地方騎士ハンスの受難

アマラ

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閑話 五

閑話 ナナセ・ナナナ モノサシ

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 この世界に来て以降、ナナセ・ナナナは終始驚きっぱなしであった。
 目が覚めたら、異世界の森の中。
 妙な能力が自分についていて、妙な生き物に出くわして。
 やっとの思いで人里にたどり着いたと思ったら、自分と同じように妙な能力を持った日本人達と出会い。
 中には転生してこの世界に来た、なんていう人物まで居て。
 結局、彼らの住む国、町で過ごすことになり。
 誰かのためになれば、と、海へ出て魔石を採掘するようになった。
 そして。
 そこで妙な日本人達に襲撃を受け。
 気が付けば監獄生活。
 色々と細かな事情があったりもするのだが、おおよそはそんなところだろうか。
 中々に波乱万丈な気がする。
 これで驚くなというほうが無理なのではないだろうか。
 世の中は不思議な事でいっぱいだというような話を聴いたことを、学校の先生がいっていた気がする。
 しかしそれにしても、これは不思議すぎる気がする。
 落ち着ける時間が欲しい。
 切実にそう願うナナナなのだ、が。
 残念ながらその願いはまったく叶えられていなかった。
 普通、監獄生活というのは日々代わり映えしない、退屈で辛いだけのものというのが相場だろう。
 だが。
 ナナナの監獄生活はやたらうるさく、賑やかで、いい意味でも悪い意味でも、退屈しないものであった。

 監獄でのナナナの生活は、かなり充実したものである。
 朝起きると、イツカが食事を持ってきてくれる。
 これを同居人、というか、同じ監獄で捕まっているムツキと一緒に、時にはイツカも一緒に食べる。
 食事が終わったら、読書の時間。
 隣国や、ハンス達の国のことについていろいろと知識を得るための時間だ。
 ナナナが捕まったのは、国家間のゴタゴタに巻き込まれたという側面もあった。
 現在の双方の国の状況。
 それを知る事もまた必要だ、というのが、キョウジやロックハンマー侯爵の言である。
 ナナナもその通りだと思ったからこそ、書物を読んで知識を得ているのだ。
 しばらくすると、今度は運動の時間だ。
 ダンジョン内にある運動場へ行き、好きに身体を動かすことが出来る。
 運動場、と言っても、正確にはそこは運動場ではない。
 武器や武装、ゴーレム用の実験施設だ。
 学校の体育館の倍ほどはあるだろう広さのそこで、ナナナはいつもマラソンをしている。
 体力作りは走ることから。
 単純作業なところもいい。
 無心になりたい時にも、何かを考えたいときにも適している。
 ちなみに、ムツキは大体この時間は寝こけていた。
 飯を食った後、広くで開放感のある場所で寝るのが極上なのだ、というのが、ムツキの言い分だ。
 運動が終わると、昼食。
 その後は、客がやってくる事が多かった。
 来る人間は、日によって違う。
 ハンスであったり、ロックハンマー侯爵の部下であったり。
 現在の健康状態や、心理状態、
 今はどんな事をしているかなどの聴取。
 あるいは、キョウジやコウシロウといった、同じ日本人が顔を見せに来たり。
 ほぼ毎日のように、誰かがやってくる。
 外のことや、様々な話が聞ける貴重な機会だ。
 ナナナは他の人間の意見が聞けるこれを、勉強と捉えて気を引き締めて取り組んでいた。
 ちなみに、ムツキは寝ているか、ふざけているか、遊んでいるかのどれかだ。
 時々一緒に居るイツカは十割がた酒を飲んでるので、まだムツキのほうがまともといえるかもしれない。
 ナナナとしては、どっちもどっちだとは思うのだが。
 そうこうしている内に、日が暮れて夕食の時間になる。
 いや。
 夕食というのは多少語弊があるかも知れない。
 この時間は、大体いつも酒瓶を抱えた誰かしらがやってきて、酒盛りになるのだ。
 九割九分来るのは、イツカである。
 次いで、ケンイチの所の四天王や、キョウジと言った所だろうか。
 時折、コウシロウの店で働いているユーナが。
 それから、牧場で働いている女性達が呑みにやってくる。
 ワイのワイのと騒ぎ、皆がしたたかに酔ったところで、ナナナはようやく床に入る。
 恐ろしく賑やかな毎日だ。
 とてもではないが、一般的な囚人のものとはいえないだろう。
 この世界の牢屋に入ったことが無いナナナだが、これが普通では無い事は分かっていた。
 まあ、それを言い出したら。
 異世界に居て、妙な能力を与えられて居るという大前提部分からして普通ではないのだが。
 なんにしてもナナナは、この異様な状況を何とか受け止め、自分が出来る最善の事を模索しようとしていた。
 前を向いて歩かなくてはならない。
 何とか状況を改善しなければならない。
 大きな原動力は、そういったナナナが持ち合わせている「前向きな姿勢」である。
 どんな時でも、前向きに努力が出来る。
 それは、間違いなくナナナの才能だろう。
 明るく、元気である事。
 ナナナの大きな強みと言ってもいい。
 そのおかげだろうか。
 少しずつではあるが、ナナナは様々な事を理解していっていた。
 何を知らなかったのか、見当も付かない状態から。
 自分がなにを知るべきなのが、調べられる段階へ。
 ゆっくりではあるが、確実に。
 ただ驚くばかりだったこの世界に来たばかりの頃から考えれば、随分な進歩だと言えるだろう。
 時間は、まだまだかかるはずだ。
 でも、きっと。
 自分が今後、何をすべきなのか。
 それを見つけられるはずだと、ナナナは思っていた。



