奈央くんと瑞希さん

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奈央くんと瑞希さん

奈央くんと瑞希さん②

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「瑞希さん、もう大丈夫です……」
「えっ、もう? 全然食べてないのに、本当に大丈夫?」
「はい。お腹いっぱいです」
「……そう」

 ──瑞希にお姫様抱っこされながら洗面所まで連れていってもらい、洗顔や歯磨きを済ませた、あと。
 瑞希が作ってくれていた朝食をありがたく食べた奈央だったが、その後ソファへと移動しイチゴやブドウを持ってきた瑞希が奈央の口にせっせと果物を運んでくるので、奈央は何とか数個ありがたく食べたのだが、これ以上は無理だと口に手を当てて申し訳なさそうな顔をした。
 そんな奈央に少しだけ残念そうな顔をした瑞希が愛らしく、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる瑞希の優しさに奈央はぽわりと胸の奥を温かくしながら、微笑んだ。

「朝食もフルーツも美味しかったです。ありがとうございます。それに、昨日の夜も俺が意識飛ばしたあとお風呂まで入れてくれて……。本当に何から何までありがとうございます」
「お礼言われる事なんて何もしてないよ」

 奈央の言葉に、されど瑞希は至極当然の事をしただけだと言う顔をする。
 そんな、アルファという事をまるでトロフィーのように掲げ偉そうにしているそこらのアルファとは大違いの瑞希に、奈央はやはりキュンキュンと胸をときめかせては瑞希の肩にそっと頭を乗せた。

「瑞希さん、大好きです」
「俺もだよ」
「ふふ」
「……ね、奈央、今日は何か予定ある? あるなら家まで送るよ」
「え……、あっ、だ、大丈夫です! 急に押し掛けてきただけでも迷惑をかけたのにわざわざ送ってもらうだなんてとんでもないです! すみません! あの、い、今帰りますから!」

 瑞希の問いに思わず何の予定もないと首を振ろうとしたが、しかし昨夜何の連絡もなしに乗り込んでしまったにも関わらず快く家に入れてくれただけでもありがたいというのにまだ図々しく居座っていた事にたった今気付き、奈央は顔を赤くし立ち上がった。


 三ヶ月付き合っているといえど、瑞希は週末実家のタトゥースタジオで働いている為、平日はもちろん休日ですら数時間だけしかデートした事がなく、学校ではすれ違った時になど目を合わせて小さく微笑み合うくらいしか、進展がなかった二人。
 それなので奈央は瑞希が普段何をしているのかあまり知らず、むしろ瑞希さんの方こそ何か予定があるかもしれないのに。と焦りながら昨夜放り投げてしまったままソファの横に落ちていた自身の鞄に手を伸ばそうとしたが、不意にその手を瑞希に掴まれてしまった。

「わっ、」
「奈央、待って。ごめん、俺また間違った言い方した」
「……え?」
「本当は、奈央に何の予定もなかったらそのまま今日も一緒に居たいって言いたかったんだけど、でもそう言ったら奈央は優しいからもし予定が入ってても言えないかと思って……。けど卑怯な聞き方したね。ごめんね」

 そう言いながら奈央の手首を長い指でそっと包み、ごめんねと謝ってくる瑞希。
 その言葉に奈央は一度驚きに息を飲み、それから慌てて首を振った。

「ごめんだなんて言わないでください! 俺は瑞希さんの、いつも相手の事を考えて思いやる所が大好きなんですから! それに、俺も本当はもっと一緒に居たいと思ってたので、そう思ってもらえてて嬉しいです!」
「ほんとに? じゃあ奈央さえ良ければ今日も泊まっていってくれると嬉しいな。……それで、俺の服で良ければ使ってくれていいから、明日は俺の家から一緒に大学行かない?」
「っ! はい! はい! 嬉しいです!!」

 夢のような瑞希からの提案に、奈央が声を張り上げて満面の笑みのまま返事をする。
 そんな奈央に瑞希も嬉しそうに表情を弛め、その顔があまりにも可愛くて悶えつつ、今日も一緒に居られる! とガッツポーズをして飛び上がりたくなる衝動を何とか抑えた奈央は瑞希の手を一度そっと離し、それから瑞希の指に自身の指を絡ませては笑った。

