【完結】引きこもり伯爵令息を幸せにしたい

青井 海

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第18話 温かい気持ち

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【ケント視点】

『ーリナが倒れたー』

そう報告を受けた僕は廊下を走った。
僕が、僕が、彼女を助けないとと思ったから。
ぐったりとしたリナをダレンが抱えようとしている場面に遭遇し、僕はまったをかけた。

「ダレン、リナは僕が運ぼう」
みなが、えっ?と驚く顔が視界に入ったが、そんなこと知ったことか!

彼女の温かい重みに、心が満たされる。
彼女をベッドへおろす。
彼女を無事に運び終え、ほっとした気持ちだけでなく、ほんの少しの寂しさが生まれる。

そのまま部屋に置かれたソファーに座り、瞳を閉じてベッドに横たわるリナをみつめる。

彼女の艶やかな黒髪がパラリと広がり、とても美しい。
彼女のキメ細かな肌がいつもより青白いことに、血色のよい紅色の唇にも青が混ざることに、不安を覚える。

彼女から目を離せずに、ギュッと拳を握りしめていると、

「ケン………は………とに………り……さい」

えっ、ぼーっとしていて、何を言われたのか聞き取れなかった。
言葉を発したロナと視線を合わせる。

ロナが強い眼差しを向けたまま、もう一度僕に話しかけた。
「ケント様は仕事へお戻りくださいっ!」

ロナに大きな声でピシャリと言われた。

ああっ、そうだな。もっともだ。
意識のない未婚女性の部屋に長居すべきではないな。
たとえ主人相手だとしても、正しい判断をくだし対応できるロナ。
そんな彼女だから、リナの側につけた。

ロナが居てくれなければ、僕は……
しばらくこの場から動けなかったことだろう。

「そうだな。仕事に戻る。ロナ、後は頼んだ」

「もちろんです。後はお任せください」


***

落ち着かない気持ちで、執務室で仕事をしていると、

トントン
「ケント様、リナ様が目を覚ましました」
と、ロナが知らせに来た。

バタバタと廊下を走る。

「リナ、リナ、よかった~」
ベッド脇に座り込み、リナの手をギュッと握る。

ロナの視線が痛い、痛いが、そんなの知ったことか。
心配で、心配で、仕方がなかったにも関わらず、僕は仕事に戻っていたんだから、これくらい目を瞑ってくれ。

「母が君に無理をさせたんだろうか?」

「そんなことありません。私が勝手に緊張して、一気に気が抜けたんだと思います」

「そう、そうか?そんなこともあるのか?リナ、今日は何もしなくていいから、ゆっくり休むように」

母上の前だと緊張するのか?
リナは人見知りするタイプではなさそうだし、母上と初対面でもあるまいに。
まぁなぜ倒れたのかわからないが、休養は必要だろう。

「はい」
リナは素直に受け入れてくれた。
それでも彼女は無理をしそうで心配だ。

「ロナ、リナの食事は部屋へ運ぶよう手配してくれ」

「はい、わかりました」

ロナに指示を出したので、もう大丈夫だろう。


***

翌朝、食堂に現れたリナはいつもの顔色に戻っていた。
元気そうで安心した。

「ケント様、おはようございます」

「リナ、おはよう。元気そうだね」

「はい、すっかり元気です。ご心配をおかけしました。どなたかに部屋まで運んでいただいたようで、ご迷惑をおかけしました」

「いや、構わない」と答えながらも昨日のことが、リナを抱えた時の重み、柔らかさ、温かさなどを思い出す。
なに思い出してるんだと、だんだん恥ずかしくなってきた。

ロナがリナにコソコソと何かを伝えると、彼女は頭を抱えた。

いったい何を言われた?
どうしたんだ?

「すっ、すみませんっ、ケント様が運んでくださったなんて……重かったですよね?ありがとうございました」

「うっ、いや、意外と重くはなかった。大丈夫、大丈夫だ」
僕が運んだと伝えていたんだな。
他には?寝顔をじっと見ていたとか、部屋に居座ろうとしたとか伝えてないだろうな?

ロナと視線を合わせ、『余計なことは言うな』とアイコンタクトをとる。

すると、またロナがリナへコソコソ話しかけている。
いったい何を……何を伝えた?
狼狽える。

リナが僕を見て、顔を真っ赤に、真っ赤に染めた。
「ケント様、いつもいろいろとありがとうございますぅ~」
包装された何かが目の前に差し出された。

条件反射で受けとる。
「あっ、おっ、おうっ、ありがとう」
驚いて、変な声が出た。
それからのことはよく覚えていないが、かなり挙動不審だったんじゃないかと思う。

***

リナから刺繍入りのハンカチをプレゼントされた。
彼女自ら刺繍してくれたハンカチだ。
僕の名前が飾り文字で刺繍されている。

ほんの少し布がひきつれている箇所があり、一生懸命作ってくれたのだと感じられる。
ひきつれた部分を指で触ると、ゴワッとした触り心地で胸に熱いものが込み上げる。

ハンカチの出来としては、まだまだなのだろう。
それでも、心のこもったプレゼントに、自然に口角があがる。
ダメ、ダメだ。
喜びの感情が溢れ出てしまっていたことだろう。
どうしてもニヤニヤしてしまう。
あー、恥ずかしい、恥ずかしいな。

社交に出始めた頃、僕に近寄ってくる女性は何人もいたんだが、何度か話すとみな離れていってしまう。

ある時、舞踏会へ出て学生時代の友人たちとの会話を楽しんでいると、自分の名前が耳に飛び込んできた。

「ケント様って……顔と伯爵家の跡取りの立場は魅力的なのにね……彼って残念よねぇ」
「もっと話せる人だと思っていたのに……」
「真面目で面白味にかけるのよね」など女性たちがこそこそと僕の話をしているのを聞いてしまった。
その中には、何度か一緒に出かけ、僕が想いを寄せていたモリーヌもいて、『君、君もそう思っているのか……』とかなり落ち込んだ。

女性と出かけ、プレゼントを贈ることはあったが、女性からプレゼントを贈られたのは初めてだ。
リナからもらった刺繍入りのハンカチ。
嬉しいっ、嬉しいものだな……

ずっとずっと胸が高鳴ったままだ。







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