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3巻
3-3
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威嚇の唸り声を上げそうなミツバを前に、コウシロウは楽しそうに微笑んだ。
「実は、お祭りで出す出店の料理を試食してもらっていたんですよ。よろしければ、ミツバさんも如何ですか?」
「うわぁーいっすー!」
コウシロウの言葉に、ミツバは飛び上がらんばかりに喜んだ。というか、実際に体は宙を舞っていた。今回は屋根があるので跳躍距離は控えめで、垂直方向に二メートルほどだが。
「ユーナちゃんも味見は得意かもしれないっすけど、この街じゃぁ二番目っす! 一番は当然自分っすけどね!!」
ジャキーン!
というような効果音が鳴りそうなポーズで、ミツバはドヤ顔をキメる。このアッパーなテンションにも馴れたのか、ユーナは若干疲れた苦笑を漏らすだけだ。
そんな二人を見て、コウシロウは目を細めた。
「では、もう一品作りましょうかねぇ。まあ、あまり珍しくないものだとは思いますが」
「楽しみっす!」
「でも、その前に。きちんと扉を閉めましょうね?」
「あ、忘れてたっす! 閉めてくるっす!」
コウシロウに言われて、ミツバは慌てて扉を閉めに向かった。
外見年齢的には、年の離れた兄弟といったところだろう。
だが、ユーナの目にミツバとコウシロウの関係は、孫とおじいさんのように映った。
「さぁ、はじめましょうかねぇ」
「はいっ!」
にっこりと笑うコウシロウに、ユーナも嬉しそうな笑顔で返事をした。
3 足を用意する男
レインが受け取ったロックハンマー侯爵領主館からの連絡は、ハンスの頭を悩ませた。
セルジュ・スライプスを中央の役人に引き渡す際に、ハンスに立ち会えと言う。
これは、街の警備の責任者がハンスであるため、当然のことだろう。悩みの種は、それ以外の「要請」であった。
一つは、千里眼能力を持つコウシロウの同行。
万が一の事態に対応するための、策の一つなのだろう。コウシロウの目があれば、たとえばセルジュが脱走したとしても、ほぼ間違いなく捕捉が可能だ。その信頼度は、例の一件でロックハンマー侯爵自身も十分承知していた。
そこを買っての、「お願い」なのである。それはまだいい。
もう一つの要請。
これが実に、厄介だったのだ。
それは、ケンイチの配下の鳥に乗って来て欲しい、というものだったのである。その理由は、言ってみれば性能テストに近い。
魔獣達はあくまでケンイチについているのであって、軍隊に組み込むことはできないだろう。とはいえ、一体どのくらいの能力を持っているのか、知っておく必要はある。たとえば、その移動力の程度などだ。
ハンス達の国は魔獣との戦闘経験があるため、戦闘力は十分に分かっていた。だが、どの程度の移動、移送能力を持っているかは未知数だ。今回はそれを確認する良い機会だと、ロックハンマー侯爵は考えたらしい。
だが鳥の魔獣達は、あくまでケンイチの配下である。ケンイチに断られれば、それまでだ。要請にも、「無理強いはしない」と記されている。
ハンスとしては、そもそも鳥型の魔獣での移動というのが嫌で仕方がなかった。どうにも良い予感がしないからだ。
コウシロウだけならばともかく、魔獣達が絡むとろくなことにならない。
そもそも、この街だけならいざ知らず、ほかの人里に魔獣を近づけるのは抵抗があった。
魔獣というのは、人間の力では太刀打ちの難しい相手だ。
種類や個体にもよるが、場合によっては数百人規模の兵士が一匹相手に苦戦する、文字通りの化け物なのである。いくら話が通じる相手とはいえ、危険なのではないだろうか。なんやかんやあって、うっかり暴れちゃいました、といった事態が起きかねない。
というか、今までの経験的にかなりの高確率でそうなるだろう。
人が少ないこの辺りの地域だからよいようなものの、いや、それも厳密に言えばよくはないが、とにかくロックハンマー侯爵の領主館がある街で暴れられるのは洒落にならない。
ハンスとしては、ここはケンイチに断ってもらいたい心境であった。
確認しないで勝手に返事をしてしまうとか、ケンイチに断るように頼む、とか。
そういった手段を用いれば、比較的簡単にハンスの懸念は取り除けるだろう。
しかし、そういうやり方を良しとしないのが、ハンス・スエラーの性格だった。良くも悪くも、正直な男なのである。
とりあえず、相談しなくては始まらないということで、ハンスは早速ケンイチの元へ向かった。
近場にあるコウシロウのところよりも先にケンイチに会いに行ったのは、その話を済ませたかったからである。
鳥型の魔獣の背に乗って行くのと、陸路を歩いて行くのとでは、かかる時間が大幅に変わってしまう。足を確保し同行を頼むにしても、おおよそでも日程が決まっていないのはよろしくないとハンスは考えたのだ。
できれば、ケンイチにもコウシロウにも断って欲しい。
そんなことを思いながら、ハンスは重い足を引きずり、ケンイチの牧場へ向かったのであった。
牧場を訪ねたハンスは、事務室の応接スペースに通された。何台かの机と書類棚が並び、数名の従業員が事務仕事に精を出している。
「どうぞ、座ってください」
ケンイチに勧められ、ハンスはソファーに腰を掛ける。