「ふふ、瑞希さん、大好きです」
「俺も大好きだよ」
「えへへ。……俺たち、これからはもっとお互い素直に思ってる事を言い合いましょうね」
「そうだね」
「瑞希さん、大好き」
「俺も大好きだよ」

 大好きだと何度も繰り返す二人の周りを甘くふわふわとした空気が包み、幸せオーラ全快で奈央は瑞希の手を握って微笑んでいたが、しかし瑞希が不意に表情を曇らせ、口を開いた。

「……あのさ、今奈央が素直に話そうって言ってくれたからっていう訳じゃないけど、俺、奈央に言っておかないといけない事があるんだ……」

 突然物凄く深刻な表情で見つめてきては、口ごもる瑞希。
 その迫真さに、まさか何か物凄く重大な秘密があるのでは……。と奈央は目を見開き、居ずまいを正しながらごくりと唾を飲み、こくんと頷いた。

「……えっと、その、」
「……はい」

「奈央に出会ってから気付いたっていうか、奈央だからそう思うのか分かんないんだけど、……俺、本当は物凄く、構いたがりみたいなんだ……」

「……へ?」

「いや、構いたがりっていうか、何だろうな、何て言えばいいのか分からないんだけど、奈央に触りたいし何でも俺にさせて欲しいしずっと一緒に居たいって思っちゃうんだ。さっきだって本当は膝の上に乗せてご飯食べさせたくて……。引くよね。出会った時はまだ良かったんだ。奈央はアルファが好きじゃないって有名だったし、友人になれただけで幸せだと思ってたから。だから極力触れないように、迷惑にならないようにしようって自制出来てたつもりなんだけど、夢にも思ってなかったのに奈央から好きだなんて言われて、付き合える事になって、その衝動が一気に来ちゃったというか……。でも好きだって言っても許容出来る限度があるだろうから、だから最近奈央とデートする時にベタベタし過ぎて嫌われたり衝動を抑えられなくなったらどうしようって事ばっかり考えて怖くなっちゃって……」
「……」

 ──先程の重々しい口振りから、何か重い持病を抱えていたりするのだろうか。と身構えていた奈央だったが、瑞希の口から出てきたのは予想だにしなかった言葉達で。
 そんな全く予想すらしていなかった瑞希の告白に目を丸くし、奈央がぽかんと口を開ける。
 けれどもそんな奈央の様子にも関わらず、瑞希は未だ深刻な表情を崩さず、まるで懇願しているように見つめてくるばかりだった。

「もちろん奈央にとっては良い事じゃないのは分かってるし、何とか俺が我慢すれば大丈夫だと思ってたんだけど、でも、昨日奈央の全部に触れさせてもらってから、恥ずかしい話だけどタガが外れそうなのが自分でも分かってて……。だから、俺の行動とかで嫌だと思ったら、ちゃんとハッキリ言って欲しいんだ。奈央が嫌がる事は絶対にしたくないから」

 だなんて、やはり真剣な眼差しで伝えてくる瑞希。
 そのあまりにも馬鹿馬鹿しく可愛らしい告白に、奈央はプルプルと身を悶え震わせたあと、ソファに座る瑞希の膝の上に勢い良くダイブした。

「っ、わ! 奈央!?」

 奈央からの不意打ちに驚き声を上げた瑞希だったが、しかし体はビクともせず、咄嗟にその大きな手で易々と奈央の腰を掴む体幹の強さに奈央はキュンキュンと胸を疼かせたまま、瑞希の首に腕を回した。

「瑞希さんのばか」
「えっ」
「俺がどれだけ瑞希さんの事好きか、まだ伝わってないんですか? 瑞希さんにされて嫌な事なんてあるわけないじゃないですか。ようやく瑞希さんとえっちできて、朝までずっと一緒に居て、大好きな瑞希さんの匂いに包まれてこうしてくっついてる今が一番幸せなんですから。それに、俺の心も体も全部瑞希さんのものなんですから、瑞希さんの好きにして良いんですよ。瑞希さんになら何されても嬉しいし、いっぱい構ってほしいし、いっぱい触ってほしいです」
「っ、」
「だから、もう何も我慢しないで……」

