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30. 隠された、能力の交差

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「ヴィクトール陛下、本日は誠におめでとうございます。······あれから約八年ですね、」

「ああ、」

 差し出されたグラスを受け取って、酒を見ながらヴィクトールはあの日の事を思い出す。


 十七になったばかりのヴィクトールは皇国の外れにひっそりと佇むラズベル候爵家の別荘で初めて彼女に出会った。
 あれはリリアーナが十歳の頃だった。あの時から可愛かったな。とヴィクトールは思わず頬を緩ませる。


 セドリックの祖母は昔、レベロン王国のシャルロン公爵家のご令嬢であった。そのため、普段別荘で暮している彼女を偶々訪問しに来ていたリリアーナと、その時初めて出会ったのだ。


 ───── そう、運命だった。


 セドリックの祖母と楽しそうにほほ笑みながら話す彼女リリアーナの姿を一目みたその時から心を奪われた。

 色とりどりの花に囲まれた温室の前で足が前に進まなくなり、中に座って読書をしている彼女をずっと見つめていたのだ。

 たかが十七歳の少年が、まだ幼さの残る十歳の女子に目を奪われて放心状態になっていたのだから笑ってくれても構わない。


 だが、その時にはもうすでに、彼女を将来妻にしたいと感じていた。皇帝となった暁には絶対に彼女を手に入れよう。そう思えば嫌な事も全て乗り越えられたのだ。


 もし嫌がられたりしたら、最悪この魔眼を使ってでも、彼女を自分の隣に。と。
 思い返せばこの頃から独占欲が強かったのだろう。それに彼女に支配が効かないのだから意味はなかったのだが······。


 ───── しかし、現実はあまりに残酷だった。


 皇帝の座についた後、目の回るような忙しさの中で手にした情報は、レベロン王国で王命によりリリアーナが王国の王太子妃に選定されたというものだった。


 あまりの喪失感と怒りで体内の魔力が荒波をうねる様に捻出され、セドリックが魔力制御に全身全霊を捧げていたのだったな。
 と、ヴィクトールはその時の事を思い出して、セドリックを見た。
 その視線に気付いたセドリックが苦笑する。


「あの時は、本当に国が滅びるかと思いましたよ」

「それは言いすぎだろう、」

「でも、まあ、皇帝になられてリリアーナ様をお迎えする事ができると思った矢先の事でしたからね」


 やはり皇帝の座に就いてから少し安定するまでに時間を要したな、とヴィクトールは過去を顧みる。
 安定していないあの独裁国家の色濃く残る皇国に純粋無垢なリリアーナを迎え入れる事などできなかったのだから仕方のない事だが。


 王国から彼女を奪い取ろうと決意してから遂にここまできた。やっと、手に入れる事が叶うと同時に ”” まで刻み込む事までできたのだ。


「一時はどうなる事かと思ったが。僥倖だ、」


 あの大馬鹿王太子が他の女に現を抜かしていると聞いた時は王国ごと滅ぼしてやろうかと思ったが、怒りのままに手を出さなくて本当に良かった。

 記憶が失われているという事は自分の事など全く知らないのだ。初めて出会ったあの日の記憶もないのは寂しいが、自分の行ってきた残虐な行為をしらないのはヴィクトールにとっては好都合である。



 ヴィクトールは徐に立ち上がると、執務室内の本棚、厳重に鍵の掛かっている棚を開けて一冊の本を取り出した。皇族の今までの詳細が記されている皇帝だけが閲覧を許されている重要な書物だ。



 その最初の頁、女神の使っていた魔法の詳細に目を通していく ────────

 ”初夜の儀の後に魔法覚醒。魔力属性は光。最高位の完全治癒、大治癒(ヒール)を行使可能。”

 ────── さらに頁を捲り、詳しい説明を探すもそれ以上の事は書かれていなかった。
 


 リリアーナがどうやって治癒魔法を行使したのかは全く不明だが、ヴィクトールに心当りがあるとすれば初夜の儀のみ。

 書物にも女神『サーシャ』が初夜の儀の後に覚醒したと書かれているし、自分の魔力、体力ともに完全に回復しているのだ。
 リリアーナが女神と同じ光魔法、それも最高位の治癒魔法である大治癒(ヒール)の使い手であることは間違いなさそうだ。



 ────── リリアーナも女神『サーシャ』と同じように魔法の行使をするのだろうか?



 もしそうであれば、現在の女神信仰の強い神殿にリリアーナがその治癒能力があると露見するのはあまりに危険だ。リリアーナを使って何かを行わせようとする可能性もある。

 それに加えて、女神の魔法の行使方法も一切書かれておらず、情報が全くないのが気になるな。
 と、ヴィクトールは顎に手を当てて熟考する。



 ────── なにを隠している?
 ────── 何故?何のために?



 それに、女神は皇帝を回復させられる能力がありながら、何故若くして亡くなったのか······。
 考えれば考えるほど謎は深まるばかりだ。

 実は皇国建国記にはある話が追記されている。
 それは、獣人の国ドラファルトの王族が初代皇帝の妻であった女神『サーシャ』を“つがい”と認識したという逸話である。嘘か本当か、真相はもう誰にも分からないが、“つがい”を失ったその竜人は邪竜へと堕ちていき自国で討伐された、という有名な話だ。

 女神が若くして亡くなった事自体に直接その”邪竜”が関係しているのかは分からないが、裏に重大な事実が隠されていることに間違いはないだろう。



「ヴィクトール様、何か調べものですか?」

「いや、誓約魔法の事を少し、な」


 咄嗟に嘘をつき、書物を閉じて本棚にしまい厳重に鍵をかけると立ち上がる。


「そういえば、最近神殿はどうなっている?」

「神殿はいつも通りです。巫女も一定数増えて、減ってを繰り返しています。ただ、ついこの間私も神殿の巫女と実験のために交わったのですが」

「・・・」

「あ、いえ、セシルとの婚姻前です。その後はやましい事は何も」

「······お前の事だ。勝手にしろ、で?」

「それが、やはりあの治癒は光属性の治癒魔法ではないのです。どちらかというと逆かと」

「闇、か······」

 闇魔法の適性をもった使い手が稀に生まれるルドアニア皇国では驚く事ではない。
 だが、闇魔法による治癒というのはあまりよろしくないだろう。闇魔法の治癒には必ずなにかしら代償が付き纏うからだ。



 ───── 闇魔法で治癒を得るには、何かを失う必要がある。



「私は怪我をしていたわけでもありませんので、治癒の効果は感じませんでしたが。私に付いた巫女も高位のものでしたが、なんというか、感情があまり無く······」

「なるほど? まあ、神殿の巫女や神官に感情が豊かな奴は見た事がないが。まあ、引き続き監視は続けよう」

「はい。あっ、ですが、リリアーナ様なら」

「リリアーナがどうした?」

「『慣らし五夜』の五夜目、神殿での治癒、性交渉の現場を見学されたと思います。彼女であればあの日何か別のものを見ている可能性はあります。我々男性には見せない裏の部分を見ているかもしれません」


 今の神殿長は欲が強いようで、黒い噂もよく聞く。今までの神殿長とは違い、その自己顕示欲を剝き出しにして粗を出してくれる可能性は確かにある。
 リリアーナに一度聞いてみるか、とヴィクトールは決意して椅子に腰を下ろした。


 結局、この日リリアーナは目を覚ますことはなかった。そして翌日、ヴィクトールは専属医師マチルダから彼女の無事の知らせを受けたのだった。

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