お転婆娘の婚約騒動〜公爵令嬢の婚約奮闘記〜

ノンルン

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ベレーナ・ターン8

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「お前、俺に逆らったらどうなるか分かってるのか?」

 男が見えを張って偉そうに笑う。それに答えるようにわたくしも軽蔑するようにふふっ、と笑う。

 ええ、わたくしに逆らったらどうなるのか分かっての言い分でしょうか。
 と、ここでは公爵令嬢では無いので身分の力加減は忘れたあげましょう。
 でも、あいにく普通の令嬢ではありませんからね。

 それを言おうか言うまいか。頭の中には男に言って更に舐められてヒッとなった男の姿が浮かんだ。

「それ、そっくりそのまま返しますよ?大丈夫ですか?」

 一つ、忠告として申し上げておきましょう。
 わたくし、カリンと同じ血が流れてますからね。

 わたくしは男に向かって不敵に笑った。

「はあ?バカにしてんのか?」

 男がわたくしに向かって手を振り上げた瞬間、男の首筋に手刀を当てた。

「ふっ。バカにして注意しなければならないのはどちらなのかしら」

 わたくしは転がっている男に向かって問いかけた。あまりにも見えを張った後の情けない姿に口から大笑いが漏れそうで、肩をふるふる震わせて男を真っ直ぐ見つめた。
 その瞬間、男は息を呑んで呆気にとられたようにわたくしの事を見る。
 おまえ……と情けない言葉が男の口から漏れ、自分の有様を確認してしまったらしかった。

「おい!こっちだ!」

 人がかりが出来てきて、騎士たちが来たらしい。
 ここは逃げるべし。

 でも、もうひとり、フードの男が話しかけようとしていて気になったが無視することにした。



「ねえ、どうなっているのです⁉どうしてあんなに街が荒れているの⁉箝口令は敷かれていないの⁉」
「お嬢様!王都から緊急で連絡が入っているのですが⁉何を送ったのでしょうか!」  

 わたくしたちは同時に怒鳴り合った。
 そして同時にぴしりと固まった。

 街でおかしいと思ったこと。それが情報規制の敷かれていない村人たちである。どうしてそうなったかは知らないが、こちらに残っていたユニスたちが聞いた可能性は高い。
 しかし、当のユニスの口から漏れたのはわたくしを叱る父からの伝言の言葉であった。

 っていうか、もうお父様から来ていたんだ。
 って、そんなことじゃなくて……

「どういう情報が流されているのですか?ローゼンハイン公爵家の管理が問われるのですよ⁉」
「それは……閣下に聞かれないと分かりませんが……箝口令は敷かれています。お嬢様」
「じゃあどうして、皆が知っているのですか。民に情報を知らせることは大事です。でも、すべてを知らせるには混乱を招きますわ」

 わたくしはこのついてきたカールという護衛騎士に問うた。
 それを教えたのはお母さまだが、お父様が知らぬはずがない。

 お母さまは領地経営と領主一族のあり方についてわたくしが幼いころから語っていた。それを面白くて強請ったわたくしもわたくしだったと思うが、幼児に領地経営について語っていたお母さまもお母さまだと思う。……今となっては、それもお母さまの優しさだったということ、公爵夫人として、王女として相応しい方だったということを思い知らされているまでである。

「もう一つ聞きます。民は物価などが変われば気づきます。でも、変わっていませんよ?我が領地から助成金を出しましたか?それと、何故ヴェーメル領とのアトゥリーヴァールを閉鎖しなかったのです!」
「そ、それは……たしかに出ております。でも、今年は収穫が多かったゆえ、あまり混乱はおきていないかと……」
「違います。こちらはまだ良いですよ。そりゃあ新フェール城がありますから。でも、東の街はどうなるのですか?」
「そ、それは……」
「いったいお父様は何をしているのですか!!それとも、領地経営はカテール兄様の管轄ですか?すぐに王都に連絡を取りなさい!」

 わたくしに怒られた騎士は小さくなると頭を下げた。その姿は少し可哀想でもあったが、いつもわたくしをなだめて主に従う護衛騎士としてはすこし情けない。ひざまずいている姿を、わたくしは冷たい一人とともに見つめる。
 まったく、みんなそろって何をしているのでしょう。
 バカなのですか?

