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チャイムを鳴らさない功罪

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「本当は、馳のことが好きだった。でも、ご両親こともあったし駆の方が参ってたから」
 ドアを開けるか迷ったのは正解で、開けたのは不正解だ。

 開けたとたんに声が聞こえて、ドアから真正面には長い髪が見えた。同じような光景を私は数か月前に体験したいたはずなのに、なんで学習しないんだろう?

 オフホワイトのワイドパンツの腰とベージュのブラウスの背中の左右に、外側のくるぶしが見えた。ピッカピカに輝く、私が求めてやまないくるぶしだ。今日のクルーソックスの色はスカイブルーだった。

 光沢のある茶色い髪が揺れて、ブラウスの背中にさらりと流れる。
「どいて。もう昔話はやめよう」
 春の海を感じさせるような穏やかなトーンで宮久土先輩は言う。

 けれど、彼の上に乗った女性は余計と焦るようだった。

「でも、私はまだ……」
「二年目だし今週だけは服喪期間。でも、来週はもう普通に戻る。引きずるつもりはないよ」

「勝手に終わりにしないでよっ」
「終わりだよ」
 いつもの宮久土先輩よりもはるかに温度が低い。

「終わりじゃないよ、まだ。好き」
 慌ただしく衣擦れをさせて、ぴちっと皮膚が触れる音がする。私はその時、半分身体を返していた。

 逃げなくちゃ。いけないものを見てしまった、と思うのだ。
 すっと一歩だけ足を引いたら、砂のついた靴の裏が擦れて音が出た。じゃりっとも言わない程度の小さな音だ。

「芦野さん?」
 いつもののどかなトーンに、少しだけ揺らぎが生まれる。
 私はすうっと息を吸い込んで、半身を返してドアの外に身体を押し出した。

 息を止めたままドアを閉める。
 そして、自分史上最速で、階段を駆けおりて走り抜けた。
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