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第4話:小さな届けものと、やさしい嘘
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「こもれびベーカリー」の朝は早い。
まだ空に星が残る時間にオーブンを温め、ひとつひとつ、丁寧にパンをこねていく。
その香りに誘われて、今日も一番乗りのお客さまがやってくる。
「ゆずちゃん、おはよう。今日は“ふかふかのやつ”ある?」
そう言って笑うのは、小学二年生の村井風太(むらい・ふうた)くん。
ニット帽の先がゆらゆら揺れていて、手には茶色の封筒を持っていた。
「あるよ。ほら、焼きたてのメロンパン。今日のはちょっとだけ、はちみつを入れてみたんだ」
柚葉がにっこり笑って差し出すと、風太くんの目がぱあっと輝いた。
けれど次の瞬間、彼はその手に持っていた封筒を、おそるおそる差し出した。
「……これ、ポストに入れる勇気、なくて……。でも、どうしても渡したくて……」
「お手紙、なんだね」
柚葉はやさしく受け取り、そっと封筒の表を見た。
そこには、丸い文字でこう書かれていた。
「天国のおとうさんへ」
柚葉は、ほんの少しだけ目を伏せた。
風太くんの父親が病気で亡くなったのは、去年の夏だったと聞いていた。
ずっと元気がなかった風太くんが、毎朝このパン屋に来るようになったのは、その少しあと。
「手紙って、不思議ですね。書いてるとね、会えなくなった人にも、話しかけられるみたいな気がするんです」
柚葉は自分の体験と重ねるように、そっと言った。
「……じゃあ、ゆずちゃん、お願い。これ、届けて」
「うん。ちゃんと届くように、特別な箱に入れておくね」
•
夜。閉店後のベーカリー。
柚葉は、小さな木の箱を取り出して、封筒をそっと中に納めた。
それは、お店の裏の小さな棚にだけ置かれている、“迷子の手紙”専用の箱。
届かないかもしれない手紙、名前のない手紙、届け先の分からない想いを、一度きちんと「受け取る」ための、彼女だけの方法だった。
——ポストに出すわけでも、郵便局に持っていくわけでもない。
けれど、誰かの想いが、確かに“ここ”に残るように。
「風太くんの気持ち、届くといいね……」
そうつぶやいたとき、不意に風が窓を揺らした。
それと同時に、入口のほうから“カラン……”と、鈴の音が鳴った。
……誰かが、ベンチに座った?
柚葉がそっとドアを開けて外に出ると、そこには誰の姿もなかった。
ただ、雪のベンチの上に、またひとつ、小さな紙袋が置かれていた。
中を開けると、そこには温かそうな子ども用の手袋と、小さく折りたたまれたメモが入っていた。
「この手袋、風太くんに。うちの子が大きくなって使えなくなったものです。
とてもあたたかくて、うちの子も“これがあると勇気が出る”って言ってました。
よかったら、使ってあげてください。——通りすがりの、おせっかいな誰かより」
柚葉はその手紙を読みながら、マフラーのことを思い出していた。
——もしかしたら、このベンチは、気持ちを届ける場所になっているのかもしれない。
•
次の日の朝。
風太くんは、手袋を両手につけて、少し照れくさそうに言った。
「……あったかい。なんかね、がんばれそうな気がする」
柚葉は、ふっと目を細めた。
「それなら、きっともう届いたんだと思うよ。おとうさんへの手紙も、誰かのやさしさも——ちゃんとね」
ベンチの上に、風が雪を運んできては、静かに形を変えていく。
けれど、そこにある想いは、どれも少しずつ“誰か”の心に届いていた。
まだ空に星が残る時間にオーブンを温め、ひとつひとつ、丁寧にパンをこねていく。
その香りに誘われて、今日も一番乗りのお客さまがやってくる。
「ゆずちゃん、おはよう。今日は“ふかふかのやつ”ある?」
そう言って笑うのは、小学二年生の村井風太(むらい・ふうた)くん。
ニット帽の先がゆらゆら揺れていて、手には茶色の封筒を持っていた。
「あるよ。ほら、焼きたてのメロンパン。今日のはちょっとだけ、はちみつを入れてみたんだ」
柚葉がにっこり笑って差し出すと、風太くんの目がぱあっと輝いた。
けれど次の瞬間、彼はその手に持っていた封筒を、おそるおそる差し出した。
「……これ、ポストに入れる勇気、なくて……。でも、どうしても渡したくて……」
「お手紙、なんだね」
柚葉はやさしく受け取り、そっと封筒の表を見た。
そこには、丸い文字でこう書かれていた。
「天国のおとうさんへ」
柚葉は、ほんの少しだけ目を伏せた。
風太くんの父親が病気で亡くなったのは、去年の夏だったと聞いていた。
ずっと元気がなかった風太くんが、毎朝このパン屋に来るようになったのは、その少しあと。
「手紙って、不思議ですね。書いてるとね、会えなくなった人にも、話しかけられるみたいな気がするんです」
柚葉は自分の体験と重ねるように、そっと言った。
「……じゃあ、ゆずちゃん、お願い。これ、届けて」
「うん。ちゃんと届くように、特別な箱に入れておくね」
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夜。閉店後のベーカリー。
柚葉は、小さな木の箱を取り出して、封筒をそっと中に納めた。
それは、お店の裏の小さな棚にだけ置かれている、“迷子の手紙”専用の箱。
届かないかもしれない手紙、名前のない手紙、届け先の分からない想いを、一度きちんと「受け取る」ための、彼女だけの方法だった。
——ポストに出すわけでも、郵便局に持っていくわけでもない。
けれど、誰かの想いが、確かに“ここ”に残るように。
「風太くんの気持ち、届くといいね……」
そうつぶやいたとき、不意に風が窓を揺らした。
それと同時に、入口のほうから“カラン……”と、鈴の音が鳴った。
……誰かが、ベンチに座った?
柚葉がそっとドアを開けて外に出ると、そこには誰の姿もなかった。
ただ、雪のベンチの上に、またひとつ、小さな紙袋が置かれていた。
中を開けると、そこには温かそうな子ども用の手袋と、小さく折りたたまれたメモが入っていた。
「この手袋、風太くんに。うちの子が大きくなって使えなくなったものです。
とてもあたたかくて、うちの子も“これがあると勇気が出る”って言ってました。
よかったら、使ってあげてください。——通りすがりの、おせっかいな誰かより」
柚葉はその手紙を読みながら、マフラーのことを思い出していた。
——もしかしたら、このベンチは、気持ちを届ける場所になっているのかもしれない。
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次の日の朝。
風太くんは、手袋を両手につけて、少し照れくさそうに言った。
「……あったかい。なんかね、がんばれそうな気がする」
柚葉は、ふっと目を細めた。
「それなら、きっともう届いたんだと思うよ。おとうさんへの手紙も、誰かのやさしさも——ちゃんとね」
ベンチの上に、風が雪を運んできては、静かに形を変えていく。
けれど、そこにある想いは、どれも少しずつ“誰か”の心に届いていた。
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