浅葱色浪漫

彼方

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第一章 似紫

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 鮮やかな着物が揺れる。金銀の飾りが揺れる。美しい歌声と優雅な音が重なる中に響き渡る、豪快な笑い声。
 此処は男達が女と戯れる京の一廓、島原……遊郭だ。

カオル、これを明里アケサトのいる座敷へ持っていってちょうだい。お酒追加なの」
 薫 そう呼ばれた私は はい と小さく返事をすると、精一杯の作り笑いの返事をして盆を受け取った。

 薫 それが今の私の名。島原で働き出して一年が経ったが、未だにその名に慣れることはない。
 まだ客の相手はしていない。が……あと半年もすればそういう役目をせざるをえないだろう。此処はそういう場だ。

 部屋に近づくにつれ、にぎやかな笑い声が聞こえてくる。此処の客は以前からの常連だと聞いている。粗相のないように、静かに障子を叩き、戸を開ける。
「あぁ、薫……おおきに。そや……薫も中に入りなさい」
 明里姉さんに言われ、私はお辞儀をしたまま一瞬固まる。しかし、顔を上げると、そこにはいつもの綺麗な笑顔があった。
「へぇ、初めて見る顔だなぁ」
「明里、彼女は新入りかい」
 既に酒が回り、顔が赤くなっている男達が、もの珍しそうに身体全体を見回しているのがわかる。さりげなく一歩探しながら、空いた盃にお酌をしていく。
「いいえ。皆様はお酒癖が悪うて、此処にはよう出せまへん。それでも……ねぇ。ほなご挨拶なさい、薫」
 明里姉さんに促され、お酌をしてた手を止め、姿勢を整え、三つ指を付く。
「……薫と申します。以後、よろしくお願いいたします」
 静かに頭を下げる。顔を上げると、そこには四人の男性が優しそうな笑顔で頷ずいていた。


「私は 山南ヤマナミ 敬助ケイスケ。こっちは 永倉ナガクラ 新八シンパチ に、 原田ハラダ 左之助サノスケ 、 藤堂トウドウ 平助ヘイスケ
「皆、京を守る新選組の御方」
 皆を紹介してくれた山南さんにお酌をしようとすると、静かに明里姉さんに止められる。この方は、明里姉さんのお相手だと瞬時に悟る。
 小さく会釈をすると、そのまま明里姉さんに渡す。姉さんは優しく笑うと、その手で山南さんに酒を注ぐ。


 新選組   京都守護職会津藩御預浪士隊。平たく言えば、京都を守る用心棒だと男たちが噂していた。
 とは言っても、その名だけを耳にすると聞こえは良いけれど、実際は何の罪もない浪士も容赦なく斬り捨てるとこぼしていた。年貢の収めが少々足りなかっただけで斬り殺される、恐ろしい集団だと。

 けれど……正直、うらやましい。剣術が出来るのだ。 "男" だから。


「どうしたの、薫さん」

 一瞬、思考が止まっていたらしい。目の前でひらひらと手を振られ、私は我に返る。お座敷で余計なことを考えるのはいけない事だ。
「へぇ、申し訳ありません。大変なお勤め、ご苦労様です」
 教えられた通り、笑みを浮かべて小さく頭を下げる。

 顔を上げて、驚く。目の前に座っている、男性。確か、永倉さん。

「なぁ、あいつに似てると思わねぇ」
「あ、やっぱり。俺も似てると思ったんだよな」

 山南さん以外の三人が私の顔を見てそう言う。隣に座っている山南さんも驚いたような表情をしている。

「私が……皆さんのお知り合いに」

 一体私が誰に似ているというのだろうか。まさか、人斬りの新選組隊士に……

「いやぁ、失礼。君が……薫さんが、私達新選組の隊士によく似ているから」
「まぁ……山南はん、失礼やわぁ。薫は女の子ですよ。男の方と一緒にされては……」
 困ったように笑い、明里姉さんがまた酒を注ぐ。

「いやいや、明里さん。顔が似てるとかそういうのじゃなくて。なんていうか……雰囲気っつーか……なぁ」
「そうそう。明里さんにいつか話したじゃん。こういう所には絶対来てくれない、総司ソウジと唯一対等に闘える、剣が強い風変わりな男」

 山南さんの隣に座っていた、三人の中では一番若そうな青年……確か藤堂さんといった。彼が右手の人差し指を立てて言う。

「……あぁ、ハジメはん、やったかなぁ……」

 思い出した、というように袖を口元にやる。 そうそう、と三人が頷く。


   ハジメ    ―――――――




 その名前に、思わず手に持っていた杯を落とす。カラになっていた器はカラカラと音を立てて畳の上を転がっていく。

「危なっ……って中身入ってなかったか。よかったよかった。大丈夫か」

 動きが固まってしまった私を心配し、顔を覗き込んでくる永倉さん。

 いけない……平静を装わなければ。落ち着いて、落ち着いて……そう自分に言い聞かせる。

「ほんますみません。そそっかしいていつも言われるんですけど……失礼いたしました」

 困ったような笑みを見せ、逆さになった杯を受け取る。


「ところで、私に似ているそのハジメさんて……どんな御肩どす」
「さっきも言ったけど、新選組内でも風変わりでさ。ま、新選組結成時以来の仲だから俺等はわかってるつもりだけど、それでも未だにつかめねぇ奴なんだ。一人が好きで、いつのまにかいなくなって、いつのまにか帰って来てる」
「でも、刀を持たせたら腕は一品。何たって、新選組で一、二を争う奴だからな」
 原田さんと永倉さんが楽しそうに話してくれる。
「俺等も負けてられねぇな」
「あったりまえだ」


 盛り上がる二人。けれど、それどころではない。私が知りたいのは、上の名。
 あの、一年前、自分を助けてくれたお侍さん。彼も、自分の事を ハジメ と名乗っていた。

「……一つ、お聞きしても……ハジメさんの、上の名は」
「ん、あぁ、斎藤サイトウだよ。斎藤サイトウ  ハジメ。総司本気でやりあえるのは一くらいしかいねぇんだよ」

 その後も原田さんが何か話してくれている。でも、そんなモノ、もう私の耳には入ってこない。

 斎藤 一

 一年前、私を助けてくれた、命の恩人。







 明け方、皆が寝静まった頃。私は誰にもばれないよう、店の戸を開ける。


「薫」

 後ろから名を呼ばれ、思わず身体が固まった。皆、もう寝ているとばかり思っていたのに……
 店を抜け出すという事は、すなわち、死に値する。
「明里……姉さん……」

 懐に隠し持っていた、小刀。それに手をかけようとしたところ、後ろから強く抱きしめられる。


「えぇよ……女将さんには上手く言うておくさかい。薫……いぃや……遼。自分の思った道を行きなさい」
「っ……明里姉さんっ……」

 その腕が緩む。
 後ろを振り向くと、明里姉さんの手の中には、男物の胴着と袴。

「いつか、来るんやないかと思うとった……あんたを外で見つけた時、あんたは女としてやない……私がいつも見とる、お侍さんの目ぇしてたさかい」

 そっと腕の中に渡される、真新しい男物。零れ落ちそうになる涙を、袖で拭く。



「必ず、会いにきます。その時は…… "新選組隊士" として」
「気張りや、遼」


 吹きぬける風が温かくなってきた、元治元年三月初めの事だった。
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