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第68話 あなたならできる

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【ケント視点】

リナを王宮へ迎えに行く途中で、珍しい花をみつけ馬車を止めた。

この花は……
リナに見せたいと丁寧に摘み取り、枯れてしまわぬよう茎に水魔法を施す。

さぁ、出発だと馬車が走り出したところで、前から暴れ馬が駆けてきた。
御者が上手くかわしたが、どうも様子がおかしい。
あの馬は何かにひどく怯えていたようだった。

このままだと、誰か怪我を負う恐れがある。
馬を捕まえるよう指示を出す。
すると、馬の扱いに慣れた御者のバローじいさんが前に出てきた。

「ぼっちゃん、ワシに任せてくれ」

「バロー、任せる。……だが、ぼっちゃんはやめてくれ……」

バローじいさんは、あっという間に馬を落ち着かせ、手綱を引いて連れてきた。

「ぼっちゃん、この馬は火に怯えて逃げてきたようだ。ほらっ、ここ、焦げた匂いがする。手入れされたいい馬だ。貴族が襲われたのかもしれませんぞ」

またぼっちゃんと呼ばれた。
バローはもう年老いているし、僕の願いが聞き取れなかったのか、今さら呼び方を変えられないのか……
今はそれどころじゃないな。

確かに火の粉がかすめたのか、ほんの少し焦げ臭い。

「火?そういえば焦げ臭いな」

辺りを見渡すと、近くに煙が立ち上っている場所がある。
「近いな。まさか……」

「ケント様、リナ様には迎えに行くと連絡してますよね?」
周囲から確認の声があがり、連絡していなかったことに気がついた。

まさか、リナは僕を待たずに帰ってきているのか?
まさか……リナが襲われているのか?

「急ぐぞ。すまん、馬を貸してくれ」
護衛から馬を借り、煙が上がる方へとひとり駆け出す。

そこには、大きな火柱があがり、護衛たちから引き離された1台の馬車が。
「リナー、いるのか?」

「ケッ、ゲホゲホ、ケントさまー」
ゲホゲホと咳き込みながら、僕を呼ぶ声。
少ししゃがれているが、間違いない、リナの声だ。

「もう大丈夫だ。あとは任せろっ」
彼女を安心させたくて、そう言ったものの目の前には、ラザーニア公爵。
公爵は拘束されたんじゃなかったのか?
彼はひどく錯乱した様子で、ビュンビュンと火球を飛ばし、あちこちから火の手があがっている。

護衛もなかなか近づけないようだ。
敵はラザーニア公爵、ただ一人。
それなのに、彼の魔力が膨大で、しかも火魔法の使い手であることに、恐怖で足が震える。

どうしても火と風には敵わないと考えてしまうのだ。

なかなか動けずにいる僕。

「ケント様、あなたならできます!相手は火、火には水なら負けません!イメージ、イメージが大事ですっ」
リナが馬車から顔を出し、僕に檄を飛ばす。

「おのれー、お前がフィンレーを視察に連れてきたせいで……俺を破滅に追い込みやがって……」
公爵がリナをめがけて特大の火球を放った。

僕は咄嗟に身体中の魔力をギューッと両手に集めると、大量の水を頭の中に思い浮かべ、バーンと手を突き出した。

突如激しい勢いの水が現れ、公爵を押し流し、リナへ向かって飛ばされた火球も一緒に飲み込んだ。
あちこちにあがっていた火の手も一気に消え、辺り一面水浸し。

リナが乗っているであろう馬車に到達する直前にギリギリでなんとか水の勢いを抑えることに成功し、馬車はほんの少し先に流された程度で済んだ。

ふぅっ、なんとかコントロールできた。

護衛にも水がかかってしまったが、彼らには直撃していないから、たいしたことはないはずだ。

「リナ」
我に返った僕は、慌てて彼女に駆け寄る。

「リナ、怪我はないか?」

「はい、何とか……」

「ロナ、リナを守ってくれてありがとう」

「本当ですよ。まぁ、感謝してくださるのなら、あとで説教させてください」

「あっ、ああっ、説教? まっ、まぁ、わかった。何でも聞くから」

大量の魔力を使った僕。
突然、ガクンと力が抜け、その場に倒れ込む。
意識を失う直前、愛しい人の香りを感じた。

【リナ視点】

ケント様の体が傾いていくのを見て、私は咄嗟に手を伸ばした。
だが間に合わず、彼はバサリと地面に倒れてしまう。

慌てて上半身を持ち上げようとするが、重くてなかなか持ち上がらない。
体の向きを動かす。
顔を上に向け、頬についた土をはらう。

ロナがケント様の様子を確認する。
「意識を失っていますね。魔力を使いすぎたのでしょう。あとは彼らに任せましょう」
デリーノ伯爵家の護衛たちにケント様を任せると、二人がかりで持ち上げ、馬車へと運んでいった。

そうこうするうちに、助けを呼びに向かった護衛の一人が応援を連れて戻ってきた。
彼らは魔封じの手錠を公爵にはめると、荷物のように馬の背に乗せ、連行して行った。

私が乗ってきた王宮の馬車は壊れていて動く状態ではない。
馬車は後で回収するので置いていっていいと言われ、私とロナはケント様が乗せられた馬車で、デリーノ邸まで帰ることになった。

ケント様は、今 馬車で私の膝に頭を乗せた状態。
どうしてこんなことになったかというと、「ケント様はヘタレにも関わらず、頑張りました。少しくらいご褒美をあげましょう」とロナに提案されたからだ。

「うん、わかった」
ご褒美の内容を聞かず、安請け合いした私は、今 こうしてケント様を膝枕している。

ロナのいうご褒美がまさか膝枕だなんて……

恥ずかしい、恥ずかしすぎる。
彼が意識を失っていることが、せめてもの救いだ。







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