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9.俺の子
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裏の居住スペースへと行くと、ミリアがムクリと起き上がった。
「すまん。起こしたな?」
「だいじょうぶ。おきてたから」
「一緒におうちへ帰ろう。俺が、親と話をつけるよ」
「おこられたら、しかたない」
その目は、光のない人生を諦めたような暗い目だった。どうして小さなこの子がこんな目をしなければならないのだろうか。本当であれば、夢をみてキラキラした目で日々を過ごしている年ごろだろうに。
この年頃の子であれば、多くの子たちはお花屋さんになりたい、ケーキ屋さんになりたいと。いろいろな夢を持った子がいる世代だ。
どうして。それが人生を諦めたような目をするようになるのだろうか。俺には、それが許せない。ちゃんと子育てをしたわけではない。子供はいたが、当時の妻が一緒にいてくれていた。仕事に明け暮れて、呆れられて、初めて気が付いたのだ。
子供をほったらかしていたことに。だから、同じような親を見ると放っておけない。
店のスペースへといったん戻り、会計と注文の伝票を見ながら最後の締め処理をする。その中から中硬貨十枚を手にする。そして、サクヤへと渡した。
「サクヤ、今日の日当だ」
「えっ? 本当に、こんなにもらっていいんですか?」
「あぁ。助かった。大硬貨一枚は渡すといっただろう? これで、それと同じだぞ」
「わかってますけど……」
「大丈夫だ。これで、おいしいものでも食え。イワンとリツにもなんか買ってやってくれ」
「ふふふっ。そうですね。わかりました。ありがとうございます!」
頭を下げると、暖簾を中へと下げた。
「途中まで、送ってもらえますか?」
「あぁ。近くだからな。いいぞ」
ミリアの家も近くだから、同じ方向だ。魔道錠をかけて、一緒に三人で歩き出す。俺が右手でミリアと手をつなぐ。ミリアは右手をサクヤへと差し出した。
この光景を見られたら、本当の親子のように見えるのだろうか。こんなおっさんでは、サクヤとは釣り合わないように見えるだろう。いいところが、親子と孫だ。
ミリアは頬が緩んでいる。
「ミリアは、こうやってお父さん、お母さんとも手をつなぐか?」
「ううん。そとでは、はなれてあるくから」
一体どういうことなのだろうか。
まったく理解できなくなってきた。
そんな話をしているうちに、ミリアの家へと着いた。
「リュウさん。お願いしますね?」
「あぁ。できる限りのことはするさ」
手を振ってサクヤと別れると石造りの家の扉をノックする。
ゆっくりと開く扉。
出てきた男は、ボサボサの髪で麻の服を着ていた。この男の目も死んでいる。その目には何が映っているんだろうか。だが、痩せてはいない。食事をとっているという証拠だろう。
「娘さんをお連れしました。実は、食堂を経営してまして。ミリアさんに味見してもらってました」
「あぁ。そうですか。だったら、飯いらないね。あーよかった」
この言葉には、反応してしまった。
「あのー。失礼ですが、ミリアさんの食事を用意してお仕事へ行かれているんですか?」
「用意しなくても、この子は自分で用意できますから」
「冷蔵具には、食料を入れているんですか?」
「はぁ? 入れていませんけど?」
この男は、いったい何を言っているのだろう?
