異世界こども食堂『わ』

ゆる弥

文字の大きさ
9 / 77

9.俺の子

しおりを挟む
 裏の居住スペースへと行くと、ミリアがムクリと起き上がった。

「すまん。起こしたな?」

「だいじょうぶ。おきてたから」

「一緒におうちへ帰ろう。俺が、親と話をつけるよ」

「おこられたら、しかたない」

 その目は、光のない人生を諦めたような暗い目だった。どうして小さなこの子がこんな目をしなければならないのだろうか。本当であれば、夢をみてキラキラした目で日々を過ごしている年ごろだろうに。

 この年頃の子であれば、多くの子たちはお花屋さんになりたい、ケーキ屋さんになりたいと。いろいろな夢を持った子がいる世代だ。

 どうして。それが人生を諦めたような目をするようになるのだろうか。俺には、それが許せない。ちゃんと子育てをしたわけではない。子供はいたが、当時の妻が一緒にいてくれていた。仕事に明け暮れて、呆れられて、初めて気が付いたのだ。

 子供をほったらかしていたことに。だから、同じような親を見ると放っておけない。

 店のスペースへといったん戻り、会計と注文の伝票を見ながら最後の締め処理をする。その中から中硬貨十枚を手にする。そして、サクヤへと渡した。

「サクヤ、今日の日当だ」

「えっ? 本当に、こんなにもらっていいんですか?」

「あぁ。助かった。大硬貨一枚は渡すといっただろう? これで、それと同じだぞ」

「わかってますけど……」

「大丈夫だ。これで、おいしいものでも食え。イワンとリツにもなんか買ってやってくれ」

「ふふふっ。そうですね。わかりました。ありがとうございます!」

 頭を下げると、暖簾を中へと下げた。

「途中まで、送ってもらえますか?」

「あぁ。近くだからな。いいぞ」
 
 ミリアの家も近くだから、同じ方向だ。魔道錠をかけて、一緒に三人で歩き出す。俺が右手でミリアと手をつなぐ。ミリアは右手をサクヤへと差し出した。

 この光景を見られたら、本当の親子のように見えるのだろうか。こんなおっさんでは、サクヤとは釣り合わないように見えるだろう。いいところが、親子と孫だ。

 ミリアは頬が緩んでいる。

「ミリアは、こうやってお父さん、お母さんとも手をつなぐか?」

「ううん。そとでは、はなれてあるくから」

 一体どういうことなのだろうか。
 まったく理解できなくなってきた。

 そんな話をしているうちに、ミリアの家へと着いた。

「リュウさん。お願いしますね?」

「あぁ。できる限りのことはするさ」

 手を振ってサクヤと別れると石造りの家の扉をノックする。
 ゆっくりと開く扉。

 出てきた男は、ボサボサの髪で麻の服を着ていた。この男の目も死んでいる。その目には何が映っているんだろうか。だが、痩せてはいない。食事をとっているという証拠だろう。

