記憶が戻ったのは婚約が解消された後でした。

しゃーりん

文字の大きさ
23 / 42

23.

しおりを挟む
 
 
ダイアナは、ダニエルに何を聞きたかったのかを話した。 


「ご存知の通り、わたくし、記憶を失ってしまって、誰のこともわからずにおりました。自分のことも家族のことも、婚約者やクラスメイトのことも。
そんな中、”ダニエル・ストーンズ”という、あなたのお名前だけ、記憶にあると気づきました。
もしかして、わたくしが記憶を失う前に、ストーンズ様と何かございましたでしょうか?」


何か手掛かりがあれば、とダイアナは祈るような気持ちでいた。


「僕の名前だけ?それは……すまないが、何も心当たりはない。僕は特に令嬢とは最低限の言葉しか交わさないよう心掛けているし、あなたは常に忙しそうだったから。」

「そう、ですか。」


記憶を取り戻す手掛かりがなくなり、残念に思った。


「あなたが僕に気がある様子もなかった。視線を感じたことはなかったから。」
 
「視線、ですか?」

「ああ。僕に意識を向けていると感じる視線はなかった。最近は感じていたから、素っ気なくして悪かった。」
 

ダニエルは人の視線に敏感らしい。

そのダニエルがダイアナの視線は感じていなかったというのだから、以前のダイアナが彼を密かに思っていたから名前が記憶に残っていたという線もなさそうだった。
 
そしてもちろん、徹底して令嬢を避けていたダニエルに、ダイアナが告白されたという線もない。

となれば、いつも彼が試験で1番だったからというあまり意味のない理由で彼の名前が記憶に残っていた線しかなくなってしまった。

 
「記憶を失う前に、最後に考えていたこと、悩んでいたことは何だったんだ?でもまぁ、それに僕の名前が挙がるのもあり得ないことだと思うが。」


最後に考えていたこと、悩んでいたこと。


「思わず何だったかしらと考えてしまいましたが、そこはもう、記憶にない範囲ですから。」

「そう言えばそうだった。何を聞いているんだよな、僕は。」
 

医者も、こうした会話でふと思い出すことがあると言っていたが、ダイアナはまた思い出せなかった。 


「一度だけ、あなたに声をかけたことがある。一年の最初の試験に1番だったあなたが、次の試験から明らかに1番にならないように手抜きをし始めたから。
『本気でやらないのは侮辱だ』と怒りをぶつけてしまった。理由があると思い至るのが遅かった。」

「理由ですか?」

「王太子殿下を差し置いて婚約者が1番になるな、とか言われたんじゃないか?想像だけど。」

「そういえば、殿下のお名前はございませんでしたね。10番までに。」


父はジルベールを馬鹿だと言っていたから、成績はよくないのだと思った。


「いつもないよ。自分よりいい成績を取るな、とかならあなたは困っていただろうな。」


ダニエルはそう言って、少し笑った。
 
それほどジルベールの成績は悪いのだろう。

以前のダイアナは1番を取らなければいいのだと思い、2番になるように調節していたらしい。
その記憶がない今のダイアナは、ダニエルと並んで1番の成績を取ってしまった。
 



 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

追放した私が求婚されたことを知り、急に焦り始めた元旦那様のお話

睡蓮
恋愛
クアン侯爵とレイナは婚約関係にあったが、公爵は自身の妹であるソフィアの事ばかりを気にかけ、レイナの事を放置していた。ある日の事、しきりにソフィアとレイナの事を比べる侯爵はレイナに対し「婚約破棄」を告げてしまう。これから先、誰もお前の事など愛する者はいないと断言する侯爵だったものの、その後レイナがある人物と再婚を果たしたという知らせを耳にする。その相手の名を聞いて、侯爵はその心の中を大いに焦られるのであった…。

心を病んでいるという嘘をつかれ追放された私、調香の才能で見返したら調香が社交界追放されました

er
恋愛
心を病んだと濡れ衣を着せられ、夫アンドレに離縁されたセリーヌ。愛人と結婚したかった夫の陰謀だったが、誰も信じてくれない。失意の中、亡き母から受け継いだ調香の才能に目覚めた彼女は、東の別邸で香水作りに没頭する。やがて「春風の工房」として王都で評判になり、冷酷な北方公爵マグナスの目に留まる。マグナスの支援で宮廷調香師に推薦された矢先、元夫が妨害工作を仕掛けてきたのだが?

