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しおりを挟むダイアナは自分の部屋で落ち込んでいた。
子供騙しのようなまじないに、一年間もかかり続けていたという事実がショックだった。
「わたくし、もっと人を疑うべきなのかしら。」
「何をおっしゃるのです!?」
侍女エリスが驚きながらそう言った。
「わたくし、記憶をなくした時に自分を客観的に見ることがあって、『王太子妃になるはずだったのにこんなに騙されやすそうで大丈夫かしら』と思ったことが何度かあるの。ダニエル様に迷惑をかけることにならないか、不安を抱いてしまうわ。」
暗示ではなくとも、人の言葉を信じて騙されてしまうかもしれない。
「その心配は不要だと思いますよ。ダイアナお嬢様は、ちゃんと人を見る目がございます。信用できない者に対しては上手く躱しておられるので近くに残っておらず、気づいていないだけですよ。」
「でも、リサは……」
「彼女は信用できる侍女でした。ですが、結婚に焦るあまり、殿下に付け込まれてしまったのでしょうね。」
「わたくしが、王城でもリサに似合いそうな方を探したからだわ。」
文官や騎士で未婚の貴族を、ダイアナは調べていた。
そのことをジルベールは耳にして、リサを利用したのだろう。
リサの夫が、ダイアナがリストから外した男だったことは、記憶が戻ってから思い出した。
「おそらくリサは、暗示にかかるなんてあり得ないと思っていたのではないでしょうか。引き受けた手前、実行せざるを得なかったのだと思います。もちろん、それはダイアナお嬢様に対する裏切りではありますが、暗示が効いてリサは驚いたでしょうね。だから、辺境行きを自分への罰にしたのでしょう。」
「そうね。」
リサは、ダイアナから結婚祝いを貰っていると言っていた。
自分がしたことを悪いと思っていなければ、ダイアナから祝いを貰おうとしたはずなのに、貰ったと嘘をついた。
一年でダイアナの記憶が戻るかもしれないから、その間に侍女を辞めなければならなかった。
彼女なりに、自分を罰していたのだ。
ダイアナが暗示にかからなければよかったのだが、操ろうと思った方が悪いのは確かなことで、そういう問題ではないのだと納得するしかなかった。
数か月後、ダイアナはダニエルと結婚した。
二人の間には、子供が二人産まれた。
そして結婚して十年経っても、ダイアナとダニエルは仲睦まじい。
ダイアナは知らないが、ダニエルには毎夜の習慣があった。
それはダイアナが寝入ってからのこと。
「朝、目覚めたら、僕にハグをしてほしいな。」
ダニエルはダイアナの耳に囁く。
囁く言葉は何パターンかあり、『キスしてほしい』とか『朝食をアーンしてほしい』とかその程度のものである。
そして、ダイアナは朝、目覚めると囁かれたことを実行してくれる。
もちろん、ダニエルの言葉を起きて聞いていたわけではなく、『そうしたかったから』。
例の香を使わずとも、眠りの深いダイアナは暗示が効きやすいらしい。
そんなことをしなくてもダイアナがダニエルを愛してくれているのはわかっているが、ダニエルは癖になってしまったのだ。
素直で可愛い妻。
ダイアナと話すようになるまでは、彼女は王家に搾取されている気の毒な王太子の婚約者という認識でしかなかった。
話すようになってからは、聡明で優しく、明るく、そして美しくなっていくダイアナの側にいたいと思った。
ジルベールが僕たちの仲を勘違いをしてダイアナに婚約解消を告げればいい。そう思っていた。
そうなれば、自分もケイトリンとの婚約を解消してダイアナに結婚を申し込もう、と。
その目論見は上手くいき、ダイアナは今こうしてダニエルの腕の中にいる。
記憶をなくしたことで、ジルベールとミオナ、ケイトリンは不幸になり、ダイアナとダニエルは幸せになれた。
無欲の勝利、というのは変かもしれないが、勝利の女神はダイアナに微笑んだのだろう。
<終わり>
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