 その日、いつものように開催された酒盛りには、珍しい客が来ていた。
 ロックハンマー侯爵の夫人、インである。
 こんなところに遊びに来ていいのだろうかと思わなくも無いのだが、どうもコウシロウの店で酒を飲んだ帰りらしく。
 飲み足りなかったから、と、こっちに来たようなのだ。
 大貴族の奥方としてどうなのかとナナナは思うのだが、それを指摘する事はしなかった。
 なんとなく躊躇われたからだ。
 それに、その隣にはレインもおり、いつもと変わらぬ様子で酒を飲んでいる。
 ということは、特に問題はないのだろう。
 ナナナから見て、レインはかなりしっかりした、信頼できる人物なのだ。
 客は、インとレインのほかにも二人。
 正確には、二匹来ていた。
 黒星と、ウィンタードラゴンだ。
 彼女等も、ここに酒を呑みに来ているのである。
 ウィンタードラゴンは幼女のような外見だが、実際は100歳前後である上に、そもそも人間ではない。
 いくら飲んだところで、問題ないのだ。
 この二人と二匹に加えて、一応イツカも来てはいるのだが。
 彼女はほぼ毎日ここに来ているし、そもそもこの牢獄はイツカのダンジョンの中でもあるので、客という数え方はしなくていいだろう。
 なので、都合五人と二匹が、牢獄で酒を飲んでいるということになる。
 かなり多く感じるかもしれないが、実はそうでもない。
 普段からこの牢獄では、そのぐらいの人数が酒盛りを開いているのだ。
 はじめこそナナナも「こんな事でいいんだろうか」と頭を悩ませていたのだが、最近では大分気にしなくなってきていた。
 人間とは、意外と図太い生き物なのだろう。
 ちなみに、ナナナはお酒を飲んでいなかった。
 自身がまだ未成年という事もあり、お白湯をすするばかりである。
 そのおかげ、というか、そのせいで、というか。
 場で唯一のシラフの人になることが多く、会話のノリについていけないことが多々有った。
 元々のツッコミ寄りな性格であったせいもあってか、非常に疲れる事も多いのだが。
 まあ、これも牢獄ゆえの苦行なのだろう、と、ナナナは無理矢理自分を納得させていた。
 そして。
 今正に、ナナナにとっては苦行染みた会話が、この場で繰り広げられていた。
 いわゆる、恋愛トークというやつである。

