職場の鬼上司は私推し!?

星野える

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5.小鳥遊の交換条件

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「御厨」
「はい」

小鳥遊がデスクから手だけで御厨を呼んだ。部下を呼ぶにしてもかなり失礼な部類に入る呼び方だが小鳥遊はこれが普通なのである。
わざわざ席に行くのもシャクだったので声だけで返事をする。24型のモニターが2台横にならんでいるせいで小鳥遊の顔はみえない。

「おまえ今日の夜ヒマだろ?」
「人を暇人みたいに言わないでください」
「なにかあるのか?」
「ありませんけど」

普段同じ空間にいたとしても小鳥遊に話すことなどない。どう切り出そうか悩んでいたがその手間が省けた。
今日は撮りだめた動画を公開できたら良いし、それならスマホがあれば事足りる。

「ならいいだろ、おごってやるからメシ付き合え」
「……焼肉なら」
「……上司にたかるなよ……いいけど」

いいんだ。
2台ならんだモニターの向こうで小鳥遊がどんな顔をしているのか御厨にはわからなかった。


会社から一緒に焼肉屋へ行こうという小鳥遊の誘いを断固拒否して御厨はわざわざ通用口から社屋を出た。事務所を出るタイミングが同時というのはよくある話だが連れだってビルから出ようものなら噂好きの女性社員たちから明日何を言われるかわかったものではない。

小鳥遊から送られてきた店のホームページを頼りに店に向かうと小鳥遊はタブレットに向かって迷いのない手付きで注文を入れていた。

隠れ家的な個室の焼肉店だ。
室内はシックな木目調に揃えられテーブルの中央に行儀よく網が埋められていなければ小料理屋と間違えられてもおかしくはない。

換気が行き届いているのだろう。煙臭さはほとんどしないが他の個室から漏れるジュージューという肉の焼ける音とわずかな香ばしい匂いが焼肉店だと物語っていた。

「で、女性の部下を焼肉に呼び出してなんの用ですか?仕事の話ではありませんよね」
「焼肉リクエストしたのおまえだろ……まぁいいや。おまえコレこれ抽選応募してくれないか?」
「は?」

一体何の話かわからないがい眉を顰めながらスマホの画面を覗きこむ。それは御厨もよく知っている通販サイトの画面だ。
鮮やかな赤に金魚を散りばめた華やかな浴衣を着た二次元の少女が快活な笑みを浮かべ、手を繋ごうと誘うように右手を伸ばしている。左手には星形のわたあめが握られていた。まるで縁日のワンシーンを切り取ったようなフィギュアだ。

『みるくみくお祭りvel 1/7の姿フィギュア』
「こ、これって……さっきの……」
「うん。みるくさん」
「あ、はい」

恥じらいもなく真っ直ぐな目で小鳥遊はそういって御厨のスマホにメッセージを送った。通販サイトのURLだ。

「抽選販売限定なんだけど転売防止でひとり1回しか応募できないんだよね。ちょっとおまえも応募してくれ」
「これ会員登録いるんですけど」
「だから肉」
「…………」
「抽選結果でたら解約していいからさ」
「…………」

会員登録もなにも、御厨もこの通販サイトの会員である。コンプラとかそういう社会的な問題はひとまず置いておこう。

問題は小鳥遊が一体4万近いフィギュアを欲しがっているということだ。しかも男性向けの露出度が高いものではなく夏限定でわずかな期間使っただけの浴衣版。みるくみくの衣装でも知名度があるわけではなく、ここのメーカーの造型師が衣装をデザインしてくれた絵師と友人だったから実現したコラボである。抽選販売にしようと言い出したのはメーカーの販売部門だ。

「なんで私が……」
「おまえにしか頼めないんだよ」
「小鳥遊さんなら誰かに頼んだらいくらでもやってくれますって」
「俺みたいなイケメンエリートがv推ししてるって知られたら恥ずかしいだろ」
「私にはバレてもいいんですか?」
「バレてるしちょうどいいかなって」

つまり小鳥遊は自分の沽券を守りつつ、しかしフィギュアの当選確率は上げたくて、しかたなかく既にバレている御厨を呼び出したということだ。

「…………このサイト、フリーのアドレスで会員になったらいくらでも応募できますよ?」
「そんなのズルいだろ」
「ズルい……」
「みるくさんは俺たちに誠実でいてくれるんだから俺もみるくさんには誠実でいたい」
「…………」

確かに購入制限はつけているが、会員登録はアドレスさえあれば無制限にできるし同一人物が複数アカウントを作って応募しているのに小鳥遊はしないという。

それも、みるくみくへの誠意のために。
この顔もみえないvチューバーに対して小鳥遊は誠意を語るのだ。そこまで言われては御厨もみるくみくとして答えないわけにはいかなかった。

「別にいいですけど、当たったらまた肉連れていってくださいね」
「当てたらな」

ならば抽選は当たったも同然だ。御厨の家にこのフィギュアが3体はもらえる手はずになっているのだから。

「はい、できましたよ」
「わぁ!ありがとうな」

小鳥遊は顔をほころばせた。少年のように幼い無邪気な笑顔なんてみたことがない。いつもは厳つい無表情か眉間にシワを寄せた顔で腕を組みパワハラ紛いなことしか言わないと言うのに。

(あの小鳥遊が素直に礼をした、だと?)

思わずあんぐりと口を開け小鳥遊をみつめたが、小鳥遊は未だに御厨がみせた応募完了画面をみつめニコニコと上機嫌に笑っている。
嬉々として応募完了画面をみつめる小鳥遊を御厨は不安に思った。

「本当にお好きなんですね……」
「あぁ。俺の唯一の趣味なんでな」

もしかしてこの男は港区で遊んでいそうな顔をして実際のところそうでもないのだろうか。仕事ばかりで友達もいなくて、vにハマってしまったのではないだろうか。

それならv以外の趣味がみつかれば自然とみるくみくから離れていくはずだ。
みるくみくのファンが減るのは寂しいが、御厨の身バレよりマシだ。


万が一御厨がみるくみくの中の人だと知られてしまったら小鳥遊に何を言われるかわかったものではないし、小鳥遊の夢を壊してしまう。
vチューバーとしてファンの夢を壊すわけにはいかない。
これは御厨自身のためでもあるが、同時に小鳥遊のためなのだ。


「あ、あの、小鳥遊さん」
「なんだ?」
「よかったら明日、仕事終わりに遊びにいきませんか?」
「遊びに……?おまえと?」
「私じゃなくてもいいですけど……せっかく若いんですし色々経験しましょうよ」
「なんだ、珍しく積極的だな」
「ほら、小鳥遊さんってところ構わずケンカ売るから怖がられてるじゃないですか……」
「失礼な……だがそれは一理ある」
「な、なら!」
「ただし条件がある」

小鳥遊はニヤリと笑って指を1本たてた。細められた目付きはやり手エリートの呼び名に恥じない強気な大人とイタズラを企てた少年が同居しているようだった。



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