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「次期当主様から伝言だ。明日から学園に通うように、と。必要な学用品はこの箱の中だ。制服も実家から聞いた服のサイズに合わせて既製品から用意してある」
突然、ドアを乱暴に叩かれたと思うと、下男に箱を持たせた執事が入ってきた。
ドアの横に待機していたマットが、思わずといったように声を上げた。
「おいおい。お貴族様っていうのは、既製品の制服なんて着ないんじゃなかったのか? そんなんで本当に大切な婚約者様役が務められると思っているのか?」
「……さすがに次期当主様は、既製品なんて選ばないと思います。あなた、差額はどうしたのです? 醜聞になれば、着服がバレるのでは?」
続いて声を上げたミイアに、執事が顔をしかめる。
「下級使用人ごときがうっせーな。次期当主様がお前たちの言葉なんて信じると思うか? こっちにはフィラルディーア様と奥様からの承認があるんだぜ?」
そう言った執事の言葉に、うっと黙った二人の様子を見て、執事は満足げににやにやと笑った。
「サイズが合わないんだったら、迷惑をかけないようにしっかりと直すんだな。まぁ、下級メイドのお前にそんなスキルないだろうけど」
そう言って、ミイアが裁縫箱を受け取るのを見て、ルリアーナが裁縫箱に手を伸ばした。
「ルリアーナ様!?」
驚いた三人様子を気にも留めず、ルリアーナは裁縫箱の中を確認する。
「まぁ! とてもいい糸だわ! それに、針もとても縫いやすそう。さすが伯爵家ね」
そう言って笑顔で顔を上げるルリアーナに、呆気にとられた様子の執事は、気を取り直したように反応した。
「まぁ、伯爵家の名に恥じないものを使っているので……」
「あなたも、重かったでしょう? わたくしのところまで運んできてくれてありがとうね? 執事さんも忙しいのに……助かったわ」
「ふ、ふん。明日から迎えにきますから、朝の鐘が鳴るまでに用意しておいてくださいよ?」
「えぇ、お忙しいところ、申し訳ないけど、明日からよろしくお願いしますね」
そんなルリアーナの笑顔に、居心地の悪そうな執事が、小声で付け足した。
「み、見たところかなり大きめの制服だったから、縫い付けるよりも裁断して直した方がいいと上級メイドの一人が言っていた。余った布は自由にしていいだろう」
そう言って帰っていった執事たちの姿が見えなくなると、思わずといった様子でマットが噴き出した。
「ぶはっ、見たか? あいつの、あの、毒を抜かれた様子。愛し合う二人に割り入った悪女と聞いていたルリアーナ様が、想定よりも優しいお方だったから、驚いて思わずアドバイスまでしていったぜ」
「マット! 確かにルリアーナ様はお優しいお方だけど、そんなことよりも問題なのはこの制服でしょう?」
木箱を部屋の中に引きずり込んで、ミイアが制服を捜す。
「さすがに学用品への嫌がらせはないか」
箱の中身の様子を見て、マットが安心したように中身を整理していく。
「当たり前です。次期当主様のご命令で用意されたものですよ? そもそも、その制服がサイズ違いで届くなんておかしすぎるでしょう?」
そう言ってミイアが取り出した制服は、かなりぶかぶかなものだった。
「……私には、このサイズの裁縫の経験がございません」
ミイアの言葉に、マットが困ったように振り返る。
「おま、明日までに上級メイドの一人を味方につけて直してもらうなんて、無理だろう? ミイアお前、関わりのある上級メイドなんているのか? 俺にはいねーぞ!?」
「私も心当たりは……」
困った様子の二人を見て、ルリアーナが笑った。
「ふふ、あら? こう見えてもわたくし、領地では裁縫美人と有名だったのよ? お母様ほどの腕ではないけれど、この程度のお直しなら、わたくしに任せて頂戴!」
