29 / 36
その後
6
しおりを挟む二人して半勃ちしていたものを何とか抑え、ふぅ。と息を吐き、気まずげに顔を見合わせたあと。へにゃり。と情けなくお互い眉を下げ笑いながらも、立ち上がった春につられて雅も立ち上がった。
「い、行きましょうか」
「……うん」
ぎくしゃくと会話をしながらも、もう触っても平気。だと言うよう、手を差し出してくる春。
その笑顔はやはり美しく可憐で、雅はだらしなく頬を弛めながら、その一回り小さな手を握り返した。
「……あー、ヤバい……、緊張してきた……」
「え?」
「俺みたいな奴が春の恋人だって言って、ほんとに大丈夫かなって……」
「……それ、今度言ったら本当に怒りますよ」
「えっ」
「俺は雅さんが大好きだし、悠希だって雅さんの事好きになります、絶対。だから無意味に自分を卑下しないでください」
「っ、」
「分かりましたか?」
雅さんは本当に自分の事を過小評価し過ぎてる。
そう言わんばかりの真剣な眼差しで見つめてくる春に小さく息を飲んだ雅は、しかしそれからその言葉にへにゃりと眉を下げ、嬉しそうに、しかし気恥ずかしそうに俯いた。
「……ん」
「ふふ、可愛い」
「……好きだよ、春」
「俺も大好きです」
いつだって優しく真っ直ぐな言葉をくれる春に堪らず、ちゅ、と雅が頬に軽くキスをする。
そんな突然のキスに片目を瞑りながらも春がクスクスと可愛らしい笑い声を漏らし、それが本当に愛らしく、俺の恋人はまじで可愛くて格好良くて最高の人過ぎる。と雅は一分一秒ごとに春を更に好きになってゆく感覚に陥りながらも、深呼吸をした。
「……よし、行くか」
「あはっ、そんな緊張しないでくださいよ」
「うん」
うん。と呟きながらも、やはりどことなく緊張したオーラを醸し出している雅の頬に、今度は春がちゅっとキスをし、歩きだす。
それに一瞬だけ呆けたあと、ふっと肩の力を抜いて微笑んだ雅もつられて足を進め、部屋を出た。
──ガチャリ。と春が扉を開けた、先。
すぐリビングに面しているそこには、当たり前だが春の幼馴染みの悠希だろう人物が居り、しかしその予想外の見た目に雅は目を一瞬だけ見開いてしまった。
「お帰り悠希。ごめんね、すぐ出てこれなくて」
「ううん、大丈夫。春もお帰り。ていうか恋人さん来てたんだね。じゃあ邪魔だったよね、ごめんね」
「春さんただいま。雅さんも来てたんですね」
どうせ一緒に帰ってきますよ。という先ほどの春の言葉通り、春と悠希が喋っている所に難なく入り込むよう発言しながら、悠希の腰を抱き、雅に笑いかけてくる、良介。
春に向かって、“お邪魔します”ではなく“ただいま”と言っている事からも分かる通り、本当にどうやら良介は常に入り浸っているようで、しかしそんな事よりも雅はやはり悠希という人物が想像と違い過ぎて、暫し呆けてしまった。
良介も身長が高く体格が良いが、それよりも更に高身長であり、筋肉も付いていてガタイも良い、大柄な男。
しかし前髪は目を覆うほど長く、どこか野暮ったい印象を醸し出しており、そして話し方は柔らかいものの声も随分と深く男性的である悠希に、春と似たような雰囲気の人かと想像していた雅は百八十度違うその見目に驚きつつも、しかしそれからハッとして、勢い良く頭を下げた。
「は、初めましてっ! 春さんとお付き合いさせていただいている、久我雅と申します!! 本日は突然お邪魔してしまいすみません!」
だなんて早口で捲し立てる、雅。
しかし他の三人はそんな雅をぽかんとした顔をして見たあと、それから良介が声をあげて笑った。
「あははっ!何それ雅さん! めちゃくちゃ緊張してるじゃん!」
「あっ、おい、笑うなばか!」
雅のガチガチな様子に堪らず吹き出し笑った良介にカチンときたのか、雅の手を握ったまま春が暴言を吐く。
そんなわーわーと煩い二人に、二人とも落ち着いてよ。と言うよう悠希は焦りを見せ、しかしそれからすぐに雅に向かって深々と頭を下げた。
「こちらこそ初めまして、春の幼馴染みの佐奈悠希と申します。いつも春からお話を聞いておりまして、お会いしてみたかったので会えて嬉しいです」
そう言いながら顔をあげ、口元だけだがにっこりと微笑んでいる悠希。
その様子に、外見こそ違えど雰囲気はどことなく春と似ているな。と、やはり小さい頃から共に過ごしてきたのだろう鱗片が伺え、雅も幾分かホッとし、ふっと表情を和らげた。
「……俺も会えて嬉しいです。あ、雅で良いんで」
「僕の事も気軽に悠希って呼んでください。それと雅さんの方が年上なんですから、敬語はやめてくださいね」
だなんて柔らかな口調で、悠希がふふっと笑う。
その上品な笑い方がやはり春とそっくりで、雅も微笑みながら頷けば、そんな二人のやり取りをじっと見守っていた春は穏やかな雰囲気に瞳をキラキラとさせ、幸せそうな笑顔を浮かべていた。
***
「雅さん、寒くないですか?」
「あ、うん……」
どこか所作無げに呟いた雅を他所に、暖かくて大きなブランケットをしっかりと雅にまで掛けながらにっこり微笑んだ春が、さも当たり前のように雅の肩にこてんと頭を乗せてくる。
