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5.『10年』よりも『1日』
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それからルーの第二の力だったのか、どこからかあらわれた無数の刃に四方八方から攻撃されて、元の犬っころに戻ったルーが床につぶれるように意識を失って、ようやく静かになった。
ルーを倒した勝者が、私の方へ歩み寄ってくる。その藍色の瞳は、所在なさげにきょろきょろと辺りをさまよい、うつむいた。
「……ごめん、美結さん」
「戻ってきたとたん、なんでいきなり謝るの?」
「だって、知らないうちにきみのファーストもセカンドもおれが奪っちゃっていたみたいだし……」
「ええ、そうね。しかも、覚えていないとかありえないでしょ、普通」
「ごめん……」
しゅん、とうなだれる秋斗くんに、私は短く嘆息してから自分の髪を耳にかけた。
「まあ、いいわ。そのうち、ちゃんと……してくれたら」
「え?」
「な、なんでもない!」
わ、私、サラッとなにを言っちゃっているの!?
いかんいかん、なんか目の前のひとに影響されてきていない、私!?
自分がありえなくて、私は両頬をおさえながらその場にしゃがみこんだ。
「美結さん、大丈夫? 気分が悪いなら、おれが運んであげるけど」
「! だ、大丈夫、大丈夫だってば!」
じょ、冗談じゃない。
この状態で、お、お姫様抱っこなんてされたら、きっとまた日付と時間が飛んでしまう……!
げんなりとなりながら、私は両足に力をこめた。
スッと差し出されてきた手に素直につかまって、なんとか立ちあがる。
手の持ち主に「ありがと」と言うと、「どういたしまして」とさわやかに返されて、私はもう一度床にくずれおちるところだった。
「帰ろうか、美結さん」
「え? 新居は、もういいの?」
「うん。さすがに、こんなところには住めないでしょ?」
「そ、そうね。こ、ここは広すぎて生活しにくそうだもの」
よ、よかった。
ホッと安堵して、私は秋斗くんと来た道を戻り始めた。
途中でルーの存在を思い出したけど、ここまで一人(?)で来たみたいだし、自分でなんとかするかな? むしろ、もともとこのお城がルーの家みたいだし、置いていっても問題ないよね。
大広間を抜けた先の廊下で、私は気になっていたことにふれてみることにした。
「――もし嫌だったら、答えなくてもいいんだけどね」
「ん?」
隣を歩いている秋斗くんが、こちらに顔をむけてくる。
私は少しだけ迷ってから、「あのね」と切り出した。
「『10年』を差し出すって決めたあと、秋斗くんはどうしていたの?」
「ああ……、うん」
前にむき直りながら、秋斗くんが指先を口元にあてた。
「その話をおれにしてくれたのは、あっちの世界にきたクレッシーだったんだ。なにもできない、なにもわからないおれのかわりに、いろいろと段取りや後処理をしてくれた。しばらくの間、幼いおれの面倒をみてくれたのも、クレッシー。『10年』を差し出したあとは……、思っていたより大変だったかな?」
「そうなの?」
「うん。まず、見た目におどろいた。いきなり、10年後の自分と対面するわけだし」
「そっか。10年後の自分なんて、想像つかないものね」
「フフッ。10年後の美結さんか」
「私の10年後っていったら、25よ? 完全におばさんだわ」
ふう、と私は肩をすくめる。
「そう?」と秋斗くんが、微笑を浮かべた。
「今よりも大人っぽくなって、きれいになっているんだろうな」
「なっ……」
一気に頬が熱くなって、私は言葉を失ってしまう。
な、なんでこう、このひとは恥ずかしげもなく、こういうことをサラリと言ってくるの……
頭痛がしてきて、私はこめかみを指先でおさえた。
「それでね。10年後の自分と対面して、すぐにそのギャップに気づいたんだ」
「ギャップ?」
「うん。見た目は大人なのに、頭の中身は小学三年生――つまり、八歳のままだったんだよ」
そ、それって見た目は子供、頭脳は――
いやいやいや。
「じゃ、じゃあ、今の秋斗くんって、私の知っているあっくんそのものだったの?」
「うーん、どうなんだろう? 厳密には、そのままじゃないとは思うんだけど、同じように感じる?」
「いや、それは……や、やっぱりどこか違っているというか、うん」
『あっくん』時代は、こんなに手慣れた感じでもなかったし、物腰もやわらかくなかったし、余裕たっぷりのキラキラオーラなんてふりまいてなかったし、結論。
変わりすぎ……、でしょうが。
どう見ても、八歳の子供にはとうてい思えませんよ……
ルーを倒した勝者が、私の方へ歩み寄ってくる。その藍色の瞳は、所在なさげにきょろきょろと辺りをさまよい、うつむいた。
「……ごめん、美結さん」
「戻ってきたとたん、なんでいきなり謝るの?」
「だって、知らないうちにきみのファーストもセカンドもおれが奪っちゃっていたみたいだし……」
「ええ、そうね。しかも、覚えていないとかありえないでしょ、普通」
「ごめん……」
しゅん、とうなだれる秋斗くんに、私は短く嘆息してから自分の髪を耳にかけた。
「まあ、いいわ。そのうち、ちゃんと……してくれたら」
「え?」
「な、なんでもない!」
わ、私、サラッとなにを言っちゃっているの!?
