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4.変わらないもの

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「アキトが? そう……、それは大変だったわね」
 目の前のイレイズさんが、そっと吐息をこぼす。
 ここは、エレメンタルナイツの団長さんの執務室。部屋の主人が留守の代わりにそこにいたのは、イレイズさんとサリューの二人だった。
 なんとか戻ってこられたお城の入口で、昨日、秋斗くんの行方を教えてくれた兵士さんを見かけた私は、お礼がてらイレイズさんの居所をたずねてみた。優しく教えてもらったあと、そういえばまだ団長さんにも会ったことがないなあと思いながら、肩の上のルーにいろいろツッコミを受けて、ようやく目的地にたどりつくことができた。
 一番奥にある大きな執務机のすぐそばに、それの半分くらいのサイズの机が直角に並べられていて、イレイズさんはそこで書き物の作業をしていたようだった。その手をとめて、彼女は私を出迎えてくれた。
 机の書類を片づけながら呼び寄せられ、私は彼女の手が空いてから秋斗くんの状況を話し始めた。高熱を出して倒れてしまったこと、今は知人の家で休んでいること、回復はしたけれど、まだまともに動ける状態ではないことを。ひととおりを話し終えたところで、さっきのイレイズさんの言葉をもらったのだけれど。
 私は、大きな執務机のさらに奥の壁によりかかったまま、腕を組んで両目を閉じているサリューを見た。ここへ入ってきてからずっと変わらないその姿に、絶対眠っているよね? と思わずにはいられない。
 イレイズさんの「でも」という言葉に、私は意識をそちらに戻した。机をはさんでむかい側の椅子に座ったままの彼女は、優雅に頬杖をつく。
「珍しいわね。あの子が、体調を崩すなんて。ここにきてから、どんなにきびしい任務や激しい戦闘をくぐりぬけても、怪我一つ負ったことすらなかったのに。よっぽどの何かがあったのね」
「……はい」
 私がうなずくと、イレイズさんはそれ以上追及することなく「わかったわ」とうなずいた。
「わざわざ報告してくれてありがとう、ミユちゃん。無理をさせるわけにはいかないし、これからの計画を少し立て直さないといけないわね」
「あの……。そのことなんですけど、イレイズさん」
「なにかしら?」
「秋斗くんの代わりにはなりませんけど、私にも手伝わせてもらえませんか? その……、ティグローでのことを」
 おずおずと提案してみると、イレイズさんの両目がわずかに細められた。
「そのこと、アキトにきいたのかしら?」
「すみません、私が彼からきき出したんです。秋斗くんは、悪くありません」
「そう」
 見つめてくる青の瞳に、全部が見透かされているような気がしたけど、私は「……はい」と小さく返事をした。
 イレイズさんが、頬杖の手を変える。
「ミユちゃんの気持ちはありがたいけれど、危険な目にあうかもしれないとわかっていて、関係のないあなたを巻きこむわけにはいかないわ」
「関係、なくはないですから……!」
「そうね。立派な関係者だわ」
 クスッ、とイレイズさんが口元をゆるめる。
「あなたは、アキトの大事なひと。だから、なおさら頼めるわけがない」
 その言葉に、なんだか胸がチクと痛んだ。
「大丈夫、です。迷惑はかけませんから。それに実は私……、秋斗くんに助けられるまで、ティグローのコロシアムで賞品にされていたんです」
「賞品? あなたが、どうして?」
「理由は、私にもわかりません。めずらしい金品とかを持っていたわけでも、とりたてて自慢できるものがあるわけでもないのに。でもそのときに、主催者らしい人物にも会いました。他にもカバブタとか、黒マントの鉄仮面とか、仮面部族男とか――ってそれは秋斗くんか。な、なんにしろ、なにかの役に立てると思うんです!」
「そうかもしれないけれど、それでも――あら?」
 イレイズさんの青の瞳が、私から少しずらされた。
 なめらかな毛の感触が、首のうしろから左側の方へモソモソと移動していく。目で追った先には、銀色の犬っころ。
「その子……、魔物ね?」
「あ! す、すみません。見た目はあれですけど、悪い子じゃないので……」
「貴さっむぐんぐっ!」
 大きくひらかれたルーの口を、あわててふさぐ。
 今まで静かにしていたんだから、いいからまだおとなしくしていなさいって!
 非難がましいルーの瞳に、私は目くばせをする。納得しないのか、グルルルッとしたうめき声。私がルーの相手を軽くしていると、イレイズさんが不思議そうにたずねてきた。
「ミユちゃん。もしかしてあなた、テイマーなの?」
「て、ていまー?」
 ききおぼえのない単語キター。
 ええっと、時間をはかる機械かな? それはタイマーか。
 カレーの一種? って、それはキーマか。
 ペットの美容師さん。それはトリマー……うん、ちょっときつくなってきた。
 私が一人でボケツッコミをしていると、イレイズさんが説明をしてくれる。
「本来、絶対に不可能とされている魔物たちと心をかよわせて、自分の手足のように自在にあやつる能力をもつ、それがテイマー。本当に実在するなんて、知らなかったわ。もしかして、賞品にされていたのもそれが理由だったのかしら?」
 魔物たちと、心をかよわす?
 今まで普通に話ができた魔物(と思われる生物)は、このちっこいルーだけ。それだけで、心を通わせられるって言いきっていいのか、はなはだ疑問ではあるけれど! これは、チャンスかもしれない。
「じ、実はそうなんです! だから私にも……、お手伝いさせてください!」
 言って、しまった……! イレイズさんは、それからしばらく目を伏せていた。
 唇が少し動いたような気がしたけれど、なにもきこえない。じっと待っている間にルーに指先をかまれて、私は声にならない悲鳴をあげた。
 なにするの!? と視線でとがめると、ルーは「んべっ」と舌をだしてプイっとそっぽをむいた。
 か、かわいくない!
 「ミユちゃん」と名前を呼ばれて、私はあわてて背筋を伸ばした。
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