すかさず、従業員の一人がお茶を運んで来た。いつぞやのミツバとの一件以来、ケンイチの牧場で働くことになったゴブリン達の一人だ。
太く節くれだった逞しい指を繊細に動かし、丁寧に湯飲みを机の上に置く。服装も毛皮などではなく、パリッと糊の利いた、白いワイシャツとズボンというスタイルだ。彼ら事務方を任されたゴブリンは、顧客に威圧感を与えないように清潔な服装をしているのである。
ハンス達の国で目にする一般的なゴブリンからは逸脱した、ある種シュールな姿だ。
もっとも、この街に居る人達は皆こういった服装のゴブリン達を見慣れてしまっているのだが。
「すまんなぁ、忙しいところに。祭りの準備もあるだろう?」
「なぁに、俺らがやるこたぁ、かわんねぇーっすからね。気楽なもんっすよ。それに、ハンスさんならいつでも歓迎っすから」
テーブルを挟んで反対側のソファーに腰掛けながら、ケンイチはニッカリ笑う。
ハンスは苦笑すると、出されたお茶に口をつけた。この辺りでは珍しくない種類のお茶だったが、いれ方が良いのかなかなかに美味い。コツがあるようだが、おそらくゴブリン達はそれも学んでいるのだろう。
体力もあり、品行方正で学ぶ努力も怠らない。
なんとも気持ちのいい連中ではないか。
ハンスは、今回訪ねた本来の理由を思い出し、うっかり別のところに行きかけていた思考を引っ張り戻す。
「そう言ってくれるとありがたいが。で、早速本題で申し訳ないんだが。ちょっと頼みがあってな」
「俺にできることだったら、なんでもやりますよ。ハンスさんにゃぁ、いつも世話になりっぱなしっすから」
「そんなことはないんだが。いや、実はな」
早速、ハンスはロックハンマー侯爵からの要請について説明する。
隣国の実験部隊との一件以来、ケンイチの元には魔獣達の生態や能力を調べるため、調査員が来ている。危険度などを把握するその調査の重要性はケンイチも良く理解しており、調査には実に協力的であった。そのため、飛行能力の調査も兼ねた今回の依頼は、どうやら直ぐに合点がいくものだったようだ。
話を聞き終えたケンイチは、顎に指を当てて唸った。
「確かになぁ。そりゃぁ、王都にいきなり飛んでけるような連中のこたぁ、よく知っときてぇーでしょうからね」
「そんなところだな。実際、ここの連中なら王都に致命的な打撃を与えられるだろう。あの四人娘なら尚更だろうが」
四人娘というのは、ケンイチの部下の中でも、特に強い力を秘めた四体の魔獣のことだ。
黒い天馬である黒星。
鉄よりも硬い体表のアースドラゴン。
数千にも分裂することが可能な、半人半蜘蛛の蜘蛛女。
吸血蝙蝠が年月を経て力を持った存在、吸血鬼。
四匹共メスであり、現在はケンイチの牧場にある、職員用の女子寮に住んでいる。
「気を悪くしたかな」
申し訳なさそうに声を落とすハンスに、ケンイチは目を丸くし慌てて首を横に振った。
「まさか! 俺ぁ、お上にたてつくつもりなんざぁサラサラありゃぁせんけどね。もしもんときに備えるってのは、ろっけんろーるこうしゃくさんとかお偉いさんの大事な仕事っすからねぇ」
「ロックハンマー侯爵、な。そんなに難しくない名前だと思うぞ。まあ、とにかく。いろいろ迷惑をかけてすまんな」
「なに言ってんすか。感謝はしても、どうこう思やぁしませんよ。ぶっちゃけ、なんで牧場続けさせてもらえてんのか、分かんねぇぐらいっすから」
基本的にはアホなケンイチだが、マルっきりのバカというわけでもない。痩せても枯れても、魔獣達の集団を束ねる頭を張っている男なのだ。
一応それなりに、最低限の頭は回るのである。
もっともそれが本当に最低限なおかげで、キョウジを中心にいろいろな人が迷惑しているわけなのだが。
なにやら難しい顔をしていたケンイチだったが、ふと思い出したように顔を上げた。
「鳥の連中の件は、全然オッケーっすよ。こき使ってやってください」
「そうか。すまない、助かるよ」
爽やかな笑顔で快諾してくれたケンイチに、ハンスは苦い表情が出そうになるのを噛み殺しながら礼を言った。
まさか気持ちよく了承してくれた相手に、嫌そうな顔をするわけにもいかないだろう。
ハンスが何とか笑顔を保っているのを知ってか知らずか、ケンイチは自分の胸を叩いた。
「なぁに、まかしてくださいよぉ。キョウジが作ってたアレもできたみてぇーっすから。丁度いいタイミングっすよねぇ」
「アレ?」
ケンイチの口から出た言葉に、ハンスは首を捻った。
アレ、というのに覚えがなかったからだ。
それを察したのか、ケンイチは意外そうに目を丸くする。
「あれ? 知らねぇーんでしたっけ? キョウジが作ったんすよ。なんか、鳥の連中が運ぶ……なんかこー、カゴ? みてぇーなヤツ」
「いや、聞いていないが。なんなんだそれは?」
「あんか、この間ピクニック行ったときに思いついたんだー、とか言ってたんすけどぉー。キャンピングカー的なやつみてぇーっすね」
「きゃんぴんぐかー……?」
聞き慣れない単語に、ハンスは眉間に皺を寄せる。
ケンイチもハンスに通じていないのが分かり、腕を組んだ。
「あぁー。なんつえばいーんだろぉーなぁー。実物見た方がはえぇっすかねぇ」
「実物、か。何処にあるんだ?」
「いや、俺も良くわっかんねぇーんすけど。キョウジに聞きゃー分かりますよ。おーい! キョウジの予定分かるかぁ!?」
ケンイチが事務所に声をかけると、直ぐに書類を書いていたゴブリンの一人が立ち上がった。壁にかけられている予定表を確認し、ハンス達の方へ振り返る。
