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第二章 黄色
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目の前にある、大きな門。その中から聞こえてくるのは剣術の声と音。懐かしい、一年前までずっと側で聞いていた音たち。
一つ、息を大きく吸い込んだ。
「頼もう」
門の前に立ち、私は声をあげる。門番二人が怪訝そうな顔で私を見てくる。
「何だお前。此処は子どもが来る所じゃないぜ」
「新撰組に入りたい。上の者に会わせてほしい」
そう告げると、途端に二人が大きな声で笑い出す。
「お前が新撰組に入るだと、笑わせるなよ。お前みたいな小僧が入れるわけないだろう」
「子ども、大人関係なかろう。実力があれば入れる場所ではないのか」
負けじと言い返す。
外見だけで弱いと決めつける者たちの方が、よっぽど弱い。
「帰った帰った。俺たちはお前みたいなやつの相手するほど暇じゃないんだよ」
「何せ、俺達は京の都を守る……」
「どうしたんですかお二人とも」
門番の言葉を遮り、気配もなく現れる一人の美青年。女の私よりもずっと綺麗なんじゃないか、と思わず見とれてしまいそうになるほどの。
「おっ沖田助勤……実はこの小僧が新撰組に入りたいと言いまして……いや、もちろん帰ってもらおうと」
門番が話すのを、片手で止める。
まっすぐに自分の顔を見据えてくる。こちらも、視線をそらさず彼の眼を見る。
「……そうなんですね。じゃぁこちらへどうぞ。まずはその実力を見せてください」
にこりと笑った美青年。
今、門番は 助勤 そう呼んでいた。
この、細くて女顔の人が助勤。本当に、外見で判断してはいけない……そう、思い知らされる。
通されたのは道場の一角。
久しぶりに稽古着を身に着け、防具を着ける。
大丈夫、素振りは毎日隠れてやっていたから何とかなる。体力も、そこまで酷く落ちてはいないはずだ。
しかし、相手は人斬りといわれる集団の隊長。その腕前は確かなはず。
先ほど現れたときの気配の無さが、それを如実に物語っている。
「さて、用意はいいですか。三本勝負ですよ」
「いつでも結構です」
いつのまにか、稽古をつけていた隊士達が皆手を止めてこちらを見ている。それほどの、実力者。
立ち位置に着き……審判の はじめ という声。
お互い、中段。威勢の良い声。
動きに無駄がなく、攻めて来る相手の剣。ちょっとでも隙を見せれば必ずついてくる。
「やぁーーー」
「こっ……めーんっ」
竹刀がぶつかり合う。まだ、だ。まだ決めさせない。必ず隙をついてやる。
「!」
一瞬、だった。速い相手の小手さばきに、怯んだ、その一瞬を見逃さなかった。右腕に衝撃が走る。
「小手あり」
面の中で沖田さんが微笑している。
あの足さばき。面に飛んでくると思った。
「二本目」
審判の声。
背が高い者への面はきつい。ならば……
ふぅ、と一息吐き、竹刀を構えなおす。そうして、面を誘う。
わずかに相手の竹刀があがったところを、私は見逃さなかった。
「どうーーっ」
抜き胴を、放つ。
道場内に響き渡る。胴を切った音。
「どっ……胴ありっ」
審判の上ずった声。見ていた隊士達のざわめく声。
一本、とった。
あと、一本。
開始線に戻る。
三本目。始まった途端、構えが静かに変わった。
話だけは聞いたことがあったけれど、実際に見たことはなかった。
「……平青眼……」
面の中の沖田さんと、眼が合った。
一瞬で感じる恐怖。
背筋が冷え、身体が鉄のように重く、固まった。
それと同時に、鈍い衝撃。
目の前が真っ暗になって行く中、ふと思い出されるあの日の隊士達の言葉。
「そうそう。明里さんにいつか話したじゃん。こういう所には絶対来てくれない、総司と唯一対等に闘える、剣が強い風変わりな男」
齋藤一と同じくらい力が強い男
もしかして、この沖田さんが………
目の前に広がる、木の天井。同時に頭に響く鈍痛。
「……目が覚めたか」
額に乗せられた冷たい何かと、どこかで聞いたことがある声。
「此処は……」
「私の部屋だ」
まだ頭の中がぼんやりとしている。
ゆっくりと、声の主の方を見て……思わず目を見開く。紛れもない……あの時助けてくれた男が、そこにはいた。
「あっ……っっ……」
体を起こして、途端に目の前が揺れ、再び布団に落ちそうになるところを、男が支えてくれる。
「無茶をするな。無謀にもお前は総司に挑み……総司の面でお前は倒れた。覚えているか」
「多少は……」
そうだ。三本目が始まった途端に身体が恐怖で凍り付いた。その直後、頭に衝撃が走り、そのまま気を失って……
「負けたとはいえ、総司から一本とったという事で入隊を許可された。私の元で働いてもらう」
「ほっ本当ですか」
思いがけない言葉に、私は再度布団から起き上がる。まだ多少の眩暈は感じたが、今はそれどころではない。ようやく、彼にたどり着いたのだ。
「しかし一つ聞きたい。何故、女が此処にいる」
身体がびくりと反応する。胴着は脱がされていないし、胸元もしっかりと晒で巻いてあったはずなのに。
「それ……は……」
答えを言えずにいると、彼……斎藤さんは、私から視線をそらし、一つ、ため息を吐く。
