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1.運命の人

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 今日は久しぶりに親友と会う約束をしていた。
 何年ぶりだろうか。もう五年ほど会ってない気がするが。

 あの事故以前は試合で忙しくて全然会う時間がとれなかったからなぁ。俺が落ち込んでると思って声をかけてくれたんだろう。

 コツコツと音を鳴らして歩く俺の手には杖が握られていてそれをつきながら歩かないとバランスが取りづらいのだ。
 やっとの事で店に着くと中に入る。コーヒーの香りが俺の脳を刺激する。
 親友である明《あきら》を探す。

「こっちこっち!」

 手を振る人物が奥にいる。

「久し振りじゃねぇかよぉ! 全然連絡も寄越さねぇで! まぁ、あの事故以降、リハビリとかで忙しかったんだろうけどさ」
 
「あぁ、そうなんだ。すまんな。今日は誘ってくれてありがとう」
 
「はっ! 落ち込んでると思ってよ? そりゃ落ち込むわ! ソリーグで優勝したチームにいて日本代表でWBCにも出てたような選手が、事故で選手生命が絶たれたんだもんな。あっ、悪い。こんな軽く言うことじゃなかった。」

 そう、俺は一昨年の優勝したソリーグのソリッドツールズっていうチームに所属していて、去年は日本代表として世界一になった。世羅 真《せら まこと》と言えば野球ファンなら知っていると思う。

 この向かいに座っているのは中田《なかた》 明《あきら》は学生時代からの親友で現役時代も応援してくれていた。

「ホントに容赦ねぇな! 明は! 俺も塞ぎ込んでたのは事実だ。まぁ、もうどっちみち引退だったぜ?」

 俺は三十歳になるが、まだ結婚もしていなければ付き合っている人がいるわけでもない。ただ、リハビリと家を往復するだけの生活。

「真《まこと》に浮いた話がねぇからさ、出会いにどうかと思ってよ。VRMMOって知ってるか?」
 
「俺は空には浮けねぇ! VRMMOってなんだ?」
 
「そういう話じゃねぇ! ゲームなんだけどな、五感がゲームの中でも働くんだ。こう、実際に異世界に行ったみたいに」
 
「おぉ。それは面白そうだな。浮けるのか?」
 
「それはスルーしろ!」

 明がスマホでゲームの情報を検索してゲームの内容を見せてくれた。
 ゲームの名前は現天獄《げんてんごく》日本のゲームメーカーが出しているゲームで世界的でも相当な人気を誇っているらしい。

「やってみないか? 最初の取っ掛りは俺が教えるからよ。ゲームとか普段しないからわかんないだろ?」
 
「じゃあ、それは頼む。早速注文するぜぇ」

 俺はスマホでいつもの通販サイトを開き、VR機器のセットを購入する。
 全部で十万程になったが、現役時代に得た金があるから問題ない。

「届いたら連絡するな?」
 
「おう。で? 最近はどうなんだ?────」

 それからしばらく近況を報告しあって別れたのであった。



 
 数日後、機器が届いた。

 説明書を開きながら明に電話する。

『おう。届いたか?』
 
「届いたんだけど、どうすりゃいいんだ?」
 
『ネット繋いでるだろ? 取説のWiFi接続のところを見て設定するんだ。それが終わったら、ヘッドセットつけて、ゲームをダウンロードする』
 
「なるほど。やってみる」
 
『いよいよだな? 俺は最初の街で待ってる』
 
「あぁ。わかった」

 通話を切ると言われた通り設定してベッドに寝っ転がり、ヘッドセットを被った。
 このVR機器は所謂フルダイブ型のゲーム機器らしいのだ。

 なんでも、ゲームが始まると寝たきりの状態になるらしい。

『メニューを選んでください』

 目の前にはメニューが浮いている。
 検索メニューをタッチする。

「えぇっと、現天獄ってどうすりゃ───」

『音声認識で現天獄を検索しました。今人気のゲームです。ダウンロードしますか?』

「あぁ、頼む」

『ダウンロードします…………完了しました。起動しますか?』

「あぁ。起動」

『現天獄の世界へ行ってらっしゃいませ』

 そこで目の前がキャラクター作成の画面になった。
 名前を設定すると次は容姿の設定だ。
 リアルの俺の姿が映し出されている。
 一旦そのままにして進む。
 まずは職業を選ぶ画面が表示された。

