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2年前(キスの始まり)

出会い

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 学力と応用力、そして行動力があれば、どんな場所でも生きていける。
 だから、勉強はしておきましょう。
 忙しい両親は家にいる時間ではせっせと本を読み、それぞれの専門分野の勉強をする。そしてお互いの見解を話し合う。
 そんな家庭環境に育ったせいもあり、わたしにとって勉強は唯一の正義だ。

 わたしは、クラス替えで3年生になったとたん、異世界に放りこまれたかのような気がした。

 始業式の日にクラスにはいり、なんだか空気が湿っぽいと感じたのは、たまたまその日が雨降りだったせいだけではなくて、3年生になってしまった妙な気負いを持つ生徒の放つ熱気だったのかもしれない。

 2年生では思うさま遊んでいたはずの子たちが、妙に真面目にどこを進路先にするか、なんていうのを始業式から話し合っているのを見て、少しげんなりしたのだった。
 学年があがったことをきっかけにスイッチを入れ替えるのは悪いことじゃない。けれど、妙に好きだったマイナーなアーティストや芸人がメジャーになってしまい、退屈する。どんなものであってもハマりたての人たちの圧倒的な熱気には、古株は追いつけない。そんな気分になるのだった。

 同じクラスになった友達に、
「ハルカはO学でしょ?」
 周辺でトップレベルの進学校の名前を勝手に出されて、わたしはむっとする。
「まだ決めてないけど」とだけいう。
 マッチングアプリみたいに、条件だけ打ち込んで勝手にマッチングしないでほしいと思う。

 上に兄や姉がいる子は情報を分け与え合い、評判を話していた。制服の可愛さ、学力偏差値から顔面偏差値まで、モテ系が多いのかオタク系が多いのか。
 自分に合った高校がどこなのか、今からすでに探しはじめているらしい。
 もちろん、学費の出資者たる我らが親の意向も、関わってくるのだろうけれど。

 わたしの親は、10年後の20代半ばの自分を想像しなさい、そのためにどんな道を作るかをイメージしてみて、好きな学校や就職先を選びなさい。
 中学入学の時点でそういったきり、進路に関してなんのコメントもないのだった。

 どこでもいいし、行きたいところには行ける程度には、普段から勉強している。
 と自信のあったわたしは、クラスメイトや友達の輪から離れ、文庫本を読みはじめる。学校にはタブレットは持ち込み不可なので、学校用の本は古本屋で買って持ってくることにしていた。

 ざわめきをどんどん閉じていき、ひとりの世界に入ろうと思ったときに、あ、その本オレも好き。という声が耳に入り、わたしは顔をあげた。
 睫毛の長いくっきり二重の男子生徒だ。
 口元が笑ったように曲がっている。
 始めてみる顔だ。
「書き方が的確だけど、笑えるし、面白い。自分まで中毒になっちゃうなんてありえない」
「それネタバレ?」
「ノンフィクションで小説じゃないし、これくらいじゃネタバレにならないっしょ。その人の中では特に名著」
「わたし初めてこの人の読むから」
「じゃあネタバレかも」そういったまま、男子生徒はわたしのもとから去ろうとしない。
「何か用?」
 そう聞くと、担任の吉崎の方に顎をしゃくってみせる。
「クラス委員候補だって。オレと野宮さんが」
「なんで、頭がいいから?」うわ、それ自分いう?と目を丸くする。もちろん冗談なのだけれど。
「けど、そのメンタリティはいいな。もとい、浮足立ってないから、選んだらしい。さっさと決めて、さっさと放課した方がみんなのためじゃね?」
「そうかもね」
 あまりにも話し声が目立っているので、すっかり自由時間だと勝手に思っていたけれど、そういえばクラス委員決めの最中だったのか。
 面倒なことはいやだったが、逆にいえば特に異論もなかった。
 わたしは席を立ち、男子生徒のあとについて黒板の前に立つ。
「ご推薦にあずかりました、野宮です」
 と適当な挨拶をすると、一部には受けていた。
 誰も推薦してねぇよといって。

 一方の彼は「時間を巻くために決まりました、石関です」と名乗り、これまた一部には受けていたのだった。

 ふうん、石関くんっていうんだ、まともっぽい。というのが彼の最初の印象だ。
 のちのち、石関くんはお兄さんが大学生で、自分も同じ大学に行きたいために、高校もすでに決めているのだと伝えきいた。
 だからこそあの余裕か。と思ったけれど、それ以上の感想は抱くこともなく、同じクラスの同じクラス委員という認識で過ごしていたのだった。

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