【本編完結済み】朝を待っている

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第三章

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「お先に失礼します」
「あぁ、お疲れ様。今日もありがとね。暗いから気を付けてね」
「はい。お疲れ様です」

 カウンターに居る店長にそう声を掛け、優しく見送られ店を出た太一は、はぁ。と溜め息を吐きながら、どうしよ……。としばらく立ち尽くしていた。

 行きたくはないが、しかしこの間のカーディガンの件もあるし今までの態度を振り返れば、当然謝りに行くしか太一には選択肢はなく。
 とぼとぼと重い足取りで商店街を出た太一は、九時を過ぎてもやっている喫茶店の店の前で一度パンッと顔を叩いてから、扉を開けた。


 カランカラン。と鈴の音が響き、珈琲の良い香りが漂う、落ち着いた雰囲気の店内。
 それでもそんな事を感じている余裕などない太一が、キョロキョロと見回す。
 そんな太一に気付いたのか、奥の席に座っていた亮が、こっち。と立ち上がり手を上げたので、いよいよ一対一でちゃんと話さなければならない場面に直面した太一は、うぅっ……。と身を固まらせながらも近付き、二人掛けテーブルの向かいに座った。


「来てくれてありがとう。なんか飲む?」

 先程の顔とは違う、柔らかな表情を見せ問いかけてくる亮。
 そのいつも通りの様子に拍子抜け、そしてなぜかほっと胸を撫で下ろした太一が、「いや、いらねぇ」と断り、このあいだ、と話しかけようとしたが、

「さっきは考えなしに酷い言い方しちゃったなって反省してたんだ。ごめんね、嫌な言い方して」

 なんて亮が頭を下げたので、太一は目を瞬かせた。


 ……酷い言い方って、そんなん言うなら俺の方だろ。ていうか、……アルファがオメガに謝る事なんてあんだ。

 だなんて心底驚きつつ、真摯に頭を下げる亮の態度と、今までむしろ優しく接してもらってばかりいると分かっている太一は、慌てて声をあげた。

「いや、ちょ、顔あげろよ」

 そう促せば顔をあげた亮がしかし、先程とはまた少し違う真剣な顔で、太一を見た。

「……あのさ、わざわざ呼び出してまでなんだよって思うかもしれないんだけど、俺達、一旦オメガとかアルファとか、魂の番いとか忘れて、友達にならない……?」
「っ、」
「 いや、本当に忘れられる訳はないし何言ってんだって感じだろうけど、ほら、龍之介たちの前でこうあからさまに避けられると不審がられるし」

 なんて言ったかと思うと、少し間を開け、

「……ていうかまぁ、単に俺が避けられ続けると悲しいってだけなんだけど……」

 と目を伏せ笑う亮に、太一はハッとした。


 ……そうだよ。普通に考えて、こんな態度取られ続けてたら怒ったり嫌ったりするよりまず悲しいよな……。それに、アルファだからって、魂の番いだからってあからさまに態度変えて……、そんなん、おれ、あいつらとおんなじこと……。
 だなんて、掌を返して苛めてくるようになった小学生の時の奴らと今の自分の亮に対する態度が全く変わらないと自覚した太一は、顔を青ざめさせながら勢い良く頭を下げた。

「……っ、ごめん!」

 最低だ、俺。と自分の馬鹿さに拳をきつく握り締め頭を下げる太一の突然の謝罪に、まさか太一がそんな事を言ってくるとは思ってもいなかった亮が、今度は目を丸くし呆けている。

「ほんと、ごめん……。俺、近衛の事なにも知らないのに、アルファだからって避けて……、魂の番いのせいで変に意識しすぎて、むしろ優しくしてもらってばっかだったのに、嫌な態度とって、ごめん……」

 そう言いながら、それでも何度も何度も見限ることなく接してくれた亮の気持ちを考えれば泣いてしまいそうで、ふーっと息を吐いた太一は、顔をあげた。


「ほんとにごめん。……それなのに、今日もこうして話ししてくれて、ありがと……。近衛がいいなら、友達に、なりたい。近衛のこと、ちゃんと知りたい」

 いつも見ていた拒絶するような瞳ではなく、真っ直ぐちゃんと亮自身を見てくれているような太一の澄んだ瞳と、真っ直ぐな言葉。
 それに亮が息を飲み、初めて会った時の仄暗さが嘘のような太一の美しい瞳に堪らず、ゴンッと頭を机にぶつけた。

 ──そうでもしなければ、吸い寄せられるがまま、手を伸ばしてしまいそうだった。

 そんな、自分でも危ないと思うほど呆気なくぐらりと揺らぐ理性に、これが魂の番いの抗えなさなのか……。と改めて知る亮と、しかしそんな亮の心境など当たり前に知らない太一が亮の突然の行動に驚き、「だ、だいじょうぶか……?」と声を掛け、それに亮は顔をあげ微笑み、なんとか体裁を取り繕った。


「ごめん、気にしないで。……でも嬉しいな。俺も、太一のことちゃんと知りたいと思ってたからさ」
「近衛……」
「……ていうか、良く考えたらお互い友達になろうって言い合ってるの変だよね、絶対」
「……ふ、確かに」

 亮の一言によって緊張感が漂っていた空気が消え、太一がくしゃりと笑う。
 そんな顔を自分に向けてくれたのは初めてで、うんやっぱり笑ってる方が可愛いね。なんて思わず口から出てしまいそうになった亮は慌てて口をつぐみ、それから手を差し出した。


「じゃあ、改めて宜しく」
「……宜しく」

 少しだけまた緊張した面持ちで太一が呟き、亮の手に自分の手を恐る恐る重ねる。
 そうすればやはりビリッと走る電流に身を震わせた太一が、一気に体温があがってゆくのを感じ顔を真っ赤にしながら、

「……さ、触るのはまだ耐性付いてねぇかも」

 と小さく呟くので、魂の番いのせいでより可愛く見えているのかもしれないとはいえそんな顔をされてしまったら堪ったものじゃない。と亮も顔を赤くし、

「……うん、俺も。……少しずつ慣れていこっか」

 なんて呟いたのだった。




 
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