「職業か……」

 選択肢には剣士、槍士、斧士等の定番の武器を使うものからパラディン、アサシン、竜騎士等の特殊なもの。
 薬師、治癒士、鍛冶師等の生産系のものが表示されている。

 俺が憧れている職業がそこにはあった。
 それを選ぶと初期装備も自然とそれにあった物になる。
 そうなると容姿もそれに合わせて弄り早速ゲームを始めようと完了をタップする。

 次に初期ステータスに100ポイントを自由に振って始められるらしい。
 ちなみに初期の状態は全部一桁だ。
 俺は素早さ(AGI)に全部のポイントを振った。

 機器が届くまでの間に色々考えたのだが、これが一番だと思えた。
 レベルが上がった時、初期ステータスの分配を元に上がり具合が変わるらしい。いちいち振り分ける仕様じゃなくて助かった。
 
『【速さを求める者】の称号を獲得しました。』

 なんか獲得したか?
 突如目の前が明るくなり、風を感じた。
 石造りの建物が並ぶ街並み。木々のせせらぎと爽やかな風。どこかのお店のパンを焼いているようなバターの香りが漂う。

「こりゃ、ほぼ現実だな」

 自分の手をグッパして感触を確かめる。
 触覚に違和感はない。
 凄く感覚がリアルだ。

「おぉー? もしかして真か?」

「明か!?」

 俺の目の前には革鎧を着て腰に剣を差している赤髪の男が立っていた。
 対して俺は青い髪の肩まである長髪に着流しだ。

「こっちでは『Chumei』チュウメイだ」

「どっかで聞いた事あるような名前だな? ネタが多そうだ」

「芸をやっている人ではない! 俺の名前をいじるな! お前は!?」

「俺は『masera』マセラだ! シンにしようとしたら弾かれたんだよ! 誰だ! シンの名前を語るのは!?」

「バーカ。シンにしたい人なんて腐るほどいるわ。ベータテスターじゃねーか? 確か有名な人がシンって名だった気がするが?」

「そうか。それにしてもいい匂いだ」

 この世界では飯も食えるらしい。
 この世界で食えば太らないとVRMMO食事ダイエットが流行っているんだとか。

「そこの定食屋に入って食ってみるか?」

 歩き出したチュウメイについて行くが、違和感がある。怪我をしてない右足。スムーズに歩けるのが違和感がある。これは慣れが必要だな。

「いらっしゃいませー!」

 元気な声が聞こえる。
 店の暖簾を屈んでくぐって中に入ると、不意につまづいてしまった。
 咄嗟に足が動かない。

 視線が地面に近づいていく。
 思わず目を閉じると、衝撃はやって来ない。

「お客さん! 大丈夫ですか!?」

 俺を支えてくれたのは看板娘らしき女性であった。
 愛らしい少し垂れた目元、笑った時に見えるエクボ、支えてもらっているからわかる甘い香り。
 その顔を際立たせている紫の長い髪。

 俺の体を電撃が走った。

「あっ、ありがとう! あの、お名前は!?」

「大丈夫なら良かったです! 私はネムです」

「俺の運命の人だと思うんです! 俺と結婚してください!」

「えぇー? いきなりですか? でも嬉しい……かな? お友達からかな?」

「それでもいい! 毎日通います!」

 俺はもうネムさんとの結婚しか頭になかった。
 こんなに女性で運命だと思った人はいない。

「おい。お前それ現地人だぞ?」

「それが?」

「NPCだぞって言ってんだよ!」

「俺の運命にはそんなもの関係ない!」

「人が作ったVR空間のNPCと結婚なんて出来るわけねーだろ!?」

「誰が不可能だと決めたんだ!? 俺はネムさんと結婚すると決めた!」

「はぁぁ。昔っからそうだ。言い出したら人の話を聞かない」

「聞いてるだろ? NPCとやらなんだろ? でも、俺はネムさんと結婚する! そうだ! このゲームのクリア報酬は願いを何でも一つ叶えてくれるんだよな!? ネムさんとの結婚を願おう!」

「あぁ。もう好きにしてくれ」

 俺は、人生の目標を見つけた。
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