【完結】捨てた女が高嶺の花になっていた〜『ジュエリーな君と甘い恋』の真実〜

ジュレヌク
恋愛
スファレライトは、婚約者を捨てた。 自分と結婚させる為に産み落とされた彼女は、全てにおいて彼より優秀だったからだ。 しかし、その後、彼女が、隣国の王太子妃になったと聞き、正に『高嶺の花』となってしまったのだと知る。 しかし、この物語の真相は、もっと別のところにあった。 それを彼が知ることは、一生ないだろう。

元ヒロインの娘は隣国の叔母に助けを求める

mios
恋愛
両親のせいで、冷遇されて育った男爵令嬢モニカ。母の侍女から、「物語ではこういう時、隣国の叔母を頼ったりしますよ」と言われて、付き合いの全くない隣国の叔母に手紙を書いたのだが。 頼んだ方と頼まれた方の認識のズレが不幸な出来事を生み出して行く。

旦那様から出て行ってほしいと言われたのでその通りにしたら、今になって後悔の手紙が届きました

睡蓮
恋愛
ドレッド第一王子と婚約者の関係にあったサテラ。しかし彼女はある日、ドレッドが自分の家出を望んでいる事を知ってしまう。サテラはそれを叶える形で、静かに屋敷を去って家出をしてしまう…。ドレッドは最初こそその状況に喜ぶのだったが、サテラの事を可愛がっていた国王の逆鱗に触れるところとなり、急いでサテラを呼び戻すべく行動するのであったが…。

【完結】年上令嬢の三歳差は致命傷になりかねない...婚約者が侍女と駆け落ちしまして。

恋せよ恋
恋愛
婚約者が、侍女と駆け落ちした。 知らせを受けた瞬間、胸の奥がひやりと冷えたが—— 涙は出なかった。 十八歳のアナベル伯爵令嬢は、静かにティーカップを置いた。 元々愛情などなかった婚約だ。 裏切られた悔しさより、ただ呆れが勝っていた。 だが、新たに結ばれた婚約は......。 彼の名はオーランド。元婚約者アルバートの弟で、 学院一の美形と噂される少年だった。 三歳年下の彼に胸の奥がふわりと揺れる。 その後、駆け落ちしたはずのアルバートが戻ってきて言い放った。 「やり直したいんだ。……アナベル、俺を許してくれ」 自分の都合で裏切り、勝手に戻ってくる男。 そして、誰より一途で誠実に愛を告げる年下の弟君。 アナベルの答えは決まっていた。 わたしの婚約者は——あなたよ。 “おばさん”と笑われても構わない。 この恋は、誰にも譲らない。 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 いいね❤️励みになります!ありがとうございます!

三年の想いは小瓶の中に

月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。 ※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。

「役立たず」と婚約破棄されたけれど、私の価値に気づいたのは国中であなた一人だけでしたね?

ゆっこ
恋愛
「――リリアーヌ、お前との婚約は今日限りで破棄する」  王城の謁見の間。高い天井に声が響いた。  そう告げたのは、私の婚約者である第二王子アレクシス殿下だった。  周囲の貴族たちがくすくすと笑うのが聞こえる。彼らは、殿下の隣に寄り添う美しい茶髪の令嬢――伯爵令嬢ミリアが勝ち誇ったように微笑んでいるのを見て、もうすべてを察していた。 「理由は……何でしょうか?」  私は静かに問う。

処理中です...