「今日は街の診療所に詰めてるようです。急患がなければ、ですけど」
「おう、ありがとう! アレだったら、今から行ってみますか? 最近じゃぁ、暇をもてあましてるっつってましたし」
「ううん。そうだな……」
ハンスは頬に手を当てて、表情を険しくした。
ケンイチも言っていたように、キョウジは最近は暇らしい。訪ねても、ジャマにはならないだろう。なるべく早く決めてしまいたい事柄でもあるし、確認は早いに越したことはない。
それに、キョウジが間借りしている診療所は、コウシロウの店の近くでもあった。キョウジが忙しいようなら、そのままコウシロウの店に行けばよい。
「そうだな。行ってみるとするか。というか、ケンイチも行くのか?」
「ええ。鳥の連中がかかわってるなら、俺にもかんけーあるっすからねぇ」
「それもそうか」
鳥の魔獣も、ケンイチの部下だ。関わりは大いにあるだろう。
ハンスとケンイチは牧場を出て、早速街にあるキョウジの診療所へ向かった。
ちなみに移動はケンイチの牧場で使われている、運搬用の四足型ゴーレムだ。それなりの速度で走るその荷台で、ハンスは苦虫を噛み潰した表情をしている。
「どうかしたんすか?」
「いや……いいんだ……」
どんどん常識外れなものが増えてきている気がする。だが、日本人の能力によるものだけに無闇に禁止するのも気が引ける。
いや、しかし、一度注意すべきだろうか。
そんなことを考えながら、ハンスは深い溜め息を吐くのであった。
ハンスとケンイチの訪問を受けたキョウジは、二人をある場所へと案内した。街の外れにある、木材加工場だ。
「例のものは、ここで作ってるんです。今は使ってない工場があって、そこに置かせてもらっています」
「となると、かなり大きいものなのか?」
「ええ。小さな小屋、くらいの大きさですかね。まあ、見てもらうのが一番だと思います」
途中、加工場の親方や従業員に声をかけながら辿り着いたのは、大きな倉庫のような場所であった。雨に濡れるのを避けつつ、大きな木材を加工するための場所であるそこは、高さも広さもかなりのものである。
キョウジが言ったように今は使われていないらしく、人気は感じられない。
キョウジは馴れた様子で扉に近づき、親方から預かった鍵で開く。
「おお、広いな」
中に入ったハンスは、感心して呟く。外から見ても大きかったが、内側からはますますそれを実感できた。広く使うため、柱が少ないのも一役買っているのだろう。足元は剥き出しの地面なのだが、よく踏み固められており平らで固い。
ぐるりと倉庫内を見渡したそのハンスの目に、木造の奇妙な箱のような物体が飛び込んできた。
船の形状をしているのだが、舳先から後部まで完全に木材で覆われている。そのため、先の尖った靴にも見えた。出入り口らしい扉が一つと、窓ガラスが幾つか付いているのだが、それ以外は完全に密閉されているようだ。
初めて見る一種異様な物体に、ハンスは大きく首を傾げた。
「なんだ、これは」
「うーん。そうですね。考え方としては、馬車と同じです。人間が中に入り、鳥の魔獣さん達に運んでもらうためのもの、ですね」
「なるほど。馬車か。確かにあのときは、背中に乗せてもらうだけだったからなぁ」
ハンスは、以前行ったピクニックのときのことを思い出して頷いた。
鳥の魔獣の背中に乗って、湖まで遠出したときのことである。そのときに何やかんやあってイツカを拾ってくることになったのだった。丁度暖かい季節で、鳥の魔獣の背に乗り風を受けて飛ぶのは、なかなか気持ちが良かった。
だが、今はようやく春に差しかかったばかりである。
日陰や標高の高いところでは、まだまだ雪が残っているほどだ。
もしただでさえ寒い上空で、防寒の備えもなく風に煽られたら、どうなるか。凍えるだけならまだしも、下手をしたら凍りついて命を落とすことになるかもしれない。
実際、鳥の魔獣達が飛ぶような標高の山では珍しくないことだ。
「しかし、これだけ大きい物をどう運ぶんだ? 流石にここまで大きな鳥は居なかったと思うが」
ハンスの言うとおり、目の前にある木造のソレはかなりの大きさであった。
全長は大人三人分ほどの長さがあり、幅も人間一人が悠々と入るサイズだ。内部はおそらく体を曲げずに立てる高さがあるだろう。
「四羽の鳥の魔獣さんに引っ張ってもらうんですよ。専用の固定具をつけてもらって、前に二羽、後ろに二羽の形ですね」
「試したのか?」
「もう何度か。あとは飛行訓練を重ねていけば。まあ、要するに何度も飛んで、馴れるだけですね」
「なるほど。うーん……」
ハンスは難しそうな顔を作ると、腕を組んで唸った。
ただの妙な形の箱にしか見えなかったが、言われてみれば馬車に見えなくもない。屋根付きの馬車はたいていが四角く、豪華な細工が施されているものが多かった。
そのため、飾り気の一切ない目の前の物体は、どうにも変わって見えてしまう。
「本当は空気抵抗とか考えた方が良いんでしょうけど、どうしてもそういうのは専門の人じゃなくちゃ難しいみたいで。一応模型とか作っていろいろ試してはみたんですけど。素人仕事じゃ高が知れてますよね」
「それは、この箱の形についてなのか?」
「箱って……まあ、箱ですけど。僕達は鳥カゴ、って呼んでます」
「鳥カゴ、か。鳥を入れるのではなく、鳥が運ぶカゴだがな」
