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3巻
3-2
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コウシロウの千里眼は、こと索敵能力に関しては完璧な性能を誇っている。
ロックハンマー侯爵は、それをよく知っていた。
だから今回の引き渡しのとき、不測の事態に備えて、その力を借りたいらしいのだ。
しかし、コウシロウはあくまで一般人である。
そのため、命令ではなく、あくまでもお願いという形で要請してきていた。
「イツカ殿のダンジョンや、魔石の大鉱脈でもない限り、コウシロウ殿の千里眼は欺けませんから」
「隠密魔法を見破ったときは、流石に驚いたが」
ここ数ヵ月、ロックハンマー侯爵の協力を得て、日本人達の能力の調査が進んでいた。
得体の知れない彼らの能力が、どんな種類の力なのか把握することも、領主として当然の仕事だろう。その調査事項の一つが、コウシロウの千里眼の精度の解明だった。
相変わらず遠方視についての限界は不明だったが、分かってきている部分もあった。
その成果の一つが、「隠密魔法を見破る」というものだった。
イツカのダンジョンや巨大な魔石鉱脈のような、尋常ではない力はともかく、個人で使う程度の隠密魔法であれば、コウシロウの千里眼は簡単に見破ってみせたのである。
「しっかし、こう正面から来られたら断れんだろうと思うんだがなぁ、普通。お願い、といっても強制に近いぞ」
「国防に関わる状況でもありますから。コウシロウ殿は、その辺りは了解してくださると思います」
ハンスの言葉通り、いくらお願いという形であったとしても、こうして国の大貴族から頼まれれば、簡単には断れないだろう。断ったらどうなるか、などといった恐怖は必ず付いてくる。
「俺もそうだろうとは思うんだが。とにかく、コウシロウ殿に問題ないかどうか確認をして、それから足の確保だな」
「足の方も厄介そうですね」
書類には、足、つまり移動手段の指定もあった。
これがまた、どうにも面倒事になりそうなのである。
ハンスは苦い顔を崩さず、眉間に寄った皺を指で伸ばした。
「まあ、どうにかなるだろう。別に何かあるわけでもないし、今回は単なる立ち会いだからな。何も起きんさ」
無論、何も起きないはずがない。
またしても思いもかげない事件に巻き込まれることになろうとは。
このときのハンスは、知る由もなかったのである。
2 祭り料理の準備をする男
何処の国にもお祭りの定番料理があるように、ハンス達の住む国にもそれがあった。その一つが、根野菜と猟で獲れた動物の肉を煮込んだ、「バデッリーオ」というごった煮だ。
春祭り定番の料理であるそれは、その温かさと旨みから、子供には食事として、大人には酒の肴として人気があった。
根野菜は保存の利く種類のものが多く、冬になるとどの家でも大量に備蓄する。
春になって余ったそれらを一遍に使い、豪華に肉も入れて楽しむことで、冬のうっぷんを晴らし、豊作を願う。
バデッリーオは、とにかく長時間をかけて煮込む。
野菜と肉の旨みを最大限に引き出すためだ。
大鍋で野菜を煮込み、軽く焼き目を付けた肉をそこに投入する。
このとき、肉はなるべく沢山の種類を入れるのがコツとされていた。
冬に子供を産み育てる獣が多いこの一帯では、春は狩猟の季節だ。
鳥や小型、中型の獣を捕って来て料理に使う。
大切なのは内臓などの肉もすべて入れる点だろう。
くつくつと煮てとろとろになった肉。コリコリ、ネットリ、様々な食感の内臓肉。
それらと一緒に根野菜を煮付けることで、実に滋味深く、美味い一品が出来上がるのだ。
ちなみに、この料理を屋台で買うと、素焼きの器に盛られて渡される。
値段は安いのだが、それなりに頑丈なため、家に持ち帰って使う、という人も少なくない。
「私も父に連れられて、春祭りでバデッリーオを食べたんですっ! もう、美味しくって美味しくって! お皿もきれいに洗って、家に持って帰ったんですよ!」
そのときの味を思い出したのか、ユーナはうっとりとした顔で両頬を押さえた。
ほうっと溜め息を吐く様子は、まるで好きな人を想う乙女のようだ。
これが食べ物の話題だと知らなければ、恥じらいのある表情に見えたかもしれない。
しかし、これまで如何にバデッリーオが美味しかったかを何度も聞かされていたコウシロウの目には、当然そんな風には映らなかった。
にまにまと笑うユーナは、微笑ましく、可愛らしい。
ユーナは店を手伝っている、コウシロウの弟子であった。以前コウシロウの料理を食べ、その味に惚れ込み、住み込みで働くようになったのだ。
コウシロウはにっこりする。
「よほど美味しかったんですねぇ」
「はいっ! 冬は、ずーっと麦と根野菜しか食べられませんから! うちの村は冬に猟をする人も居ませんし、お肉も久しぶりでっ!」
興奮気味なユーナの声に、コウシロウは嬉しそうに耳を傾ける。
そうしながらも、その手は鍋を掻き混ぜ続けていた。
