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長老との会話
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「これなに?」
なんでこんな紙をあたしに見せてきたのか。全然分からなくて首をかしげた。
「少し前に炎の精霊様の霊祭があったじゃろう? その時に使った祭具を祀るための麻紙じゃ。……切れておるのが分かるか?」
「確かに切れているけど、これを切ったのがうちの家族だっていうの? あの人たちがそんなことするわけないし」
知らない人にまで人がいいのがあたしの家族の特徴だ。祭具を壊してしまったとしたら、黙ってないですぐさま謝っているだろうし、故意にそんなことをする家族だとも到底思えない。一応言っておくけれど、庇ってるわけじゃない。こんな大それたことが出来る家族だったとしたら、困っている人や貧乏人にお金を貸すこともなく、もっといい暮らしができたはずだ。
「しかしそう考えるのが道理であろう、辻褄も合うしの。きっとお前の弟妹が触ってしまったか、祭具に使う鎌で気づかずに触れ、破れてしまったのかもしれぬ。故意ではなかったのだろうが、それでも祭具を祀る時に使うものが乱されては、精霊様もお怒りになるのも不思議ではない。他にお前たち家族のように熱を出して倒れている者がいないことからも明らかじゃ。我らの感覚からすると、成人や婚礼の儀にケチをつけられるようなものじゃからな」
「……それ、最初から分かってたでしょ? なんで言ってくれなかったの?」
ここまではっきりというってことは、最初から――うちの家族が倒れたあたりから予想はついていたはずだ。だというのに、なんで今頃いうのだろう。趣味悪すぎ。原因が分かっていれば、ここまで不安になりながらも看病することはなかっただろうし、その原因を取り除くことも早く出来たはずだった。なのになんで……
そう思いながらもあたしは、弱みを見せたくなくてただただガンをつける。
「それはすまぬ。確証が得られなかったのでな、調べておったのよ。このわしが言うことを、この村のものはどんなことでも信じやすい傾向にあるでな、確証が得られぬことは言えぬのじゃ。勘弁してくれろ」
長老は眉根を伏せて、そう言ってきた。その姿は心から申し訳なさそうに思っているように見える。けれどもあたしは騙されない。老人というのは長生きしている分だけ狡猾だ。心の内では笑っているに違いない。あたしはすぐさまこう切り出す。
「で? そこまでいうなら直す原因は分かっているんでしょ? 早く教えろよ」
「うむ、それなんじゃがな……きっと高熱の原因は炎の精霊様じゃ、呪い自体は炎の精霊様にお詫びの奏上をしたためることで解決するじゃろう。直接届ける方がよいが、この暑さでは炎の精霊様の霊域にたどり着くまでに干からびてしまうじゃろうて、聖火を使って届けるがよかろう。しかしいま罹っている熱を冷ますには別のものが必要じゃ」
「まどろっこしいの嫌いなの、で、その直すのに必要なものはなに?」
「それはな……氷じゃ、聖氷じゃよ」
「聖氷?」
……ちょっと待って、「聖」っていう言葉がついている時点で嫌な予感しかしない。ちなみに長老がいった聖火は、普通には燃えない火で燃え移ることもない火だ。ある特別なことをすることによってのみ、燃え移ることが出来る特別な精霊様が生み出す火。それの氷バージョンってこと?