妙なネーミングに、ハンスは少し噴き出した。
「空気抵抗か。空を飛ぶのであれば、確かに引っかかりはない方が良いんだろうな」
どうやらハンス達の国でも、空気抵抗などの概念はあるらしかった。
そのおかげで、キョウジもこの鳥カゴを作ってもらう際、説明をスムーズにできたのだ。
「そうなんですよ。そっちの方はもう、ある程度やるだけでごまかすしかありませんが。問題は離着陸のときの衝撃だったんですけどね。これはイツカさんのおかげで簡単に解決しました」
「イツカのおかげというと。ゴーレムか何かか?」
「はい! ちょっと見ててください」
キョウジは楽しそうに鳥カゴへ小走りで近づいて行った。
直ぐ脇に立ち、一度咳払いをする。
そして、声を張り上げた。
「立て! 鳥カゴ一号!」
それに反応し、鳥カゴがゴトンと音を立てた。
底の部分から何かが迫り出し、地面に着く。
丁度昆虫の足のような細い形状のそれが、前部に二本、後部に二本の計四本。
素材が頑丈なのか、問題なく重そうな鳥カゴを持ち上げている。その外観は生物的であったが、木製の奇怪な形の箱に足が生えた物体が生物のはずがないだろう。
「気持ち悪いな」
嫌そうな顔で呟いたその言葉に、ハンスの正直な感想が集約されていた。
キョウジも同意したように、苦笑いを漏らしている。
ハンスがこの光景を見て顔を顰めるだけで済んでいるのは、その正体がイツカの能力が施されたゴーレムだと分かっているからだ。そうでなければ、直ぐに腰の剣を引き抜いている。
「見てのとおり、イツカさんにゴーレム化してもらっています。この四本の足で、離着陸の補助をするんですよ」
「それで、飛び立ちやすくするわけか」
「そうです。ロックハンマー侯爵のところへ行くなら、これを使うと良いですよ」
「ううーむ……」
にっこり笑うキョウジ。
ハンスは腕を組みながら首を傾げた。
ハンスとしては、あまり目立ちたくはない。これだけのものを鳥の魔獣四羽が運ぶとなれば、否が応でも人目を引くだろう。何がしかの戦略兵器に勘違いされるかもしれない。
もっとも、普通に考えれば魔獣そのものが兵器なのだが。
「なんとも、気が進まないんだが」
「上空は寒いですよ? ケンイチさんとミツバちゃんが寒いって言ってたくらいですし。ねぇ、ケンイチさん?」
それまで感心して鳥カゴを眺めていたケンイチが、驚いたように振り向いた。
「おお? おお。寒いなんてもんじゃねぇーぜ、ありゃ。ポンパドールが凍って、ばりっばりになっちまってよぉー」
ポンパドールというのは、ケンイチのおでこの辺りが突き出したような髪型の出っ張った部分のことである。風呂に浸かっていても崩れないその超合金のような髪型が凍りつくというのだから、上空は相当に寒いに違いない。
「ハンスさんは最悪、強化魔法を使えば良いですけど。コウシロウさんはそうもいきませんし」
「まあ、そうだな」
キョウジの言葉にハンスは頷いた。
ハンス一人ならば、身体能力を高める強化魔法でなんとか寒さを凌げるだろう。だが、今回はコウシロウも同行してもらうかもしれないのだ。キョウジには、ここに来る道々そのことを伝えてあった。
「何だかんだいって、コウシロウさんもお歳ですし。まあ、若返ってますけど。イケメンに」
イケメンという部分が若干呪詛を帯びている口調だったが、ハンスはあえて無視した。
モテるとかモテないとかそういう系の話にキョウジがやたら反応するのを、ハンスもよく知っているからだ。
「もてるんですよねぇー、コウシロウさん。かっこいいですもんねー。なんでだろうなー、同じ人間なのに不公平だと思いませんか。ふふふ」
ダークサイドに堕ちかけているキョウジを尻目に、ハンスは改めて唸り声を上げた。いろいろ思うことはあるが、今回はこのぐらい用意しておいた方が良いかもしれない。そう判断し、大きく溜め息を吐いた。
「そうだな……分かった。今回はこれを使わせてもらうとしよう。諸準備、よろしく頼む。どのぐらい荷物を積むかは後で連絡するよ」
「はっ!? あ、はい! 分かりました。快適な空の旅になるように頑張ります。といっても、頑張るのは職人さんですけどね」
正気を取り戻したキョウジは、にこやかに笑って胸を叩いた。
この切り替えの速さは、なかなかのものだ。
「さて。足も決まったし、このままコウシロウ殿のところに行くかな」
「早い方が良いですもんね。今ならお昼も終わって、まだ夜の営業の準備前でしょうし、丁度良いんじゃありませんか?」
今はコウシロウの店も暇な時間帯だ。用件を伝えるにはいいだろう。
「そうだな。ケンイチとキョウジはどうする?」
「僕は、船の調整と、あとお祭りの準備がありますから。あちこち回って来ます」
「俺ぁ、鳥共と空でコロがしてきますわぁ。鳥カゴに慣れねぇといけねぇーでしょうからねぇ」
互いに予定を確認し合うと、三人はそれぞれの目的地へ向かって別れた。
「実は、お祭りで出す出店の料理を試食してもらっていたんですよ。よろしければ、ミツバさんも如何ですか?」
「うわぁーいっすー!」
コウシロウの言葉に、ミツバは飛び上がらんばかりに喜んだ。というか、実際に体は宙を舞っていた。今回は屋根があるので跳躍距離は控えめで、垂直方向に二メートルほどだが。
「ユーナちゃんも味見は得意かもしれないっすけど、この街じゃぁ二番目っす! 一番は当然自分っすけどね!!」
ジャキーン!
