【本編完結済み】朝を待っている

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第八章

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 亮と太一が来年の約束をした日から、数日後。
 未だ夏の残りが肌を焼くなか、とうとう夏休みが終わり、三年生は皆受験モードでピリつく二学期が始まった。


 太一は進学はやはり難しいだろうと就職を希望しており、夏休みの間バイトが午後からの日は学校に向かい進路指導の先生と話しをしたりと、一応は夏休み明けてすぐに始まる就職試験の応募に向けてある程度の準備はしている。
 だが、けれどもきっとどこも正社員としては採用してくれないだろうと踏んでいて、まぁせいぜいアルバイトで細々暮らせればいいぐらいに、考えている。
 それでも進学組を見ていればほわりと微かに湧く気持ちがあるのもまた、事実で。
 明に言われた言葉がやはりぐるぐると胸に渦を巻きモヤモヤとした気持ちのまま始まった新学期だったが、太一の心境とは正反対に、香南高校文化祭に向けて学校はどことなく浮わついた雰囲気が漂っていた。


 三年生にとっては完全に、受験戦争の合間のちょっとした息抜き程度の為どこのクラスもただの展示を予定していて。
 だが、二学年、一学年は催し物や出店などするらしく、その活気が校舎に溢れているのを太一は机に座りながら眺め、一年の時は発情期で参加出来なかったから今年こそは。と一人神に祈るよう、手を組んだのだった。





 そうしてやはり就活をしても全滅だった九月、十月が終わり、どうしたもんかと太一は頭を悩ませつつも、まぁ分かっていた事だからと深く捉える事はせず。そして一応は進学校だからか、期末テストやら何やらを終え三年生は受験に向けて自由登校になる直前の、十一月後半。香南高校文化祭は、当日を迎えた。



 校門には大きく色鮮やかなアーチがかかり、冬空は実に快晴で。
 そんな華々しい文化祭の空気に心を踊らせながら、太一は朝の爽やかな陽の光のなかそわそわと落ち着かない様子で、辺りを見回していた。


「あ、亮」

 人波の奥、頭一つ分大きい亮が見え、太一が校門の壁から背を離し小さく手を振る。
 自身の読み通り、幸い発情期になる事はなく。発情期になるだろう予定の一ヶ月前のため体調も万全で、今年は文化祭に参加出来ると張り切っていた太一は朝、精一杯の勇気を振り絞り、【龍之介達と合流する前にちょっと一緒に回らねぇ?】と亮にメールをしていたのである。
 だからこそソワソワと落ち着かない様子の太一だったが、そんな太一の心情を知る由もない亮はしかし、ふわりと柔らかな笑みを浮かべながら人を掻き分け、太一に手を振り返した。


「おはよ、太一」
「はよ」
「メール、ありがとね。俺も誘おうかどうかずっと迷ってたんだけど……」

 そう眉を下げ、体調とか本当に平気? と見つめてくる亮。
 きっと、約束をして発情期になってしまった時に自分がまた罪悪感に苛まれてしまうかもしれないという配慮から誘わなかったのだろうと分かる言葉に、なんだか大事にされていると勘違いしそうだ。なんて太一はへらりと口の端を歪め、それでも、全然平気だっての。と歯を見せて笑った。


「つうか亮、珍しいな。寝癖付いてる」

 ぴょこんと跳ねた髪の毛が可愛らしく、いつも綺麗にセットされている亮のあまり見たことのない寝癖に太一がくすりと笑えば、ばっと髪の毛を押さえ、

「……メール貰ってマッハで準備してきたから……。くそ……俺ダサすぎる」

 なんて耳を赤くしながらもう片方の手で顔を覆う亮に太一も堪らず顔を赤くし、……本当に勘違いしてしまいそうになる……。と目を伏せた。


「……え、と、じゃ、じゃあ、行こっか」
「……お、おう」

 なんだかお互い気まずい空気のまま、それでも歩こうと促した亮に小さく頷き、それからざわざわともう賑わいを見せている中へと二人は入って行った。

 校舎のなかはまだ早い時間だというのに人で溢れ返っていて、至る所で出店の掛け声が聞こえる。
 焼きそばやわたあめの良い匂いが鼻を擽り、なんだか本当に祭りみたいだなぁ。と太一が表情を弛めていれば、

「本当のお祭りみたいだね」

 なんて今しがた自分が考えていた事そっくりそのままの台詞を言った亮。
 それがおかしくて、だなぁ。なんて吹き出した太一が亮を見上げたままへらりとだらしなく笑った、その時。

 ドンッ。

 と後ろから来た人にぶつかられ、太一は、うおっ! と情けなく声を上げながら踏んばりきれず前へ倒れそうになったが、その腕をパシッと掴んだ亮がグイッと自身の方に引き寄せたので、太一はそのまま亮の胸の中にポスンともたれてしまった。


「っ、くそ、人多すぎてどいつか分からないじゃん」

 人波から守るようギュッと太一の肩を抱き、しかしぶつかってきた奴を探そうとしている亮の声が、耳のすぐそばで聞こえる。
 その声に呆けていた太一は、香る亮の匂いや体温にボボッと顔を赤くし、ヒュッと息を飲んだ。

 ドキドキと鳴る心臓の音が雑音すら掻き消し、触れられている肩はじわりと温く。

 亮の胸板の感触が頬に当たり、呼吸の仕方すら忘れたよう息を詰める太一を他所に、亮は覗き込むよう見下ろしてきた。


「大丈夫?」

 心配げに聞いてくる亮の、琥珀にも似た綺麗な瞳が目の前にあって。
 それにやはり顔を真っ赤にしながらもなんとかコクコクと頷き、「だい、じょうぶ、」と太一は絞り出すよう呟いた。

 しかしその瞬間、バッと体を離され、またしても太一は情けない声を出したが、

「……っ、ごめん、太一すごい甘い匂いする……」

 と亮にボソリと呟かれ、太一は目を瞬かせてしまった。




 
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