いかんいかん、なんか目の前のひとに影響されてきていない、私!?
自分がありえなくて、私は両頬をおさえながらその場にしゃがみこんだ。
「美結さん、大丈夫? 気分が悪いなら、おれが運んであげるけど」
「! だ、大丈夫、大丈夫だってば!」
じょ、冗談じゃない。
この状態で、お、お姫様抱っこなんてされたら、きっとまた日付と時間が飛んでしまう……!
げんなりとなりながら、私は両足に力をこめた。
スッと差し出されてきた手に素直につかまって、なんとか立ちあがる。
手の持ち主に「ありがと」と言うと、「どういたしまして」とさわやかに返されて、私はもう一度床にくずれおちるところだった。
「帰ろうか、美結さん」
「え? 新居は、もういいの?」
「うん。さすがに、こんなところには住めないでしょ?」
「そ、そうね。こ、ここは広すぎて生活しにくそうだもの」
よ、よかった。
ホッと安堵して、私は秋斗くんと来た道を戻り始めた。
途中でルーの存在を思い出したけど、ここまで一人(?)で来たみたいだし、自分でなんとかするかな? むしろ、もともとこのお城がルーの家みたいだし、置いていっても問題ないよね。
大広間を抜けた先の廊下で、私は気になっていたことにふれてみることにした。
「――もし嫌だったら、答えなくてもいいんだけどね」
「ん?」
隣を歩いている秋斗くんが、こちらに顔をむけてくる。
私は少しだけ迷ってから、「あのね」と切り出した。
「『10年』を差し出すって決めたあと、秋斗くんはどうしていたの?」
「ああ……、うん」
前にむき直りながら、秋斗くんが指先を口元にあてた。
「その話をおれにしてくれたのは、あっちの世界にきたクレッシーだったんだ。なにもできない、なにもわからないおれのかわりに、いろいろと段取りや後処理をしてくれた。しばらくの間、幼いおれの面倒をみてくれたのも、クレッシー。『10年』を差し出したあとは……、思っていたより大変だったかな?」
「そうなの?」
「うん。まず、見た目におどろいた。いきなり、10年後の自分と対面するわけだし」
「そっか。10年後の自分なんて、想像つかないものね」
「フフッ。10年後の美結さんか」
「私の10年後っていったら、25よ? 完全におばさんだわ」
ふう、と私は肩をすくめる。
「そう?」と秋斗くんが、微笑を浮かべた。
「今よりも大人っぽくなって、きれいになっているんだろうな」
「なっ……」
一気に頬が熱くなって、私は言葉を失ってしまう。
な、なんでこう、このひとは恥ずかしげもなく、こういうことをサラリと言ってくるの……
頭痛がしてきて、私はこめかみを指先でおさえた。
「それでね。10年後の自分と対面して、すぐにそのギャップに気づいたんだ」
「ギャップ?」
「うん。見た目は大人なのに、頭の中身は小学三年生――つまり、八歳のままだったんだよ」
そ、それって見た目は子供、頭脳は――
いやいやいや。
「じゃ、じゃあ、今の秋斗くんって、私の知っているあっくんそのものだったの?」
「うーん、どうなんだろう? 厳密には、そのままじゃないとは思うんだけど、同じように感じる?」
「いや、それは……や、やっぱりどこか違っているというか、うん」
『あっくん』時代は、こんなに手慣れた感じでもなかったし、物腰もやわらかくなかったし、余裕たっぷりのキラキラオーラなんてふりまいてなかったし、結論。
変わりすぎ……、でしょうが。
どう見ても、八歳の子供にはとうてい思えませんよ……
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