「事情は知らないが局長が決めた事は絶対。今日からお前は新撰組隊士だ。が、他の奴等にばれぬよう気をつけろ」
「はっはいっ」
元治元年三月中旬 真田遼 新撰組入隊
一つ、息を大きく吸い込んだ。
「頼もう」
門の前に立ち、私は声をあげる。門番二人が怪訝そうな顔で私を見てくる。
「何だお前。此処は子どもが来る所じゃないぜ」
「新撰組に入りたい。上の者に会わせてほしい」
そう告げると、途端に二人が大きな声で笑い出す。
「お前が新撰組に入るだと、笑わせるなよ。お前みたいな小僧が入れるわけないだろう」
「子ども、大人関係なかろう。実力があれば入れる場所ではないのか」
負けじと言い返す。
外見だけで弱いと決めつける者たちの方が、よっぽど弱い。
「帰った帰った。俺たちはお前みたいなやつの相手するほど暇じゃないんだよ」
「何せ、俺達は京の都を守る……」
「どうしたんですかお二人とも」
門番の言葉を遮り、気配もなく現れる一人の美青年。女の私よりもずっと綺麗なんじゃないか、と思わず見とれてしまいそうになるほどの。
「おっ沖田助勤……実はこの小僧が新撰組に入りたいと言いまして……いや、もちろん帰ってもらおうと」
門番が話すのを、片手で止める。
まっすぐに自分の顔を見据えてくる。こちらも、視線をそらさず彼の眼を見る。
「……そうなんですね。じゃぁこちらへどうぞ。まずはその実力を見せてください」
にこりと笑った美青年。
今、門番は 助勤 そう呼んでいた。
この、細くて女顔の人が助勤。本当に、外見で判断してはいけない……そう、思い知らされる。
通されたのは道場の一角。
久しぶりに稽古着を身に着け、防具を着ける。
大丈夫、素振りは毎日隠れてやっていたから何とかなる。体力も、そこまで酷く落ちてはいないはずだ。
しかし、相手は人斬りといわれる集団の隊長。その腕前は確かなはず。
先ほど現れたときの気配の無さが、それを如実に物語っている。
「さて、用意はいいですか。三本勝負ですよ」
「いつでも結構です」
いつのまにか、稽古をつけていた隊士達が皆手を止めてこちらを見ている。それほどの、実力者。
立ち位置に着き……審判の はじめ という声。
お互い、中段。威勢の良い声。
動きに無駄がなく、攻めて来る相手の剣。ちょっとでも隙を見せれば必ずついてくる。
「やぁーーー」
「こっ……めーんっ」
竹刀がぶつかり合う。まだ、だ。まだ決めさせない。必ず隙をついてやる。
「!」
一瞬、だった。速い相手の小手さばきに、怯んだ、その一瞬を見逃さなかった。右腕に衝撃が走る。
「小手あり」
面の中で沖田さんが微笑している。
あの足さばき。面に飛んでくると思った。
「二本目」
審判の声。
背が高い者への面はきつい。ならば……
ふぅ、と一息吐き、竹刀を構えなおす。そうして、面を誘う。
わずかに相手の竹刀があがったところを、私は見逃さなかった。
「どうーーっ」
抜き胴を、放つ。
道場内に響き渡る。胴を切った音。
「どっ……胴ありっ」
審判の上ずった声。見ていた隊士達のざわめく声。
一本、とった。
あと、一本。
開始線に戻る。
三本目。始まった途端、構えが静かに変わった。
話だけは聞いたことがあったけれど、実際に見たことはなかった。
「……平青眼……」
面の中の沖田さんと、眼が合った。
一瞬で感じる恐怖。
背筋が冷え、身体が鉄のように重く、固まった。
それと同時に、鈍い衝撃。
目の前が真っ暗になって行く中、ふと思い出されるあの日の隊士達の言葉。
「そうそう。明里さんにいつか話したじゃん。こういう所には絶対来てくれない、総司と唯一対等に闘える、剣が強い風変わりな男」
齋藤一と同じくらい力が強い男
もしかして、この沖田さんが………
目の前に広がる、木の天井。同時に頭に響く鈍痛。
「……目が覚めたか」
額に乗せられた冷たい何かと、どこかで聞いたことがある声。
「此処は……」
「私の部屋だ」
まだ頭の中がぼんやりとしている。
ゆっくりと、声の主の方を見て……思わず目を見開く。紛れもない……あの時助けてくれた男が、そこにはいた。
「あっ……っっ……」
体を起こして、途端に目の前が揺れ、再び布団に落ちそうになるところを、男が支えてくれる。
「無茶をするな。無謀にもお前は総司に挑み……総司の面でお前は倒れた。覚えているか」
「多少は……」
そうだ。三本目が始まった途端に身体が恐怖で凍り付いた。その直後、頭に衝撃が走り、そのまま気を失って……
「負けたとはいえ、総司から一本とったという事で入隊を許可された。私の元で働いてもらう」
「ほっ本当ですか」
思いがけない言葉に、私は再度布団から起き上がる。まだ多少の眩暈は感じたが、今はそれどころではない。ようやく、彼にたどり着いたのだ。
「しかし一つ聞きたい。何故、女が此処にいる」
身体がびくりと反応する。胴着は脱がされていないし、胸元もしっかりと晒で巻いてあったはずなのに。
「それ……は……」
答えを言えずにいると、彼……斎藤さんは、私から視線をそらし、一つ、ため息を吐く。
「事情は知らないが局長が決めた事は絶対。今日からお前は新撰組隊士だ。が、他の奴等にばれぬよう気をつけろ」
「はっはいっ」
元治元年三月中旬 真田遼 新撰組入隊
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