いい糸と針だわ、とうっとりとした様子のルリアーナに、ミイアとマットが声を上げた。
「そんな! ルリアーナ様にお直しをしていただくわけには、いきません!」
「そうだ。裁縫上手のお貴族様なんて聞いたことがねーよ」
「あら? わたくしのお母様たちの世代では、刺繍の腕も求められたのよ? それこそ上級貴族の奥様たちは、かなりの腕前だと聞いているわ」
「しかし、刺繍と裁縫では、訳が違います!」
「そうだ、ミイアの言うとおりだ」
マットとミイアの反論に、ルリアーナが困ったように笑った。
「あら。では、今ここにわたくし以上の裁縫美人を連れてこれるのかしら? わたくしがやるのが一番効率的だわ!」
「いや、確かに、連れてこれませんが……」
「確かに、ルリアーナ様のおっしゃる通りだけどよぉ」
「ふふ、じゃあ、わたくしの腕前を見て、不安に思ったら誰か連れてきて頂戴?」
そういって針を構えたルリアーナが、お直しを始めた。しゅるしゅると縫われ、シャキシャキと直されていく制服はオーダー品と言っても遜色ないくらいルリアーナにピッタリサイズに作りあがり、ミイアとマットからの信頼を得たルリアーナは、余った布で髪紐とランチョンマットまで作り上げたのだった。
「す、すげぇ……」
「上級メイドよりもお上手です。素晴らしい裁縫の腕をお持ちですね」
「ふふふ、ありがとう」
試着した制服を着て、くるりと回ったルリアーナに、ミイアとマットが感嘆の声を上げる。
「一応、学用品の用意とかはおわったぜ」
「明日お持ちいただくものはこれですべてです」
すっかり用意が整ったため、ミイアが申し訳なさそうにルリアーナに言った。
「申し訳ないのですが、本日もお身体を拭くだけでよろしいでしょうか? 湯殿の準備ができておらず……」
「たくさんのお湯をいつも沸かしてもらって申し訳ないわ! ありがとうね」
ミイアに身体を拭いてもらい、足だけ湯に浸かったルリアーナは、持ってきていた非常食を食べ、今日も就寝するのだった。
突然、ドアを乱暴に叩かれたと思うと、下男に箱を持たせた執事が入ってきた。
ドアの横に待機していたマットが、思わずといったように声を上げた。
「おいおい。お貴族様っていうのは、既製品の制服なんて着ないんじゃなかったのか? そんなんで本当に大切な婚約者様役が務められると思っているのか?」
「……さすがに次期当主様は、既製品なんて選ばないと思います。あなた、差額はどうしたのです? 醜聞になれば、着服がバレるのでは?」
続いて声を上げたミイアに、執事が顔をしかめる。
「下級使用人ごときがうっせーな。次期当主様がお前たちの言葉なんて信じると思うか? こっちにはフィラルディーア様と奥様からの承認があるんだぜ?」
そう言った執事の言葉に、うっと黙った二人の様子を見て、執事は満足げににやにやと笑った。
「サイズが合わないんだったら、迷惑をかけないようにしっかりと直すんだな。まぁ、下級メイドのお前にそんなスキルないだろうけど」
そう言って、ミイアが裁縫箱を受け取るのを見て、ルリアーナが裁縫箱に手を伸ばした。
「ルリアーナ様!?」
驚いた三人様子を気にも留めず、ルリアーナは裁縫箱の中を確認する。
「まぁ! とてもいい糸だわ! それに、針もとても縫いやすそう。さすが伯爵家ね」
そう言って笑顔で顔を上げるルリアーナに、呆気にとられた様子の執事は、気を取り直したように反応した。
「まぁ、伯爵家の名に恥じないものを使っているので……」
「あなたも、重かったでしょう? わたくしのところまで運んできてくれてありがとうね? 執事さんも忙しいのに……助かったわ」
「ふ、ふん。明日から迎えにきますから、朝の鐘が鳴るまでに用意しておいてくださいよ?」