というような効果音が鳴りそうなポーズで、ミツバはドヤ顔をキメる。このアッパーなテンションにも馴れたのか、ユーナは若干疲れた苦笑を漏らすだけだ。
そんな二人を見て、コウシロウは目を細めた。
「では、もう一品作りましょうかねぇ。まあ、あまり珍しくないものだとは思いますが」
「楽しみっす!」
「でも、その前に。きちんと扉を閉めましょうね?」
「あ、忘れてたっす! 閉めてくるっす!」
コウシロウに言われて、ミツバは慌てて扉を閉めに向かった。
外見年齢的には、年の離れた兄弟といったところだろう。
だが、ユーナの目にミツバとコウシロウの関係は、孫とおじいさんのように映った。
「さぁ、はじめましょうかねぇ」
「はいっ!」
にっこりと笑うコウシロウに、ユーナも嬉しそうな笑顔で返事をした。
3 足を用意する男
レインが受け取ったロックハンマー侯爵領主館からの連絡は、ハンスの頭を悩ませた。
セルジュ・スライプスを中央の役人に引き渡す際に、ハンスに立ち会えと言う。
これは、街の警備の責任者がハンスであるため、当然のことだろう。悩みの種は、それ以外の「要請」であった。
一つは、千里眼能力を持つコウシロウの同行。
万が一の事態に対応するための、策の一つなのだろう。コウシロウの目があれば、たとえばセルジュが脱走したとしても、ほぼ間違いなく捕捉が可能だ。その信頼度は、例の一件でロックハンマー侯爵自身も十分承知していた。
そこを買っての、「お願い」なのである。それはまだいい。
もう一つの要請。
これが実に、厄介だったのだ。
それは、ケンイチの配下の鳥に乗って来て欲しい、というものだったのである。その理由は、言ってみれば性能テストに近い。
魔獣達はあくまでケンイチについているのであって、軍隊に組み込むことはできないだろう。とはいえ、一体どのくらいの能力を持っているのか、知っておく必要はある。たとえば、その移動力の程度などだ。
ハンス達の国は魔獣との戦闘経験があるため、戦闘力は十分に分かっていた。だが、どの程度の移動、移送能力を持っているかは未知数だ。今回はそれを確認する良い機会だと、ロックハンマー侯爵は考えたらしい。
だが鳥の魔獣達は、あくまでケンイチの配下である。ケンイチに断られれば、それまでだ。要請にも、「無理強いはしない」と記されている。
ハンスとしては、そもそも鳥型の魔獣での移動というのが嫌で仕方がなかった。どうにも良い予感がしないからだ。
コウシロウだけならばともかく、魔獣達が絡むとろくなことにならない。
そもそも、この街だけならいざ知らず、ほかの人里に魔獣を近づけるのは抵抗があった。
魔獣というのは、人間の力では太刀打ちの難しい相手だ。
種類や個体にもよるが、場合によっては数百人規模の兵士が一匹相手に苦戦する、文字通りの化け物なのである。いくら話が通じる相手とはいえ、危険なのではないだろうか。なんやかんやあって、うっかり暴れちゃいました、といった事態が起きかねない。
というか、今までの経験的にかなりの高確率でそうなるだろう。
人が少ないこの辺りの地域だからよいようなものの、いや、それも厳密に言えばよくはないが、とにかくロックハンマー侯爵の領主館がある街で暴れられるのは洒落にならない。
ハンスとしては、ここはケンイチに断ってもらいたい心境であった。
確認しないで勝手に返事をしてしまうとか、ケンイチに断るように頼む、とか。
そういった手段を用いれば、比較的簡単にハンスの懸念は取り除けるだろう。
しかし、そういうやり方を良しとしないのが、ハンス・スエラーの性格だった。良くも悪くも、正直な男なのである。
とりあえず、相談しなくては始まらないということで、ハンスは早速ケンイチの元へ向かった。
近場にあるコウシロウのところよりも先にケンイチに会いに行ったのは、その話を済ませたかったからである。
鳥型の魔獣の背に乗って行くのと、陸路を歩いて行くのとでは、かかる時間が大幅に変わってしまう。足を確保し同行を頼むにしても、おおよそでも日程が決まっていないのはよろしくないとハンスは考えたのだ。
できれば、ケンイチにもコウシロウにも断って欲しい。
そんなことを思いながら、ハンスは重い足を引きずり、ケンイチの牧場へ向かったのであった。
牧場を訪ねたハンスは、事務室の応接スペースに通された。何台かの机と書類棚が並び、数名の従業員が事務仕事に精を出している。
「どうぞ、座ってください」
ケンイチに勧められ、ハンスはソファーに腰を掛ける。
すかさず、従業員の一人がお茶を運んで来た。いつぞやのミツバとの一件以来、ケンイチの牧場で働くことになったゴブリン達の一人だ。
太く節くれだった逞しい指を繊細に動かし、丁寧に湯飲みを机の上に置く。服装も毛皮などではなく、パリッと糊の利いた、白いワイシャツとズボンというスタイルだ。彼ら事務方を任されたゴブリンは、顧客に威圧感を与えないように清潔な服装をしているのである。
ハンス達の国で目にする一般的なゴブリンからは逸脱した、ある種シュールな姿だ。