中身は、今まさに話題になっている、バデッリーオだ。
といっても、使っている肉はケンイチの牧場から仕入れた食材なので、正確には別物である。
バデッリーオは、あくまで狩りで獲った肉を使うからこそ、バデッリーオと呼ばれるのだ。
だからコウシロウが今作っているのは、「バデッリーオっぽい煮込み料理」というのが、正しいところだろう。
何故こんなものを作っているかといえば、春祭りの出店で振る舞う新メニュー開発のためであった。
参考用に、とりあえず定番の料理を作っているのだ。
数日前。春祭りのために開かれた寄り合いで、コウシロウは街の顔役にそれを依頼された。
ケンイチをはじめとした日本人達の働きにより、ここ最近、街とその周囲の村々は豊かになってきていた。
魔獣に襲われる心配もなく、怪我や病気も直ぐに治してもらえる。
それだけでもすごい進歩なのだが、さらに影響を与えたのが、イツカが作ったゴーレムの貸し出しだ。
ハンス達が住む街の周辺では、多少ではあるが冬になると積雪がある。
雪の積もった畑は、除雪さえすれば冬野菜を育てられるのだが、凄まじく労力を必要とする作業なのだ。
その労働力を担ってくれたのが、イツカのゴーレムだった。
人間を圧倒的に凌駕するその力が、遺憾なく発揮された。
おかげでこの冬は、どこの家庭でも蓄えを極端に減らさずに済んだのである。
それでなくても日本人達の活動により、街と周辺の村々は随分活気づいていた。
言ってみれば、今この辺り一帯は好景気なのだ。
それ故に街の顔役が、春祭りを大々的に開催することで、さらに住民達を元気にしよう、と考えた。
キョウジに新しい遊戯の出店を頼んだのも、コウシロウに新メニュー開発を頼んだのも、そんな理由からだった。
「さて、もういいですかねぇ」
コウシロウは鍋を混ぜる手を止めた。
近くに置いてあった器を手に取り、鍋の中身を盛り付けていく。
味見用であるためか、その量は少ない。
漂ってくる香りに、ユーナの顔が段々と華やいでいった。
その料理の上に、コウシロウは仕上げに刻んだ野菜を振りかける。
丁度ネギのような、薬味になる野菜だ。
「さぁ、どんな塩梅ですかねぇ。あがってみてください」
コウシロウはユーナの前に、器を置いた。
ごくりと喉を鳴らし、ユーナはそれを持ち上げる。
器の反対の手に持っているのは、フォークやスプーンではなく箸であった。
盛り付けなどにも便利なので、この店で働くようになってから扱いを覚えたのである。
ユーナは早速、茶色い根野菜をつまみ上げた。
実家でも頻繁に食べていた野菜で、煮込めば煮込むほど旨みが出る。
スープの旨みも吸収するので、こういった料理にはうってつけなのだ。
口の中に入れると、ほわりと温かさが広がった。
ついで、野菜に絡んだスープの味を舌が捉える。
沢山の野菜と肉から染み出した旨みが、調味料によってよくまとめられた味だ。
味付けは、塩と、この国ではよく使われる香辛料が幾つか。
そして、地元特産の香草だ。
ハンス達の暮らす街のバデッリーオは、少々濃厚だった。
とろりとしたスープは、シチューのようでもある。
だが、それに対してコウシロウの作ったものはさほど強い味ではなく、野菜や肉の旨みが存分に引き出されていた。
ユーナが野菜を噛み締めると、スープに溶け出した旨みの塊が、一気に口の中で混ざり合う。
じわじわと広がってくる極上の味わいに、ユーナは小さく体を震わせた。
口に入れたものをしっかり呑み込み、今度は肉に箸を伸ばす。
おそらく猪型の魔獣の腸だろう。キレイに下ごしらえされた内臓の肉は、白く、きらきらと輝いて見えた。
ユーナはそれを口に入れると、ぐっと噛み締めた。
こりっとした、確かな歯ごたえ。
内側に付いた脂から、どんどん肉汁が溢れ出してくる。
これは、焼いた肉とはまた違う種類の肉汁だ。
「美味しいっ! 美味しいですっ!!」
目を輝かせながら絶賛するユーナの様子に、コウシロウは嬉しそうに目を細めた。
「お口に合って良かった。すこし上品に作りすぎたかと思ったんですがねぇ」
「え? あ、確かに、お祭りで売っていたのは、具の大きさも不ぞろいでしたね」
顎に指を当て、ユーナは首を傾げた。
言われてみれば、記憶の中のバデッリーオは、もっと大雑把な料理だったはずだ。
野菜を一口大にし、崩れやすい野菜には細工まで施してある。バデッリーオに比べればとても上品だといえる。
「いやぁ、悪い癖ですねぇ。必要ないと思ってはいても、こういうことをしてしまうんですよぉ」
コウシロウは苦笑しながら、後頭部を撫でた。
「まあ、これはこう作ったらどうなるか、という試しで作ったものですからねぇ。これで良いでしょう。問題は、ここからですね!」
今回は新メニュー開発が目的なので、バデッリーオは言葉通り試しに作ってみただけだった。問題なのは、これから作る料理の方だ。
「あの、やっぱり私もお手伝いをした方が……」
ユーナはおずおず手を上げながら言った。
今日、ユーナは一切の手伝いを禁止されている。
出店で出品する料理は、味も大事だが作る過程も重要だ。