「えー! じゃあ、インさんってロックハンマー侯爵のこと、コルってよんでるんですかぁー!? かわいー!」

「随分顔に似合わん呼び名じゃの」

 妙に華やいだ声を上げるムツキの横で、ウィンタードラゴンが珍獣でも見るような顔をインに向けている。
 どちらかというと、珍獣なのはウィンタードラゴンのほうだろう。
 だが、インも幼い少女のような外見でありながら、四児の母である、という不思議な存在なので、イーブンぐらいだろうか。
 それはいいとして。
 ウィンタードラゴンの発言の中に、気になる部分があった。
 イツカもナナナと同じ疑問を持ったらしく、首をかしげながら訊ねる。

「あれ? ウィンちゃんってロックハンマー侯爵の顔知ってるのん?」

「誰がウィンちゃんじゃ、きちんと誠意と敬意をもってウィンタードラゴンと呼ばぬか。うむ、知って居るぞ。雪が降っておる季節に、彼の者がワシの山を通りがかった事があってのぉ。そのときにちらりと顔を見たのじゃ」

「お前、ちらりと見ただけで顔を覚えるのか」

 意外そうに声を上げたのは、黒星だ。
 普段から若干機嫌悪そうに顰めている表情を、更に顰めている。

「あのビジュアルじゃからの。あんだけ分かりやすく悪そうな貴族を見たら、嫌でも印象に残るわい」

 成る程。
 その場に居るイン以外の全員が、言外に納得した様子を見せた。
 確かにロックハンマー侯爵は悪人面だ。
 太っているようにも見える巨躯に、強烈な人相。
 嫌に仰々しい言葉遣いなど、正に絵に描いたような悪役そのものである。
 そんなロックハンマー侯爵だが、その実体は国内で有数の大貴族であり、人格者であった。
 この国の高位貴族の中では数少ない、善良な貴族としても有名だ。
 更に言えば、恐ろしく強力な魔法を扱う事でも有名であり、地位、名声、実力共に揃った人物でもある。

「見た目以外はカンペキですもんね。私、あった瞬間。あ、これヒドイことされるヤツだ。同人誌みたいに。って思いましたもん」

 酷く納得した様子で、ムツキは大きく頷いている。
 実際に出会いがしらで魔法をぶっ放しているムツキの台詞だ。
 説得力が違う。
 そんなムツキの頭を、イツカが後ろから引っぱたいた。

「ばかっ! その人の奥さんの前でしょうがよ!」

「はっ! そうだったっ! ゴメンなさい!」

 そう。
 インは、正にそのロックハンマー侯爵の奥様なのだ。
 慌てまくるムツキに対し、しかし、インはにっこりと微笑んだまま首を横に振る。

「こるの、いいところ。いんがしってれば、いい」

 さも当然というようにそういうと、インは花がほころぶように、とろけるような笑顔を見せる。

「っかぁー! いきなり惚気てきますわぁー! 見せ付けやがってコノヤロー!」

「ひゅー! ひゅーーー!!」

 一気にボルテージが上がったのは、イツカとムツキだ。
 恋愛関係の話に関するこの二人の食いつきのよさは、肉に群がるピラニア並である。
 ちなみに、この手の話にまったく興味がなさそうな顔をしつつも聞き耳を立てているのは、黒星とレインだ。
 少しでも情報を仕入れようと、まったく微動だにしていない。
 どちらも普段からの無表情のおかげか、そんな様子は殆ど外には漏れていないのがすごいところだろう。
 表面だけならば、どちらも憮然とした様子で酒を飲んでいるようにしか見えない。

「はぁー。私も素敵なダンナ様が欲しいんですけどねー。どっかに転がってないかなぁー。ただしイケメンに限るぅー」

「ぶれないよねぇー」

「でしょー?」

 なにやらお互いを指でさしあい、イツカとムツキはけたけたと笑い始めた。
 基本的に、この二人はノリが同じだ。
 いつも酒を飲んでいるイツカは兎も角、ムツキはどうしてあのテンションでいけるのか。
 ナナナには今一理解できなかった。
 ムツキが捕まっている理由は、当人やキョウジから聞いている。
 何でも、ロックハンマー侯爵に向って魔法をぶっ放したのだとかなんとか。
 そういう事情ならインとは話しづらそうな気もするのだが、どちらもまったく気にした様子が見えない。
 器が大きいのか、アホなのか。
 インは前者で、ムツキは後者だろう。
 ナナナがそんな事を考えてるとは思っていもいないであろう、イツカとムツキはすっかり男女の出会いに関しての話に夢中だ。

