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2.フラグ・クラッシャー

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 いわく、『心が折れてしまえばよかったのに』。
 いわく、『あなたの胸筋に、ぞっこんラブ』。
 いわく、『素敵すぎるよ、あなたの鼻筋』。
 意味がわからない。
 いや、変な意味でならわかるけど、そのときの話の流れもおかしいし、同じ言葉を繰り返されてもなにがなんだかチンプンカンプン。
「……それ、本当に言葉だけの問題か?」
 あきれまじりの問いかけに、私は「ん、どゆこと?」とこたえる。
「まあ、いい。そういやオレ様も、なんで貴様と言葉が通じるのかはさっぱりだ。今のオレ様には、もうそんな力も残っていないはずだからな」
「そんな力?」
 ってなんのこと? と心の中で続けながら、私は首をひねった。
 その質問を待ってました、とばかりに犬っころがニヤリとほくそ笑んでくる。およそ犬らしくない、その邪悪な表情。
「フフン、ようやくこのオレ様の存在の大きさに気づいたか、愚か者め。あの日あの時あの草原での貴様の愚行を悶絶し極限にまで恥じらいながら、よく耳をかっぽじってしっかり驚くがいい。この唯一絶対の! オレ様のその実――っ」
 あの日あの時あの草原で? どこぞの青春映画のタイトルみたいな――って、ああああ! 思い出した!
 ビシ、と私の指先が犬っころを指す。
「思い出した! あの日あの時あの草原で、私の落とした大切なあんこ飴を勝手に拾って食べた、くそ生意気な犬っころじゃないの!」
「って、最後までマジできけよ! つーか言わせろ、言わせてください!」
 そうよ、私の大事なあんこ飴! あの日あの時あの草原で、私が落としたあんこ飴をなんのためらいもなく食べた犬っころだ!
 くぅうう! よくも、私のあんこ飴を! 食べ物の恨みは、おそろしいんだからね!?
「いいか、今度こそよく聞けよ!? オレ様はなあ、かの有名な――」
 はっ! そういえば、残りのあんこ飴は!? 無事!?
 あわててポケットを探りながら、私は指先にあたった包み紙にホッと安堵する。よかった、まだあった。包み紙のクシャクシャな感触を全部つかみ、ポケットから取り出す。ひろげた手のひらで姿を見せてくれたあんこ飴、その数はたったの……
「三個しか、残ってない」
 結構つめこんできたと思ったけれど、そういえばさっきいくつか落としたんだった。
 ガーーーン、とタライが天井から頭に落下してきたようなショックにうちひしがれていると、犬っころがこれでもか、と鼻息あらくふんぞりかえったところに目が合う。
 そういえば、さっきから一匹で何を吠えていたんだろうか?
「どうだ、恐れいったか! さあ、その場でひれ伏せ! 特大にうやまえ! そして、心の底からあがめたてて、今までの非礼の数々をわびるがいい!」
「へ? なにが?」
 どうやら私の答えが、お気に召さなかったらしい。犬っころは私に背をむけて、両前足を地面につけ、いわゆるOTLのポーズになる。なんだかその背中に哀愁のようなものを感じるけど、まあいいや。
「これからどうしよう」
 言葉も通じない。どんな世界かもよくわからない。
 はあ、と大きく息をつけば、キュルルとお腹の虫も寂しそうになりだす。ああ、お腹もすいたなあ。あんこ飴に、おのずと手が伸びていく。
「せめて、言葉が通じたらいいんだけど」
 包み紙を一つむき、ポンと口にほおる。
 ああ、甘い。おいしい。幸せ~……はっ!
「!!」
 しまった! たった三個しか残っていないあんこ飴を、なんとなくで食べてしまった……
 ああ、でもおいしい。幸せ~~
 疲れたときには、やっぱり糖分がかかせない。頭のすみずみまで、染みわたっていく。
「ん?」
 喜びにひたっていると、何か動くものに気づき、私は完全にとろけていた頬をひきしめた。
「あれって……」
 凝視する先、そこには一人の男の子がどこか頼りなげに歩いていた。すすまみれの顔に、ところどころ黒くこげたりやぶれたりした衣服。そして一発で判別できる、あのド派手な前髪。
 そうだ、茶色の馬に乗って、タル男と戦っていたやつ! 確か鼻筋ばかりほめていた、鼻筋男……の子!
 そういえばさっき、勝手に爆発に巻きこまれてふっとんでいったんだっけ。なんの爆発だったのかよくわからないけど、無事? だったんだ。乗っていた馬はどうしたんだろう? あたりを見渡してみるけど、馬どころか他の人影もタル男たちの姿もなかった。――よし。
 私は、鼻筋男の子とそこそこの距離をとってから、そのあとを追い始めた。
「あ、おい!」
 犬っころが、ワタワタともたついた様子でついてくるのがわかった。けど、それを確認している余裕はなさそう。
 近くにあった木の影にすべりこみ、そこからターゲットを確認する。
 と、ふいに左肩に重みが。「なに?」と思って見てみれば、ちょこんとその場に座りこんだ犬っころの姿。
「命の恩人たるこのオレ様を置いていくとは、なんて無礼なペタ子だ!」
「ちょっ! ついてくる気なの?」
「当たり前だ! このまま、貴様からの礼のひとつもなしにスゴスゴ引き下がったら、崇高なるオレ様の名に傷がつくではないか!」
「え? お礼なら、さっき言ったけど」
「あんな疑問形の礼など、礼のうちに入るか! この無礼者が!」
「じゃあ、ありがとう。そして、さようなら」
「適当に言うな! もっと心の底からオレ様を敬いつつ、おごそかに言いやがれ!」
 ああ、もう!
 私は、犬っころとターゲットを交互に見やる。
 ここで、ターゲットを見失うわけにはいかない。最初に遭遇した時から思った。あの鼻筋男の子の服、似ている気がしたんだ。色は違うけど、秋斗くんが就職したと言って着てきた軍服っぽいあの服に。
 やばい、だいぶ距離ができてしまった。
 私は犬っころを肩にのせたまま、あわてて次の隠れポイントに駆けていく。
 きっと話は通じないし、変に怪しまれても困る。なら、こうして黙ってついていくしかないものね。
「しょうがないなあ、まったく。邪魔だけはしないでよ、ポチ、クロ、タマ?」
「どれもちがうわ! しかも最後のやつ、犬じゃなく猫だろうが! さっきも同じようにツッコんだわ、ボケが! 貴様みたいなド貧民には、耳にするだけでも恐れ多い。そう、我が名はルー……」
「あ、曲がった!」
「きけよ!」
 耳元でキャンキャン叫ばれるけど、今はそれどころじゃない。
 このままうまくついていくことができたら、もしかしたら秋斗くんのところに行けるかもしれないんだから。あっちが助けに来てくれないなら、こっちから行くしかないもの。会うことができたら、いろいろと文句を言ってやるんだから!
 ふくらんだ期待を胸に、私は鼻筋男の子に見つからないよう細心の注意をはらいながら、手ごろな木から木にササササササと忍者もビックリな軽やかさで移動していった。
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