料理が出来上がる様子がじっくり分かり、音や匂いが人を呼ぶ。
完成していく見た目さえも、料理の一部なのである。
そんなわけで、今日のユーナの仕事は料理を作ること、ではなく、調理の過程を見て、試作品の味見をしながら意見を言うことなのだ。
「おやおや。いけませんよ? 今回は味見も、見た目も、ユーナさんが頼りなんですからねぇ」
「うぅ……! なんだか、いつもと違うプレッシャーです」
眉をハの字にして、ユーナは不安そうに呟く。
それを見て、コウシロウはいかにも楽しそうに笑った。
ユーナの恨みがましい視線を浴び、コウシロウは何とか笑い声を呑み込む。
「作っている様子を観察しながら、実際に食べてみる。これも、上達には大切な要素ですからねぇ。頑張りましょう」
「は、はい! 頑張りますっ!」
ユーナは意を決して、ぐっと握りこぶしを作る。
コウシロウはにっこりと微笑み、再び厨房の方へ体を向けた。
「さぁ、私も頑張りましょうねぇ」
腕まくりをして気合を入れると、コウシロウは調理に取りかかった。
調理、とはいっても出店でできることは高が知れている。
精々、煮るなり、焼くなりして、盛り付けるくらいだ。
専用の道具を持ち込んで作るのも不可能ではないが、それには準備費用がかかりすぎる。
なるたけシンプル。目で見て楽しい料理。
それが、今回コウシロウの目標であった。
「まずは、これからいきましょう」
最初に用意したのは、二種類の芋と粉を振った魚、衣をつけた鶏肉だった。
芋は、熱を加えると粘り気が強く出るものと、ほくほくしたものとがあり、それぞれ味わいがまったく違う。前者は、日本の野菜で言うとサトイモに似ている。後者は、ジャガイモが一番近いだろう。
粘り気の強いものは一口大に、もう一方はフライドポテトの形に切ってあった。
魚の方は、掌大の湖の魚だ。
地球の魚ならアジに近い。以前、ミツバが発見した湖で釣られたものである。そのまま焼くと脂が少ないものの、味が濃いため加熱調理に向いた魚だ。今回用意したのは、これのエラと内臓を取り出し、小麦粉と香辛料をまぶしたものだった。
最後の一つは、茶色いドロッとした衣をまとった鶏肉。
醤油と匂いの強い香草で漬け込み、小麦粉が混ぜてある。
すなわち、これらはすべて、油で揚げて食べる料理なのだ。
揚げ油は、三種類用意してある。
果実の種を搾ったもの。
猪型魔獣の脂を精製して作ったもの。
マメから取ったもの。
果実の種油は芋に使う。
油のクセがつきにくくカリッと揚がるので、芋本来の甘みを引き出せるのだ。
猪型魔獣の油は魚に使う。少々香りが強く油が残り気味になるのだが、淡白な魚にはこれがもってこいだった。
最後の豆油は鶏肉に。
芳ばしい香りが衣に付き、鶏肉のジューシーさに良く絡むのである。
鍋は四つ用意されていた。同じ鍋で違う食材を揚げてしまうと、匂いが伝染ってしまうからだ。
「鍋を四つ持っていくぐらいなら、屋台でもできるでしょうしねぇ」
四つの鍋すべてに注意を払いながら、コウシロウは器の用意を始めた。
出店では盛り付けに使う容器も、大変重要になってくる。
食べ歩く人が多いため、第一条件として持ち易くなければならない。
コウシロウが用意したのは、先を尖らせて丸めた三角形の紙容器だ。
丁度、クレープのような形である。
「それなら、持ちやすいですね。ほかの屋台でも、同じようなものを使っていますし!」
「ええ。なるべく揃えようと思いましてねぇ」
コウシロウは嬉しそうに頷いた。
数分後、食材が揚げ上がると油を切るための網の上に移していく。
完成したのは、二種類のフライドポテト。
それに、川魚と鳥のから揚げだ。
最後にフライドポテトに塩を振りかけて混ぜれば完成である。
ユーナは、ごくりと生唾を呑み込んだ。
「揚げているところを見てると、食欲がそそられますねっ! カラカラ、ジュージューって音を聞いてるだけでお腹が空いてきました!」
「あっはっはっは。揚げ物は、耳にも楽しいですからねぇ。お腹が減っているときに音を聞くと、何を作っているんだろうと気になりますから」
料理に付いた余分な油が落ちたのを見計らい、コウシロウは金属製のトングを取り出した。紙の器を片手に持ち、ユーナの方へ向き直る。
そして、芝居がかった様子で口を開く。
「さあ、お嬢さん。どれを包みましょう」
コウシロウの言葉に、ユーナはきょとんとする。
さしずめ出店の店員ということだろうか。
その意図を察したのか、彼女はにっこりと笑顔を見せた。
「じゃあ、四つともお願いします!」
「はいはい。直ぐに盛り付けましょうねぇ」
楽しそうにそう言うと、コウシロウはトングをカチリと鳴らした。
まず最初に、細長いフライドポテトを三角形の容器の片端に寄るように入れ、余った方のスペースに一口大のフライドポテトを詰める。
その上に魚と鳥のから揚げを、三つずつ乗せた。
仕上げに、木の長い串を二本ほど刺せば完成である。
「はい、どうぞ」
「うわぁ! ありがとうございます!」
目の前に差し出された料理を、ユーナは両手で受け取った。料理自体は熱々で湯気を上げているが、手にした容器はそれほど熱くない。かなり断熱性が高いようだ。
