職場の鬼上司は私推し!?

星野える

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7.鬼上司とごほうび

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しかし何事もうまくいくとは限らない。みるくみくも御厨も同一人物で、使える時間は限られている。

「おまえこれやる気あるのか?」
「……」
A4紙に印刷した企画書に赤ペンを入れながら小鳥遊は深いため息をついた。
「ここ、表現が曖昧。具体性がない。あとこれじゃつまらん、相手もこんなありきたりな提案は飽きてる」
「はい……」
「提出今日中な。明日の朝イチで使う」
「…………」

小鳥遊は平然と紙の束を突き返した。視線は全く御厨に向いていない。目の前のモニターを向いていた。
上がりまであと1時間。
今から資料を集め直し企画案をまとめるなんて1時間で終わるのだろうか。小鳥遊なら終わるだろうが、全員が全員小鳥遊のような優秀な頭をしているわけではないというのに。

残業したら片付くだろう。しかし今日は帰ってみるくみくの配信と山のような編集をしなくてはいけない。このところ仕事終わりは小鳥遊を誘っていたから予定よりも作業は遅れていた。

これは自分のスケジュール管理の甘さだと、わかっていた。わかっているだけに腹がたった。しかし締切は待ってくれない。これを明日の朝会議で使うこともわかっていた。

小鳥遊に指摘されたことは全て正しく、全てが中途半端でありきたりな案だった。これでは落ちる。先方もこれで満足しないとわかっていた。
そんなものを提出してしまった自分に腹が立つ。自分のカッコ悪いところを小鳥遊に見抜かれ呆れさせてしまったことが腹立たしくて苛立った。

「…………」

無言で席に戻ってモニターを見つめた。ダメだ、何も浮かばない。気分をおちつけたくて自販機でコーヒーを買った。冷たいアイスコーヒーを一気に飲み干すとささくれていた気分は自然と落ち着く。

「御厨ー」
「……おかえりなさい、中原さん」

少しだけ高いヒールをカツカツと鳴らして中原は小走りに駆け寄った。営業部の同行から戻ったのだろう。一目みただけで御厨に何かあったと気がついたようだった。

「大丈夫?部長に何言われた?」
「うぅ…!中原さぁん……」

やはり中原は面倒見がいい頼りになる先輩だ。姿をみた瞬間一気に気持ちが緩んで溢れるままさっきのことを吐き出してしまった。

「わかってるんです、こんなの落ちるって……それなのに中途半端な仕事しかできないのが……」
「悔しいか……そうだよね、御厨ってけっこう負けず嫌いだしね」
「小鳥遊さんに全部見抜かれてたのがムカつく」
「そういうとこ容赦ないもんね、あの人」
「あと1時間……」
「も、ないわ。ほら」

中原は壁にかかった時計を指差した。あと40分程度しか残されていなかった。残業したら間に合うだろうが、みるくみくとして中途半端な仕事はしたくない。
覚悟を決めて拳を握る。

「イケそう?私も手伝うけど」
「……やります。全部却下されたわけじゃないですし案そのものを否定されてはいませんから」
「うん、そうだね。部長、パワハラ気質だし厳しいけどできないことをやれっていう人じゃないし」
「そう……ですね……」

中原が小鳥遊のフォローをするのは意外な気がした。あれだけ小鳥遊をきらっていたけれど、中原も小鳥遊の能力は認めているのだろう。



「できました。チェックお願いします」
「ん、みせろ」

印刷した資料を渡すと小鳥遊はざっと目を通した。ほんの数秒、上から下に視線を動かして一瞬口元を緩める。

「じゃあこれでOKだ。データ、共有フォルダに入れておけ」
「もう入ってますけど……訂正は?」
「いらんだろ。まぁ細かい補足はするが、明日使う分には十分だし」
「そうですか……なら私は上がります」
「そうか……」
そこ小さな声に後ろ髪を引かれ小鳥遊がみているモニターをのぞいた。
「サイゼリ……」
「みなまでいうな……」
「小鳥遊さんが行くならもっと……こう、ギラギラしたかんじのところじゃないんですか?」
「そういうところも行く」

行くんだ……。
会社からもっとも近い、ビルの地下に入っているテナントのイタリア家庭料理店。おそらく知名度は国内随一、学生のころに一度は世話になるあそこである。

「行ったことないんだよ、俺」
「あー、さすがお坊ちゃんですねぇ」
「嫌みか?」
「褒めてます。で、ここへ行きたいと……」
コクンと小鳥遊は小さく頭を縦に振った。
「あそこ仕事帰りのサラリーマンとかいますしお一人でも大丈夫だと思いますよ、エビサラダはマストですからね」
「まてまてまて、おまえも行くんだよ」
「なんです?残業の強要ですか!?」
「人聞きが悪い!今まで散々俺のこともてあそんでおいて!」
「誤解しかない!」
「俺にアフターファイブの楽しみを教えておいて華金に放置するなんてもてあそんだと言わずしてなんと言う!?」
「どこでそういう言い回し覚えてくるんですか!?帰国子女のくせに」