もっとも、この街に居る人達は皆こういった服装のゴブリン達を見慣れてしまっているのだが。
「すまんなぁ、忙しいところに。祭りの準備もあるだろう?」
「なぁに、俺らがやるこたぁ、かわんねぇーっすからね。気楽なもんっすよ。それに、ハンスさんならいつでも歓迎っすから」
テーブルを挟んで反対側のソファーに腰掛けながら、ケンイチはニッカリ笑う。
ハンスは苦笑すると、出されたお茶に口をつけた。この辺りでは珍しくない種類のお茶だったが、いれ方が良いのかなかなかに美味い。コツがあるようだが、おそらくゴブリン達はそれも学んでいるのだろう。
体力もあり、品行方正で学ぶ努力も怠らない。
なんとも気持ちのいい連中ではないか。
ハンスは、今回訪ねた本来の理由を思い出し、うっかり別のところに行きかけていた思考を引っ張り戻す。
「そう言ってくれるとありがたいが。で、早速本題で申し訳ないんだが。ちょっと頼みがあってな」
「俺にできることだったら、なんでもやりますよ。ハンスさんにゃぁ、いつも世話になりっぱなしっすから」
「そんなことはないんだが。いや、実はな」
早速、ハンスはロックハンマー侯爵からの要請について説明する。
隣国の実験部隊との一件以来、ケンイチの元には魔獣達の生態や能力を調べるため、調査員が来ている。危険度などを把握するその調査の重要性はケンイチも良く理解しており、調査には実に協力的であった。そのため、飛行能力の調査も兼ねた今回の依頼は、どうやら直ぐに合点がいくものだったようだ。
話を聞き終えたケンイチは、顎に指を当てて唸った。
「確かになぁ。そりゃぁ、王都にいきなり飛んでけるような連中のこたぁ、よく知っときてぇーでしょうからね」
「そんなところだな。実際、ここの連中なら王都に致命的な打撃を与えられるだろう。あの四人娘なら尚更だろうが」
四人娘というのは、ケンイチの部下の中でも、特に強い力を秘めた四体の魔獣のことだ。
黒い天馬である黒星。
鉄よりも硬い体表のアースドラゴン。
数千にも分裂することが可能な、半人半蜘蛛の蜘蛛女。
吸血蝙蝠が年月を経て力を持った存在、吸血鬼。
四匹共メスであり、現在はケンイチの牧場にある、職員用の女子寮に住んでいる。
「気を悪くしたかな」
申し訳なさそうに声を落とすハンスに、ケンイチは目を丸くし慌てて首を横に振った。
「まさか! 俺ぁ、お上にたてつくつもりなんざぁサラサラありゃぁせんけどね。もしもんときに備えるってのは、ろっけんろーるこうしゃくさんとかお偉いさんの大事な仕事っすからねぇ」
「ロックハンマー侯爵、な。そんなに難しくない名前だと思うぞ。まあ、とにかく。いろいろ迷惑をかけてすまんな」
「なに言ってんすか。感謝はしても、どうこう思やぁしませんよ。ぶっちゃけ、なんで牧場続けさせてもらえてんのか、分かんねぇぐらいっすから」
基本的にはアホなケンイチだが、マルっきりのバカというわけでもない。痩せても枯れても、魔獣達の集団を束ねる頭を張っている男なのだ。
一応それなりに、最低限の頭は回るのである。
もっともそれが本当に最低限なおかげで、キョウジを中心にいろいろな人が迷惑しているわけなのだが。
なにやら難しい顔をしていたケンイチだったが、ふと思い出したように顔を上げた。
「鳥の連中の件は、全然オッケーっすよ。こき使ってやってください」
「そうか。すまない、助かるよ」
爽やかな笑顔で快諾してくれたケンイチに、ハンスは苦い表情が出そうになるのを噛み殺しながら礼を言った。
まさか気持ちよく了承してくれた相手に、嫌そうな顔をするわけにもいかないだろう。
ハンスが何とか笑顔を保っているのを知ってか知らずか、ケンイチは自分の胸を叩いた。
「なぁに、まかしてくださいよぉ。キョウジが作ってたアレもできたみてぇーっすから。丁度いいタイミングっすよねぇ」
「アレ?」
ケンイチの口から出た言葉に、ハンスは首を捻った。
アレ、というのに覚えがなかったからだ。
それを察したのか、ケンイチは意外そうに目を丸くする。
「あれ? 知らねぇーんでしたっけ? キョウジが作ったんすよ。なんか、鳥の連中が運ぶ……なんかこー、カゴ? みてぇーなヤツ」
「いや、聞いていないが。なんなんだそれは?」
「あんか、この間ピクニック行ったときに思いついたんだー、とか言ってたんすけどぉー。キャンピングカー的なやつみてぇーっすね」
「きゃんぴんぐかー……?」
聞き慣れない単語に、ハンスは眉間に皺を寄せる。
ケンイチもハンスに通じていないのが分かり、腕を組んだ。
「あぁー。なんつえばいーんだろぉーなぁー。実物見た方がはえぇっすかねぇ」
「実物、か。何処にあるんだ?」
「いや、俺も良くわっかんねぇーんすけど。キョウジに聞きゃー分かりますよ。おーい! キョウジの予定分かるかぁ!?」
ケンイチが事務所に声をかけると、直ぐに書類を書いていたゴブリンの一人が立ち上がった。壁にかけられている予定表を確認し、ハンス達の方へ振り返る。
「今日は街の診療所に詰めてるようです。急患がなければ、ですけど」
「おう、ありがとう! アレだったら、今から行ってみますか? 最近じゃぁ、暇をもてあましてるっつってましたし」