串を一本抜き取り、ユーナはどれから食べるべきか唸っている。
「魚から食べてみたらどうでしょう。お勧めですよ」
その言葉に従って、ユーナは串を魚のフライに突き刺した。片手ほどの魚を半分に切ったそれは、頭も尾も付いたままだ。うっすらとまぶされた衣が、少し焦げたキツネ色になっていた。香辛料と香りの強い油の相まった匂いは、食欲を掻き立てる。
「骨ごと食べられますからねぇ、どうぞおあがりください」
「はい! いただきます!」
ユーナは勢いよく、頭の付いた魚のから揚げに噛り付く。カリッとした歯ざわりの良い食感である。ザクザクと噛み締めると、魚の旨みが滲み出てきた。
もともと少し淡白すぎる魚だったが、その味は油が程よく衣に馴染み、絶妙の風味を醸し出している。動物性の油は、魚にバランスの良い油分と香りを与えてくれているのだ。
ついで一口大のフライドポテトを齧った。
ネットリとした甘みと塩気が口内で広がり、どんどん次が食べたくなる。それを我慢して、今度は細長いフライドポテトを食べてみた。
カリッとした食感の後に、芋の味わいと塩気。
これもはやり、後を引く美味さだ。
「んー! お魚のフライ、さっくさくで美味しいです! お芋も二つとも違う食感で、楽しいです!」
「それはよかった。お口にあったようですねぇ」
きらきらと目を輝かせて言うユーナを見て、コウシロウはほっとした様子で頷いた。違うタイプの二つのフライドポテトは、どちらも成功したらしい。続いて、ユーナは鳥のから揚げへ取りかかった
さくさくの衣に歯を通すと、ジューシーな肉汁が溢れてくる。
肉は醤油と香草でしっかり味付けされており、舌の上にどっしりとした旨みが広がった。
ここでユーナはフライドポテトを齧ってみた。
肉の味と芋の風味が交じり合い、これが奇妙なほど良く合った。どちらも食べ応えのある揚げ物なのに、後を引く美味しさのため、どんどん口へ運びたい衝動に駆られる。
「ポテト二種類を基本にして、それに鳥か魚、あるいは両方をトッピングする、というメニューで売り出そうと思うんですよ。如何でしょうかねぇ?」
「いいと思います! でも、ぜったいどっちもつけちゃうと思います! すごく美味しいですからっ!」
興奮気味なユーナは、再びフライドポテトを食べる。
後を引いて、止まらなくなっているのだ。
「これは大丈夫そうですねぇ。では、もう一品の方も支度しましょう」
「あ、はい! 分かりました!」
ユーナはぐっと気合を入れた表情を作り、もぐもぐと咀嚼する。
その様子がおかしかったのか、コウシロウは楽しそうに笑っていたが、突然はっとしたような顔をドアの方へ向けた。
「どうかしたんですか?」
困ったように眉を顰めるコウシロウを見て、ユーナは何が起こったのかと息を呑む。
千里眼の能力のことは、ユーナもよく知っていた。だから、何か異変があったのではないかと思ったのである。
その懸念は、直ぐに現実のものとなった。
ドダダダダダ! という地響きのような音が鳴り響いてくるではないか。
何かの足音のようでもあったが、それはあまりにも力というか、得体の知れない破壊力がこもっていそうな音であった。
「あっ!」
そこで、ユーナはその音の正体に気がついた。こんなパワフルな音を発せられる者は、少なくとも、ユーナの知る中では一人しかいない。
音はどんどん近づいてきて、ついには店の目の前まで迫る。
何者かは、そこで足を止めたらしく、地響きのような音が止んだ。代わりに聞こえてきたのは、ゴリゴリと地面を削り、ブレーキをかけているような音である。
そして――。
バンッとドアが開き、小さな赤い塊が店の中に転がり込んで来た。
片方だけ結んだ髪の毛の束を靡かせるその塊は、元気いっぱいに声を上げる。
「ちょっとまったっすー!!」
「おやおや。いらっしゃい、ミツバさん」
「こんにちわっす!!」
コウシロウの挨拶に、ミツバはすこぶる良い返事をする。
ユーナも慌てて、「いらっしゃいませ!」と声を出した。
「ムッチャいい匂いがするっす! おやつの時間にこんなオイニーをさせてるなんて、反社会的っす! テロリズムっす!」
「え、ええ!?」
なにやらご立腹なミツバに、ユーナは圧倒された。
ミツバの言うとおり、今はお昼の時間も終わった午後三時ごろだ。
一旦店を閉めて、新しいメニューを試すにはもってこいの時間帯である。
「ミツバさん、たしかお祭りの準備の手伝いがあるとか言ってませんでしたか?」
ミツバはお昼をコウシロウのお店で食べたとき、この後は町外れの広場でお祭りの準備を手伝うと話していたのだ。
広場からコウシロウの店まではかなりの距離がある。匂いどころか、たとえ大声で叫んだとしても聞こえないだろう。
「なに言ってるんすか! 美味しいものの匂いがしたら街の反対側でも分かるっすよ!」
至極まじめな顔のミツバに、ユーナは思わず納得してしまった。
超身体能力という特殊能力を持つミツバは、そのせいなのかなんなのか、異様なほどの健啖家である。その食べ物への執念は凄まじく、数キロ離れた匂いですら嗅ぎ分けると豪語されても、信じてしまうほどであった。
