きいろいマフラーと、迷子の手紙

N.PROJECT

文字の大きさ
4 / 7

第4話:小さな届けものと、やさしい嘘

しおりを挟む
 「こもれびベーカリー」の朝は早い。
 まだ空に星が残る時間にオーブンを温め、ひとつひとつ、丁寧にパンをこねていく。
 その香りに誘われて、今日も一番乗りのお客さまがやってくる。

 「ゆずちゃん、おはよう。今日は“ふかふかのやつ”ある?」

 そう言って笑うのは、小学二年生の村井風太(むらい・ふうた)くん。
 ニット帽の先がゆらゆら揺れていて、手には茶色の封筒を持っていた。

 「あるよ。ほら、焼きたてのメロンパン。今日のはちょっとだけ、はちみつを入れてみたんだ」

 柚葉がにっこり笑って差し出すと、風太くんの目がぱあっと輝いた。
 けれど次の瞬間、彼はその手に持っていた封筒を、おそるおそる差し出した。

 「……これ、ポストに入れる勇気、なくて……。でも、どうしても渡したくて……」

 「お手紙、なんだね」

 柚葉はやさしく受け取り、そっと封筒の表を見た。

 そこには、丸い文字でこう書かれていた。

「天国のおとうさんへ」

 柚葉は、ほんの少しだけ目を伏せた。

 風太くんの父親が病気で亡くなったのは、去年の夏だったと聞いていた。
 ずっと元気がなかった風太くんが、毎朝このパン屋に来るようになったのは、その少しあと。

 「手紙って、不思議ですね。書いてるとね、会えなくなった人にも、話しかけられるみたいな気がするんです」

 柚葉は自分の体験と重ねるように、そっと言った。

 「……じゃあ、ゆずちゃん、お願い。これ、届けて」

 「うん。ちゃんと届くように、特別な箱に入れておくね」


 夜。閉店後のベーカリー。
 柚葉は、小さな木の箱を取り出して、封筒をそっと中に納めた。

 それは、お店の裏の小さな棚にだけ置かれている、“迷子の手紙”専用の箱。
 届かないかもしれない手紙、名前のない手紙、届け先の分からない想いを、一度きちんと「受け取る」ための、彼女だけの方法だった。

 ——ポストに出すわけでも、郵便局に持っていくわけでもない。
 けれど、誰かの想いが、確かに“ここ”に残るように。

 「風太くんの気持ち、届くといいね……」

 そうつぶやいたとき、不意に風が窓を揺らした。
 それと同時に、入口のほうから“カラン……”と、鈴の音が鳴った。

 ……誰かが、ベンチに座った?

 柚葉がそっとドアを開けて外に出ると、そこには誰の姿もなかった。
 ただ、雪のベンチの上に、またひとつ、小さな紙袋が置かれていた。

 中を開けると、そこには温かそうな子ども用の手袋と、小さく折りたたまれたメモが入っていた。

「この手袋、風太くんに。うちの子が大きくなって使えなくなったものです。
とてもあたたかくて、うちの子も“これがあると勇気が出る”って言ってました。
よかったら、使ってあげてください。——通りすがりの、おせっかいな誰かより」

 柚葉はその手紙を読みながら、マフラーのことを思い出していた。

 ——もしかしたら、このベンチは、気持ちを届ける場所になっているのかもしれない。


 次の日の朝。
 風太くんは、手袋を両手につけて、少し照れくさそうに言った。

 「……あったかい。なんかね、がんばれそうな気がする」

 柚葉は、ふっと目を細めた。

 「それなら、きっともう届いたんだと思うよ。おとうさんへの手紙も、誰かのやさしさも——ちゃんとね」

 ベンチの上に、風が雪を運んできては、静かに形を変えていく。
 けれど、そこにある想いは、どれも少しずつ“誰か”の心に届いていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

Husband's secret (夫の秘密)

設楽理沙
ライト文芸
果たして・・ 秘密などあったのだろうか! むちゃくちゃ、1回投稿文が短いです。(^^ゞ💦アセアセ  10秒~30秒?  何気ない隠し事が、とんでもないことに繋がっていくこともあるんですね。 ❦ イラストはAI生成画像 自作

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

✿ 私は彼のことが好きなのに、彼は私なんかよりずっと若くてきれいでスタイルの良い女が好きらしい 

設楽理沙
ライト文芸
累計ポイント110万ポイント超えました。皆さま、ありがとうございます。❀ 結婚後、2か月足らずで夫の心変わりを知ることに。 結婚前から他の女性と付き合っていたんだって。 それならそうと、ちゃんと話してくれていれば、結婚なんて しなかった。 呆れた私はすぐに家を出て自立の道を探すことにした。 それなのに、私と別れたくないなんて信じられない 世迷言を言ってくる夫。 だめだめ、信用できないからね~。 さようなら。 *******.✿..✿.******* ◇|日比野滉星《ひびのこうせい》32才   会社員 ◇ 日比野ひまり 32才 ◇ 石田唯    29才          滉星の同僚 ◇新堂冬也    25才 ひまりの転職先の先輩(鉄道会社) 2025.4.11 完結 25649字 

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

処理中です...