その仕草と柔らかな髪からふわりと香る良い匂いに、ドキッと心臓を高鳴らせた雅は、目をパシパシと瞬かせた。
──悠希に挨拶し、無事に幾分か打ち解けた、その後。
夕食は既にお互いに済ませてあったので、軽くお酒を嗜みながらお互いの話をしたりと和気あいあいとした時間を過ごし、そして雅も今夜泊まっていくと春が告げれば、じゃあ四人で映画でも見ましょうよ。だなんて良介が言った言葉により、突如始まった映画鑑賞会。
大きなソファは大の大人四人でも難なく座る事ができ、左から良介、悠希、春、雅。といった順で並んでいて、しかしあまり交遊関係が広くない雅は、友人同士で集まりこうして夜を過ごすという事すらほぼしたことがなく、謎の緊張から小さく息を飲んだ。
だが、そんな雅の少しの緊張も薄暗い部屋の中で良介が選んだ映画が流れ始めると段々と溶けてゆき、どことなく借りてきた猫のようになっていた雅も随分とリラックスした様子で、いつしか春の肩に腕を回すほどになっていた。
良介が選んだのは、風景映像がとても美しく素晴らしい、ハートフル映画で。
それは普段雅が見ないようなジャンルだったが、それでも面白く。
段々とストーリーにのめり込んで見ていた雅だったが、不意に春が耳元に顔を寄せ、ぼそりと囁いた声にびくりと体を跳ねさせてしまった。
「……雅さん、手、握って良いですか」
だなんて、隣の悠希に聞かれぬよう本当に小声でそっと囁いてくる、春。
その言葉はとても甘く、雅は途端にドクドクと心臓を高鳴らせ体温が急上昇していくのを感じながらも、願ってもない事だと必死にこくこくと頷いた。
「ふふ、」
雅の挙動に小さく笑い声を漏らし、それでも嬉しいですと言わんばかりに綻んだ春が、ブランケットの中で雅の膝の上に手を乗せる。
その仕草があまりにも自然で、これで今まで恋人が居たことないってマジなのか……!? と雅は驚愕しながらも、前々から感じていたが元々人とのパーソナルスペースが狭い方なのだろう春の、それでも恋人という立場だからこそもっと踏み込め、踏み込ませてもらえる幸福に、小さく天を仰いだ。
それから小さく深呼吸を繰り返しながらも、春の肩に回していない方の左腕を伸ばし、膝の上に置かれた春の手をぎゅっと掴む雅。
そうすれば春は嬉しそうに更に雅へと体を寄せては、満足げな吐息を溢していて。
その愛らしさにノックアウト寸前になりながらも、すり、すり。と春の触り心地良い肌を指先を撫で、共に寄り添い触れ合える心地よさに、雅も満足げな吐息を漏らしたのだった。
──そうして、薄暗い室内のなかブランケットにくるまりゆったりとした映画を静かに楽しんでいた四人だったが、しかし中盤に差し掛かった頃に微かに寝息が聞こえ、雅はテレビから視線を離した。
そうすれば、良介と、そして良介に寄り添うようもたれている悠希が仲良く眠りに落ちているのが見え、そして春もそんな二人につられうとうととしていて、雅はふっと口元を弛めては、春の肩に回している腕でそっと更に抱き寄せ肩をとんとんと優しく叩いた。
「……ん、ぅ……」
小さく春の口から溢れる、可愛らしい唸り声。
それが愛らしく、握ったままの手を優しく撫でながら尚も肩をとんとんと叩き続ければ、とうとう春が夢の中へ落ちたのが分かった。
テレビから流れる映画は変わらず美しい風景が続き、深い夜は、どこまでも静かで。
それがとても穏やかで心地よく、雅も堪らずあくびをしては、満ち足りた気持ちのまま、ゆっくりと目を閉じた。
そうして、春の柔らかな良い匂いや寒さにも負けない暖かな体温、そしてそれぞれの静かな寝息と映画の音声をBGMに、いつしか雅もぐっすりと眠りについてしまったのだった。
5
あなたにおすすめの小説
天の求婚
紅林
BL
太平天帝国では5年ほど前から第一天子と第二天子によって帝位継承争いが勃発していた。
主人公、新田大貴子爵は第二天子派として広く活動していた亡き父の跡を継いで一年前に子爵家を継いだ。しかし、フィラデルフィア合衆国との講和条約を取り付けた第一天子の功績が認められ次期帝位継承者は第一天子となり、派閥争いに負けた第二天子派は継承順位を下げられ、それに付き従った者の中には爵位剥奪のうえ、帝都江流波から追放された華族もいた
そして大貴もその例に漏れず、邸宅にて謹慎を申し付けられ現在は華族用の豪華な護送車で大天族の居城へと向かっていた
即位したての政権が安定していない君主と没落寸前の血筋だけは立派な純血華族の複雑な結婚事情を描いた物語
【完結】エデンの住処
社菘
BL
親の再婚で義兄弟になった弟と、ある日二人で過ちを犯した。
それ以来逃げるように実家を出た椿由利は実家や弟との接触を避けて8年が経ち、モデルとして自立した道を進んでいた。
ある雑誌の専属モデルに抜擢された由利は今をときめく若手の売れっ子カメラマン・YURIと出会い、最悪な過去が蘇る。
『彼』と出会ったことで由利の楽園は脅かされ、地獄へと変わると思ったのだが……。
「兄さん、僕のオメガになって」
由利とYURI、義兄と義弟。
重すぎる義弟の愛に振り回される由利の運命の行く末は――
執着系義弟α×不憫系義兄α
義弟の愛は、楽園にも似た俺の住処になるのだろうか?