ロックハンマー侯爵は、それをよく知っていた。
だから今回の引き渡しのとき、不測の事態に備えて、その力を借りたいらしいのだ。
しかし、コウシロウはあくまで一般人である。
そのため、命令ではなく、あくまでもお願いという形で要請してきていた。
「イツカ殿のダンジョンや、魔石の大鉱脈でもない限り、コウシロウ殿の千里眼は欺けませんから」
「隠密魔法を見破ったときは、流石に驚いたが」
ここ数ヵ月、ロックハンマー侯爵の協力を得て、日本人達の能力の調査が進んでいた。
得体の知れない彼らの能力が、どんな種類の力なのか把握することも、領主として当然の仕事だろう。その調査事項の一つが、コウシロウの千里眼の精度の解明だった。
相変わらず遠方視についての限界は不明だったが、分かってきている部分もあった。
その成果の一つが、「隠密魔法を見破る」というものだった。
イツカのダンジョンや巨大な魔石鉱脈のような、尋常ではない力はともかく、個人で使う程度の隠密魔法であれば、コウシロウの千里眼は簡単に見破ってみせたのである。
「しっかし、こう正面から来られたら断れんだろうと思うんだがなぁ、普通。お願い、といっても強制に近いぞ」
「国防に関わる状況でもありますから。コウシロウ殿は、その辺りは了解してくださると思います」
ハンスの言葉通り、いくらお願いという形であったとしても、こうして国の大貴族から頼まれれば、簡単には断れないだろう。断ったらどうなるか、などといった恐怖は必ず付いてくる。
「俺もそうだろうとは思うんだが。とにかく、コウシロウ殿に問題ないかどうか確認をして、それから足の確保だな」
「足の方も厄介そうですね」
書類には、足、つまり移動手段の指定もあった。
これがまた、どうにも面倒事になりそうなのである。
ハンスは苦い顔を崩さず、眉間に寄った皺を指で伸ばした。
「まあ、どうにかなるだろう。別に何かあるわけでもないし、今回は単なる立ち会いだからな。何も起きんさ」
無論、何も起きないはずがない。
またしても思いもかげない事件に巻き込まれることになろうとは。
このときのハンスは、知る由もなかったのである。
2 祭り料理の準備をする男
何処の国にもお祭りの定番料理があるように、ハンス達の住む国にもそれがあった。その一つが、根野菜と猟で獲れた動物の肉を煮込んだ、「バデッリーオ」というごった煮だ。
春祭り定番の料理であるそれは、その温かさと旨みから、子供には食事として、大人には酒の肴として人気があった。
根野菜は保存の利く種類のものが多く、冬になるとどの家でも大量に備蓄する。
春になって余ったそれらを一遍に使い、豪華に肉も入れて楽しむことで、冬のうっぷんを晴らし、豊作を願う。
バデッリーオは、とにかく長時間をかけて煮込む。
野菜と肉の旨みを最大限に引き出すためだ。
大鍋で野菜を煮込み、軽く焼き目を付けた肉をそこに投入する。
このとき、肉はなるべく沢山の種類を入れるのがコツとされていた。
冬に子供を産み育てる獣が多いこの一帯では、春は狩猟の季節だ。
鳥や小型、中型の獣を捕って来て料理に使う。
大切なのは内臓などの肉もすべて入れる点だろう。
くつくつと煮てとろとろになった肉。コリコリ、ネットリ、様々な食感の内臓肉。
それらと一緒に根野菜を煮付けることで、実に滋味深く、美味い一品が出来上がるのだ。
ちなみに、この料理を屋台で買うと、素焼きの器に盛られて渡される。
値段は安いのだが、それなりに頑丈なため、家に持ち帰って使う、という人も少なくない。
「私も父に連れられて、春祭りでバデッリーオを食べたんですっ! もう、美味しくって美味しくって! お皿もきれいに洗って、家に持って帰ったんですよ!」
そのときの味を思い出したのか、ユーナはうっとりとした顔で両頬を押さえた。
ほうっと溜め息を吐く様子は、まるで好きな人を想う乙女のようだ。
これが食べ物の話題だと知らなければ、恥じらいのある表情に見えたかもしれない。
しかし、これまで如何にバデッリーオが美味しかったかを何度も聞かされていたコウシロウの目には、当然そんな風には映らなかった。
にまにまと笑うユーナは、微笑ましく、可愛らしい。
ユーナは店を手伝っている、コウシロウの弟子であった。以前コウシロウの料理を食べ、その味に惚れ込み、住み込みで働くようになったのだ。
コウシロウはにっこりする。
「よほど美味しかったんですねぇ」
「はいっ! 冬は、ずーっと麦と根野菜しか食べられませんから! うちの村は冬に猟をする人も居ませんし、お肉も久しぶりでっ!」
興奮気味なユーナの声に、コウシロウは嬉しそうに耳を傾ける。
そうしながらも、その手は鍋を掻き混ぜ続けていた。
中身は、今まさに話題になっている、バデッリーオだ。
といっても、使っている肉はケンイチの牧場から仕入れた食材なので、正確には別物である。
バデッリーオは、あくまで狩りで獲った肉を使うからこそ、バデッリーオと呼ばれるのだ。