「娘さんをお連れしました。実は、食堂を経営してまして。ミリアさんに味見してもらってました」

「あぁ。そうですか。だったら、飯いらないね。あーよかった」

 この言葉には、反応してしまった。

「あのー。失礼ですが、ミリアさんの食事を用意してお仕事へ行かれているんですか?」

「用意しなくても、この子は自分で用意できますから」

「冷蔵具には、食料を入れているんですか?」

「はぁ? 入れていませんけど?」

 この男は、いったい何を言っているのだろう?
 言葉を理解できないとしか思えない。

「それで、どうしてミリアさんが食事を食べることができるとお思いなんですか?」

「あんたに関係あります?」

 もう関係あるんだ。関わってしまった以上。俺には見過ごすことはできない。もう。自分の子供のように思ってしまっているのだから。

 これは、俺のエゴだ。自分の勝手だ。

「関係あんだよ。俺はな。ミリアを見過ごせねぇ。そして、あんた達を許すことができねぇ」

「な、なんだ? い、いきなり!」

「子供に食事を与えない。それで? 先に寝てないときはどうするんでしたっけ?」

「ね、ねてろっていいますけど?」

「あなたは、腹が減って寝られますか?」

「私は、働いているから食べて当然だ!」

「失礼ですが、奥様いらっしゃいます?」

 そう声をかけると、奥から物音がした。
 同じように髪が乱れていて服は男と同じように麻の物だ。
 だが、痩せてはいない。

「誰? ってかあんた、寝てなかったんだ? 寝てるもんだと思ってたわ」

 母親もこうなのかと思ったら、俺の中で何かが切れた。

「おい。あんたら。子供を何だと思ってんだ⁉」

「なにって、お荷物?」

「やっかいもの」

 父親、母親の順でそう口にする。こいつ等にはこういう風にしか思えないのだろう。もう、俺は我慢することができなかった。

「だったら、ミリアは俺の子にする。いいな? 文句言うなよ? そして、俺の店『わ』には来るな! いいか⁉」

「なに? もらってくれんの?」

「すきにしてー」

 こいつ等とこれ以上話しても無駄だ。噴出するどす黒いモヤモヤを全て扉を閉めながらぶつける。金属の衝突する音が夜の住宅街に響き渡る。

 ミリアの手を引き、そのまま自分の店へと戻っていく。頭に上った血はグツグツと沸騰している。頭から湯気が出ているのではないかと思うほど熱くなっている。

「りゅーちゃん。どうしたの?」

 そのミリアの声で我に返った。
 立ち止まった時にはもう店の前だった。
 中へと入り、エールをコップに注いで一気にのどへと流す。

「ぷはぁっ!」

 少し頭が冷静になれた気がする。
 やってしまった。
 ミリアの気持ちを聞かずに決めてしまった。

 住居スペースへの段差にチョコんと座っているミリア。
 膝をついて目線を合わせる。

「ミリア。勝手に決めてしまってすまん。親とミリアを離してしまった」

「りゅーちゃんは、怒らない?」

 俺は、目から溢れるものを我慢できなかった。
 この子は相当つらかったんだろう。
 大事なのは、親かどうかではない。怒られないか、殴られないか。そこなのだろう。

「あぁ。怒らないさ。ただ、間違ったことをした時には怒るぞ? でもな。ミリアを殴ったりすることは絶対にない」

「そっかぁ。よかったぁ」

 その時の笑顔はずっと忘れられないだろう。
 何かから解放された安心感に満ちたその笑顔は。
 これからは、ミリアに暗い顔をさせない。
 そう誓うのだった。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

キャンピングカーで走ってるだけで異世界が平和になるそうです~万物生成系チートスキルを添えて~

サメのおでこ
ファンタジー
手違いだったのだ。もしくは事故。 ヒトと魔族が今日もドンパチやっている世界。行方不明の勇者を捜す使命を帯びて……訂正、押しつけられて召喚された俺は、スキル≪物質変換≫の使い手だ。 木を鉄に、紙を鋼に、雪をオムライスに――あらゆる物質を望むがままに変換してのけるこのスキルは、しかし何故か召喚師から「役立たずのド三流」と罵られる。その挙げ句、人界の果てへと魔法で追放される有り様。 そんな俺は、≪物質変換≫でもって生き延びるための武器を生み出そうとして――キャンピングカーを創ってしまう。 もう一度言う。 手違いだったのだ。もしくは事故。 出来てしまったキャンピングカーで、渋々出発する俺。だが、実はこの平和なクルマには俺自身も知らない途方もない力が隠されていた! そんな俺とキャンピングカーに、ある願いを託す人々が現れて―― ※本作は他サイトでも掲載しています

不遇スキル『動物親和EX』で手に入れたのは、最強もふもふ聖霊獣とのほっこり異世界スローライフでした

☆ほしい
ファンタジー
ブラック企業で過労死した俺が異世界エルドラで授かったのは『動物親和EX』という一見地味なスキルだった。 日銭を稼ぐので精一杯の不遇な日々を送っていたある日、森で傷ついた謎の白い生き物「フェン」と出会う。 フェンは言葉を話し、実は強力な力を持つ聖霊獣だったのだ! フェンの驚異的な素材発見能力や戦闘補助のおかげで、俺の生活は一変。 美味しいものを食べ、新しい家に住み、絆を深めていく二人。 しかし、フェンの力を悪用しようとする者たちも現れる。フェンを守り、より深い絆を結ぶため、二人は聖霊獣との正式な『契約の儀式』を行うことができるという「守り人の一族」を探す旅に出る。 最強もふもふとの心温まる異世界冒険譚、ここに開幕!

