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第一章 王国、離縁篇
9.レベロン王国、執務室にて
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静かな音を立てて閉まった扉。場所はレベロン王国執務室である。先程、リリアーナが王太子であるクリストファーとの面会をもとめ突然やってきて"離縁"を懇願して来たのだ。
クリストファーだけであれば修羅場になっていたであろうあの場に駆けつける事ができたのは本当に運が良かった。自分がいなければ今頃どうなっていたか。とアレクセイはホッと胸をなでおろした。
そしてリリアーナが部屋から出ていった今、執務室にはこのレベロン王国の王太子クリストファーと、現宰相を父に持つ宰相見習いのアレクセイの二人きりとなった。
「殿下、いや、クリス?おまえさぁ、自分がやっていることがわかっているんだろうね?」
クリストファーとは幼馴染で、アレクセイはクリストファーより年上である。子供の頃から兄弟のように接してきたからか二人きりになると砕けた話し方になるのは仕方のないことだ。
「は?なんでアレクが怒ってるんだよ」
そう、事実アレクセイは怒っている。クリストファーは確かに優秀ではあるが、天才ではない。それは今まで近くで見てきたアレクセイが一番分かっていた。
それに比べてリリアーナは天才だった。他国の言語もすぐに習得し、王太子妃教育も異例の早さで修了したのだ。
クリストファーとアレクセイが今手掛けている政策に助言してもらうことも多かったし、たまに訪れる異国からの客人や要人の通訳等もお願いしたことがあった。
しかもあの美しさ、である。
国王がデビュタント直後にクリストファーの婚約者にと決め結婚まで半ば強制的に漕ぎ着けなければ、きっと他国の王族か高位貴族に奪われていただろう。国内でも妻にと望む者はあとを絶たなかったのだから。
「リリアーナ様は本気だったよ。全てを失ってもいいような言い方だったし。あんなに積極的なリリアーナ様は初めて見たしね」
「それが?好きにさせておけよ、可愛げもないあんな女。今までは表情が抜け落ちてたんだ。たまに微笑む人形みたいでさ、気持ち悪いっつの。ちょっと人間らしくなったと思えば、僕に楯突くなんてさ。生意気なんだよ」
クリストファーは少し純粋すぎるところがある。
彼は十八歳のれっきとした成人男性ではあるが、生まれながらにして王族として性事情を制限されているせいか女を知らなすぎるのだ。
だから、露出が多く豊満な体型で色香漂うルリナ嬢に簡単に絆されている。とアレクセイは感じていた。
彼女(ルリナ)の甘い言葉と偽の優しさはその純粋すぎるクリストファーの心を掴んで離さないのだ。
「ルリナ嬢はやめておいたほうがいいよ。国王陛下もきっとお許しにはならないだろうしね」
「彼女を侮辱するなよ、アレク。いくらお前でも許さないぞ。ほんとにさぁ、父上や母上だけでなく、お前まであんな女側につくとは····」
現に国王はリリアーナをレベロン王国の今後の発展に活かそうと必死で繋ぎ止めている。
伝説となったリリアーナのデビュタント以降、彼女の評判は鰻登りで、それは隣国にまで及んでいたらしいことをクリストファーは知らないのだ。
"雪の妖精姫"という二つ名が王都に広まったのもその頃だったか······。とアレクセイは記憶を辿る。
この国の上層部の誰もが分かっている。リリアーナほどの素質のある人材を他国に渡してはいけない、と。確かに彼女は未だ魔法が使えないが、魔力量はあるわけだから、何時どのタイミングで魔法が使えるよう覚醒してもおかしくないのだ。
だが、クリストファーは婚約が決まった直後には既にルリナ嬢に絆されていた。
あの、嘘で塗りたくったような女に、だ。
元来、レーボック子爵は無類の女好きとして有名でルリナの母親も娼館から買い上げた女だった。
母親から受け継いだのか、いつも少し魅了魔法を纏わせていて、抵抗力のない男達は完全にルリナに捕われ落ちている、というわけだ。
そして、それはクリストファーも例外ではなかった。彼には少なくとも王族として培われた耐性があるはずなのに、生粋の純粋さも合わさっていたのだろう、完全に彼女の虜になっていた。
「クリス、いい加減に大人になれよな。この国の次期国王なんだぞ。国のことを一番に考えろよ」
「っ、それは、わかってるっ」
「間違ってもルリナ嬢と一線は超えるなよ?」
「あたりまえだろう、僕をなんだと思ってるんだ」
「閉め切った同じ部屋に長時間いるのもだめだぞ。
仮にも新婚の王太子の不貞や既成事実なんて噂が、嘘でも流された時には完全に終わりだ、」
クリストファーはアレクセイを一瞥して席を立つ。
「今日はルリナが来るんだ、悪いがお前とゆっくり話している暇はないんだ」
「······な、なんだって!? 何時からだ?」
「お前には関係ないだろう、けど、そうだな···昼食を共にしようという話だったからもうそろそろ登城はしているだろうな。ルリナは花が好きだから、今頃は庭園で花でも詰んでいるんじゃないか?」
クリストファーが待ちきれないといった様子で窓から外を見つめる顔には、心の底からの笑みが溢れている。
そんな浮かれた様子の彼を無視してアレクセイは焦ったように立ち上がった。
「不味いな。リリアーナ様も庭園に向われたのに!」
「よお、アレクー。そんな大きい声だしてどしたあ?」
不意に執務室の扉が開き、王太子殿下付きの護衛騎士のマルコが呑気に部屋に入ってくる。それを見てアレクセイは心の底から神に感謝した。
今日は野暮用でクリストファーから傍を離れると報告があり、アレクセイが代わりに朝から護衛も兼ねていたため、皮肉の一つでも浴びせようかと思っていたのだが。完璧なタイミングだ。
そして直ぐにマルコに向き直るとリリアーナの護衛を命じる。
「良いところにきた、マルコ! いますぐに庭園に向かったリリアーナ様を探しにいってくれ!
全速力で、だ! 今日お前はリリアーナ様の護衛を、頼んだぞ!!」
「まぁ、いいけどー。あとで詳しく教えろよー?」
マルコは直ぐに緊迫した様子を察して庭園の方向へ足早に駆けていった。
こうして彼は、あの二人の修羅場に居合わせる事になったのである。
そう、彼にとっては本当に災難な一日の始まりだったのだ。
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