あやかし娘とはぐれ龍

五月雨輝

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三度目の決闘

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 右一文字、返して左へ一文字、右上への斬り上げから振り返りざまに袈裟に斬り下ろす。
 砂塵と剣光が渦を巻く中、龍之介は縦横に剣を振るう。

 しかし、今晩の増蔵の手下たちは、昨日まで相手にした連中とは違っていた。
 どの男たちも敏捷な動きで、慣れた手つきで扱う脇差の刃には、確かな修練を積んだ技が乗っている。
 増蔵は江戸から逃げる時に何があるかわからぬと用心し、手下たちの中でも特に腕が立つ者たちを選りすぐっておいたらしかった。

 龍之介に次から次へと襲い掛かって来る敵。
 巧みに防いで斬られはしないものの、相手の侮れない技に手こずり、一人を斬り伏せるのにやたらと時間がかかる。
 隣では横田半三郎自身も剣を抜いて斬り合っているが、こちらも防戦一方であった。

 そして伝吉たち忠兵衛組の者たちは、それぞれ奮戦しているものの、増蔵の手下たちの刃の前に押され気味である。

 元々人数では増蔵一味の方が多い。
 形勢は徐々に龍之介たちに不利になって行った。

 そんな戦況を縁側から見て、増蔵は満足そうな薄笑いをしている。
 その奥の部屋では、熊田十蔵が相変わらず一人酒をしていたが、その顔には酔いは見られず、冷静な視線は庭の斬り合い、特に龍之介に注がれていた。

 やがて悲鳴が上がった。
 遂に、忠兵衛組の子分の一人が斬り倒されたのだ。
 連続してまた一人が血を噴いて地面に倒れ込んだ。

 ――このままじゃまずい。源之介たちを助ける前にこっちがやられちまう。

 龍之介の心に焦りが生じ始めた時だった。

 建物の角から一人の男が姿を現し、この庭にまで歩いて来る。
 男は二刀を佩いた小袖着流しに羽織姿の武士だったが、頭巾をかぶった上に覆面をしている。
 横田家の門前でるいに尋ねた、あの奇妙な武士であった。
 武士は、覆面の隙間から乱戦の様子を見回していたが、一人何やら納得したように頷くや突然抜刀し、

「義によって助太刀いたす」

 と、乱戦の中に突入するや、ちょうど側面ががら空きになっていた増蔵の手下一人を一撃で突き倒した。
 どうやら龍之介側に立って助太刀するらしい。
 その覆面武士の手並みは鮮やかであった。忠兵衛組たちの斬り合いの中に割って入ると、数合撃ち合った後に一人を斬り伏せ、次の敵とも激しく撃ち合ってこれもまた見事な上段からの唐竹割りで仕留めた。

 ――あの上段からの真っ向斬りはもしや……。

 妙な男が入って来たと、斬り合いながらも警戒していた龍之介だが、その覆面武士の身体の使い方、太刀さばきには覚えがある。
 それは昨日も見たーー

「与四郎か!」

 龍之介は気付いて叫んだ。
 すると、武士は龍之介の方を見て覆面を少しずらして顔を見せた。
 間違いない。奉行所の廻り同心で龍之介の剣友、勝田与四郎であった。
 与四郎はまた一人を斬り倒すと、龍之介の近くへ駆け寄って来て、

「奴らの頭がここの中間だとお前が言うからこっそり様子を見に来たらこれだ」
「助かるぜ」

 龍之介は剣を振りながら返事をする。

「このことは絶対に他に言うなよ。俺が旗本屋敷で剣を使ったなんてことが知られたら大変なことになる」
「わかってるって」
「じゃあ、存分に暴れろ、龍。こっちは俺が当たる」
「おう」

 思わぬ強力な助太刀を得て、龍之介は俄然勢いづいた。
 龍之介の剣は唸りを上げて夜闇に乱れはしる。
 すぐに一人を斬り伏せると、目にも止まらぬ神速の一刀で次の敵を斬り、また次の敵も……と、次々に増蔵の手下たちを斬り倒していく。

 これを見ていた熊田十蔵、ついに茶碗を捨てて立ち上がり、縁側の増蔵の隣まで歩いて来た。
 
「熊田さん……」

 逆転した戦況に焦り始めていた増蔵だったが、熊田十蔵を見て安堵の表情を浮かべた。

「熊田さん、お願いします」
「まず、本龍の奴は俺が斬る」

 十蔵はそれだけを言うと、抜刀して庭に下り立った。
 それを見た龍之介、眼前の敵の刃をかい潜って、回し蹴りで後方へ飛ばすと、

「与四郎、後ろを頼む。俺は熊田とやる」
「わかった、気をつけろよ」
「おう」

 龍之介は応えると、ゆっくりこちらへ歩いてくる熊田十蔵の巨躯を見据えながら、自身も間合いを測りつつ歩いて行く。
 やがて、二人は同時に歩みを止めた。
 その間合い、およそ二間ほど。
 無言ーー
 薄闇の中、奇妙なことに互いに剣は構えず右手で提げたままだった。
 眼光と気で攻め合っていた。

 そして動いたのも同時だった。
 気合いと共に両者の影が激突した。
 刃のぶつかる音の中に青い剣花が弾け飛び、二度、三度と撃ち合うとパッと離れ、互いに間合いを取って構えた。
 熊田十蔵は大上段に。それを見た龍之介は平青眼に。
 熊田十蔵はにやりとすると、全身から殺気をほとばしらせながら龍之介を睨んだ。
 龍之介もまたふうっと息を吐き、闘気が青く燃える眼光で十蔵の髭面を見据える。

 ――とにかく力が尋常じゃねえ。

 殺気を発する熊田十蔵の巨躯は、さながらそれ一本の重い剛刀のようであった。

 昨日もそうだったのだが、一撃一撃に凄まじい膂力が乗っていて、受け止める度に龍之介の身体がわずかに押され、手にはしびれが残った。

 ――だが、きっとそこに隙があるはずだ。

 長所と言うのは、それに自信を持ちすぎると、時に失敗の元になることがある。

 ――奴は力の強さだけじゃなく技も持っているが、力に自信を持ちすぎている節がある。

 そう、考えを巡らせている時であった。龍之介は、ふと不穏な気配を感じて一瞬だけ縁側にちらりと視線をやった。
 すると、そこにいた増蔵がにやりと残忍な薄笑いをこちらに見せてから、廊下の奥へと走って消えた。

 ――しまった! 奴め、源之介たちをやる気だ。

 龍之介は瞬時に増蔵の意図を察して愕然とした。
 その気の逸れを見て、熊田十蔵が激しく斬り込んで来た。
 龍之介は渾身の力でその剛剣を撥ね返すと、

「熊田、待て! 息子たちが殺される!」
「それなら好都合だ、待つ馬鹿がいるか!」

 十蔵はせせら笑い、更に斬りかかって来る。

 ――畜生!

 龍之介は受け止め、撥ね飛ばし、更に反撃に出ながら、

 ――まずい、まずい、どうする?

 と、心中で焦っていると、視界の片隅に白い小さな影がこちらに視線を送っているのが見えた。
 迷っている暇はなかった。

「ゆみ、頼む! 源之介たちがやられる! すぐに行くから食い止めていてくれ!」

 龍之介は大声で叫んだ。
 それを待っていたかのように、白猫のゆみは縁側に駆け上がり、廊下の奥へと走った。
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