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6.『幼なじみ』→『???』
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今にも腰の剣を引き抜きそうな秋斗くんと、それを挑発するセディスくん。
ピリッとし始めた空気に、やんわりとしたイレイズさんの声がそれをはばんだ。
「やめなさい、二人とも。セディス。あなたは今、謹慎中の身。なにかトラブルを起こすつもりなら、私の見ていないところにしてちょうだい」
「ったく。口うるさい系おばさんは、だまっ」
調子よくまわっていたセディスくんの言葉が、突然とぎれる。
それもそのはずで、私の肌にも強烈な冷気のようなものが伝わってきて、私まで声をのみこんでしまう。その発生源には、きれいな表情をくずさないままのイレイズさん。
「――なにかしら?」
ひ、ひぇっ。
なにも変わっていないはずなのに、変わっていないはずなのに。もしかして、見てはいけないものを見てしまった気が……!
思わず秋斗くんに顔をむければ、どうしたの? と言わんばかりの不思議そうな表情。こっちが、どうしたのとききたいんですけど……!
かたまっていたセディスくんが、ぎこちなく動き始めた。
「……ちょっとおせっかい系なお姉さんは、口数をもう少し減らしてもらえるとありがたいです」
あ、言い直した。
「そう? これから、気をつけることにするわ」
優雅にほほえむ、イレイズさん。
よ、よかった……。冷気がとまった……
ホッと安堵しているのもつかの間。再び、セディスくんに鋭くにらみつけられてしまう私。
ただでさえ、目力半端ないのに……ううっ、視線が超絶痛い……
「あんた、名前は?」
「あ、相原美結です。名前だけだと、美結」
「ミユ? 次に会ったときは、完全な復讐をあんたにしかけてやる系だから覚悟しておきなよ、ミユ!」
一気にまくしたてて床を蹴ったセディスくんは、その勢いのまま踵を返して部屋を出ていく。大きな音をたてて扉がしまり、声をかけるタイミングを逃してしまった私は苦いものをそっと宙にはいた。
エリーといい、セディスくんといい、私って敵をつくりやすいタイプなんだろうか? と少しだけへこんでいると、私のそばで藍色の瞳をかすかに見開いて立ちつくしている彼の姿が目にとまった。
「秋斗くん、どうしたの? なんか、様子が変じゃない?」
あ、もしかしてさっきセディスくんに復讐してやるうんぬんって言われたから? ほんと、心配性……
唇をかんでいた秋斗くんが、ふりしぼるような声を出してきた。
「……おかしくもなるよ。だって美結さんのこと、美結って……、美結って呼び捨てにしてた!」
「はい?」
そこ? そこなの!?
って、ちょっと待って。
さっきセディスくんに呼ばれたときはなんともなかったのに、秋斗くんだと背筋がゾワワって……!
や、やばい。これ、絶対にやばいやつだ……!
「ねえ、美結さん」
決意に満ちた表情でこちらに近寄ってくる秋斗くんに、私はあわててそれをさえぎった。
「だだ、駄目! 秋斗くんは、駄目!」
「……どうして?」
「ど、どうしてって……!」
秋斗くんに低い声でたずねられて、私は困惑してしまう。
ど、どうしよう。なんて説明したらいいの?
きみに呼び捨てにされると、こう……背中がゾワっとして落ち着いていられなくなるんですって、そんなの言えるわけがないし!
私が答えに悩んでいると、横からすずやかな声がはさまれてきた。
「アキト。ミユちゃんを困らせてはいけないわ」
「イレイズ……、だけど」
「呼び名は、呼び名に過ぎないの。大切なのは、そこにこめられた想いの方。セディスがいくら呼び捨てにしても、その中にあるのはあまりよくない感情。でも、あなたの場合は違うでしょう?」
「うん、もちろん」
「そんな声で名前を呼び捨てにされるとね、中には困る女性もいるものなの。覚えておくといいわ」
イレイズさんに集中していた藍色の瞳が、私の方に流されてくる。
「そうなの? 美結さん」
なな、なんでそれを、私にふってくるの!?
「わ、私にきかないでよ……っ」
「クッ、クククククッ」
それまで無言を決めこんでいたサリューが、耐えきれなくなったのか忍び笑いをひびかせてくる。
わ、笑いごとじゃないのに! 恥ずかしさの極みに達してしまった私は、耳の先まで熱くなるのを自覚しながら、床に視線を落とした。
ああ。絨毯の折り目、きれーだなあ……
「またいつでも――」
その声に、私はゆっくりと顔をあげた。
青色の宝石のような両目が、ニコとやわらぐ。
「遊びにいらっしゃい。待っているわ、ミユちゃん」
「は、はい。いろいろとありがとうございました。あの、一度も会えなかったですけど、団長さんにもよろしく伝えてください」
「ええ、そう伝えておくわ」
結局、今回も団長さんにはあいさつできなかった。
どんな人なんだろう? こんな濃すぎるメンツをそろえている騎士団の団長さんなんだし、相当な大物に違いなさそうだけど。やっぱり、会ってみたかったな。
ピリッとし始めた空気に、やんわりとしたイレイズさんの声がそれをはばんだ。
「やめなさい、二人とも。セディス。あなたは今、謹慎中の身。なにかトラブルを起こすつもりなら、私の見ていないところにしてちょうだい」
「ったく。口うるさい系おばさんは、だまっ」
調子よくまわっていたセディスくんの言葉が、突然とぎれる。
それもそのはずで、私の肌にも強烈な冷気のようなものが伝わってきて、私まで声をのみこんでしまう。その発生源には、きれいな表情をくずさないままのイレイズさん。
「――なにかしら?」
ひ、ひぇっ。
なにも変わっていないはずなのに、変わっていないはずなのに。もしかして、見てはいけないものを見てしまった気が……!