だからコウシロウが今作っているのは、「バデッリーオっぽい煮込み料理」というのが、正しいところだろう。
何故こんなものを作っているかといえば、春祭りの出店で振る舞う新メニュー開発のためであった。
参考用に、とりあえず定番の料理を作っているのだ。
数日前。春祭りのために開かれた寄り合いで、コウシロウは街の顔役にそれを依頼された。
ケンイチをはじめとした日本人達の働きにより、ここ最近、街とその周囲の村々は豊かになってきていた。
魔獣に襲われる心配もなく、怪我や病気も直ぐに治してもらえる。
それだけでもすごい進歩なのだが、さらに影響を与えたのが、イツカが作ったゴーレムの貸し出しだ。
ハンス達が住む街の周辺では、多少ではあるが冬になると積雪がある。
雪の積もった畑は、除雪さえすれば冬野菜を育てられるのだが、凄まじく労力を必要とする作業なのだ。
その労働力を担ってくれたのが、イツカのゴーレムだった。
人間を圧倒的に凌駕するその力が、遺憾なく発揮された。
おかげでこの冬は、どこの家庭でも蓄えを極端に減らさずに済んだのである。
それでなくても日本人達の活動により、街と周辺の村々は随分活気づいていた。
言ってみれば、今この辺り一帯は好景気なのだ。
それ故に街の顔役が、春祭りを大々的に開催することで、さらに住民達を元気にしよう、と考えた。
キョウジに新しい遊戯の出店を頼んだのも、コウシロウに新メニュー開発を頼んだのも、そんな理由からだった。
「さて、もういいですかねぇ」
コウシロウは鍋を混ぜる手を止めた。
近くに置いてあった器を手に取り、鍋の中身を盛り付けていく。
味見用であるためか、その量は少ない。
漂ってくる香りに、ユーナの顔が段々と華やいでいった。
その料理の上に、コウシロウは仕上げに刻んだ野菜を振りかける。
丁度ネギのような、薬味になる野菜だ。
「さぁ、どんな塩梅ですかねぇ。あがってみてください」
コウシロウはユーナの前に、器を置いた。
ごくりと喉を鳴らし、ユーナはそれを持ち上げる。
器の反対の手に持っているのは、フォークやスプーンではなく箸であった。
盛り付けなどにも便利なので、この店で働くようになってから扱いを覚えたのである。
ユーナは早速、茶色い根野菜をつまみ上げた。
実家でも頻繁に食べていた野菜で、煮込めば煮込むほど旨みが出る。
スープの旨みも吸収するので、こういった料理にはうってつけなのだ。
口の中に入れると、ほわりと温かさが広がった。
ついで、野菜に絡んだスープの味を舌が捉える。
沢山の野菜と肉から染み出した旨みが、調味料によってよくまとめられた味だ。
味付けは、塩と、この国ではよく使われる香辛料が幾つか。
そして、地元特産の香草だ。
ハンス達の暮らす街のバデッリーオは、少々濃厚だった。
とろりとしたスープは、シチューのようでもある。
だが、それに対してコウシロウの作ったものはさほど強い味ではなく、野菜や肉の旨みが存分に引き出されていた。
ユーナが野菜を噛み締めると、スープに溶け出した旨みの塊が、一気に口の中で混ざり合う。
じわじわと広がってくる極上の味わいに、ユーナは小さく体を震わせた。
口に入れたものをしっかり呑み込み、今度は肉に箸を伸ばす。
おそらく猪型の魔獣の腸だろう。キレイに下ごしらえされた内臓の肉は、白く、きらきらと輝いて見えた。
ユーナはそれを口に入れると、ぐっと噛み締めた。
こりっとした、確かな歯ごたえ。
内側に付いた脂から、どんどん肉汁が溢れ出してくる。
これは、焼いた肉とはまた違う種類の肉汁だ。
「美味しいっ! 美味しいですっ!!」
目を輝かせながら絶賛するユーナの様子に、コウシロウは嬉しそうに目を細めた。
「お口に合って良かった。すこし上品に作りすぎたかと思ったんですがねぇ」
「え? あ、確かに、お祭りで売っていたのは、具の大きさも不ぞろいでしたね」
顎に指を当て、ユーナは首を傾げた。
言われてみれば、記憶の中のバデッリーオは、もっと大雑把な料理だったはずだ。
野菜を一口大にし、崩れやすい野菜には細工まで施してある。バデッリーオに比べればとても上品だといえる。
「いやぁ、悪い癖ですねぇ。必要ないと思ってはいても、こういうことをしてしまうんですよぉ」
コウシロウは苦笑しながら、後頭部を撫でた。
「まあ、これはこう作ったらどうなるか、という試しで作ったものですからねぇ。これで良いでしょう。問題は、ここからですね!」
今回は新メニュー開発が目的なので、バデッリーオは言葉通り試しに作ってみただけだった。問題なのは、これから作る料理の方だ。
「あの、やっぱり私もお手伝いをした方が……」
ユーナはおずおず手を上げながら言った。
今日、ユーナは一切の手伝いを禁止されている。
出店で出品する料理は、味も大事だが作る過程も重要だ。
料理が出来上がる様子がじっくり分かり、音や匂いが人を呼ぶ。
完成していく見た目さえも、料理の一部なのである。
そんなわけで、今日のユーナの仕事は料理を作ること、ではなく、調理の過程を見て、試作品の味見をしながら意見を言うことなのだ。