「でもですよぉー。出会いが無いわけじゃないですかぁー。ほら、私ってば牢獄にいますし。プリズナーですし」

「いや、そりゃ外に居てもいっしょよ? 私なんてキョウジ君にアレやれコレやれってまぁー、馬車馬みたいに働かされてるからねっ!」

「ドイヒー! ブラック企業丸出しじゃないですかー!」

「いやいや、マジなブラックはこんなもんじゃないよぉー? けっこう会社渡り歩いてるけど、酷いところもあったもんさー」

 ナナナは高校生で、働いた事はなかった。
 イツカとムツキは共に日本時代は勤め人だったそうで、その辺りは差のようなものを感じることがある。
 しっかりしているというか、なんというか。
 アンなんでも一応大人なんだなぁ、といった気持ちになるのだ。

「ていうか、イツカさんってキョウジ先生とどうなんです? 二人でいつも一緒に仕事してますし」

「ああん? っていうか、それはキョウジくんの方にも選ぶ権利はあるでしょうよ」

「キョウジというと、あのメガネじゃろ。能力的に将来有望そうじゃがのぉ」

 会話に入ってきたのは、ぼりぼりとツマミを齧っていたウィンタードラゴンだった。
 人間社会に関わるようになってから日の浅いウィンタードラゴンではあったが、その学習能力は驚異的なものがある。
 若いから、飲み込みが早いのかもしれない。
 まあ、魔獣と言うのは歳を経ているほうが知能は高いのだが。

「ていうか、キョウジくんの方が選ぶ側じゃね? 今じゃ有力者よ?」

「まあ、それはそうですけどぉ。有りか無しかっていったらどっちなんです? ほらほらぁー! ここだけの話! ここだけの話で!」

「えー? あーんー、そーねぇー」

 イツカは両腕を組み、唸り声を上げる。
 そして、ふっと笑って肩を竦めた。

「もう一皮向けて欲しいかな?」

「あれれ? 意外と厳しい判定ですね」

「流石に弟みたい、とは言わないけどね。まだまだ少年ってかんじ? ていうか、そういうムツキちゃんはどうなのよ。気になる男性おらんの?」

「言ったじゃないですか出会いが無いってぇー!」

「あー、それもそっかぁー」

 ならば、とでも言うように、イツカはぐるりと視線をめぐらせた。
 最初に目をつけたのは、黒星だ。
 イツカはじーっと、黒星を見据える。
 あまりに見つめられるので居心地が悪いのか、黒星は不快気に眉を顰めた。
 そんなことはまったく意に介さず、イツカは黒星を見続ける。
 しばらく見据えていたイツカは、ふっとため息をつきムツキと顔を合わせた。

「まあ、黒星ちゃんは、ねぇ?」

「ねぇ?」

「なんなんだ貴様等」

 顔を見合わせて意味ありげに笑うイツカとムツキに、黒星は苛立たしそうに言う。
 行動はどうかと思うナナナだったが、二人の言いたいことは理解できた。
 一応、ナナナも女である。
 そういうのには割かし聡いのだ。
 ふと周りを見れば、インとウィンタードラゴンもイツカとムツキと同じような顔をして笑っている。
 でゅふふふ、という奇妙な笑い声を上げる三人と一匹に、黒星はたじろいでいるように見えた。
 しばらく笑った後、イツカは再び視線をめぐらせ始める。
 次に目をつけたのはレインのようだ。
 だが、先ほどの黒星のように時間をかける様子もない。
 イツカはムツキと顔を見合わせ、軽く肩を竦める程度に留めた。
 インとウィンタードラゴンも、訳知り顔で頷いている。