「そうじゃ、氷の精霊様がお造りになる普通のことでは溶けない聖なる氷、それを食べさせれば治るじゃろう」
「それって王都でバラドやマレカに献上されるやつでしょ!? この辺にもたまに来るけど、そんなのって」
「うむ、手に入るか分からぬ」
「……」
そう、聖氷はとても人気が高いものだ。すぐさま溶けてしまう幻の異物。
聖火は大きさはともかく殆どの村で丁重に保管されるものだ。冬の時期に使われるもので、滅多に消える物ではない。
けれども氷は夏を乗り切る風物詩。王都にいらっしゃる王様と王妃様――すなわちバラドとマレカに献上されて、お二人が召し上がってから、王都から他の地域にも配られることになるとても貴重な氷。一口食べるだけで、そのひと夏は程よい暑さで過ごすこともできると言われるほど、とても健康にいい氷だ。
たくさんの氷を求めて王都に人がわんさか来る。でもものすごく貴重ってわけでもない。今の時期なら王都の飲食店ならどこだって氷を使った商品が売られているはずだ。けれどもいつ手に入れられるか分からないし、いつ食べられるようになるかも分からないっていうのがその氷だった。でもだからこそ、その希少価値と効能でとても人気が高い。
母さんの話では、あたしも小さいころに一回だけ食べたことがあるらしい。小さすぎて覚えてないけどね。
それを手に入れろだなんて、無謀にもほどがある。数はあるけれども、どこにあるか分からない氷を見つけろだなんて、本当冗談じゃない。
他に方法はないの? と訊こうとしたけれども、気づいてしまった。長老の目がいつもに増して本気だということに。長老は老人らしい厭らしさ――老獪さでこちらを翻弄してくるけれど、こういった嘘を言う人じゃあない。
もう悟ってしまった。あたしが氷を見つけるしかないってことに。あたしはため息をついてこう切り出した。
「それで? 聖火は使わせてもらえるの?」
「勿論じゃ。故意にやったことではないと分かっておる。わしの家にある聖火に、謝罪のお手紙をくべるのじゃ。精霊様にもきっと届くであろうよ。それに相応しい用紙はこちらで用意したぞ、今すぐ書け」
「筆貸してくれない? 精霊様相手だし、植物に近い素材で書くのがいいでしょ?」
「勿論用意しておる、わしは一度席を外す。その間に書いておくのだぞ?」
長老はそう言って席を立った。あたしは慣れない高価な筆で一筆したためる。あんまり文字は得意じゃないから、気持ちだけはしっかり込めたつもりだ。
書き終わるのを見計らっているかのように、長老が帰ってきた。その手にはろうそくに移された聖火と、何か紙を数枚を持っているのが分かった。
「この紙と一緒に燃やせば、手紙も届くじゃろう」
「分かった」
どういう原理か知らないけれども、このガラスのように透明な紙と一緒に燃やすといいらしい。あたしは迷いなく謝罪文とその透明な紙を燃やした。
熱いはずの炎だというのに、その炎の近くは少し気温が下がっているような気がする。あたしはパチパチと音を鳴らしながら、燃えていく謝罪文を見つめていた。ちゃんと呪いが溶けますようにと祈りながら。
「うむ、しっかりと燃えたな。さすが精霊様の炎は違うわい、これを見るがよいぞ」
「えっなに?」
長老はもう一つの紙をあたしに渡してきた。それは手書きの地図のようで、その場所ごとに色々と書き込みがなされていた。
「氷を売っていると思われる場所じゃ、王都ばかりになってしまうが、確実に売っている所だとその場所になっての。で、行くか?」
「いくに決まっているじゃないの!」あたしは思わず叫んでいだ。
「うむ、そういうじゃろうと思っていた。だがの、お前家族の看病はどうするつもりじゃ? 」あたしを値踏みするような目で、長老はそう言ってきた。
「あっ」
「やはり考えてはおらんかったな、しかしなわしも王都で買いたいものがあったのよ、それを買ってくるのであれば、こちらでお前の家族の面倒は見てやろうぞ」
「はっ? あたし病人のために行くのに? 不謹慎じゃない?」
言っていることの後半は有難いけれども、その現金な考えが腹立つんだけど!