◎表紙は装丁cafe様より︎︎𓂃⟡.·
月曜9時の恋人 ――上司と部下のリモート勤務録
斎宮たまき/斎宮環
BL
「おはようございます」から始まる恋がある。
在宅勤務の上司と部下、画面越しに重なっていく生活音と沈黙。
誰もいない夜、切り忘れたマイクから漏れた吐息が、心の距離を壊していく。
社会的距離が恋の導火線になる――
静かな温度で燃える、現代オフィスBLの新形。
義兄が溺愛してきます
ゆう
BL
桜木恋(16)は交通事故に遭う。
その翌日からだ。
義兄である桜木翔(17)が過保護になったのは。
翔は恋に好意を寄せているのだった。
本人はその事を知るよしもない。
その様子を見ていた友人の凛から告白され、戸惑う恋。
成り行きで惚れさせる宣言をした凛と一週間付き合う(仮)になった。
翔は色々と思う所があり、距離を置こうと彼女(偽)をつくる。
すれ違う思いは交わるのか─────。
経理部の美人チーフは、イケメン新人営業に口説かれています――「凛さん、俺だけに甘くないですか?」年下の猛攻にツンデレ先輩が陥落寸前!
中岡 始
BL
社内一の“整いすぎた男”、阿波座凛(あわざりん)は経理部のチーフ。
無表情・無駄のない所作・隙のない資料――
完璧主義で知られる凛に、誰もが一歩距離を置いている。
けれど、新卒営業の谷町光だけは違った。
イケメン・人懐こい・書類はギリギリ不備、でも笑顔は無敵。
毎日のように経費精算の修正を理由に現れる彼は、
凛にだけ距離感がおかしい――そしてやたら甘い。
「また会えて嬉しいです。…書類ミスった甲斐ありました」
戸惑う凛をよそに、光の“攻略”は着実に進行中。
けれど凛は、自分だけに見せる光の視線に、
どこか“計算”を感じ始めていて……?
狙って懐くイケメン新人営業×こじらせツンデレ美人経理チーフ
業務上のやりとりから始まる、じわじわ甘くてときどき切ない“再計算不能”なオフィスラブ!
今日もBL営業カフェで働いています!?
卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ
※ 不定期更新です。
相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~
柊 千鶴
BL
【執着攻め×強気受け】
人付き合いを好まず、常に周囲と一定の距離を置いてきた篠崎には、唯一激しく口論を交わす男がいた。
その仲の悪さから「天敵」と称される同期の男だ。
完璧人間と名高い男とは性格も意見も合わず、顔を合わせればいがみ合う日々を送っていた。
ところがある日。
篠崎が人肌恋しさを慰めるため、出会い系サイトで男を見繕いホテルに向かうと、部屋の中では件の「天敵」月島亮介が待っていた。
「ど、どうしてお前がここにいる⁉」「それはこちらの台詞だ…!」
一夜の過ちとして終わるかと思われた関係は、徐々にふたりの間に変化をもたらし、月島の秘められた執着心が明らかになっていく。
いつも嫌味を言い合っているライバルとマッチングしてしまい、一晩だけの関係で終わるには惜しいほど身体の相性は良く、抜け出せないまま囲われ執着され溺愛されていく話。小説家になろうに投稿した小説の改訂版です。
合わせて漫画もよろしくお願いします。(https://www.alphapolis.co.jp/manga/763604729/304424900)
【完結】毎日きみに恋してる
藤吉めぐみ
BL
青春BLカップ1次選考通過しておりました!
応援ありがとうございました!
*******************
その日、澤下壱月は王子様に恋をした――
高校の頃、王子と異名をとっていた楽(がく)に恋した壱月(いづき)。
見ているだけでいいと思っていたのに、ちょっとしたきっかけから友人になり、大学進学と同時にルームメイトになる。
けれど、恋愛模様が派手な楽の傍で暮らすのは、あまりにも辛い。
けれど離れられない。傍にいたい。特別でありたい。たくさんの行きずりの一人にはなりたくない。けれど――
このまま親友でいるか、勇気を持つかで揺れる壱月の切ない同居ライフ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる