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第1章
#1
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「かなめー、飯できたからテーブル片してー」
台所から友人の声がする。
聞こえてはいるものの、俺は返事をしなかった。
「ったく、また聞こえねーフリですかい」
呆れた友人は、良い香りのするスープを持って俺の目の前に置いた。
「おら、雑誌とか置きっぱじゃねーか。っつーかこれ読んでんの?読んでねーなら捨てんぜ」
「……」
一点を見つめぼんやりしている俺の目の前に、ヒラヒラと手が動かされて、ぱちくり目を見開く。
ゆっくり顔を上げれば、呆れた友人の顔が目に写った。
「ぼーっとしてねぇで、スープ食えよ」
「……うん」
ありがとう、と呟けば「おう」とぶっきらぼうな返事が聞こえた。
友人──周藤──も、対面に座りスープとおにぎりをばくばく食べていた。
「お前も食う?おにぎり。一応あっけど」
「……いや、大丈夫」
「言うと思った」
苦笑される。
俺は目の前のスープをスプーンで掬い、一口啜った。
淡いコンソメの味が荒れきった胃に優しく染み渡る。
けれどすぐ吐き気に襲われ、目を瞑った。
「駄目か」
落胆したような周藤の声に、俺はゆっくり目を開けて小さく「……ごめん」と呟いた。
「……いいよ、って言ってやりてぇとこだけど、何も食えねぇのはやっぱ何とかしねぇとなぁ」
もう半年、まともな食事が出来ていない俺の体は痩せ細って貧相だった。
食生活が狂い、不眠症になり、自律神経は狂って精神も体も絶不調そのもので、発情期もぴたりとこなくなってしまっていた。
「なあ。いい加減病院行かねぇ?」
ぼんやり目に映す友人の顔には心配の色が浮かんでいる。
テーブルの上で手を組む彼の左手には銀色の指輪が光っていて、こいつが新婚だった事を思い出す。
「……周藤、もう帰っていいよ。俺、1人で平気だから」
「どこがどう平気なんだよ」
「でも、奥さん寂しいだろ。お前が頻繁に家なんか来てたら」
ましてや俺もオメガなのだ。
オメガの奥さんからしたら気が気でないだろう。
いくら周藤がベータだと言えども。
「アイツからは逆に、様子見てやれって言われてんだよ。同じオメガだから分かんだろ。アルファが居なくなった後のオメガの事」
「でもいい気はしないだろ。それはお前を思って言ってくれてるだけで、俺を思ってるわけじゃないし」
俺は俯く。
「それに、……人はいつ居なくなるか分かんないんだから、そばにいれるなら居てあげた方がいい」
半年前に番を亡くした俺の言葉は周藤にとって重かったらしく、何も言わなかった。
自分で言った台詞だったけれど、そのせいでまた吐き気に襲われテーブルへと突っ伏した。
もう何日こんな日々が続いているのだろう。
番──康祐さん──が亡くなったのは、半年前。
不慮の事故だった。
事故に遭ってからは暫くまだ生きていた。
だから、後遺症は残れど、呼吸までは止まらないと思っていた。
それなのに、事故にあって1週間後、康祐さんは呆気なくこの世を去った。
「おい、大丈夫かよ」
「……す、どう」
亡くなった日のことが鮮明に頭に過り、心臓がばくばく激しくなって、血の気が引いていく。
手足が冷たくなって、体が震えだす。
「……ご、め、……っ」
「大丈夫。大丈夫だ」
優しい体温に包まれ、しっかりと抱き留めてくれる。
けれどそんな体温は、今の俺にとって嫌悪でしかなくて、思わず腕を振り払ってしまう。
「いてっ」
「……っぁ、ごめ……っ」
振り払った時、手の甲が周藤の口の端に当たり、血が滲んでしまった。
その血も恐怖でしかなく、ごめんなさい、とポロポロ泣きながら周藤に手を伸ばす。
周藤はその手を握り、「大丈夫だ」とまた強く抱き締めてくれる。
「なあ要。やっぱり病院に行こう」
「……、」
「診てもらった方がいい。俺だけじゃ、情けねぇが力不足だよ」
「そんなことない……おれが、わるい……ごめ、……」
「お前は何も悪くねぇ。だから謝んな」
出会った頃から優しい周藤は、今も優しい。
その優しさに甘えてしまう俺は、本当に駄目な人間だな。
「病院に行こう、要。カオリに聞いてみるよ、アイツも体弱くて通院してっから。オススメの病院がねぇかさ」
「……」
一緒に生きよう
周藤が伝えてくれる前向きな言葉は、今の俺にはただの呪いでしかなかった。
「……周藤」
「ん?」
優しく、子供をあやすかのように俺を抱きしめながら周藤は俺の小さな呟きに耳を傾けてくれる。
「”番”って呼び方、……嫌だよな……」
周藤が俺をあやす手に光るシルバーリングを横目に、呟いた。
(……だって、俺と康祐さんは恋人で、周藤たちは夫婦なんだから)
台所から友人の声がする。
聞こえてはいるものの、俺は返事をしなかった。
「ったく、また聞こえねーフリですかい」
呆れた友人は、良い香りのするスープを持って俺の目の前に置いた。
「おら、雑誌とか置きっぱじゃねーか。っつーかこれ読んでんの?読んでねーなら捨てんぜ」
「……」
一点を見つめぼんやりしている俺の目の前に、ヒラヒラと手が動かされて、ぱちくり目を見開く。
ゆっくり顔を上げれば、呆れた友人の顔が目に写った。
「ぼーっとしてねぇで、スープ食えよ」
「……うん」
ありがとう、と呟けば「おう」とぶっきらぼうな返事が聞こえた。
友人──周藤──も、対面に座りスープとおにぎりをばくばく食べていた。
「お前も食う?おにぎり。一応あっけど」
「……いや、大丈夫」
「言うと思った」
苦笑される。
俺は目の前のスープをスプーンで掬い、一口啜った。
淡いコンソメの味が荒れきった胃に優しく染み渡る。
けれどすぐ吐き気に襲われ、目を瞑った。
「駄目か」
落胆したような周藤の声に、俺はゆっくり目を開けて小さく「……ごめん」と呟いた。
「……いいよ、って言ってやりてぇとこだけど、何も食えねぇのはやっぱ何とかしねぇとなぁ」
もう半年、まともな食事が出来ていない俺の体は痩せ細って貧相だった。
食生活が狂い、不眠症になり、自律神経は狂って精神も体も絶不調そのもので、発情期もぴたりとこなくなってしまっていた。
「なあ。いい加減病院行かねぇ?」
ぼんやり目に映す友人の顔には心配の色が浮かんでいる。
テーブルの上で手を組む彼の左手には銀色の指輪が光っていて、こいつが新婚だった事を思い出す。
「……周藤、もう帰っていいよ。俺、1人で平気だから」
「どこがどう平気なんだよ」
「でも、奥さん寂しいだろ。お前が頻繁に家なんか来てたら」
ましてや俺もオメガなのだ。
オメガの奥さんからしたら気が気でないだろう。
いくら周藤がベータだと言えども。
「アイツからは逆に、様子見てやれって言われてんだよ。同じオメガだから分かんだろ。アルファが居なくなった後のオメガの事」
「でもいい気はしないだろ。それはお前を思って言ってくれてるだけで、俺を思ってるわけじゃないし」
俺は俯く。
「それに、……人はいつ居なくなるか分かんないんだから、そばにいれるなら居てあげた方がいい」
半年前に番を亡くした俺の言葉は周藤にとって重かったらしく、何も言わなかった。
自分で言った台詞だったけれど、そのせいでまた吐き気に襲われテーブルへと突っ伏した。
もう何日こんな日々が続いているのだろう。
番──康祐さん──が亡くなったのは、半年前。
不慮の事故だった。
事故に遭ってからは暫くまだ生きていた。
だから、後遺症は残れど、呼吸までは止まらないと思っていた。
それなのに、事故にあって1週間後、康祐さんは呆気なくこの世を去った。
「おい、大丈夫かよ」
「……す、どう」
亡くなった日のことが鮮明に頭に過り、心臓がばくばく激しくなって、血の気が引いていく。
手足が冷たくなって、体が震えだす。
「……ご、め、……っ」
「大丈夫。大丈夫だ」
優しい体温に包まれ、しっかりと抱き留めてくれる。
けれどそんな体温は、今の俺にとって嫌悪でしかなくて、思わず腕を振り払ってしまう。
「いてっ」
「……っぁ、ごめ……っ」
振り払った時、手の甲が周藤の口の端に当たり、血が滲んでしまった。
その血も恐怖でしかなく、ごめんなさい、とポロポロ泣きながら周藤に手を伸ばす。
周藤はその手を握り、「大丈夫だ」とまた強く抱き締めてくれる。
「なあ要。やっぱり病院に行こう」
「……、」
「診てもらった方がいい。俺だけじゃ、情けねぇが力不足だよ」
「そんなことない……おれが、わるい……ごめ、……」
「お前は何も悪くねぇ。だから謝んな」
出会った頃から優しい周藤は、今も優しい。
その優しさに甘えてしまう俺は、本当に駄目な人間だな。
「病院に行こう、要。カオリに聞いてみるよ、アイツも体弱くて通院してっから。オススメの病院がねぇかさ」
「……」
一緒に生きよう
周藤が伝えてくれる前向きな言葉は、今の俺にはただの呪いでしかなかった。
「……周藤」
「ん?」
優しく、子供をあやすかのように俺を抱きしめながら周藤は俺の小さな呟きに耳を傾けてくれる。
「”番”って呼び方、……嫌だよな……」
周藤が俺をあやす手に光るシルバーリングを横目に、呟いた。
(……だって、俺と康祐さんは恋人で、周藤たちは夫婦なんだから)
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