「なんですか一体」

 レインがいつもの無表情で抗議するが、誰も意に介さない。
 まあ、言わんとすることはナナナにも理解できた。
 一応、ナナナも女である。
 ジュースに口を付けながら、ナナナは大きく頷いた。
 それが、油断だったのだろう。

「で、ナナナちゃんは気になる男子おるの?」

 不意打ちのイツカの言葉に、ナナナは思わずむせてしまった。
 ギリギリでジュースは噴き出さなかったものの、げほげほと咳き込む。
 その反応を見て、ムツキはにやりと口角を吊り上げた。

「おやおやぁーん? どうしたんですかぁーナナナ氏ぃー? これはなにやら気になる男子が居たりする時の反応なのでわぁー?」

 ムツキはにまにまとした表情で、ナナナのわき腹を突っつきまくる。
 果てしなくウザイ顔だが、同じような顔をしたのがもう一人いた。
 イツカである。

「でゅふふふ! まぁまぁ、落ち着きましょうよムツキ氏ぃー! こういうのはそれはもうたっぷりじっくりぐっちょりねっとり時間をかけて聞き出すのがお約束というものでござるぞぉー?」

 この二人は姉妹なのではなかろうか。
 顔はあまりにていないのだが、ノリが果てしなく同じである。
 そんな風に思うナナナだが、今はそれ所ではない。
 正直なところ、今のナナナは恋愛を楽しむような気分ではないのだ。
 無論、ナナナも年頃の女性だから、そういった話に興味が無いわけではない。
 地球に居た頃はむしろ、そういった話題で友人と随分盛り上がったものだ。
 だが、今は状況が状況だ。
 恋愛に現を抜かして居られる状況ではない。
 だが。

「ええっと。まあ、恋愛的な意味じゃなくて、知的興味というか、ソッチ方面の意味で気になる人は居ますけど……」

「なにもうっ! 流れ的に恋愛的な意味で気になる人上げるぱてぃーんじゃないですかぁ!」

「それこそ、ムツキさんと同じ理由で出会いがありませんし」

 口を尖らせるムツキに、ナナナは苦笑しながら言う。
 ナナナの言葉に、イツカのほうは意外そうに目を丸くする。

「ほぉー? ちなみに、その気になる人って誰?」

「えっと、ケンイチさんです。牧場主の」

 意外な名前に、黒星が口に含んでいた酒を噴出した。
 だが、誰も突っ込みをいれたりはしない。
 武士の情けというやつだ。
 とりあえずこのままだと黒星に首などを絞められそうだと思ったナナナは、さっさと続きを喋ってしまう事にする。

「ケンイチさんって、言動と行動と見た目があっていない気がするんです。それで、その、気になるというか」

「ほほう? というと?」

 イツカに促され、ナナナは言葉を続ける。

「ケンイチさんって、その、見た目と言葉遣いは、すごくなんていうか……。や、やんちゃじゃないですか」

「ヤンチャですか。まあ、やんちゃっていうかヤンキーですけど」

 身も蓋もないムツキの言い方だが、大体あっているだろう。
 ナナナも否定できずに、曖昧に笑ってごまかす。

「でも、ほら、行動っていうか、行いって言うか。すごく優しいですし、一本筋が通ってる、っていうか。なにより、牧場をきちんと運営して、いろいろな人の上にたって働いてる、言ってみれば社長さんで。すごく、立派な人だと思うんです」

「あーあーあー! 確かにそういう意味ではいっちしてませんよねぇー!」

 納得したというに、ムツキはぱちんと手を叩く。
 イツカも成る程、といった様子で頷いていた。
 ちなみに、黒星は一言も発さず、黙々と雑巾で噴出したものを拭いている。

「肉とか乳とか卵とか以外にも、加工食品もやってるんだよね。ケンイチさん」

「けっこう人も使ってますし、立派な経営者ですよねぇー。仕事の内容だけ見ると」

 イツカとムツキの言うとおり、ケンイチは手広く仕事をしている。
 それで居て全てをきちんと回しているのだから、経営者としての能力があるのは間違いないだろう。

「紙の上の数字だけ見ればカリスマ経営者並だからね。裸一貫でこの世界に来て、従業員数十人単位で抱えた大経営者よ? 私のダンジョンも、牧場があるから成り立ってるんだしね」

