奈央くんと瑞希さん

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奈央くんと瑞希さんのその後

奈央くんと瑞希さんのその後①

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 “分かった。気を付けて来てね”

 そう書かれたメールを眺め、奈央はんふんふと幸せそうに微笑んでは手にしている携帯に唇を当てた。

「はぁ~……すき……」
「……奈央、幸せなのは良いことだけど、講義中だよ……」

 奈央が幸福に浸っていれば、横に座っている親友の染井紫乃そめいしのが小声で注意してくる。
 そんな大学の講義中、教授の話す声とノートにペンを走らせる音が響くなか、奈央は未だうっとりとした表情のまま、紫乃を見た。

「だって瑞希さんが格好良すぎるんだもん……。ほんとはさっきみたいに迎えに来てくれる予定だったんだけど、俺がお腹空いたって言ったら、講義が終わるタイミングに合わせてカフェで注文して待っててくれるって。ほんと優しい……」

 奈央と瑞希が交際を隠さず、むしろ目も当てられないほど突如バカップルとして過ごすようになって、早数日。
 瑞希は本来ならばあまり講義も入っておらず就活もしないので大学に来る必要はないのだが、『奈央のレポートとかの手伝いさせて欲しいな』と言ってくれ、奈央が講義中は図書室で奈央のレポートの資料集めをしてくれたり、講義終わりには必ず迎えに来て次の講義室まで送ってくれるのだ。
 そんな夢のような日々に奈央はうっとりと瞳を蕩けさせたまま、こんなに幸せで良いのだろうか。とまたしても甘い吐息を漏らしてしまった。

「良かったね」

 奈央のそんな様子に、片想いを経て付き合ったものの、秘密にしようと言われ落ち込んでいた時期すらも共に過ごしていた唯一無二の親友である紫乃も、嬉しげに笑う。
 紫乃の一重の小さな目が笑うと見えなくなり、それがとてもひどく愛らしく大好きで、奈央は小さな頃からずっと側で一緒に生きてきた親友の紫乃の肩に、こつんと頭を乗せた。

「ありがとう、紫乃」
「え、僕は何もしてないよ」
「ううん。どんな時でも紫乃はずっと俺の側に居てくれたでしょ。大好きだよ、紫乃」
「奈央ってば、何でそんな感傷的になってるの」

 奈央の言葉にクスクスと紫乃が笑い、けれども紫乃の柔らかなラベンダーとお日様のような香りが、優しく嬉しげに香る。
 それを吸い込み、奈央は親友の大好きな匂いに包まれ微笑んだあと、思わずあくびをしてしまった。

「ふぁぁ……ん……」
「あ、こら。寝ちゃ駄目だよ」
「だって、紫乃良い匂いするんだもん。それにここ数日ずっと寝不足だって言ったでしょ……」
「……それ、瑞希さんにちゃんと話しなよ?」
「……うん」

 奈央の言葉に途端に表情を曇らせ、心配げに紫乃が呟く。
 それに奈央は眠気と戦いながらもこくんと頷き、それから、ほらちゃんとして。と言う紫乃の言葉に渋々頭を起こしては講義に集中したのだった。



 ***


「やっと終わったぁぁ……」
「ふふ」
「紫乃、ほんとに一緒にお昼食べない?」
「うん。用事があるんだってば」
「……そっか。じゃあ俺行くね。あ、家に着いたらちゃんとメールしてね」
「分かってるって。また明日ね」
「うん。明日ね」

 家も近く、昔からずっと一緒に帰っている二人は、こうして用事があったり何だったりと一緒に帰れない日は必ずお互いきちんと家に着いたと連絡をしあっているのだ。
 それを念押しし奈央が席を立てば、早く行きなって。と言うように紫乃が笑い、ひらひらと手を振る。
 それに奈央も頷き、それから講義室を後にした。


 一時間しか経っていないというのに、もう既に堪らなく瑞希に会いたいと、足早に歩く奈央。
 朝わざわざ車で家まで迎えに来てくれた瑞希に、『寒い……』だなんてわざとらしく呟いて貸してもらった(奪ったに近い)大きなセーターからは大好きな瑞希の香りがし、奈央が深呼吸をしながら瑞希の匂いに感嘆の息を吐く。
 その匂いだけで心は浮き立ち、早く会いたいと急くまま歩いていた奈央だったが、しかし急に見知らぬ男が目の前に立ったので、奈央はぴたりと足を止めて眉を寄せた。

