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6.『幼なじみ』→『???』

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 薬指に、見覚えのある七色に光る宝石。あまりにピッタリとなじんだそれに、私の頬が引きつりまくる。
 おそるおそる目線をあげれば、さわやかイケメンオーラがいつもの三倍増しに加えて、さらにみがきのかかった秋斗くんのキラキラ笑顔が飛びこんできた。それはまさに回避不能の、即殺コンボ。
「これで、美結さんはおれが予約完了だね」
「うぐっ……」
 ものの見事に、私は言葉をつまらせた。
 左手の薬指が、こそばゆくてたまらない。
 親指でふれてみれば確かに硬い感触があって、今にも顔が爆発しそうになる。
 まずい、このままだと非常にまずい。
「おじさんとおばさんには、今度きちんとあいさつに行くよ」
「あ、あいさつ?」
「うん。えっと、む、娘さんを僕にください、だっけ? うわっ……ちゃんと、言えるかな」
「どの口が言っているんですか? むしろそういうのは、お得意なんじゃって、そ、そうじゃなくて! なな、なんでもうそんな展開に!?」
「だってプロポーズして、指輪も受け取ってもらった。その次は、ご両親にあいさつじゃないの?」
「し、知らないわよ! ゆ、指輪も受け取らされたというかいつの間にかハメられたというか、なんというか……」
「え? 指輪って、はめるものじゃないの? おれが、美結さんの指に直接はめたよ?」
「ししし、知っているわよ! み、見てたし! あらためて口に出さなくていいし! そ、そうじゃなくて! あ、挨拶とかなんとか、わわ、私だっていろいろ、は、初めてなんだから……!」
「! ……美結さん、その顔はずるいよ」
 藍色の瞳が一瞬大きさを増して、すぐに私からそらされる。
 なにがずるいのかわからなくて、私は「へ?」とマヌケな声を出してしまう。
 やけにはりつめたような雰囲気で、秋斗くんが髪をかきあげながら息をはいた。
「それにしても、おじさんとおばさんに会うのは何年ぶりかな? おれが瀬田秋斗だって、信じてもらえるといいんだけど」
「い、いやあ……、普通は信じられないと思うんですが」
「あとで、いろいろシミュレーションしてみるよ。団長におじさん役をしてもらって、イレイズに美結さんのお母さん役、サリューは柱時計で、先輩には観葉植物あたりをお願いしようかな」
 両腕を組んで一人考えこむ仕草はとてもとてもサマになってはいらっしゃいますが、ちょっと待って。
 イレイズさんがこの場にいなくてもちゃんと配慮しているところはさすがだけど、柱時計とか観葉植物って、なにに使うの? むしろ、その場に必要なの? そもそも、うちにそんなものってあったっけ……
 自宅のリビングを思い浮かべながら首をひねっていると、秋斗くんがスッと私の前に手を差し出してきた。ニコ、とした微笑。
「それじゃ、行こうか。続きはあっちでね」
「い、いや。私、今から学校なんですけど」
「大丈夫。この世界の時空も操れるように、完璧にマスターしてきたから」
「は、はい!?」
 完璧にマスターって、なに?
 この世界の時空を操れたら、どうなるの? ま、まさか存在を消されるわけ!?
 思わず逃げようとした私の腰に、スッと腕がまわされる。逃げ場をうばった張本人が、さわやかにほほえんできた。
「つまり――、美結さんはこのままおれがさらっていくってこと」
「はあ!? それ、どういう……きゃあっ!」
 私の手から、かばんがすべり落ちていく。
 フワと宙を舞う感覚と、慣れたように私を抱きかかえる両腕。一気に縮まった距離に、満足そうな秋斗くんと硬直する私。
 軽やかな足取りで移動を始めた彼に、私はあわてて「言っておくけど!」と切り出した。
「ここ、これって立派な誘拐罪だからね!? こんな強引なことするなんて、マジでありえない! けけ、結婚もまだ無理だし考えられないし! ねえ、きいてる!? とりあえず、おろして……っていいかげん私の話をき――んうっ!?」
 唇がやわらかな感触におおわれて、私は息を奥の方へと押しこめられる。
 なっ、なっ……!