 イツカのダンジョンは、その内部で生物を殺すことによって成り立っている。
 殺した生物の魔力を奪うことで、様々なものを作り、動かしているのだ。
 そういう意味で、牧場とのイツカの能力の相性は抜群と言っていい。
 更に、ケンイチの牧場で育てているのは普通の動物ではない。
 大量の魔力を保有した、「魔獣」と呼ばれるような生物なのである。
 それらをしめた魔力が、何も労することなく定期的に手に入るのだ。
 イツカは現在の状況を、考える最高の状態だと思っている。

「そういえばキョウジ先生もそんなこと言ってましたね。ケンイチさんが先にここを作っていてくれたから、すごく助かったとか何とか。まあ、ハンスさんにも大分手伝ってもらったとは当人言ってたけど? それにしたってねぇ?」

「私からすればどっちもすごいですよぉー。ていうか最初に来てた四人って、ずば抜けて無いですか? いろいろな意味で」

「まあ、確かにねぇ。ある種の超人が揃ってる感じがするわぁ」

 ケンイチ、キョウジ、ミツバ、コウシロウ。
 いろいろな意味で、この四人がずば抜けている、というのは、ナナナも同意するところだ。
 ミツバやコウシロウは言うに及ばず。
 普段は気弱そうに見えるキョウジだが、頭脳面で彼らを支えているのは彼だろう。
 キョウジがあれこれと画策したから、現在のような状況があると言ってもいい。

「そう考えるとキョウジくんも得体がしれないよね」

「いやいやいや、それもそうですけど。ナナナちゃんが気になるのは、ケンイチさんのことですからね」

「ああ、そっか。いや、でもまぁ、確かにねぇ。ビジュアルと言動と行動に、功績が一致して無いわなぁ」

「そこまではその、言わないですけど。なんていうか、はい……」

 なんとも歯切れ悪く、曖昧な表情でナナナは頷いた。
 そう、正に一致していないのだ。
 ケンイチのしてきた事は、すごいことだとナナナは思っている。
 当然、牧場を問題なく運営している今の状態だってすごい。
 だからこそ、外見と普段の行動が、ナナナの中で一致しないのだ。

「なんていうか、普段の行動が目晦ましっていうか。仮初の行動、とか、そういうことならまだ理解できるんです」

「いや、あのリーゼントとトップクとヤンキー口調は天然だよ?」

 イツカの言葉に、ナナナは大きく頷いた。
 実際に相対してみれば、それはよく分かる。
 伊達や酔狂でウィンタードラゴンに頭突きしても崩れないポンパドールは作れないだろう。
 行動にしても言動にしても、大変失礼ながら「あ、この人アホなんだな」と思ったことは一度や二度ではない。
 会ってから日がたっていないナナナの見解なので誤りがあるかと思い、一番付き合いの長いキョウジに訊ねたこともあった。
 返ってきたのは。

「ケンイチさんですか? あの人は生粋のアホですよ?」

 不思議そうな表情とそんな言葉だった。
 そして、こう続けたのだ。

「だから、牧場をあんなに大きく出来たんですよ」

 それが、よく分からなかった。
 どうにも繋がっていないように思えたのだ。
 確かに突飛な行動をして、成功を収めた偉人の話はいくつもある。
 それにしても、逸脱具合にも限度がるのではないか。
 ナナナのそんな考えを話すと、イツカは納得した様子で酒を呷った。

「あぁー。なぁーるほどねぇー。つまりアレだ。ケンイチくんはナナナちゃんの理解の外に居るんだねぇ」

「こんな状況におるのに、理解力が足りない娘じゃのぉ」

「そりゃ酷ってヤツよ? 人間なんてほら、結局の所。自分のモノサシでないとものごとはかれないもん。理解できない事や受け入れられ無い事だってあるってもんよ」

 首を傾げるウィンタードラゴンに、イツカがへらりと笑いながら言う。

「私も、今の状況が全部理解できてるわけじゃないからねぇ。ぶっちゃけ異世界なんてピンと来ないし、きちんと状況把握出来てる自信は無いよ? でも、まあそういうものなんだろう、って飲み込むことは出来てるつもりなんだけどね。まあ、理解は出来なくても、よ。そういう物だって理解することは出来る、ってこと」