「……あの、」
「奈央ちゃんだよね?」
「……そうですが、何か?」
「近くで見るとより可愛いね」

 ニヤニヤした表情のまま、奈央を頭の先から爪先まで眺める男。
 屈強な体躯に自信に満ち溢れている姿が典型的なアルファらしく、奈央は鼻に付く臭いに顔をしかめながら、用件は何だと男を睨んだ。

「そんな怖い顔しないでよ。まぁその顔も可愛いけど。奈央ちゃんは正に俺の理想の完璧なオメガだからさ、ずっと付き合いたいなって思ってたんだよ。それなのにアルファ嫌いだって有名だったからどうしたもんかと思ってたのに、いきなりあんなアルファと付き合ってるって噂が聞こえてきてさ。奈央ちゃん、あの佐野と付き合ってるなんて、嘘だよね?」
「……は?」
「……どうやって口説かれたのか知らないけど、アルファを見る目は無いみたいだね。あんな奴より俺にしなよ。他のアルファのお下がりになっちゃったのは正直良い気はしないけど、許してあげるし」
「……」

 目の前で突然気色悪い事をベラベラと喋る男に、奈央の額に青筋が浮く。
 アルファ嫌いだと有名だった時はあまりアルファに告白などされず平和に過ごしていたが、瑞希と付き合っていると広まった瞬間、こうしてやたらと自信満々な勘違いアルファに絡まれる事が多くなった奈央は、……頭が痛くなりそうだ。と溜め息を吐いた。

「……はぁ……。……貴方とお付き合いする気は一ミリもないですし、俺の恋人の事を馬鹿にしないでください。あとこれ以上無駄話したくないので、どいてください」
「わぁ、酷いなぁ。俺、一応人気者なんだけど。それに、奈央ちゃん家には負けるけどそこそこ金持ちの家だし、優良物件だよ?」

 即座に振られたくせ、奈央のどけという忠告にも耳を傾けず、男が近寄ってくる。

「……近寄らないでください」
「どうせあいつとセックスしてアルファの良さに気付いたんだろうけど、俺、そっちも自信あるしさ、なんなら一回お試しで俺とシてみない?」
「……」

 この期に及んで尚もベラベラと喋り続け、奈央の肩を抱こうとする男。
 それに奈央は無表情のまま、目の前に来た男の足に自身の足を掛けた。

「うわっ、」

 急に足を引っ掛けられ、ぐらりと体勢を崩した男がすっとんきょうな声をあげる。
 しかしそれを意に介さず、奈央は躓きかけた男の腹に容赦なく綺麗に蹴りを入れては、見下ろした。

「ッ! ゴホゴホッ、何す、」

 男が蹴られた反動で後ろへと尻餅を付き、苦しげに呻きながらも奈央を見上げようとしたが、しかし奈央はやはり無慈悲に男の胸元にドンッと足を振り下ろし、踏みつけるだけだった。

「──カハッ! ゲホゲホッ!」
「近寄るなって言った筈ですけど。それに気色悪い事言わないでください。……そのお粗末なモノが使い物にならないように、二度と俺に近付くな」

 瑞希さん以外に心は勿論体も許す訳がないだろう。と最後の方は怒りで敬語を無くしながら、ぐ。と足に力を入れ、この足を少し下げるだけで意図も容易くお前のモノなど踏み潰せるのだぞと圧をかける奈央が、軽蔑の眼差しのまま吐き捨てる。

 ──奈央が入学当初以来比較的に平和に過ごしていたのは見ての通りこの強さからであり、奈央にしつこくつきまとうと手酷いしっぺ返しを食らうと、アルファの間では有名だった。
 それをようやく身をもって知った男が顔を青ざめさせ周りが何事だとざわつき始めたが、奈央は構うことなく、話は終わりだ。と男を置き去りにし何事もなかったかのように颯爽と歩いていくだけだった。




 
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