「お前と家族のために原因を取り除こうと、老体に鞭打ってここまでお膳立てしてやったというのに、お前は何を言うとるんじゃ? ならいいのじゃな? 別に聖氷がなくて困るのはわしじゃないというに」
「ちゃんとそこは感謝してるわよ! ただがめついって思っただけ!」
この厭らしい言い方本当腹が立つ! でも事実だし、こいつが頼れる爺なのは事実だった。それが悔しい。
「うむ、こればかりはな。年を取るというのはそうなるということでもある。心配するな、お前の思いは炎の精霊様にも伝わっておる」
「え?」
「これを見るがいいぞ」
その言葉で聖火を見ると、その炎が白く輝き、その光が瞬く間に大きくなっていくのが分かった。あたしは思わず眩しさから目をつむる。目をつぶってもその白さはあたしのまぶたの裏まで追いかけてきて、白く染め上げた。そして徐々に黒く戻ってくるのを確認して、あたしはパチパチと目を瞬いた。するとそこには今までにないものが転がっていた。
「なにこれ?」
「ふむ、とても珍しいものじゃ。わしも初めて見るぞい」
なんでこんな紙をあたしに見せてきたのか。全然分からなくて首をかしげた。
「少し前に炎の精霊様の霊祭があったじゃろう? その時に使った祭具を祀るための麻紙じゃ。……切れておるのが分かるか?」
「確かに切れているけど、これを切ったのがうちの家族だっていうの? あの人たちがそんなことするわけないし」
知らない人にまで人がいいのがあたしの家族の特徴だ。祭具を壊してしまったとしたら、黙ってないですぐさま謝っているだろうし、故意にそんなことをする家族だとも到底思えない。一応言っておくけれど、庇ってるわけじゃない。こんな大それたことが出来る家族だったとしたら、困っている人や貧乏人にお金を貸すこともなく、もっといい暮らしができたはずだ。
「しかしそう考えるのが道理であろう、辻褄も合うしの。きっとお前の弟妹が触ってしまったか、祭具に使う鎌で気づかずに触れ、破れてしまったのかもしれぬ。故意ではなかったのだろうが、それでも祭具を祀る時に使うものが乱されては、精霊様もお怒りになるのも不思議ではない。他にお前たち家族のように熱を出して倒れている者がいないことからも明らかじゃ。我らの感覚からすると、成人や婚礼の儀にケチをつけられるようなものじゃからな」
「……それ、最初から分かってたでしょ? なんで言ってくれなかったの?」
ここまではっきりというってことは、最初から――うちの家族が倒れたあたりから予想はついていたはずだ。だというのに、なんで今頃いうのだろう。趣味悪すぎ。原因が分かっていれば、ここまで不安になりながらも看病することはなかっただろうし、その原因を取り除くことも早く出来たはずだった。なのになんで……
そう思いながらもあたしは、弱みを見せたくなくてただただガンをつける。
「それはすまぬ。確証が得られなかったのでな、調べておったのよ。このわしが言うことを、この村のものはどんなことでも信じやすい傾向にあるでな、確証が得られぬことは言えぬのじゃ。勘弁してくれろ」
長老は眉根を伏せて、そう言ってきた。その姿は心から申し訳なさそうに思っているように見える。けれどもあたしは騙されない。老人というのは長生きしている分だけ狡猾だ。心の内では笑っているに違いない。あたしはすぐさまこう切り出す。
「で? そこまでいうなら直す原因は分かっているんでしょ? 早く教えろよ」
「うむ、それなんじゃがな……きっと高熱の原因は炎の精霊様じゃ、呪い自体は炎の精霊様にお詫びの奏上をしたためることで解決するじゃろう。直接届ける方がよいが、この暑さでは炎の精霊様の霊域にたどり着くまでに干からびてしまうじゃろうて、聖火を使って届けるがよかろう。しかしいま罹っている熱を冷ますには別のものが必要じゃ」
「まどろっこしいの嫌いなの、で、その直すのに必要なものはなに?」
「それはな……氷じゃ、聖氷じゃよ」
「聖氷?」
……ちょっと待って、「聖」っていう言葉がついている時点で嫌な予感しかしない。ちなみに長老がいった聖火は、普通には燃えない火で燃え移ることもない火だ。ある特別なことをすることによってのみ、燃え移ることが出来る特別な精霊様が生み出す火。それの氷バージョンってこと?