言葉を理解できないとしか思えない。
「それで、どうしてミリアさんが食事を食べることができるとお思いなんですか?」
「あんたに関係あります?」
もう関係あるんだ。関わってしまった以上。俺には見過ごすことはできない。もう。自分の子供のように思ってしまっているのだから。
これは、俺のエゴだ。自分の勝手だ。
「関係あんだよ。俺はな。ミリアを見過ごせねぇ。そして、あんた達を許すことができねぇ」
「な、なんだ? い、いきなり!」
「子供に食事を与えない。それで? 先に寝てないときはどうするんでしたっけ?」
「ね、ねてろっていいますけど?」
「あなたは、腹が減って寝られますか?」
「私は、働いているから食べて当然だ!」
「失礼ですが、奥様いらっしゃいます?」
そう声をかけると、奥から物音がした。
同じように髪が乱れていて服は男と同じように麻の物だ。
だが、痩せてはいない。
「誰? ってかあんた、寝てなかったんだ? 寝てるもんだと思ってたわ」
母親もこうなのかと思ったら、俺の中で何かが切れた。
「おい。あんたら。子供を何だと思ってんだ⁉」
「なにって、お荷物?」
「やっかいもの」
父親、母親の順でそう口にする。こいつ等にはこういう風にしか思えないのだろう。もう、俺は我慢することができなかった。
「だったら、ミリアは俺の子にする。いいな? 文句言うなよ? そして、俺の店『わ』には来るな! いいか⁉」
「なに? もらってくれんの?」
「すきにしてー」
こいつ等とこれ以上話しても無駄だ。噴出するどす黒いモヤモヤを全て扉を閉めながらぶつける。金属の衝突する音が夜の住宅街に響き渡る。
ミリアの手を引き、そのまま自分の店へと戻っていく。頭に上った血はグツグツと沸騰している。頭から湯気が出ているのではないかと思うほど熱くなっている。
「りゅーちゃん。どうしたの?」
そのミリアの声で我に返った。
立ち止まった時にはもう店の前だった。
中へと入り、エールをコップに注いで一気にのどへと流す。
「ぷはぁっ!」
少し頭が冷静になれた気がする。
やってしまった。
ミリアの気持ちを聞かずに決めてしまった。
住居スペースへの段差にチョコんと座っているミリア。
膝をついて目線を合わせる。
「ミリア。勝手に決めてしまってすまん。親とミリアを離してしまった」
「りゅーちゃんは、怒らない?」
俺は、目から溢れるものを我慢できなかった。
この子は相当つらかったんだろう。
大事なのは、親かどうかではない。怒られないか、殴られないか。そこなのだろう。
「あぁ。怒らないさ。ただ、間違ったことをした時には怒るぞ? でもな。ミリアを殴ったりすることは絶対にない」
「そっかぁ。よかったぁ」
その時の笑顔はずっと忘れられないだろう。
何かから解放された安心感に満ちたその笑顔は。
これからは、ミリアに暗い顔をさせない。
そう誓うのだった。
「すまん。起こしたな?」
「だいじょうぶ。おきてたから」
「一緒におうちへ帰ろう。俺が、親と話をつけるよ」
「おこられたら、しかたない」
その目は、光のない人生を諦めたような暗い目だった。どうして小さなこの子がこんな目をしなければならないのだろうか。本当であれば、夢をみてキラキラした目で日々を過ごしている年ごろだろうに。
この年頃の子であれば、多くの子たちはお花屋さんになりたい、ケーキ屋さんになりたいと。いろいろな夢を持った子がいる世代だ。
どうして。それが人生を諦めたような目をするようになるのだろうか。俺には、それが許せない。ちゃんと子育てをしたわけではない。子供はいたが、当時の妻が一緒にいてくれていた。仕事に明け暮れて、呆れられて、初めて気が付いたのだ。
子供をほったらかしていたことに。だから、同じような親を見ると放っておけない。
店のスペースへといったん戻り、会計と注文の伝票を見ながら最後の締め処理をする。その中から中硬貨十枚を手にする。そして、サクヤへと渡した。
「サクヤ、今日の日当だ」
「えっ? 本当に、こんなにもらっていいんですか?」
「あぁ。助かった。大硬貨一枚は渡すといっただろう? これで、それと同じだぞ」
「わかってますけど……」
「大丈夫だ。これで、おいしいものでも食え。イワンとリツにもなんか買ってやってくれ」
「ふふふっ。そうですね。わかりました。ありがとうございます!」
頭を下げると、暖簾を中へと下げた。
「途中まで、送ってもらえますか?」
「あぁ。近くだからな。いいぞ」
ミリアの家も近くだから、同じ方向だ。魔道錠をかけて、一緒に三人で歩き出す。俺が右手でミリアと手をつなぐ。ミリアは右手をサクヤへと差し出した。
この光景を見られたら、本当の親子のように見えるのだろうか。こんなおっさんでは、サクヤとは釣り合わないように見えるだろう。いいところが、親子と孫だ。
ミリアは頬が緩んでいる。
「ミリアは、こうやってお父さん、お母さんとも手をつなぐか?」
「ううん。そとでは、はなれてあるくから」
一体どういうことなのだろうか。
まったく理解できなくなってきた。
そんな話をしているうちに、ミリアの家へと着いた。
「リュウさん。お願いしますね?」
「あぁ。できる限りのことはするさ」
手を振ってサクヤと別れると石造りの家の扉をノックする。
ゆっくりと開く扉。
出てきた男は、ボサボサの髪で麻の服を着ていた。この男の目も死んでいる。その目には何が映っているんだろうか。だが、痩せてはいない。食事をとっているという証拠だろう。
「娘さんをお連れしました。実は、食堂を経営してまして。ミリアさんに味見してもらってました」
「あぁ。そうですか。だったら、飯いらないね。あーよかった」
この言葉には、反応してしまった。
「あのー。失礼ですが、ミリアさんの食事を用意してお仕事へ行かれているんですか?」
「用意しなくても、この子は自分で用意できますから」
「冷蔵具には、食料を入れているんですか?」
「はぁ? 入れていませんけど?」
この男は、いったい何を言っているのだろう?
