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第一章 王国、離縁篇

37. レベロン王国最後の夜、皇国勢

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 レイアードが部屋から退出した後、リチャードは酒を片手に慣れた様子で魔法を展開する。
 これもヴィクトールがセドリックと念話での定例会議を始める事を見越して、だ。

 シャルロン公爵家にいるのだから安全面は厳重にされているだろうが一応、念の為に。
 いま此処には、ヴィクトール、リチャードの他にルーカスも加わって机を囲んでいる。

「セドリック聞こえるか」
「ヴィクトール陛下、本日は誠におめでとうございます」 
「あぁ、」

 ヴィクトールの機嫌が良いことは舞踏会場でヴィクトールと終始念話を繋いでいたセドリックには分かっていた事だった。

 ただ、少し闇を感じたのだ。ヴィクトールはこの世界屈指の闇魔法の使い手だからか、心身共に不安定になると魔力が揺らぎ、闇が深くなる。
 今日は本当に少し、セドリックにしか分からない程度だったがその魔力の揺らぎを敏感に感じた。


「陛下、なにかありましたか」
「いや? 特には 「あの不敬な女のせいじゃないですか?」

 リチャードが割り込むように答えると、ヴィクトールは舌打ちをする。

「リチャード、余計な事だ」

「······不敬な女、ですか?」
「はい~。陛下と国王、公爵との話し合いの後、一人でいた陛下を狙って女が来たんですよ。ルリナ嬢でしたっけ? 魅了魔法がべったり纏わりついた女」

「あぁ、そうだろうな。まあ俺には影もいたし。リチャードと合流するために廊下を歩いていたら、横から勢いよく出てきたんだが。まあ避けたが、」

「───は?」
 セドリックの声が一段と低くなる。

 大方『ヴィクトールにぶつかろうとするなど何たる不敬か。抹殺してあげましょうこのクズが』と思っているに違いない。と、リチャードは冷え冷えとしたセドリックの魔力を感じて、酒を飲み干した。

「まっ、僕も、陛下遅いなぁって迎えにいこうとしたらさぁ? ルリナ嬢と居るのを見つけたんだから。びっくりしちゃいましたよ。あの女、陛下にも媚薬忍ばせてたしね」

「俺に効果がないのは分かっているだろう」

「なん、ですって······? ───影、情報を詳しく話して下さい? 陛下は女性絡みには少し疎くていらっしゃるので」

シドセドリック、不敬だぞ、」

 ムッとするヴィクトールを気にすることなくセドリックは影に情報を詳しく話させる



「 ······それで、その媚薬は"闇夜の蝶"で間違いないのですね? ルドアニアでも市街地で流行ってきているという話をちらほら聞きます。全く、レーボック子爵もよほど早死にしたいようですね」

「そうか、我が国でもな。その効果は強いのか?」

 セドリックは“待ってました”とばかりに量と効果の違いをヴィクトールに細かく説明していく。

 セドリック曰く、現在調べている限りではソレは、少量では女性の初夜を助ける“痛み止め”として流行っているようだ。
 中量では感度が格段に良くなり、達すれば効果は切れる使い勝手の良い媚薬。多量では好ましい相手以外にも異常な興奮を覚えるなど少し危険度が増す。


「少量では生活に重宝できるため一概に廃止にはできない、か。しかし多量だと危険だな。そこまで危ない物ではなさそうだが、早々に研究機関に回して使用量を含めて国民に知らせをだすようにしよう」
「研究機関には既に調査をさせています。陛下が帰還される頃にはデータが集まっている筈です」
「流石だ。仕事が早くて助かる。引き続き頼んだぞ」

 セドリックがあからさまに嬉しそうに魔力を揺らがせたのをリチャードは感じとってため息をつく。
 ヴィクトール陛下想いの人間は多いからなぁ。と彼は片肘を机について手に顎をのせた。


「はっ。お任せください。それにしても陛下、ルリナ嬢を手荒に突っぱねなかったのは薬が少しは効いていたのではないですか?」
「いや、それはないだろう。俺には無効化の魔法もあるし、伊達に皇族として薬慣れはしてない」

「とはいえ、偶然を装い陛下に接触するとは。我が主に対する不敬が過ぎますね。レベロン王国共々潰しましょうか」

「それもお前が調べているんだろう?時を待て」

「はい。確かに楽しみは取っておきましょう」

 セドリックが念話越しに楽しそうににっこりと微笑んだのが分かり、リチャードは『うわー、怖ッ』と言いながら、直ぐに話題を切り替えた。

「それはそうと、陛下ぁ? ルリナ嬢もそうですが、あまり女性と一緒にいるところを見られるのは不味いですよ? リリアーナ様とも相思相愛で仲睦まじいです!って感じじゃないんですからぁ」 

「? だが、やましいことは何もないが」

「そうゆうことではないんですよねー」

「リチャード、この件は陛下に諭しても無駄です。女性関係に疎い上に、全く困らないのですから。
この件は一度オリリアスに指導してもらった方が良いくらいでしょうね」
「あー、オリィ?あのヴァルツナー公爵家の嫡男か。女ったらし一族の! まあ、あの人は色恋沙汰は一流ですもんねー」

「おい、お前らいい加減にしろ、」

「それかもうリリアーナ様で実践を積んでいただく他ないのでは?」
「でもそれで嫌われたらどーするんですっ?!」
「確かに、世継ぎは最重要項目ですからね。嫌われて離縁なんてされたら大変です。どうにか繋ぎとめないといけませんね。監禁部屋を作る、とか······」

 その後もリチャードとセドリックの不敬極まりない論議は続き、当の本人ヴィクトールはその横で黙って酒を飲んでいた。彼は窓の外に目をやり、そして目を閉じる。



 そういえば、ルリナという女、服の中に薬や媚薬の類を忍ばせていた。とヴィクトールは思い出す。
 『確か此処に、』と闇魔法で創り上げた収納空間に手を突っ込んだ。一応、試験品に使えるか、と影に頼んで女から盗んでおいたものだ。

 側近達コイツらに見つかれば直ぐに取り上げられるであろう其れ等が在ることを確認し、その空間を閉じる。

 試したいことがある。一度自分で試作するか。
 と、ヴィクトールは実験の行程に考えを巡らせた。

 ────あぁ、だがそれよりも。と彼は悦に入る。

 王国のレーボック子爵が皇国に悪意をもって流通させているであろう媚薬や麻薬の類は結果次第では直ぐに取り締まり、機を待って潰す必要があるだろう。だが、媚薬が少量でも破瓜の痛み止めに使用できるとは······。研究機関の判断によっては婚約者殿リリアーナに使ってやるのも悪くなさそうだ。

 一人、いつか来たるリリアーナとの夜を想像していた事はヴィクトールのみが知る事であった。
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