「はい、本当にありがとうございます……」

 私は一人紅茶を飲みながら赤面した。

「ユリアも来てくださってありがとうね。貴女の主人、色々面白い方でしょう?ふふっ、それにしても二人とも母親とよく似ているわね。そっくりよ」

「ありがとうございます、ええ、本当に面白い人で付き合っていて空きませんわ、コルネリア様。……そう、母は今日もいますか?仕事で……」

「大丈夫と思うわよ、ジョセリン――シュティール侯爵夫人なら陛下の執務室にいるでしょうから」

「お気遣いありがとうございます。ええ、カリン様のせいとはいえ、わたくしにまでこんなお気遣いをしてくださるんなんて、本当にありがとうございます」

 そんな二人の会話を肩を震わせながら聞いていたアシュリンは笑いながら私に耳打ちをした。

「カリン、あなた随分いじられているじゃないの。そんな、ひどいことでもしたわけ?ね、それにしても面白いわ。貴女がそんなにいじられるなんて……。ていうか、主人をイジるユリアも……、お母さまも、クスクス……ふふっ」

「貴女も随分とひどいことを言ってくれるわね」

 私が睨むとアシュリンはお茶目に笑って、走っていった。


「ごめん、用事思い出したわ!お母さまもごめんなさい!あとでわたくしの部屋来て!じゃ、ごめん!」


 そう言い残して。それを静かに見ていた叔母様は、その顔に冷笑を浮かべると、冷ややかな目でアシュリンの行った方向を見つめた。

「あの子に、わたくしはあんな教育をした覚えはありませんわ。あとで、叩き直さないといけませんね」

 その恐ろしさと言ったら、――言わなくても分かるだろう。ご愁傷様です、アシュリン。ごめん、助けてあげることはできなさそう。

「叔母様……、アシュリンのことは程々におねがいいたしますわね」

「ええ、そうすることにするわ。カリンに免じてね。――あの子が自分から抜けてくれたから本題に入りましょうか。さて、来てくださってありがとうございます」

「いいえ、伯母様が感謝されるようなことではありません。わたくしが無理を言ってしまいましたから。本当に、何と感謝して良いものか……。私のわがままを聞いてくださってありがとうございます」

 伯母様は、そんな私の言ったことを聞いて、フッと表情を緩めた

「わがまま、ねぇ。いいのです、わたくしは許可を出しましたから。ユリアも怒られるのはわたくしです。まぁそう言う事で頼みますわよ」
 
 そう言うと、笑って、一息ついて叔母さまは口を開いた。

「それに、大切な姪の頼みとなれば、聞かない訳にもいかないでしょう?」

「そうですね、コルネリア様。でも、非常識過ぎなんです、カリン様は」

「いいのです、それくらいが。さて、うちの愚息でも、叩いていらっしゃい。――大丈夫よ、わたくしがお願いを出しましたから。陛下も、兄――公爵も何も言わせませんよ。あの愚息は一から叩かれた方がいいのです」

 今度浮かべたのは冷笑だった。

「愚息って、マティアスの事をそんな言い方を――。でも、ちゃんと私が解決するのだから、まぁいいか」

 私たちが席を立ち上がり、「先にお暇いたします、ありがとうございました」と言って部屋を出ようとすると、叔母様は私たちのところに来て囁いた。


「マティアスのところに行ったら、もう一度こちらにいらっしゃい。キチンと事情、話してあげるわ。勿論、貴女のそれは聞くけれど、終わってからで良いわよ」


 私達は再度、「ありがとうございます」と言ってから部屋を出た。



 向かったのは王太子の執務室。途中、騎士や侍女に遭遇したが、忙しいらしく何も言っては来なかった。

 流石に王太子の執務室まで来ると、騎士――近衛第2隊の騎士が立っていた。

「すみませんがどちら様で、何のようでしょうか」

 その騎士は私達のことをちらりと眺めると、冷たい声で言い放った。

「私達は王妃様の使いできました。王太子殿下と会わせていただけないでしょうか。王妃様の使いの証明書はこちらです」

 私は王妃様から持たされた紙を見せた。

「王妃様?――確かに承りいたしました。どうぞ。――殿下、お客様です」

 中から「入れ」との声があってから、開けられた扉の中に入った。


「お久しぶりです、殿下。王妃様の使いで参りました、カトリーナ・ローゼンハインでございます」

 
 私は足を折ったお辞儀とともに、挨拶をした。
 
 ガタッと音がして、兄様たちが立ち上がっったのが分かった。一番奥の机にマティアス、その前の机のところにいた兄様とラファエルも立ち上がったようだ。

 私が顔を上げた時、三人の驚いた顔があった。マティアスと、セロシア兄様、ラファエルだ。目をまんまるにしてしばらく固まっていたが、一番に兄様が口を開いた。

「カリン、どういう事だ?――どうしてカリンがここにいる」

 私は微笑みかけた。三人に向かってだ。そして口を開いた。


「王妃様の使いと言ったでしょう?それに、今からその話をするのですよ」



「そうじゃないね。どうして、カリンがここに来てるのかを知りたいのだけれど」



 一番に回復して、言い放った兄様の言葉を私は流した。

「ふふっ、私はマティアスに用があるのです。兄様にはありませんわ」

「――いつもカリンには驚かされるね。さて、どうしているのかな?ここに――」

 続いてマティアスが笑って言った。ニコリとした、有無を言わせぬその笑顔に私もニコリとした。



「来たかったから来たんですよ。王妃様――叔母様の使いと言ったでしょう?私が城にきても良いはずよね。それとも、ここにカトリーナが来てはいけない理由が他にあるわけ?」

 

 私は軽く笑うと問いかけた。








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