ラチが明かない。
今日は予定があるから無理だと昨日伝えたはずなのにこのお坊ちゃんはそれを押し退け自分を優先しろと言うのだ。それが上司からされることならパワハラ以外の何物でもない。

助けを求めて中原を探すが席は空で、新谷は我関せずとばかりに頭からジャケットを被っていた。
遠くの席からこちらを伺う視線が痛い。

それはそうだ、小鳥遊がもてあそばれたなんて言えばその相手が気になるに決まっている。
週明けあたりに他部署の連中から呼び出されても仕方がないだろう。

「御厨にとって俺はその程度だったんだな……残念だけど……」

豊かなまつげを伏せて寂しげにうつむいた。憂いを含んだ表情はまさに名演技。様子をみていた女性たちがため息をつき、ざわめきと共に御厨に鋭い視線がいくつも突き刺さる。

「わ、わかりました!なら先にお店行ってますから!!」
「予約は……」
「いりませんよ、そんなもん!」





「ドリンクバー……」
「ファミレスですからね」
「エビサラダ……」
「Lサイズにしましょう」

備え付けのボールペンで注文用紙に番号を書き付け店員さんに渡すまで小鳥遊は物珍しそうに見つめていた。少年のようなキラキラした色素の薄い瞳で見つめられたせいだろう、事情を知らない女性店員は「ご注文を確認いたします」の声が2オクターブくらい上がっている。

「学生時代にこなかったんですか?」
「学校帰りメシを誘ってくれる友達はいなかったんだよ」
「ボッチだったんですか?」
「まさか、おまえの想像より100倍はモテた」
「なら付き合ってた女の子とごはんとか?」
「俺が付き合いような相手だぞ?安い店はお断りだったんだよ」
「サラッと自慢しますねぇ」
「だからおまえが仕事終わりに誘ってくれると学生時代に戻ったみたいで楽しんでたんだよ。無理させてたみたいですまなかった」
「小鳥遊さんが謝った……」
「俺だって『ありがとう』と『ごめんなさい』は言えるさ」
「言えるんだ……」
「みるくさんが言ってたからな」

ずいぶん前の配信でそんなことを言った気がする。
つまりみるくみくがいなかったら小鳥遊は人間として最低限のこともできなかったということだろうか。

「それで、どうでした?私の企画は」
「おもしろかった」
「……」
「俺のこと考えて計画立てたんだろうなってのがよくわかったよ。みるくさんの動画もみたんだろ?俺が好きだから」
「それは……」
「みるくさんのボーリング回ってただの動画じゃないんだよ、一種のドキュメンタリーでさ……たかが動画って思うだろ?それに休み全て突っ込んでボーリングと一から向き合って……有言実行するところ、かっこいいよな」
「ボーリング場の人からはかなり怒られてそうですけどね」

ボーリング企画はいくらでも編集で誤魔化すことはできたがみるくみくのプライドが許さなかった。一部ではくだらないと笑われたが、率直に褒められるとみるくみくとしてはかなし恥ずかしい。
そんなことも知らずに小鳥遊は語り出す。

「彫金なんて初めてやった……ハンドメイドなんてしたことなかったよ」
「意外と近くにあるもんですよね、ワークショップって」
「あぁ。みるくみくもコーヒーカップの色付けとかやっていたし探せばあるんだろう」
「デートにカラオケは避けた方がいいですよ」
「うるせー、二度と行かない」
「歌との相性が悪いんですよ、男性が女性ボーカルの歌を原曲キーで歌うのは無理があります」
「キー変えれるなら先に教えてくれよ」
「頑張って原曲で歌おうとする小鳥遊さんがおもし……いえ、おもしろくて」
「言い直せてねぇぞ」


小鳥遊はカラオケ自体、初めてだった。みるくみくのオリジナル曲を果敢に歌おうとするが、小鳥遊のテノールではみるくみくの声には届かずひどい有様だった。

小鳥遊も自覚はあったのだろう、歌が下手ということよりもみるくみくの曲がうまく歌えないことに落ち込んでいて、御厨としては楽しませてもらったのだ。
キーを変えたらなんとかなりそうと思っているようだが、他の曲も音程がズレていたりリズムが取れていなかったりしたから小鳥遊は歌が下手なのだと思う。

「みるくみくってすごいんだな……自分でやってみて改めて気づいたよ」
「……それは良かったですね……」


これはいけない。
みるくみく以外の趣味をみつけさせるつもりが、余計にみるくみくにハマるきっかけを作ってしまった。
小鳥遊はなんでもみるくみくに繋げてしまうのだ。

「御厨が連れて行ってくれた場所ってみるくさんの動画に出てくるところばっかりだったし俺は楽しかったよ」
「あ……」
「どうした?」
「な、なんでもないです……お楽しみいただけてなによりでした」

全てみるくみくに繋げてしまう?そりゃあそうだ。
だって御厨が連れて行った場所はすべてみるくみくとして取材したり動画の企画を立てる時みつけた場所なのだから。
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