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第一章 王国、離縁篇

33. 不本意ですが、婚約者になるようです

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「レベロン王国国王、その言葉に二言はないだろうな?」
 
 リリアーナの言葉を遮って現れた一人の男に、会場は水を打ったように静まり返った。
 全てが黒で統一され金色の装飾がキラキラと輝く絢爛たる衣装は神々しく、この場の誰よりも彼が崇高な存在であることを示している様だ。

 高身長、すらっと伸びた長い脚を優雅に動かし、毅然と歩く姿は拝みたくなるほど。黒い艶やかな髪も黄金の瞳も周りを魅了するほどに美しいが、その瞳は全てを見透かしそうな程冷めており、温かみは一切ない。


 その瞬間、先程まで王座に腰掛けていた国王陛下はガタン、と音を立てて立ち上がる。


「ル、ルドアニア皇国皇帝、ヴィクトール陛下、」

「如何にも。私がルドアニア皇国皇帝、ヴィクトール・ルドアニアである。それで、そうか。
今日は王太子妃の披露目のために開かれた舞踏会と聞いて来たのだが。違ったようだな?」


 そしてその言葉に会場は騒然とする。 


『あれがルドアニア皇国皇帝陛下?』『あれが悪魔の落とし子か』『あの父親を殺したと言う?』『なんて恐ろしい』『闇の国の』『あまり見ると殺されるぞ』

 不敬に当たるような言葉が飛び交うなか、ヴィクトールはそれらを気にも留めず優雅に片手を挙げて指を鳴らした。パチンッ、という音と共に、彼の目の前には重厚な漆黒の机が一つ現れる。


「何をそこで呆けているのだ、レベロン王国の神殿長。居るのだろう?仕事はして貰わなくてはな?」


 会場を見渡せば、その隅にレーボック子爵と隣あって身を隠すように立たずんでいた神殿長おとこがおずおずとヴィクトールの前までやって来た。

「ルドアニア皇国ヴィクトール皇帝陛下におかれましては······「御託は良い。お前はこの国の神殿のものとして為すべきことを成せ、」」

「はい、これどーぞ♪」

 ヴィクトールの横からちょこんと顔を出したリチャードから突然差し出された筆を反射的に受け取り、神殿長は机におかれた紙を見て固まる。

「こ、これは······」
「離縁が成立した。と言ったのは国王だ。本来、お前が見届けなければ成立しないのであろう?」

 ヴィクトールの表情は変わらない。
 暫くじっと無言で佇んでいた神殿長は国王陛下に促され、渋々机上の紙に文字を付け足し印を押した。それを確認したヴィクトールは紙を懐にしまう。茫然と立ち尽くす目の前の神殿長には目もくれず、次の言葉を紡ぎながらリリアーナの前まで歩を進めた。

「これで貴女リリアーナの離縁が成立したな。俺には夫がいる女性を口説く趣味はない。少し時間がかかったがこれでやっと心置きなく求婚ができる」

 そして彼はリリアーナに向き合って。片膝をついたのだ。その手には金色の美しい婚約指輪が握られ、黄金の瞳は彼女を捉えて離さなかった。


「リリアーナ嬢、レベロン王国王太子と離縁した後で急な申し出だとは分かっている。
 だが、私、ヴィクトール・レイ・ルドアニアの妻となってほしい」

「っ!レイさま······なの、ですか?」
 

 皇帝陛下の首元に光るプラチナの鎖と垂れ下がった紫色の石。リリアーナは見覚えのある装飾品それに目を見張った。

「リリア嬢、詳細は後でゆっくりと。一先ずは、俺の願いを叶えてはくれないだろうか?」

 皆に聞こえない声で静かにそう言って彼はリリアーナの手を取った。

「ルドアニア皇帝陛下。立ってくださいませ。貴方ほどの方が私の前に膝をつくなど」

「求婚は受けてくれるか?」

「もとよりこの状況下です。私には断る権利はありません。断罪中に求婚されるなど··········不本意ではありますが。謹んでお受けいたします」

 ルドアニア皇国皇帝陛下、などという最高位の身分を掲げられては断れるはずもない。それにリリアーナはつい先程離縁され奪爵された身である。

 自分の恋した相手、ルドルフだと考えれば、こんな状況下で求婚をされるのは本当に不本意だ。
 でも、一先ずはその求婚を受け入れる事にした。
 それに、初恋が叶うということでもあるのだし、という打算も勿論あったのだけれど。


「ふっ。そうか、不本意か。だが、後悔はさせない。これを」


 ヴィクトールは口角を上げて笑ってから、長い脚をすっと伸ばして優雅に立ち上がった。そしてリリアーナの指に婚約指輪を嵌めてから美しく微笑む。
 彼の瞳と同じ黄金にキラキラと光る白銀の宝石が美しく、リリアーナは言葉を失った。

「やはり貴女は美しいな。指輪が劣ってみえる」
「そっ、そんな事は···········」 
「それに耳飾りも、よく似合っている」

 彼はリリアーナの髪を指で掬うと耳にかける。

「っ!」

 リリアーナは赤面し顔を両手で抑えた。舞踏会の、注目されている公の場で、こんな事をするなんて!
 そんな彼女の心中を知ってか知らずか、ヴィクトールは腰を引き寄せて会場を見渡し、外へ通じる扉を視線に捉えた。

「さて、成すべき事は済んだ。長年、望んでいたものがようやくこの手に入ったのだ。これで我々は失礼しよう」「ま、待てっ!!!そんなの、僕は認めないぞ!」

 二人が退出しようとしたタイミングで、今まで黙ってその様子を見ていた王太子クリストファーが声を張り上げた。彼は下を向いたままだが、その手は怒りに震えている。

「リリアーナ、僕のルリナを傷つけておいて無罪のまま逃げきるなんて許さないぞ!お前が逃げるなら公爵家は潰してやる!家族が路頭に迷うんだ!」


 権力を翳し脅しをかけるクリストファーを一瞥しヴィクトールは静かに口を開く。


「クリストファー王太子殿下。まず、私は君に発言を許可していない。そして彼女リリアーナは、この瞬間をもって私の婚約者である。そこをよく弁えるといい。
そして、そうだな。勘違いはしてほしくないのだが、王国と皇国は同盟は結んでいない。
王国が我が国に不利益となることを仕掛けてくるのであれば我々は明日にでも此処を攻め落とすだろう事ゆめ忘れるな、」

「ヴィ、ヴィクトール皇帝陛下。愚息が失礼した。一人息子ゆえまだ世情に疎いところがありな。本心ではあらぬゆえ······「父上っ!!」」

 クリストファーがなにか言いたげなのを国王が片手で制する。ルドアニア皇国を敵に回すのは得策ではない。この世界の誰もが認識している事である。

「うむ。だが、国王よ、良い機会だ。誓約を交わしておこうではないか」

 国王陛下は慌てて首を縦に振った。
 いや、振るしかなかったのだろう。

「リリアーナ、今日は疲れただろう。俺は国王と少し話をしてから君のもとへすぐ向かう。レイアードと先に公爵邸に戻っていてくれるか、」

 こうしてリリアーナはレイアードと共に王城を出た。離縁という当初の目標を達成し、本来は両手を挙げて喜べる瞬間であったのだが·········

 人生は何が起こるか全くわからないものらしい。
 不本意ではあるが、この時を以てリリアーナはヴィクトール皇帝陛下の婚約者となったのである。
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