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第一章 王国、離縁篇
30.舞踏会(離縁)前日 - 婚約指輪を、準備しよう‐
舞踏会を明日に控えたこの日、ヴィクトールはレベロン王国の貴族街に来ていた。
彼の目の前を歩くのはリチャードと、シャルロン公爵家嫡男でリリアーナの兄でもあるレイアードだ。
昨夜、公爵邸にてリリアーナとの結婚の申し込みの許可を取ったあと、忘れていた婚約指輪の購入をするため急遽レイアードに付き添いを頼んだのだが。
重要な事だ、何度でも言おう。
“舞踏会の前日”である。
斯くして、婚約指輪の購入に来たヴィクトール。
“指輪”の件でリリアーナに少々後ろめたさがある彼は、昨夜婚約指輪の事に気付いた時、実はかなり焦っていた。
魔力量隠蔽の指輪と転移の指輪を薬指につけていたことで、先日リリアーナに要らぬ勘違いをさせ傷つけてしまったかもしれない今、ヴィクトールにできることは彼女に誠意を見せる事のみだったのだから。
まあ、きっとリチャード、ルーカスに酒場で言われなければ気が付かなかっただろうが······。
ヴィクトールは目の前を歩く二人を見た。
渋々といった形で付いてきたレイアードは隣を歩くリチャードに悪態をついている。
「レイアード君っ、久しぶりだね♪ 」
「ったく、なんだって俺が君達と買い物なんかに駆り出されなければならないんだよ」
「まあまあ、そう言わないでっ。うちの主はリリアーナ様に婚約指輪をご所望でね♪ シスコンの君なら彼女に合う最高のものがすぐ分かるでしょ?」
”リリアーナの婚約指輪”と聞きレイアードは黙り込む。『あのくそ王太子は可愛いリリアーナに指輪すらも贈らなかったし、今や離縁をしたいなんて馬鹿な事を······』
殺気を仄かに出しながら沈黙するレイアードに、ヴィクトールは気にせず声をかけた。
「公爵家御用達でもよい、値段も気にしない。とにかく彼女の好きそうな感じにしたい」
「·······でも、求婚は明日なのでしょう?間に合わない気がするのですが?」
「いや、間に合わせる」
「とゆうか、本当にこんなんでバレないのかい?!」
貴族街に店を構える王室、公爵家御用達の宝石店の前までやってきたレイアードはリチャードとヴィクトールを振り返る。
彼の言う"こんなんで"というのは、ヴィクトールがかけている黒縁の眼鏡の事だ。
「大丈夫、大丈夫♪ これは皇国の簡易魔導具でね、認識阻害できるんだー。まあ直接見て知っている人には効かないから、僕も君も陛下を認識できるんだけどね」
「なるほど」
『また大層な魔導具を皇国は作っているもんだ。』
レイアードはそう思いながら店の扉に手をかけた。
◆
扉を開けると、落ち着いた雰囲気の店内奥から小太りの店主が出てきて丁寧にお辞儀をした。
「レイアード様、いつもご贔屓にしていただきありがとうございます。本日はいかが致しましたか?」
「店主、今日は予約せずに悪かったね。今日は僕ではないんだ。こっちの人、」
“こっちの人”と手で促されたヴィクトールは店主の前まで進み出る。
「ヴィクターという。よろしく頼む」
「はぁ、」
「あぁ、ちなみに店主。彼は僕の大事なお客様なんだ、良しなにね」
「え? あ、はい。で今日は何用でしょうか?」
ヴィクトールは店内を見回してから店主を見た。
「婚約指輪を頼みたいんだが、期日は明日朝だ。」
「あ、明日ですか?!!」
『まあそういう反応になるよな』と、レイアードは自分の所為で大変忙しい目に合うであろう店主に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「あぁ。職人なんだ、出来るだろう?」
「職人、と言われましても、一日では、、」
「皇国で作った時は、難しい事ではなかったな?」
「皇国ではこんな指輪も一日で仕上げていましたねっ? まあ、王国だとまだ出来ないんでしょうかね? やっぱり止めます? 王国の国一番でこのレベルでしょう?」
ヴィクトールに話を振られたリチャードは完全に煽るような口調だが、店主は魔法付与の施されたミスリル素材の指輪を見て目を白黒させた。
『それより、国の名前出してるけど良いのか?』
と、レイアードは遠くからその状況を見守る。
間違っても介入はしない。動かないし、何も言わない。触らぬヴィクトールになんとやら、だ。
「こ、皇国、ですか? それに、それは·······ミスリルの指輪に魔法付与、ですと? たしかに、ルドアニア皇国であればここまでの技があっても不思議ではないが、」
「まあ、なに。レベロン王国の事情は我々も分かっている。魔法付与しろ、などと難しいことを頼んでいるんではないんだ。ただ、指輪に石を入れて欲しい、それだけだ。できるか?」
「·······や、やってみます」
「指輪は金で。1つはシンプルにそのまま、一つは花冠模様を彫刻してくれ。石は花冠模様の方に白銀色のもので頼む。何かお勧めはあるか?」
「白銀でしたら、ホワイトトパーズが良いかと。神聖な儀式の場でも使われる石でございます」
「うん。ではそれにしよう、」
ヴィクトールは細かい注文を終えたのか、既に支払いをしているようだ。
『やれやれ、無理矢理店主を説得するとは。次に来たときには店主に謝らないとなぁ』
リリアーナはいつこんな男に捕まったのだろうか。
レイアードは愛する妹の行末を思って目を閉じた。
◆
「レイアード、今日は助かった。明日だが、我々は昼頃ここで指輪を取ってから舞踏会に直接出席予定だ。··············?」
店から出たヴィクトールはそう口にしてから立ち止まる。何かを考え込んでいるようだ。
「ヴィクトール様、どーかされました?」
「リチャード、我々は舞踏会二日前からレベロン王国王城に滞在する予定ではなかったか?」
「あぁ! それは確かに昨日の予定でしたが·······公爵家に行く事になったので急遽日程変更しました! きっとセドリックが既にアレクセイ君に連絡してるのではないかと思いますが·····。お伝えせず、申し訳ございません」
「ん、そうか。それならまあ良い」
「いやいやいやいや········(絶対それアレクセイ頭抱えて発狂してるやつでは?)ハハハッ! 」
レイアードの脳裏には頭を悩ませるアレクセイの姿が映った。絶対に皇国一行に奔走させられているに違いない。
声にだして一頻り笑った後、レイアードは重要な情報を共有するために、すっと姿勢を正すと二人に向き直る。
「では、明日は舞踏会で合流しましょう。一先ず、公爵家から二人に今言えることは、レーボック子爵に注意したほうがいい、ということです。君達や皇国の情報を嗅ぎ回っているらしい。」
「分かった。情報感謝する。気をつけよう」
去りゆく二人の後ろ姿を見ながらレイアードは少しの間その場に立ち尽くした。
レベロン王国が公爵家を必要ないと判断したら、自分はルドアニア皇国に行くだろう。“侯爵”という地位を与えられるからにはきっと、あの二人とはよく顔を合わせることになるに違いない。
でも何故か、嫌な気はしなかった。
この王国にいても出来ないことが、皇国の、あのヴィクトール陛下の下ならば出来る気がする。
そして暫く貴族街に佇んでいたレイアードは公爵邸への帰路についた。
近いうちに人生が一転しそうな、そんな気配を感じながら、彼は帰路の一歩を踏み出したのだった。
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