「おやおや。いけませんよ? 今回は味見も、見た目も、ユーナさんが頼りなんですからねぇ」
「うぅ……! なんだか、いつもと違うプレッシャーです」
眉をハの字にして、ユーナは不安そうに呟く。
それを見て、コウシロウはいかにも楽しそうに笑った。
ユーナの恨みがましい視線を浴び、コウシロウは何とか笑い声を呑み込む。
「作っている様子を観察しながら、実際に食べてみる。これも、上達には大切な要素ですからねぇ。頑張りましょう」
「は、はい! 頑張りますっ!」
ユーナは意を決して、ぐっと握りこぶしを作る。
コウシロウはにっこりと微笑み、再び厨房の方へ体を向けた。
「さぁ、私も頑張りましょうねぇ」
腕まくりをして気合を入れると、コウシロウは調理に取りかかった。
調理、とはいっても出店でできることは高が知れている。
精々、煮るなり、焼くなりして、盛り付けるくらいだ。
専用の道具を持ち込んで作るのも不可能ではないが、それには準備費用がかかりすぎる。
なるたけシンプル。目で見て楽しい料理。
それが、今回コウシロウの目標であった。
「まずは、これからいきましょう」
最初に用意したのは、二種類の芋と粉を振った魚、衣をつけた鶏肉だった。
芋は、熱を加えると粘り気が強く出るものと、ほくほくしたものとがあり、それぞれ味わいがまったく違う。前者は、日本の野菜で言うとサトイモに似ている。後者は、ジャガイモが一番近いだろう。
粘り気の強いものは一口大に、もう一方はフライドポテトの形に切ってあった。
魚の方は、掌大の湖の魚だ。
地球の魚ならアジに近い。以前、ミツバが発見した湖で釣られたものである。そのまま焼くと脂が少ないものの、味が濃いため加熱調理に向いた魚だ。今回用意したのは、これのエラと内臓を取り出し、小麦粉と香辛料をまぶしたものだった。
最後の一つは、茶色いドロッとした衣をまとった鶏肉。
醤油と匂いの強い香草で漬け込み、小麦粉が混ぜてある。
すなわち、これらはすべて、油で揚げて食べる料理なのだ。
揚げ油は、三種類用意してある。
果実の種を搾ったもの。
猪型魔獣の脂を精製して作ったもの。
マメから取ったもの。
果実の種油は芋に使う。
油のクセがつきにくくカリッと揚がるので、芋本来の甘みを引き出せるのだ。
猪型魔獣の油は魚に使う。少々香りが強く油が残り気味になるのだが、淡白な魚にはこれがもってこいだった。
最後の豆油は鶏肉に。
芳ばしい香りが衣に付き、鶏肉のジューシーさに良く絡むのである。
鍋は四つ用意されていた。同じ鍋で違う食材を揚げてしまうと、匂いが伝染ってしまうからだ。
「鍋を四つ持っていくぐらいなら、屋台でもできるでしょうしねぇ」
四つの鍋すべてに注意を払いながら、コウシロウは器の用意を始めた。
出店では盛り付けに使う容器も、大変重要になってくる。
食べ歩く人が多いため、第一条件として持ち易くなければならない。
コウシロウが用意したのは、先を尖らせて丸めた三角形の紙容器だ。
丁度、クレープのような形である。
「それなら、持ちやすいですね。ほかの屋台でも、同じようなものを使っていますし!」
「ええ。なるべく揃えようと思いましてねぇ」
コウシロウは嬉しそうに頷いた。
数分後、食材が揚げ上がると油を切るための網の上に移していく。
完成したのは、二種類のフライドポテト。
それに、川魚と鳥のから揚げだ。
最後にフライドポテトに塩を振りかけて混ぜれば完成である。
ユーナは、ごくりと生唾を呑み込んだ。
「揚げているところを見てると、食欲がそそられますねっ! カラカラ、ジュージューって音を聞いてるだけでお腹が空いてきました!」
「あっはっはっは。揚げ物は、耳にも楽しいですからねぇ。お腹が減っているときに音を聞くと、何を作っているんだろうと気になりますから」
料理に付いた余分な油が落ちたのを見計らい、コウシロウは金属製のトングを取り出した。紙の器を片手に持ち、ユーナの方へ向き直る。
そして、芝居がかった様子で口を開く。
「さあ、お嬢さん。どれを包みましょう」
コウシロウの言葉に、ユーナはきょとんとする。
さしずめ出店の店員ということだろうか。
その意図を察したのか、彼女はにっこりと笑顔を見せた。
「じゃあ、四つともお願いします!」
「はいはい。直ぐに盛り付けましょうねぇ」
楽しそうにそう言うと、コウシロウはトングをカチリと鳴らした。
まず最初に、細長いフライドポテトを三角形の容器の片端に寄るように入れ、余った方のスペースに一口大のフライドポテトを詰める。
その上に魚と鳥のから揚げを、三つずつ乗せた。
仕上げに、木の長い串を二本ほど刺せば完成である。
「はい、どうぞ」
「うわぁ! ありがとうございます!」
目の前に差し出された料理を、ユーナは両手で受け取った。料理自体は熱々で湯気を上げているが、手にした容器はそれほど熱くない。かなり断熱性が高いようだ。
串を一本抜き取り、ユーナはどれから食べるべきか唸っている。
「魚から食べてみたらどうでしょう。お勧めですよ」