 とそこである問題に気づいてしまった。

「王都に連絡を取るならカリンに渡してくださるかしら」

 お父様に連絡したら必ずや怒られるだろう。そもそもこっちに誰かが来ないだけ奇跡のようなのですから。
 わたくしはふう、と溜息をつくと周りを見渡す。
 あっけにとられるようにわたくしを見つめるマリと呆れたようにやれやれと溜息をつくユニスと目があった。気まずくなって先に目をそらしたのはわたくしの方である。後が怖そうですから、とは面と向かって言えるようなことではない。
 わたくしは罪悪感を覚えてそっとみんなの方から目をそらした。
 わたくしに着いてきた護衛騎士たちが、まるで戦地に赴いたような形相をしていたのは、言うまでも無いだろう。

「そ、それが……お嬢様。何を渡したのですか」

 カールはおどおどとわたくしのことを見る。その目に浮かんでいたのは「そんなにやばいものを渡したのですか?」という恐怖である。一体なんてことを――というのをその瞳は雄弁に語っていた。
 わたくしはそれを無視して質問を重ねる。

「何をって、なんでしょうね」

 いや、置き手紙です。不肖の娘ですからね。
 わたくしは誰にも言えないそれをそっと心のなかで呟いて、そっと目を伏せる。

「その、閣下から問い合わせがありまして……こちらが手紙になります」

 カールが差し出した白い手紙の宛名が滲んでいるところを見ると相当怒って書いたらしい。

『ベレーナ

 勝手に出ていくとは何事か。父の心配をよそにそんなことをするような子だとは思っておらぬ。
 娘の要求を聞き入れることはできない。
 早く戻ってきなさい。

 アルフレッド』

 わたくしの手から手紙が抜けて落ちた。
 しかし、グッと握った手に力がこもったのが分かる。

 まったく……

「冗談じゃないわよ!そんなことをするとでも思っているの⁉信じられない!」

 誰が父よ。あなたがわたくしのことを娘と思わないのでしたらわたくしもあなたのことを父とは思えませんよ。
 ったく。このやろ……あの人が!
 笑わせてくれるわね。

「お、お嬢様?」
「いい?手紙を出しますから早く届けていらっしゃい!信じられない。まったく……」

 わたくしは小さく溜息をつくとビシッと彼のことを指す。
 一応相応の睨みをきかせて。

 わたくしの護衛騎士はずなのに、父に乗る気になっていてどうするの?という意味を込めていおいた。

「も、申し訳ありません、お嬢様。しかし、私では他の護衛が……」

 なおもおどおどとためらっているカール。その顔に浮かんでいたのは果たして恐怖か困惑か。護衛に徹しようとするカールが、それもわたくしに慣れているカールがそのような表情を浮かべるのは珍しいことだった。
 ふん、情けないとは思わないのかしら?――ああ、お父様に差し出すのだから行きたがらないわよね。ええ、わたくしも怒られたくはありませんが。

「わたくし、自分の身は自分で守れます。――カールは王都からの騎士に手紙を渡してきてくだる?」

 わたくしはカールを安心させるように微笑む。

 まぁ正直なところ、ブラック企業でいたくは無いですし、カールがお父様に根掘り葉掘り聞かれることは極力避けたいですから。彼はわたくしに忠臣なだけに、お父様にペラペラ喋ってしまうのよね。

 カールはあからさまにホッとしたように肩の力を抜く。何故か周りの侍女たちも安心したように涙ぐんだ。

 ……そんなに?お父様に届けに行くことが死を見に行くようなものなのかしら。

 わたくしはコテッと首をかしげた。

「い、いえ、言っても良いのですが、と、届けにってまいります!」

 カールはあからさまにわたくしから逃げるように走っていく。わたくしは不思議になって周りを見渡した。しかし、わたくしを援護してくれるような、ある意味出来ない侍女はわたくしの周りにはいない。
 わたくしからしれっと視線をそらして同情と憐れみを込めた視線をカールにみな向ける。
 しかし、わたくしはその横顔に浮かんでいるものを見た。
 「自分でなくてよかった」というのをマリは、「困ったお嬢様ですこと」とユニスはその瞳で雄弁に語っている。

 わたくしはそっと息を吐いた。

 あの父でなければ、せめて兄だったらわたくしは直訴しようと思っただろう。でも、父は違う。きっと、わたくしの口から出てくることなど、聞いてくれはしないだろう。それほどまで、わたくしにとって父は嫌だった。そして、悪辣であったのだ。

 慌てて戻ってきたカールと、侍女たちを連れてわたくしは城の中に入る。蔦の生えたこの古城は、比較的穏やかな空気が流れていた。

 わたくしは手紙を送ったことも、置き手紙をしたことも後悔はしていなかった。そうするのが良いと思ったのだ。そしてその時、さしあたりわたくしは満足感の他に何も思いはしなかった。
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