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21. 娼館での、二人の王
しおりを挟むヴィクトールはロンファに連れられて娼館にいた。
豪華な和室のその一間で、ヴィクトールの持つ利き猪口に酒を注ぐ女性の手が小刻みに震えている。
「ヴィクトール先輩、あんまり殺気ださないであげて?」
「いや、出してはいない」
「はぁ······それが出てるんだよねぇ······、」
そんな中、美しい艶やかな女性二人が襖を開いて入室してきた。
「まあ、嬉しい!皇帝陛下と竜王陛下のお相手だなんて」
「本当に。こんな色男なんて······夢みたい」
この仕事をしていて良かったわ、と笑いあう二人の後ろから、身を隠すように付いてきたもう一人女性。キャッキャと嬉しそうに話していた二人の女性は、ヴィクトール達の視線を受けると、後ろに隠れていた彼女を押し出した。
「ほら、あんたも。こんな事、あり得ないわよ!挨拶しなさいよ!」
そして引き摺りだされた女性は、俯けていた顔をあげてお辞儀をする。
「この子、今日入ってきたのですよ。まだ処女なんです。よろしければどちらかに姫納めしていただければと!」
「いや、俺は遠慮しよう」
ヴィクトールはロンファを見た。
ロンファもその視線を受けて困った様に笑う。
「まあ······とりあえず、皆かけてくれるかな?」
二人の妖艶な女性に両脇を固められ、ヴィクトールは少し距離を取った。そして静かに、だが威圧的に口を開く。
「俺の側に近寄ると誓約紋が反応する。あまり来ない方が良い」
「誓約紋?」
ロンファは目を丸くする。
すると、ヴィクトールは徐に立ち上がって背中を向け、着物の上着を軽く緩めた。
そしてその着物を背中が見えるように少し下ろす。
その完成された肉体美に男のロンファですら息を呑んだ。
戦場でついたのか、訓練か、切り傷などはあるものの、筋肉が一つ一つ浮かび上がり彫刻のようだ。
そして背中も同様、無駄な肉ひとつないその美しい背中の真ん中に、黒い剣の紋様が描かれていた。
「それは······、」
バサッと着物を羽織りなおして帯を締めるヴィクトールを、茫然と眺めながらロンファは呟く。
そしてその疑問に、ヴィクトールは満悦の笑みで答えた。
「妻との永遠の愛を誓った誓約証だ」
その瞬間、ロンファを含め、部屋にいた全員が息を呑む。
「っ、何故······「何故それをお前に見せたのか、か?」
「お前、何故、竜後宮を廃止しようとしている?」
「えっ?」
それは話していなかった筈なのに。何故ヴィクトールが知っているのだろうか。とロンファは混乱する。
「竜人は独占欲が強い。欲しい雌は手に入れるだろう?それに自分の物だと見せつける癖があるな」
それ、自分の事では?と思うも、竜人は確かにそういう気質があるから······。
何も言えず押し黙っているとヴィクトールは言葉を続けた。
「何故、お前の即位式にリリアーナに着物を送った?」
「それは······」
「それも、お前の色、好み、で完璧に作り込んでくるとは、な。俺が気づいていないとでも?」
気付いていなかったわけがないだろう、とヴィクトールは酒を飲み干す。
あまりの緊張感のある会話に、女性達はただ座っている事しかできなかった。
竜王であるロンファが、皇国皇帝の妻に懸想しているなど。この娼館では貴族がよく使うため、守秘義務があるとしても······こんな話、命が幾つあっても足りないだろう。
「どんなに想いを寄せていようが構わないが。彼女だけは渡せないぞ」
ヴィクトールの低い声が響き、鋭い視線を受けて、ロンファは自分の胸が苦しく悲鳴をあげていることに気付いた。
「······羨ましいです。先輩はいつも、自分の手に入れられないものをもっているから」
