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しおりを挟む部屋に入ってきたのはジョエル様だった。
夜通し馬で駆けてきたのか、ひどく汚れた状態だった。
「ジョエル様、どうしてここに?」
「ん?足止めされていると聞いて、迎えに来た。」
迎えに来たって……確かに、何日もここにいるけれど。
「どういうことだっ!レティシア、離婚したんだろう?それなのに迎えって。」
リオンが怒りと困惑した顔でそう聞いてきた。
「離婚届にサインはしたわ。あなたと一緒になるつもりはないと決着をつけてから、ジョエル様と一緒に離婚届を出しに行く予定だったの。」
「だから、レティシアは私の妻のままだ。迎えに来てもいいだろう?」
ジョエル様が離婚届にサインをする前にした約束が、リオンに会いに行く間はジョエル様の妻のままでいることだった。
離婚するのは帰って来てから。そう約束した。
「お前がレティシアに執着しているのは、手に入らなかった物を悔やんで駄々をこねているだけだろう?」
あぁ、そんな感じかもしれない。子供の我が儘。なのに大人だから悪質になった。
「レティシアに避妊薬を飲ませたって?そんなことだろうと思ったよ。」
「え……?」
気づいていた?
「黙っていたが、レティシアとジュリが外出している間に、二人の部屋を捜索したことがある。妊娠しないように薬を飲んでいるのではないかと思ってね。だが、見つからなかった。
となれば、効き目の長い避妊薬を飲んでいるのではないかと思った。だから三年で離婚なのか、と。」
どういうこと?
一生、妊娠できない薬ではなかったから、効果が薄れて妊娠したってこと?
「お見通しか。そうだよ。三年~五年間効くという避妊薬を飲ませた。娼婦御用達のな。
離婚したレティシアと僕が再婚して、数年経てば子供が奇跡的にできたってことになったら感動的かと思って。」
「ひどいわ。一生、産めないと思っていたのに。」
どんなに後悔したことか。
避妊薬が何種類もあるなんて知らなかったし。
「でも、できにくくなるのは確かだから、跡継ぎが必要な侯爵家にレティシアはもう相応しくないだろう?」
リオンが嘲るようにそう言うと、ずっと部屋の隅で黙っていたジュリが叫んだ。
「レティシア様は昨日、妊娠していると判明しました!」
ジュリ暴露に、ジョエル様とリオンが驚いた顔をした。
「レティシアっ!」
ジョエル様がレティシアの頬を両手で覆い、嬉しそうな笑顔で聞いてきた。
「子が?」
「……そうみたいです。」
あれ?
離婚しなければならないと思っていた気持ちはどこへ?
ジョエル様の嬉しそうな顔を見たら、報いだとか責任だとか、どうでもよくなった。
ジョエル様に抱きしめられて、幸せだと思った。
もう、自分を許してもいいよね。
「なんだよ……他の男の子供を妊娠した女なんて、いらねぇよ。」
あっ……リオンの存在を忘れていた。
「二度と私たちに関わらないでくれ。ルチアの死の真相も調べてある。社交界で爪弾きにされたくないだろう?」
ルチアがトレッド伯爵に襲われそうになったのに、ルチアが夫を誘惑したと勘違いした夫人がナイフでルチアを襲い、最期は叩かれそうになったのを避けようとして階段から落ちたというのが真実だと使用人から聞いていた。
不注意で落ちた。
間違いではないが、その前段階を知れば、トレッド伯爵夫妻は非難の目を向けられるだろう。
それは結婚後、妻を守らなかった夫のリオンも同様である。
そのことに罪悪感も抱かず、レティシアを求めることが信じられない。
そう言ったジョエル様に、リオンは何か思うところがあったらしい。
ルチアの最期の言葉、『あなたのせい』だと言ったのが罪悪感を抱かせるものであったのだとリオンがようやく気づいたのだ。
「……わかった。近寄らない。」
リオンは悔しそうな顔で部屋から出て行った。
レティシアとリオンの縁は完全に、切れた。
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