言葉を理解できないとしか思えない。
「それで、どうしてミリアさんが食事を食べることができるとお思いなんですか?」
「あんたに関係あります?」
もう関係あるんだ。関わってしまった以上。俺には見過ごすことはできない。もう。自分の子供のように思ってしまっているのだから。
これは、俺のエゴだ。自分の勝手だ。
「関係あんだよ。俺はな。ミリアを見過ごせねぇ。そして、あんた達を許すことができねぇ」
「な、なんだ? い、いきなり!」
「子供に食事を与えない。それで? 先に寝てないときはどうするんでしたっけ?」
「ね、ねてろっていいますけど?」
「あなたは、腹が減って寝られますか?」
「私は、働いているから食べて当然だ!」
「失礼ですが、奥様いらっしゃいます?」
そう声をかけると、奥から物音がした。
同じように髪が乱れていて服は男と同じように麻の物だ。
だが、痩せてはいない。
「誰? ってかあんた、寝てなかったんだ? 寝てるもんだと思ってたわ」
母親もこうなのかと思ったら、俺の中で何かが切れた。
「おい。あんたら。子供を何だと思ってんだ⁉」
「なにって、お荷物?」
「やっかいもの」
父親、母親の順でそう口にする。こいつ等にはこういう風にしか思えないのだろう。もう、俺は我慢することができなかった。
「だったら、ミリアは俺の子にする。いいな? 文句言うなよ? そして、俺の店『わ』には来るな! いいか⁉」
「なに? もらってくれんの?」
「すきにしてー」
こいつ等とこれ以上話しても無駄だ。噴出するどす黒いモヤモヤを全て扉を閉めながらぶつける。金属の衝突する音が夜の住宅街に響き渡る。
ミリアの手を引き、そのまま自分の店へと戻っていく。頭に上った血はグツグツと沸騰している。頭から湯気が出ているのではないかと思うほど熱くなっている。
「りゅーちゃん。どうしたの?」
そのミリアの声で我に返った。
立ち止まった時にはもう店の前だった。
中へと入り、エールをコップに注いで一気にのどへと流す。
「ぷはぁっ!」
少し頭が冷静になれた気がする。
やってしまった。
ミリアの気持ちを聞かずに決めてしまった。
住居スペースへの段差にチョコんと座っているミリア。
膝をついて目線を合わせる。
「ミリア。勝手に決めてしまってすまん。親とミリアを離してしまった」
「りゅーちゃんは、怒らない?」
俺は、目から溢れるものを我慢できなかった。
この子は相当つらかったんだろう。
大事なのは、親かどうかではない。怒られないか、殴られないか。そこなのだろう。
「あぁ。怒らないさ。ただ、間違ったことをした時には怒るぞ? でもな。ミリアを殴ったりすることは絶対にない」
「そっかぁ。よかったぁ」
その時の笑顔はずっと忘れられないだろう。
何かから解放された安心感に満ちたその笑顔は。
これからは、ミリアに暗い顔をさせない。
そう誓うのだった。
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