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1.始まりは突然のプロポーズから

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「証拠になるかわからないけれど、おれが覚えているきみのプライベートな情報を話してみるよ。相原美結、15歳。ちょっとくせっけの肩くらいまでの黒髪に、珍しい薄紫の瞳。確か、おじさん側の影響だったかな? 高校一年生。両親が海外赴任のため、今は一人暮らし。兄弟姉妹はいない。掃除は得意なのに、料理は壊滅的。自分ではおいしいと思っているから、ちょっとたちが悪いんだよね。ふふっ。ああ、そうそう。この前……、でいいのかな? 砂糖と重曹を入れ間違えて斬新すぎるクッキー? みたいなのを作ったこと、あったよね?」
 あのね。クッキー? とか疑問系にしないでもらえる?
 あれは、クッキーだったの。誰が何と言おうとも、正真正銘ひよこ型のクッキー。
 まあ少し形がいびつになっちゃって、うねうねとした怪しい生物になってしまったけれど。
「砂糖と塩を間違えるのは聴いたことあるけど、重曹って。……ああ! もしかして、砂糖じゃなくてベーキングパウダーの代わりに入れたの? それなら、納得かな」
「え? いや別に、そういうわけじゃ……」
「クッキーに重曹を使おうなんて、普通思わないのにね。すごいな。ああでも、一人暮らしの女の子の家に食用の重曹がある時点で、めずらしくてすごいことか」
 腕組みをして感心したようにうなずく超イケに、私は苦笑いを浮かべた。
 全然きいていないし。なんなの、この自然にプラス思考というか、天然っぽいマイペースっぷりというか。
 けど、このことを愚痴――もとい、話してあげた異性はあっくんだけだ。
 まさか本当の本当に、この超イケは……
 記憶に残っているあっくんの藍色の瞳が、超イケのそれと重なる。
「ね? こんなこと知っているのは、おれが本物の秋斗だからでしょ?」
 嬉しそうにたずねてくる超イケに、私は口ごもった。
 も、もし仮に。もし、仮によ? この超イケがあっくんだとして、どうして急にこんな姿になってしまったの? 現実では、ありえない。まさかあの青いロボットの力を借りて、未来からタイムスリップしてきましたとか? それこそ、絶対にありえない……
 そういえばさっき、なんかちょっと引っかかりのある言葉が。こっちの世界が、うんぬんかんぬんだったっけ? こっちの、世界? あっちこっちそっちどっち――
 一人無言で考え始めた私を、どうやらまだ疑っていると勘違いしたらしい超イケは、「まだ信じてもらえない?」と嘆息した。
「なら、仕方ないな。んー……、これはあんまり言いたくなかったんだけど」
「え?」
 なに? なんのこと?
 心当たりがなくてきょとんとする私に、超イケは「フフッ」と意味深な笑いをもらした。
「きみさ、家では下着をつけないで、その……、ノーブラ……で過ごしているよね? 前にきみの家にお邪魔したとき、ちょうど窓から差しこんだ光にシャツが透けて――」
「わぁああああっ」
 なにっ!? なにを突然言っちゃってくれてるの、この人!?
 思わず胸元を両腕でおおう私に、超イケはニコッとさわやかな笑みをむけてきた。
「あのときはすごくドキドキしたんだから、おれ。相手が小学生だからって、警戒心なさすぎ。とまあ、これで信じてもらえるかな?」
 た、確かに超イケが言ったことは正しい。正しい、けども……!