「ううん。そうだな……」
ハンスは頬に手を当てて、表情を険しくした。
ケンイチも言っていたように、キョウジは最近は暇らしい。訪ねても、ジャマにはならないだろう。なるべく早く決めてしまいたい事柄でもあるし、確認は早いに越したことはない。
それに、キョウジが間借りしている診療所は、コウシロウの店の近くでもあった。キョウジが忙しいようなら、そのままコウシロウの店に行けばよい。
「そうだな。行ってみるとするか。というか、ケンイチも行くのか?」
「ええ。鳥の連中がかかわってるなら、俺にもかんけーあるっすからねぇ」
「それもそうか」
鳥の魔獣も、ケンイチの部下だ。関わりは大いにあるだろう。
ハンスとケンイチは牧場を出て、早速街にあるキョウジの診療所へ向かった。
ちなみに移動はケンイチの牧場で使われている、運搬用の四足型ゴーレムだ。それなりの速度で走るその荷台で、ハンスは苦虫を噛み潰した表情をしている。
「どうかしたんすか?」
「いや……いいんだ……」
どんどん常識外れなものが増えてきている気がする。だが、日本人の能力によるものだけに無闇に禁止するのも気が引ける。
いや、しかし、一度注意すべきだろうか。
そんなことを考えながら、ハンスは深い溜め息を吐くのであった。
ハンスとケンイチの訪問を受けたキョウジは、二人をある場所へと案内した。街の外れにある、木材加工場だ。
「例のものは、ここで作ってるんです。今は使ってない工場があって、そこに置かせてもらっています」
「となると、かなり大きいものなのか?」
「ええ。小さな小屋、くらいの大きさですかね。まあ、見てもらうのが一番だと思います」
途中、加工場の親方や従業員に声をかけながら辿り着いたのは、大きな倉庫のような場所であった。雨に濡れるのを避けつつ、大きな木材を加工するための場所であるそこは、高さも広さもかなりのものである。
キョウジが言ったように今は使われていないらしく、人気は感じられない。
キョウジは馴れた様子で扉に近づき、親方から預かった鍵で開く。
「おお、広いな」
中に入ったハンスは、感心して呟く。外から見ても大きかったが、内側からはますますそれを実感できた。広く使うため、柱が少ないのも一役買っているのだろう。足元は剥き出しの地面なのだが、よく踏み固められており平らで固い。
ぐるりと倉庫内を見渡したそのハンスの目に、木造の奇妙な箱のような物体が飛び込んできた。
船の形状をしているのだが、舳先から後部まで完全に木材で覆われている。そのため、先の尖った靴にも見えた。出入り口らしい扉が一つと、窓ガラスが幾つか付いているのだが、それ以外は完全に密閉されているようだ。
初めて見る一種異様な物体に、ハンスは大きく首を傾げた。
「なんだ、これは」
「うーん。そうですね。考え方としては、馬車と同じです。人間が中に入り、鳥の魔獣さん達に運んでもらうためのもの、ですね」
「なるほど。馬車か。確かにあのときは、背中に乗せてもらうだけだったからなぁ」
ハンスは、以前行ったピクニックのときのことを思い出して頷いた。
鳥の魔獣の背中に乗って、湖まで遠出したときのことである。そのときに何やかんやあってイツカを拾ってくることになったのだった。丁度暖かい季節で、鳥の魔獣の背に乗り風を受けて飛ぶのは、なかなか気持ちが良かった。
だが、今はようやく春に差しかかったばかりである。
日陰や標高の高いところでは、まだまだ雪が残っているほどだ。
もしただでさえ寒い上空で、防寒の備えもなく風に煽られたら、どうなるか。凍えるだけならまだしも、下手をしたら凍りついて命を落とすことになるかもしれない。
実際、鳥の魔獣達が飛ぶような標高の山では珍しくないことだ。
「しかし、これだけ大きい物をどう運ぶんだ? 流石にここまで大きな鳥は居なかったと思うが」
ハンスの言うとおり、目の前にある木造のソレはかなりの大きさであった。
全長は大人三人分ほどの長さがあり、幅も人間一人が悠々と入るサイズだ。内部はおそらく体を曲げずに立てる高さがあるだろう。
「四羽の鳥の魔獣さんに引っ張ってもらうんですよ。専用の固定具をつけてもらって、前に二羽、後ろに二羽の形ですね」
「試したのか?」
「もう何度か。あとは飛行訓練を重ねていけば。まあ、要するに何度も飛んで、馴れるだけですね」
「なるほど。うーん……」
ハンスは難しそうな顔を作ると、腕を組んで唸った。
ただの妙な形の箱にしか見えなかったが、言われてみれば馬車に見えなくもない。屋根付きの馬車はたいていが四角く、豪華な細工が施されているものが多かった。
そのため、飾り気の一切ない目の前の物体は、どうにも変わって見えてしまう。
「本当は空気抵抗とか考えた方が良いんでしょうけど、どうしてもそういうのは専門の人じゃなくちゃ難しいみたいで。一応模型とか作っていろいろ試してはみたんですけど。素人仕事じゃ高が知れてますよね」
「それは、この箱の形についてなのか?」
「箱って……まあ、箱ですけど。僕達は鳥カゴ、って呼んでます」