「えぇ、お忙しいところ、申し訳ないけど、明日からよろしくお願いしますね」
そんなルリアーナの笑顔に、居心地の悪そうな執事が、小声で付け足した。
「み、見たところかなり大きめの制服だったから、縫い付けるよりも裁断して直した方がいいと上級メイドの一人が言っていた。余った布は自由にしていいだろう」
そう言って帰っていった執事たちの姿が見えなくなると、思わずといった様子でマットが噴き出した。
「ぶはっ、見たか? あいつの、あの、毒を抜かれた様子。愛し合う二人に割り入った悪女と聞いていたルリアーナ様が、想定よりも優しいお方だったから、驚いて思わずアドバイスまでしていったぜ」
「マット! 確かにルリアーナ様はお優しいお方だけど、そんなことよりも問題なのはこの制服でしょう?」
木箱を部屋の中に引きずり込んで、ミイアが制服を捜す。
「さすがに学用品への嫌がらせはないか」
箱の中身の様子を見て、マットが安心したように中身を整理していく。
「当たり前です。次期当主様のご命令で用意されたものですよ? そもそも、その制服がサイズ違いで届くなんておかしすぎるでしょう?」
そう言ってミイアが取り出した制服は、かなりぶかぶかなものだった。
「……私には、このサイズの裁縫の経験がございません」
ミイアの言葉に、マットが困ったように振り返る。
「おま、明日までに上級メイドの一人を味方につけて直してもらうなんて、無理だろう? ミイアお前、関わりのある上級メイドなんているのか? 俺にはいねーぞ!?」
「私も心当たりは……」
困った様子の二人を見て、ルリアーナが笑った。
「ふふ、あら? こう見えてもわたくし、領地では裁縫美人と有名だったのよ? お母様ほどの腕ではないけれど、この程度のお直しなら、わたくしに任せて頂戴!」
いい糸と針だわ、とうっとりとした様子のルリアーナに、ミイアとマットが声を上げた。
「そんな! ルリアーナ様にお直しをしていただくわけには、いきません!」
「そうだ。裁縫上手のお貴族様なんて聞いたことがねーよ」
「あら? わたくしのお母様たちの世代では、刺繍の腕も求められたのよ? それこそ上級貴族の奥様たちは、かなりの腕前だと聞いているわ」
「しかし、刺繍と裁縫では、訳が違います!」
「そうだ、ミイアの言うとおりだ」
マットとミイアの反論に、ルリアーナが困ったように笑った。
「あら。では、今ここにわたくし以上の裁縫美人を連れてこれるのかしら? わたくしがやるのが一番効率的だわ!」
「いや、確かに、連れてこれませんが……」
「確かに、ルリアーナ様のおっしゃる通りだけどよぉ」
「ふふ、じゃあ、わたくしの腕前を見て、不安に思ったら誰か連れてきて頂戴?」
そういって針を構えたルリアーナが、お直しを始めた。しゅるしゅると縫われ、シャキシャキと直されていく制服はオーダー品と言っても遜色ないくらいルリアーナにピッタリサイズに作りあがり、ミイアとマットからの信頼を得たルリアーナは、余った布で髪紐とランチョンマットまで作り上げたのだった。
「す、すげぇ……」
「上級メイドよりもお上手です。素晴らしい裁縫の腕をお持ちですね」
「ふふふ、ありがとう」
試着した制服を着て、くるりと回ったルリアーナに、ミイアとマットが感嘆の声を上げる。
「一応、学用品の用意とかはおわったぜ」
「明日お持ちいただくものはこれですべてです」
すっかり用意が整ったため、ミイアが申し訳なさそうにルリアーナに言った。
「申し訳ないのですが、本日もお身体を拭くだけでよろしいでしょうか? 湯殿の準備ができておらず……」
「たくさんのお湯をいつも沸かしてもらって申し訳ないわ! ありがとうね」
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