「それは違うな。手に入れるように、努力をすればいい、だけだろう。努力なしに何も手には入らん。手にしたいのならば、自分で頑張るしかない」
ロンファはその言葉にじっと考え込む。
そして顔を上げて、唐突に隣にいた若い女性に声をかけた。
「君、見たことあるな。即位式にきていた兎の子だよね?」
「······はい、兎の里から参りました、名をシズクと申します」
ヴィクトールは彼女に目を向けた。
そして記憶を辿る。確か、羊獣人の男に味見のための臨時の閨に連れ込まれて逃げてきた······。
「皇帝陛下、先日はお助け頂き······ありがとうございます。皇后様にも感謝を、」
「いや、だが、そうか。娼館に、な」
「はい、父が大層ご立腹でして。仕方のない事でございます。それにこんな素敵なお店で働けるなど。感謝しております」
ヴィクトールは訝しげな表情をしたロンファに、先日竜王宮で彼女を助けた話をする。
「なるほどね、あの羊男は大商人なんだ。きっと彼女が逃げたから父親も怒って娼館に売り払ったのだろうね。本当に、困った国だよ」
ロンファはため息をつく。
自分の妻と授かった大切な子供を売り払うなんて。どうかしている。
もし自分がリリアーナとの間に子を授かれば宝物のように大切にして······と考えて思考を切り替えた。
「んんっ、そうだ、じゃあ───」
ロンファは隣で跪いているシズクをじっくりと見る。銀髪に白い兎耳、赤い眼に大きな瞳、身体のラインも悪くないし、なによりリリアーナに面影が似ている。
「────君、僕の後宮においで。いつかは去ってもらうかもしれないけど、でも僕の側室なら将来性はあるだろう?」
「え?」
「「あらやだ!やったじゃないっ!素晴らしいわ!!」」
先輩娼婦が喜びを分かち合う中、シズクは驚愕の表情でロンファを見つめた。
「······なぜ······?」
「うーん、まあ、一つは君が想いを寄せる女性に似ているから。もう一つは、僕は君を愛する事はできないけど、救う事はできる。どうする?」
「ええと、はい。それは······」
「お前も意外と悪趣味だな?好きな女に重ね合わせて女性を抱くなど」
「でも、まだ手に入らないから。手に入るまでは彼女を後宮におこうと思います」
自分は皇帝の妻リリアーナ様に見目が少し似ている。だから、彼女に懸想している竜王は自分を抱く。愛される事はなくとも、娼館にいて多数の男性を相手にするよりは断然良い。
全てを受け入れて、シズクは頷いた。
「愛して頂けなくても構いません。後宮にて保護して頂きたく、よろしくお願い存じます」
「うん、良かった。そうと決まれば早い方がいいな。初夜も明日には執り行おうか。あ、ヴィクトール先輩。僕に初めての婚姻の祝福のお願い、聞いて頂けますかっ?」
「は?何故だ、」
後宮に女性を入れたのだから、お願いしますよ、と笑いながらロンファは真剣な表情でヴィクトールを見た。
「初夜の寝台、リリアーナ様とご一緒して頂けませんか?」
「······お前、正気なのか?」
そこまで、本気で考えているのか。とヴィクトールは手を額に当てる。
ロキといい、変な竜人の王子バロンといい、この男までもリリアーナに恋をするなど······。
誓約魔法がなければどうなっていたかと考えれば虫唾が走るようだ。
「はい。リリアーナ様はいまはヴィクトール先輩のもの。ただ、御二人と閨を共にしたい」
「分かった、シズク嬢、貴女はそれでいいのか?」
「私は竜王のお心に従うまでです」
ロンファは美しい笑みを浮かべると席を立った。
「さぁ、僕もついに側室をとるのか~。じゃあ、やる事ができたから、もう今日は竜王宮に帰りましょ、先輩?」
振り向いて、ヴィクトールに笑いかけたその顔は清々しい、いつもの美少年ロンファだった。
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