 茫然とする私と、少しだけ緊張した表情の秋斗くんの視線がからみあって、そしてはじかれたようにお互い明後日の方をむいた。
 って、冷静に状況を分析している場合じゃない!
 なにっなに、考えているの!?
「今回は……、大丈夫。ちゃんと覚えているから」
「だだだだ、大丈夫じゃない……っ」
 頭がどんどん真っ白になって、今起きたことがグルグルまわる。
 だって今のって、えっ、あれええ??
 ど、どうしよう。顔が、顔が……!
「団長がね、教えてくれたんだ。好きな女性を、怒らせずにだまらせる方法」
「は、はいぃぃ!?」
 私は、はじかれたように目の前の人物を見あげる。
 私の視線に気づいた彼が、微笑しながらさらにのたまったのだ。
「ただし、両想いのときにかぎる」
「そりゃそうでしょうがっ!」
 声の限りにツッコんだ私を驚いたように見つめてから、秋斗くんはプッと吹き出した。
「あれ、怒られちゃった。おかしいなあ」
「当たり前でしょ!? ふ、不意うちなんて、反則じゃない!」
「あ、そっか。ああいうのを、不意うちって言うんだ。なるほど」
「なるほどって、なにを一人で納と……っぅんっ!?」
 ま、またふさがれたし……っ!
 さっきからなんなのよ、もう……っ。
「不意うちも、時には絶大な効果ありって団長が」
「は、はあ!?」
 また、団長さん!?
「ただし、両想いのときにかぎる」
「って、そればっかじゃないっ!」
 うう、だんだん息が苦しくなってきた……
 ツッコんで叫んだり、勝手に呼吸をとめられたり、あがったりさがったり。動悸もやばいし。さすがに、酸素が……
「美結さんは、嫌なの?」
「な、なにがっ」
 いきなりたずねられて、私の声が半音あがってしまう。
「おれとの、キス。前に、相手にもよるって言ってたよね?」
「言った、けど……っ」
「やっぱり嫌、なんだ」
 しゅん、とうなだれた表情。かげる藍色の瞳に、私は目をそらせなくなってしまう。
 なんでまた、この展開なのよ!
 ああもう、いつもいつもこのペースだ……!
「……嫌じゃ、ないから!」
 完全に、頭きた! 毎回毎回同じ結末をたどって、たまるもんですか!
 こうなったら、意地でもそのキラキラした完全無欠な笑顔を私の手で崩しまくってやるんだから!
 悲しませるのは嫌、どうせやるなら驚かせて喜ばせたい。
 なら――、やってやろうじゃない。
「だから……!」
 顔が焼けるように熱いけど、そんなのかまってられない!
 私は藍色の瞳をキッとにらみつけると、秋斗くんの首元のネクタイをつかんだ。
「え? 美結さん?」
「これでも、くらえ!」
 ネクタイをグイッと引き寄せて近づいてきた秋斗くんの唇に、私は自分から口づけてやった。
 そうして。
 驚きに見開かれた藍色の両目と、これ以上ないくらい赤面した秋斗くんを見ることができて、私的にはすごく満足だったんだけど、それからの記憶はあいまいなものになってしまった。だってそのあとに怒涛の甘い言葉攻撃やらなんやらで、私の思考は完全にショートしちゃったから。
 本当にこのひと、つい最近まで八歳児だったんですか? ありえないでしょ……
 こんな風に育てた責任者、でてこーいっ。
 げんなりしながらあっちの世界にもどったら、またいろんなトラブルに巻きこまれちゃって、そう簡単に、け、結婚とかできるような流れじゃなくなるんだけど、それはまた別のお話。

 Fin.
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