土属性を極めて辺境を開拓します~愛する嫁と超速スローライフ~

にゃーにゃ
ファンタジー
「土属性だから追放だ!」理不尽な理由で追放されるも「はいはい。おっけー」主人公は特にパーティーに恨みも、未練もなく、世界が危機的な状況、というわけでもなかったので、ササッと王都を去り、辺境の地にたどり着く。 「助けなきゃ!」そんな感じで、世界樹の少女を襲っていた四天王の一人を瞬殺。 少女にほれられて、即座に結婚する。「ここを開拓してスローライフでもしてみようか」 主人公は土属性パワーで一瞬で辺境を開拓。ついでに魔王を超える存在を土属性で作ったゴーレムの物量で圧殺。 主人公は、世界樹の少女が生成したタネを、育てたり、のんびりしながら辺境で平和にすごす。そんな主人公のもとに、ドワーフ、魚人、雪女、魔王四天王、魔王、といった亜人のなかでも一際キワモノの種族が次から次へと集まり、彼らがもたらす特産品によってドンドン村は発展し豊かに、にぎやかになっていく。

うちの孫知りませんか?! 召喚された孫を追いかけ異世界転移。ばぁばとじぃじと探偵さんのスローライフ。

かの
ファンタジー
 孫の雷人(14歳)からテレパシーを受け取った光江(ばぁば64歳)。誘拐されたと思っていた雷人は異世界に召喚されていた。康夫(じぃじ66歳)と柏木(探偵534歳)⁈ をお供に従え、異世界へ転移。料理自慢のばぁばのスキルは胃袋を掴む事だけ。そしてじぃじのスキルは有り余る財力だけ。そんなばぁばとじぃじが、異世界で繰り広げるほのぼのスローライフ。  ばぁばとじぃじは無事異世界で孫の雷人に会えるのか⁈

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

元Sランク受付嬢の、路地裏ひとり酒とまかない飯

☆ほしい
ファンタジー
ギルド受付嬢の佐倉レナ、外見はちょっと美人。仕事ぶりは真面目でテキパキ。そんなどこにでもいる女性。 でも実はその正体、数年前まで“災厄クラス”とまで噂された元Sランク冒険者。 今は戦わない。名乗らない。ひっそり事務仕事に徹してる。 なぜって、もう十分なんです。命がけで世界を救った報酬は、“おひとりさま晩酌”の幸福。 今日も定時で仕事を終え、路地裏の飯処〈モンス飯亭〉へ直行。 絶品まかないメシとよく冷えた一杯で、心と体をリセットする時間。 それが、いまのレナの“最強スタイル”。 誰にも気を使わない、誰も邪魔しない。 そんなおひとりさまグルメライフ、ここに開幕。

『規格外の薬師、追放されて辺境スローライフを始める。〜作ったポーションが国家機密級なのは秘密です〜』

雛月 らん
ファンタジー
俺、黒田 蓮(くろだ れん)35歳は前世でブラック企業の社畜だった。過労死寸前で倒れ、次に目覚めたとき、そこは剣と魔法の異世界。しかも、幼少期の俺は、とある大貴族の私生児、アレン・クロイツェルとして生まれ変わっていた。 前世の記憶と、この世界では「外れスキル」とされる『万物鑑定』と『薬草栽培(ハイレベル)』。そして、誰にも知られていない規格外の莫大な魔力を持っていた。 しかし、俺は決意する。「今世こそ、誰にも邪魔されない、のんびりしたスローライフを送る!」と。 これは、スローライフを死守したい天才薬師のアレンと、彼の作る規格外の薬に振り回される異世界の物語。 平穏を愛する(自称)凡人薬師の、のんびりだけど実は波乱万丈な辺境スローライフファンタジー。

異世界に召喚されたけど、戦えないので牧場経営します~勝手に集まってくる動物達が、みんな普通じゃないんだけど!?~

黒蓬
ファンタジー
白石悠真は、ある日突然異世界へ召喚される。しかし、特別なスキルとして授かったのは「牧場経営」。戦えない彼は、与えられた土地で牧場を経営し、食料面での貢献を望まれる。ところが、彼の牧場には不思議な動物たちが次々と集まってきて――!? 異世界でのんびり牧場ライフ、始まります!

処理中です...