 私は、不自然なほどにゆっくりと胸から手をおろすと、身体を斜め45度ほど右に動かした。
「まあ、うん。どうしてそうなったのか、全然理解できないけれど、超イ……もとい、あなたが“あっくん”だってことは、信じても、いいかもしれない」
 深呼吸を繰り返しながら答えた私に、超イケの表情がまぶしいほどに輝き始める。それが、初めて結婚の条件を出したときのあっくんと重なった。
 うわ……、そういえばこんな顔していたなぁ、あの時も。本当の本当にあっくん、なんだ――
 少しだけ感じ入っていた私に、彼は次の言葉を嬉々として告げてきた。
「じゃあ、おれと結婚してく――」
「それとこれとは話が別」
 あっくんの言葉を完全にさえぎり、私はきっぱりとそう言いはなった。途端、見る間にあっくんの表情が暗いものになっていく。恨めしそうな視線をむけてくる彼に、私は思わず目をそむけた。
「そ、そんな顔してもダメ。だって、言ったでしょ? 10年経って、めちゃくちゃカッコイイ男の人になっていたら、考えてもいい『かも』って」
 とは、言ったものの。
 10年経って、めちゃくちゃカッコイイ男の人になっていたら――その部分は、どうやったって否定できそうにない。
 イケメンになるだろうな、とは思っていたけれど、まさかこんな、某アイドルグループも裸足で逃げ出しそうなほどの美形になるなんて……、予想外すぎです。
「そ、それにね、こんなムードもへったくれもない状態で、いきなりプロポーズとかありえないでしょ? 女性に結婚を申しこむんだったら、時と場所、雰囲気も重要! そして、やっぱり何かしらの贈り物も必要だと思うの。えっと、そう。婚約指輪とか!」
「婚約、指輪?」
「そうよ。ほら、よくテレビドラマでもやっているでしょ? 給料の三か月分です、みたいな。あっくんがどれだけ私のことが好きなのか、態度で示してもらわないと。ちなみに私、そんじょそこらのダイヤとかエメラルドとか、普通の宝石にはこれっぽっちも興味ないからね? とびっきりレアな感じじゃないと、受けつけませんから!」
 われながら、むちゃくちゃな条件だ。
 でも、結婚なんてまだ考えられないし、しかも相手は見た目がだいぶ変わってしまったとはいえ、幼馴染のあっくん。正直、恋愛対象としてはまったく意識したことがない。無理を言ってあきらめさせた方が、彼にとってもいいに違いない。
 それが通じたのかどうか、彼はふうと短く息をはいた。
「……確かに。プロポーズするのに、何も持たずに手ぶらというのもおかしな話だったね。きみに早く会いたくて、そればかり考えていたからすっかり忘れていたよ。せっかくの見せ場なのにカッコ悪いな、おれ」
 前髪をかきあげながら口元にフッと苦いものを浮かべる姿は、まったくもってカッコ悪いようには見えないですよ、あなた……
「いろいろ、ごめん。悪いけど、今日はこれで帰らせてもらうね」
 その台詞に、私は胸中でひそかにガッツポーズ。
 はあ、よかった。なんとか、あきらめてくれた……?
 ん? 今日『は』……?
「ちゃんと婚約指輪を準備して、あらためて出直すことにするから」
 あらため、て?
 え、出直す、ですって……!? ちょまっ!
「でも、もしきみの気に入る指輪を持ってくることができたら、今度こそおれと結婚してくれるよね?」
 私があわてて制止しようと前に踏み出したのと、真剣な表情でつめよってきた彼との距離が一気に縮まる。鼻先がかすめそうになった私は、思わず息をのむ。
 ひいいいいい! ち、ちちちち、近いぃいいいいいい!!
 脳内パニックを引き起こした私はブンブンと両手を振りまくりながら、自分でもよくわからないうちに、いつの間にか首を縦に動かしていたようだった。
「やった……!」
 ようやく我に返った私の視界にひろがったのは、落胆していたはずのあっくんの顔が、満面の笑みに変わる瞬間だった。
 あ、あれ……?
「絶対だよ? 絶対だからね? 約束だよ、美結おねえちゃん!」
 どこかで耳にしたことのある台詞が、駆け抜けていく。
 遠ざかっていく背中――私の記憶の中にあるものより、はるかに大きくなってしまったそれを茫然と見送りながら、私はひしひしと押し寄せてくるデジャブを感じてやまなかった。
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