その言葉に従って、ユーナは串を魚のフライに突き刺した。片手ほどの魚を半分に切ったそれは、頭も尾も付いたままだ。うっすらとまぶされた衣が、少し焦げたキツネ色になっていた。香辛料と香りの強い油の相まった匂いは、食欲を掻き立てる。
「骨ごと食べられますからねぇ、どうぞおあがりください」
「はい! いただきます!」
ユーナは勢いよく、頭の付いた魚のから揚げに噛り付く。カリッとした歯ざわりの良い食感である。ザクザクと噛み締めると、魚の旨みが滲み出てきた。
もともと少し淡白すぎる魚だったが、その味は油が程よく衣に馴染み、絶妙の風味を醸し出している。動物性の油は、魚にバランスの良い油分と香りを与えてくれているのだ。
ついで一口大のフライドポテトを齧った。
ネットリとした甘みと塩気が口内で広がり、どんどん次が食べたくなる。それを我慢して、今度は細長いフライドポテトを食べてみた。
カリッとした食感の後に、芋の味わいと塩気。
これもはやり、後を引く美味さだ。
「んー! お魚のフライ、さっくさくで美味しいです! お芋も二つとも違う食感で、楽しいです!」
「それはよかった。お口にあったようですねぇ」
きらきらと目を輝かせて言うユーナを見て、コウシロウはほっとした様子で頷いた。違うタイプの二つのフライドポテトは、どちらも成功したらしい。続いて、ユーナは鳥のから揚げへ取りかかった
さくさくの衣に歯を通すと、ジューシーな肉汁が溢れてくる。
肉は醤油と香草でしっかり味付けされており、舌の上にどっしりとした旨みが広がった。
ここでユーナはフライドポテトを齧ってみた。
肉の味と芋の風味が交じり合い、これが奇妙なほど良く合った。どちらも食べ応えのある揚げ物なのに、後を引く美味しさのため、どんどん口へ運びたい衝動に駆られる。
「ポテト二種類を基本にして、それに鳥か魚、あるいは両方をトッピングする、というメニューで売り出そうと思うんですよ。如何でしょうかねぇ?」
「いいと思います! でも、ぜったいどっちもつけちゃうと思います! すごく美味しいですからっ!」
興奮気味なユーナは、再びフライドポテトを食べる。
後を引いて、止まらなくなっているのだ。
「これは大丈夫そうですねぇ。では、もう一品の方も支度しましょう」
「あ、はい! 分かりました!」
ユーナはぐっと気合を入れた表情を作り、もぐもぐと咀嚼する。
その様子がおかしかったのか、コウシロウは楽しそうに笑っていたが、突然はっとしたような顔をドアの方へ向けた。
「どうかしたんですか?」
困ったように眉を顰めるコウシロウを見て、ユーナは何が起こったのかと息を呑む。
千里眼の能力のことは、ユーナもよく知っていた。だから、何か異変があったのではないかと思ったのである。
その懸念は、直ぐに現実のものとなった。
ドダダダダダ! という地響きのような音が鳴り響いてくるではないか。
何かの足音のようでもあったが、それはあまりにも力というか、得体の知れない破壊力がこもっていそうな音であった。
「あっ!」
そこで、ユーナはその音の正体に気がついた。こんなパワフルな音を発せられる者は、少なくとも、ユーナの知る中では一人しかいない。
音はどんどん近づいてきて、ついには店の目の前まで迫る。
何者かは、そこで足を止めたらしく、地響きのような音が止んだ。代わりに聞こえてきたのは、ゴリゴリと地面を削り、ブレーキをかけているような音である。
そして――。
バンッとドアが開き、小さな赤い塊が店の中に転がり込んで来た。
片方だけ結んだ髪の毛の束を靡かせるその塊は、元気いっぱいに声を上げる。
「ちょっとまったっすー!!」
「おやおや。いらっしゃい、ミツバさん」
「こんにちわっす!!」
コウシロウの挨拶に、ミツバはすこぶる良い返事をする。
ユーナも慌てて、「いらっしゃいませ!」と声を出した。
「ムッチャいい匂いがするっす! おやつの時間にこんなオイニーをさせてるなんて、反社会的っす! テロリズムっす!」
「え、ええ!?」
なにやらご立腹なミツバに、ユーナは圧倒された。
ミツバの言うとおり、今はお昼の時間も終わった午後三時ごろだ。
一旦店を閉めて、新しいメニューを試すにはもってこいの時間帯である。
「ミツバさん、たしかお祭りの準備の手伝いがあるとか言ってませんでしたか?」
ミツバはお昼をコウシロウのお店で食べたとき、この後は町外れの広場でお祭りの準備を手伝うと話していたのだ。
広場からコウシロウの店まではかなりの距離がある。匂いどころか、たとえ大声で叫んだとしても聞こえないだろう。
「なに言ってるんすか! 美味しいものの匂いがしたら街の反対側でも分かるっすよ!」
至極まじめな顔のミツバに、ユーナは思わず納得してしまった。
超身体能力という特殊能力を持つミツバは、そのせいなのかなんなのか、異様なほどの健啖家である。その食べ物への執念は凄まじく、数キロ離れた匂いですら嗅ぎ分けると豪語されても、信じてしまうほどであった。
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