「そうじゃ、氷の精霊様がお造りになる普通のことでは溶けない聖なる氷、それを食べさせれば治るじゃろう」
「それって王都でバラドやマレカに献上されるやつでしょ!? この辺にもたまに来るけど、そんなのって」
「うむ、手に入るか分からぬ」
「……」
そう、聖氷はとても人気が高いものだ。すぐさま溶けてしまう幻の異物。
聖火は大きさはともかく殆どの村で丁重に保管されるものだ。冬の時期に使われるもので、滅多に消える物ではない。
けれども氷は夏を乗り切る風物詩。王都にいらっしゃる王様と王妃様――すなわちバラドとマレカに献上されて、お二人が召し上がってから、王都から他の地域にも配られることになるとても貴重な氷。一口食べるだけで、そのひと夏は程よい暑さで過ごすこともできると言われるほど、とても健康にいい氷だ。
たくさんの氷を求めて王都に人がわんさか来る。でもものすごく貴重ってわけでもない。今の時期なら王都の飲食店ならどこだって氷を使った商品が売られているはずだ。けれどもいつ手に入れられるか分からないし、いつ食べられるようになるかも分からないっていうのがその氷だった。でもだからこそ、その希少価値と効能でとても人気が高い。
母さんの話では、あたしも小さいころに一回だけ食べたことがあるらしい。小さすぎて覚えてないけどね。
それを手に入れろだなんて、無謀にもほどがある。数はあるけれども、どこにあるか分からない氷を見つけろだなんて、本当冗談じゃない。
他に方法はないの? と訊こうとしたけれども、気づいてしまった。長老の目がいつもに増して本気だということに。長老は老人らしい厭らしさ――老獪さでこちらを翻弄してくるけれど、こういった嘘を言う人じゃあない。
もう悟ってしまった。あたしが氷を見つけるしかないってことに。あたしはため息をついてこう切り出した。
「それで? 聖火は使わせてもらえるの?」
「勿論じゃ。故意にやったことではないと分かっておる。わしの家にある聖火に、謝罪のお手紙をくべるのじゃ。精霊様にもきっと届くであろうよ。それに相応しい用紙はこちらで用意したぞ、今すぐ書け」
「筆貸してくれない? 精霊様相手だし、植物に近い素材で書くのがいいでしょ?」
「勿論用意しておる、わしは一度席を外す。その間に書いておくのだぞ?」
長老はそう言って席を立った。あたしは慣れない高価な筆で一筆したためる。あんまり文字は得意じゃないから、気持ちだけはしっかり込めたつもりだ。
書き終わるのを見計らっているかのように、長老が帰ってきた。その手にはろうそくに移された聖火と、何か紙を数枚を持っているのが分かった。
「この紙と一緒に燃やせば、手紙も届くじゃろう」
「分かった」
どういう原理か知らないけれども、このガラスのように透明な紙と一緒に燃やすといいらしい。あたしは迷いなく謝罪文とその透明な紙を燃やした。
熱いはずの炎だというのに、その炎の近くは少し気温が下がっているような気がする。あたしはパチパチと音を鳴らしながら、燃えていく謝罪文を見つめていた。ちゃんと呪いが溶けますようにと祈りながら。
「うむ、しっかりと燃えたな。さすが精霊様の炎は違うわい、これを見るがよいぞ」
「えっなに?」
長老はもう一つの紙をあたしに渡してきた。それは手書きの地図のようで、その場所ごとに色々と書き込みがなされていた。
「氷を売っていると思われる場所じゃ、王都ばかりになってしまうが、確実に売っている所だとその場所になっての。で、行くか?」
「いくに決まっているじゃないの!」あたしは思わず叫んでいだ。
「うむ、そういうじゃろうと思っていた。だがの、お前家族の看病はどうするつもりじゃ? 」あたしを値踏みするような目で、長老はそう言ってきた。
「あっ」
「やはり考えてはおらんかったな、しかしなわしも王都で買いたいものがあったのよ、それを買ってくるのであれば、こちらでお前の家族の面倒は見てやろうぞ」
「はっ? あたし病人のために行くのに? 不謹慎じゃない?」
言っていることの後半は有難いけれども、その現金な考えが腹立つんだけど!
「お前と家族のために原因を取り除こうと、老体に鞭打ってここまでお膳立てしてやったというのに、お前は何を言うとるんじゃ? ならいいのじゃな? 別に聖氷がなくて困るのはわしじゃないというに」
「ちゃんとそこは感謝してるわよ! ただがめついって思っただけ!」
この厭らしい言い方本当腹が立つ! でも事実だし、こいつが頼れる爺なのは事実だった。それが悔しい。
「うむ、こればかりはな。年を取るというのはそうなるということでもある。心配するな、お前の思いは炎の精霊様にも伝わっておる」
「え?」
「これを見るがいいぞ」
その言葉で聖火を見ると、その炎が白く輝き、その光が瞬く間に大きくなっていくのが分かった。あたしは思わず眩しさから目をつむる。目をつぶってもその白さはあたしのまぶたの裏まで追いかけてきて、白く染め上げた。そして徐々に黒く戻ってくるのを確認して、あたしはパチパチと目を瞬いた。するとそこには今までにないものが転がっていた。
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