「鳥カゴ、か。鳥を入れるのではなく、鳥が運ぶカゴだがな」
妙なネーミングに、ハンスは少し噴き出した。
「空気抵抗か。空を飛ぶのであれば、確かに引っかかりはない方が良いんだろうな」
どうやらハンス達の国でも、空気抵抗などの概念はあるらしかった。
そのおかげで、キョウジもこの鳥カゴを作ってもらう際、説明をスムーズにできたのだ。
「そうなんですよ。そっちの方はもう、ある程度やるだけでごまかすしかありませんが。問題は離着陸のときの衝撃だったんですけどね。これはイツカさんのおかげで簡単に解決しました」
「イツカのおかげというと。ゴーレムか何かか?」
「はい! ちょっと見ててください」
キョウジは楽しそうに鳥カゴへ小走りで近づいて行った。
直ぐ脇に立ち、一度咳払いをする。
そして、声を張り上げた。
「立て! 鳥カゴ一号!」
それに反応し、鳥カゴがゴトンと音を立てた。
底の部分から何かが迫り出し、地面に着く。
丁度昆虫の足のような細い形状のそれが、前部に二本、後部に二本の計四本。
素材が頑丈なのか、問題なく重そうな鳥カゴを持ち上げている。その外観は生物的であったが、木製の奇怪な形の箱に足が生えた物体が生物のはずがないだろう。
「気持ち悪いな」
嫌そうな顔で呟いたその言葉に、ハンスの正直な感想が集約されていた。
キョウジも同意したように、苦笑いを漏らしている。
ハンスがこの光景を見て顔を顰めるだけで済んでいるのは、その正体がイツカの能力が施されたゴーレムだと分かっているからだ。そうでなければ、直ぐに腰の剣を引き抜いている。
「見てのとおり、イツカさんにゴーレム化してもらっています。この四本の足で、離着陸の補助をするんですよ」
「それで、飛び立ちやすくするわけか」
「そうです。ロックハンマー侯爵のところへ行くなら、これを使うと良いですよ」
「ううーむ……」
にっこり笑うキョウジ。
ハンスは腕を組みながら首を傾げた。
ハンスとしては、あまり目立ちたくはない。これだけのものを鳥の魔獣四羽が運ぶとなれば、否が応でも人目を引くだろう。何がしかの戦略兵器に勘違いされるかもしれない。
もっとも、普通に考えれば魔獣そのものが兵器なのだが。
「なんとも、気が進まないんだが」
「上空は寒いですよ? ケンイチさんとミツバちゃんが寒いって言ってたくらいですし。ねぇ、ケンイチさん?」
それまで感心して鳥カゴを眺めていたケンイチが、驚いたように振り向いた。
「おお? おお。寒いなんてもんじゃねぇーぜ、ありゃ。ポンパドールが凍って、ばりっばりになっちまってよぉー」
ポンパドールというのは、ケンイチのおでこの辺りが突き出したような髪型の出っ張った部分のことである。風呂に浸かっていても崩れないその超合金のような髪型が凍りつくというのだから、上空は相当に寒いに違いない。
「ハンスさんは最悪、強化魔法を使えば良いですけど。コウシロウさんはそうもいきませんし」
「まあ、そうだな」
キョウジの言葉にハンスは頷いた。
ハンス一人ならば、身体能力を高める強化魔法でなんとか寒さを凌げるだろう。だが、今回はコウシロウも同行してもらうかもしれないのだ。キョウジには、ここに来る道々そのことを伝えてあった。
「何だかんだいって、コウシロウさんもお歳ですし。まあ、若返ってますけど。イケメンに」
イケメンという部分が若干呪詛を帯びている口調だったが、ハンスはあえて無視した。
モテるとかモテないとかそういう系の話にキョウジがやたら反応するのを、ハンスもよく知っているからだ。
「もてるんですよねぇー、コウシロウさん。かっこいいですもんねー。なんでだろうなー、同じ人間なのに不公平だと思いませんか。ふふふ」
ダークサイドに堕ちかけているキョウジを尻目に、ハンスは改めて唸り声を上げた。いろいろ思うことはあるが、今回はこのぐらい用意しておいた方が良いかもしれない。そう判断し、大きく溜め息を吐いた。
「そうだな……分かった。今回はこれを使わせてもらうとしよう。諸準備、よろしく頼む。どのぐらい荷物を積むかは後で連絡するよ」
「はっ!? あ、はい! 分かりました。快適な空の旅になるように頑張ります。といっても、頑張るのは職人さんですけどね」
正気を取り戻したキョウジは、にこやかに笑って胸を叩いた。
この切り替えの速さは、なかなかのものだ。
「さて。足も決まったし、このままコウシロウ殿のところに行くかな」
「早い方が良いですもんね。今ならお昼も終わって、まだ夜の営業の準備前でしょうし、丁度良いんじゃありませんか?」
今はコウシロウの店も暇な時間帯だ。用件を伝えるにはいいだろう。
「そうだな。ケンイチとキョウジはどうする?」
「僕は、船の調整と、あとお祭りの準備がありますから。あちこち回って来ます」
「俺ぁ、鳥共と空でコロがしてきますわぁ。鳥カゴに慣れねぇといけねぇーでしょうからねぇ」
互いに予定を確認し合うと、三人はそれぞれの目的地へ向かって別れた。
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