思わず秋斗くんに顔をむければ、どうしたの? と言わんばかりの不思議そうな表情。こっちが、どうしたのとききたいんですけど……!
かたまっていたセディスくんが、ぎこちなく動き始めた。
「……ちょっとおせっかい系なお姉さんは、口数をもう少し減らしてもらえるとありがたいです」
あ、言い直した。
「そう? これから、気をつけることにするわ」
優雅にほほえむ、イレイズさん。
よ、よかった……。冷気がとまった……
ホッと安堵しているのもつかの間。再び、セディスくんに鋭くにらみつけられてしまう私。
ただでさえ、目力半端ないのに……ううっ、視線が超絶痛い……
「あんた、名前は?」
「あ、相原美結です。名前だけだと、美結」
「ミユ? 次に会ったときは、完全な復讐をあんたにしかけてやる系だから覚悟しておきなよ、ミユ!」
一気にまくしたてて床を蹴ったセディスくんは、その勢いのまま踵を返して部屋を出ていく。大きな音をたてて扉がしまり、声をかけるタイミングを逃してしまった私は苦いものをそっと宙にはいた。
エリーといい、セディスくんといい、私って敵をつくりやすいタイプなんだろうか? と少しだけへこんでいると、私のそばで藍色の瞳をかすかに見開いて立ちつくしている彼の姿が目にとまった。
「秋斗くん、どうしたの? なんか、様子が変じゃない?」
あ、もしかしてさっきセディスくんに復讐してやるうんぬんって言われたから? ほんと、心配性……
唇をかんでいた秋斗くんが、ふりしぼるような声を出してきた。
「……おかしくもなるよ。だって美結さんのこと、美結って……、美結って呼び捨てにしてた!」
「はい?」
そこ? そこなの!?
って、ちょっと待って。
さっきセディスくんに呼ばれたときはなんともなかったのに、秋斗くんだと背筋がゾワワって……!
や、やばい。これ、絶対にやばいやつだ……!
「ねえ、美結さん」
決意に満ちた表情でこちらに近寄ってくる秋斗くんに、私はあわててそれをさえぎった。
「だだ、駄目! 秋斗くんは、駄目!」
「……どうして?」
「ど、どうしてって……!」
秋斗くんに低い声でたずねられて、私は困惑してしまう。
ど、どうしよう。なんて説明したらいいの?
きみに呼び捨てにされると、こう……背中がゾワっとして落ち着いていられなくなるんですって、そんなの言えるわけがないし!
私が答えに悩んでいると、横からすずやかな声がはさまれてきた。
「アキト。ミユちゃんを困らせてはいけないわ」
「イレイズ……、だけど」
「呼び名は、呼び名に過ぎないの。大切なのは、そこにこめられた想いの方。セディスがいくら呼び捨てにしても、その中にあるのはあまりよくない感情。でも、あなたの場合は違うでしょう?」
「うん、もちろん」
「そんな声で名前を呼び捨てにされるとね、中には困る女性もいるものなの。覚えておくといいわ」
イレイズさんに集中していた藍色の瞳が、私の方に流されてくる。
「そうなの? 美結さん」
なな、なんでそれを、私にふってくるの!?
「わ、私にきかないでよ……っ」
「クッ、クククククッ」
それまで無言を決めこんでいたサリューが、耐えきれなくなったのか忍び笑いをひびかせてくる。
わ、笑いごとじゃないのに! 恥ずかしさの極みに達してしまった私は、耳の先まで熱くなるのを自覚しながら、床に視線を落とした。
ああ。絨毯の折り目、きれーだなあ……
「またいつでも――」
その声に、私はゆっくりと顔をあげた。
青色の宝石のような両目が、ニコとやわらぐ。
「遊びにいらっしゃい。待っているわ、ミユちゃん」
「は、はい。いろいろとありがとうございました。あの、一度も会えなかったですけど、団長さんにもよろしく伝えてください」
「ええ、そう伝えておくわ」
結局、今回も団長さんにはあいさつできなかった。
どんな人なんだろう? こんな濃すぎるメンツをそろえている騎士団の団長さんなんだし、相当な大物に違いなさそうだけど。やっぱり、会ってみたかったな。
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