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しおりを挟む以前から恋仲となっていたカサンドラと執事見習いのジョンは、ひとまず王都から離れなければならないと思い、持ち金で貸切馬車を頼み、出発した。
カサンドラが公爵夫人をしていた時に知り合った夫人たちの領地ではないところへと向かう。
街から街へと貸切馬車で移動し、宿も下位貴族向けとは言え良いところを選んでいたために持ち金はなくなってしまった。
そして、そこそこ大きな街で宝石を換金することにしたのだ。
カサンドラとジョンの身なりは、下位貴族あるいは少しだけ裕福な商家の者といったレベルにしていた。
逃げているのだから平民の格好をした方が目立たないのだが、馬車は宝石があるために貸切がいいし、宝石も売りやすいと考えたから。
さっさと住まいを決めて目立たないようにひっそりと隠れてしまえばいいのに、逃避行に酔っていたところがあった。
しかも、ちまちま換金するのも面倒なので、手持ちの三分の一ほどを一気に出した。
あまりの量に、鑑定する方もすぐにはできない。
宿に泊まるというカサンドラたちに、ひとまず一部の宝石に対してだけ換金を行い、金を渡した。
カサンドラたちを見送り、宝石を鑑定し始めた者たちはその質の高さに驚いた。
「……高級品ばかりですね。どこかで手配書とか回ってることはないですか?」
ある鑑定士は宝石泥棒が売りに来たのではないかと疑った。
「身なりも高位貴族には見えなかった。だけど、女性の方は教養はある感じはしたな。」
「いいとこのお嬢様が使用人と逃げている。そんな感じなのかも。」
似たような状況が前にもあり、鑑定士たちは鑑定しながらも結局は買い取りすることなく本来の場所に戻されるのではないかと思っていた。
そして、誰もが躊躇していた高級そうな箱が開けられた時、ヒッという誰かの声が聞こえた。
「……これは買い取ることはできない。
正しい教育を受けている貴族であれば、売りに出すような愚かなことはしない。
売ることになるとすれば、専門のところに行くということが常識だ。
よって、あの2人はこの数々の宝石の持ち主ではないと判断する。」
貴族でも、金に困った場合に宝石を売るということはよくある。
しかし、家宝や家紋の入った宝石については、王都にある専門の店でしか売れないのだ。
そして、当主と認められている者しか売ることはできない。
あの2人を尋問してもらう必要があるため、騎士を呼んだ。
経緯を説明すると、ちょうど先ほどその公爵家から使用人2人が宝石を盗んで逃げているという報告があったらしい。
「公爵家の使用人か。だから、教養がある気がしたんだな。
宝石のある場所を知っていたんだ。下っ端のメイドじゃなかったんだろう。」
「愚かなことをしたな。高位貴族の特注品にはほとんどが家紋入りなのに。
ひと昔前の滅多にお目にかかることなどできない宝石を見られて感謝したいけどな。」
鑑定士たちは公爵家に返却する前に、綺麗に並べた宝石たちを堪能するまで眺めていた。
カサンドラはパモ公爵家で公爵令嬢として恥ずかしくない教育は受けていた。
しかし、由緒ある家宝や家紋の刻印のある装飾品などは身につけさせてもらっていなかった。
なので、取扱いや専門店でしか売れないとは聞いたこともなかったのだ。
だが、近頃は敢えて子供に伝えない親も多いという。
それは万が一、駆け落ちしても宝石を換金すると居場所がわかるからだと言われている。
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