「そういう、ものですか」

 首を捻りながらも、ナナナはそう応える。
 ただ、「自分のモノサシ」というのには、酷く納得した気持ちであった。
 成る程、確かにナナナの中にあるモノサシ。
 一種の基準のようなものに、ケンイチはまったくと言っていいほど当てはまらないのだ。

「ふっ! ナナナちゃんも大人になれば、自分のモノサシで測れないものも飲み込めるようになりますよ。それがかっこいい女ってヤツですからね」

 ドヤ顔を決めるムツキを見て、イツカは何度か頷いた。
 だが、すぐに裏切りにかかる。

「うわぁ、ムツキちゃんオバンっぽーい」

「ドイヒー! ドイヒーですよ! 先に言い始めたのイツカさんじゃないですかぁー!」

「へっへっへ! 女はずるい生き物なのよ! っていうか、恋愛トーク全滅かよ! こんだけ女子が集まっててさぁ!」

 イツカは不満げに言うと、瓶から直接酒を呷る。
 最初はナナナも驚いたが、そんな姿ももう見慣れていた。
 ふと、こういうことを経験して、「モノサシ」が変化していくのだろうか、などということが頭に浮かぶ。
 異世界に居て、牢屋に投獄されて。
 こんな状況は、日本に居た頃には想像もしなかったことだ。
 それが今や、当たり前のこととして受け入れられている。
 自分の中の価値観などが変化していけば、いつかいろいろな事が受け入れられるようになるのかもしれない。
 考えてみれば、いましている「知識を蓄え、理解を深める」という作業は、正にそのために一歩なのではないだろうか。
 ケンイチのことについての話をきっかけに、ナナナはそんな事を考え始めていた。

「もうあれだ。こうなったらベテラン奥様のインちゃんに二人の馴れ初めとかの話を聞いてみますか」

「なにそれ面白そう! 私、興味あります! ついでに人妻のテクとかも聞いちゃいましょうよ!」

「どストレートに来たなこのスケベニンゲン!」

 ムツキはむえっへっへっへ、と、いやらしい笑いを浮かべる。
 イツカの突っ込みどおり、ムツキは基本的にスケベであった。
 それは、隣の牢に入っているナナナが一番良く知っている。
 身に染みているといってもいい。
 四六時中思わぬタイミングで下世話な話が飛び出してくるので、ナナナはそのたびに酷く体力を消耗するのだ。
 突然話しを振られて驚いたのか、インはきょとんとしている。
 そんな表情も可愛らしいのだから、美人というのは徳だ、と、ナナナは思う。
 インはごくごくとコップに注がれた酒を飲み干すと、コクリと頷いた。

「いいよ」

「まーじーでー!? え、どっち!? どっちの話なの!?」

「りょうほう」

「ちょ、インちゃん!? いいの!? ヤダめっちゃ興味あるんですけど!!」

 思わぬインの返答にイツカとムツキのテンションが急上昇する。
 予想外の事態に、ナナナは思わずむせ返った。
 コレはまずいと思い周囲を見回すが、残念ながら味方はいないようだ。
 ウィンタードラゴンは酒が入っておねむなのか、舟をこぐように半目で首を傾けている。
 レインと黒星は、興味なさそうにしながらも一言一句聞き逃さないといった様子で身体を傾けて耳をそばだてていた。
 コレはいけない。
 何とか路線変更しないと。

「あの、それよりもその、別の話を……」

「こるは、とってもおくてだった。だから、わたしからぐいぐいいった」

「ちょ、マジっすか!?」

「インちゃんぱねぇー!!」

 話を変えようとしたナナナの努力も空しく、そこから先はインの独壇場となった。
 そのあまりの内容に、なんとなく掴んでいた思考のきっかけは地平線の彼方に吹っ飛ばされる。
 結局ナナナが再びそれを思い出したのは、この数日後のことであった。
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