 瑞希の柔らかな黒髪に指を通して梳きながら、甘い声で奈央が囁く。
 そんな奈央に瑞希がまたしても息を飲んだのが分かったが、それから目の奥に激しさを燻らせ、しかし奈央をそっと優しく抱き締めた。

「っ、奈央」
「うふふ」
「ありがとう、奈央。でもそんな事言っちゃ駄目だよ……。ほんとに俺、我慢出来なくなっちゃうから……」
「だから良いんですって。俺も我慢しない事に決めましたし。……ね、瑞希さん、もっと匂い、嗅いでも良いですか?」

 瑞希の首筋から香る大好きな匂いに堪らず、クンクンと鼻を鳴らしながら奈央が呟く。
 それに瑞希はもちろんと優しく返事をしてくれ、奈央は嬉しさで満面の笑みを浮かべたまま、勢い良く瑞希の首筋に鼻先を埋めた。

 ──今まで誰とも付き合った事がない奈央は、当たり前だがアルファの匂いをこうして直に嗅ぐ事はなく。
 今までは他のオメガと同様に少し安らぎを感じたい時は親友の手首などを嗅いだり、極限にストレスが溜まっている時などは首筋から匂いを嗅がせてもらって気持ちを落ち着かせていたのだが、首筋から匂いを嗅ぐというのは本当に非常に親密な間柄でしか許されない行為である。
 なので瑞希と出会う前はまさかこうして自分がアルファの匂いを嗅ぎたいと思う事も、ましてやこんなにも切望するとも思ってもいなかった奈央は、しかし瑞希の丁寧に淹れた紅茶のようなスモーキーで穏やかで、爽やかさと上品さが漂う、うっとりするほどの良い匂いに幸福に身を震わせながら、目を閉じた。

「ん……う、」

 思わず感嘆の息を漏らした奈央が、とろんと蕩けたまま瑞希の首筋に顔をぐりぐりと押し付ける。
 そうすればより瑞希の匂いが増し、無意識に口を開けた奈央が舌で瑞希の首筋をぺろぺろと子猫のように舐めれば、奈央の腰を掴む瑞希の手に力が籠ったのが分かった。

「な、なお……」
「……ん、みずきさん、いいにおい……おいしい」
「っ、……奈央、俺もして良い?」
「もちろんです、んっ……」

 返事をした瞬間、すぐに首筋に鼻を押し付けてくる瑞希に、敏感な部分を鼻先で擽られ甘い声を漏らす奈央。
 けれども常に着けているチョーカーがこの時ばかりは邪魔で、奈央は不満げな声を漏らした。

「うぅ……」
「……奈央? どうしたの?」
「もっとちゃんと匂いを嗅いでもらいたいのに、チョーカーが……」

 そう呟く奈央の首を常に彩る、チョーカー。
 それは番を持たないオメガならほぼ全員がする安全対策であり、予期せぬフェロモンの誘発等による不慮の事故を未然に防ぐための、防止策なのである。
 だからこそ奈央も例に漏れずこうして鍵付きのチョーカーを使用しており、大手有名ブランドのこのチョーカーは耐久性に非常に優れていて、興奮したアルファが引き千切ろうとしても絶対に千切れぬ程の強度を持っている。
 それをきちんと身に付け、もちろんオメガ男性はヒート期にしか妊娠しないと分かっているが万が一の事があっても良いようにと、毎日ピルを服用してもいる奈央。
 それはこの世が未だアルファとオメガ間で起こる悲しい性犯罪や偶発的な事故が多々あると示しており、それなので奈央は自身の為にも、そしてもし自分が予期せぬ場所でヒートを迎えてしまったせいで見知らぬアルファを巻き込んでしまわぬようにとの、配慮でもあるのだ。
 そんな、安全対策の一つでもあるお守り代わりのようなチョーカーを奈央は煩わしいと思った事など一度も無かったが、今は話が別だ。と瑞希に余すことなく自分の匂いを嗅いでもらいたいという強い欲求を感じ、またしても小さく泣き言を漏らした。




 
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