大暑の救援人―涼を作り出す妖精―【イルケマラム建国記番外】

水銀(みずかね)あんじゅ

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霊異物と王城と女中とあたし

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 それはあたしの手のひらに収まる程度の大きさの、透明な正二十面体の物体だ。あたしは惹かれるように手に取ってみる。それはとても冷たくて、炎の中から出てきたとは思えないものだった。

「ふむ、なるほど。そういうことじゃったか……ワルダよ」
「なに?」いきなりあたしの名前を読んだ長老にまたまた嫌な予感を覚えながらも、あたしは反応した。
「この霊異物を、王城に届けるがよいぞ。このように現れた霊異物は、王であるバラドに献上する決まりでな、あちらで管理するにふさわしいものじゃろうて」
「ちょっとまってよ!」

 王都に行くのと王城に行くのとでは全く違う。王都にお使いに行くって話から、なんでここまで大事になるわけ? 王城っていったら、偉い人たちがひしめいているやばい所ジャン! 今の言い分だと貴重なものを献上しろって意味だろうし、絶対偉い人に会わなきゃダメなやつでしょ? 粗相しないか心配なんだけど。礼儀作法なんてわからないのに。

「王城へ使者として赴けば氷の一つや二つは手に入るであろうからな、お前さんにはうってつけだとは思わぬか?」 
「た、確かにそうだけど」

 きっと王城なら氷なんてそこらじゅうに転がっているだろうとは思う。王城ではどんな人でも丁重にもてなされるって話だし。でもいま使者って言ったでしょ? そんなこと出来るわけないってのに……でも一番聖氷が手に入りそうなのが確実なのは王城だってこと、あたしにもよく分かる。

「そうなれば、こちらでももっと便宜を図ってやれるぞ? すぐに王都へお前を送ってやれるし、使者だからいい服も買ってやれるんじゃがな」
「でもあたし礼儀作法なんて知らないし!」
「このルノフェの村からの使者じゃからな、別に失礼な言動をしなければ怒られることはない、安心するがよいぞ」
「でも……」

 万が一王城で粗相をしてお偉いさんの耳から、バラドの耳にまでは言ったら大変だ。この星の王様はすごく優しいけれど、すごく怖いって評判だ。いや、優しいって評判の話が流れてくるのといっしょに、同じくらい怖い話が流れ込んでくるのがこの星の王様だ。

 どうなるかだなんて想像するだけでもたまったもんじゃないのに!

「帰りは好きな時に帰ってくるがいい。勿論霊具ですぐに帰ってくれるようにしよう。先ほども言ったが家族のことはこちらで見てやるでな、安心せい」

 この老獪な長老にそこまで言わせて、やっぱりやめるってことは出来ない。なにせ家族が苦しんでいる姿を見せられるような生活をこれ以上したくないし。

 ……もうここに来た時点でやることは決まっていたみたいなもんよね。

「分かった! 嵌められている気がするけど、行ってくるわよ! いきゃあいいんでしょ!? その代わり家族のことは頼むわよ!」
「うむ、気をつけてな」

 あたしは口車に乗せられるように、王城へ向かうことになった。といっても、霊具を使ってパパッと行かせてもらえるみたいだから一瞬だけど。まぁ村と王都のある地域は同じアルハルクだから一瞬なんだろうと思う。本当なら二週間はかかるから。
 王城への献上品があるから、そんな不思議なことをさせてもらえるのだ。あたしは何か嫌な予感を感じながらも、霊具を握りしめて目をつむった。

 空気が変わったのを肌で感じた。熱いのは変わらないけれども、どこか違うといった感じだ。……なんていうか活気が違うって感じ。
 あたしは周囲を見渡して、本当に王都のアルハルクに来たんだなって思った。あたしの目には様々な鮮やかな建物が目に飛び込んでいる。
 それはいいけど、なんていうか色々とズルい! なんでこんなに早く来れちゃったんだろ。嬉しいけれどもなんというか複雑。前来た時はすごく大変だったからなおのことイラつく。ここはどこなんだろう? いや、王城なんだろうけど。

 あたしが間抜けに高級感がある建物と建物をつなぐの渡り廊下? に突っ立っていると、パタパタという足音が聞こえてきて、音が近づいてきて、止まったのが分かった。
 あたしは反射的にそちらに振りかえった。

 するとそこにはどうみても女中って感じの、十代くらいのあたしとあんまり変わらない子がいた。
 その子は丸襟の白ブラウスに、紺色のベストと灰色のくるぶしまでのスカートを身にまとっている。そしてそこにエプロンを身に着けていた。そしてこの星ではよく見かける長い黒髪――っていっても、すごく手入れされていそうで、あたしとは比べものにならないくらい艶々だ――を耳の下で細い紺のリボンで二つに分けて結っていた。スカートと同じ色の三角巾を頭にかぶっているのが、何故か印象的だった。

「こんな所に呼んでしまってごめんなさい。ワルダ様でいらっしゃいますか?」
「あ、はい」
「お待たせいたしました。こちらに来てくださいませ」

 あたしはご丁寧なあいさつとお辞儀をもらってその女中さんに連れられ、とある部屋に通された。少しお待ちいただけますか? と言われてあたしは反射的にうなづくと、退屈しのぎに何の気なしに内装を眺める。
 その部屋は先ほどまで通ってきた、アラビア模様のタイルが彩っている外観とは裏腹に、落ち着いた無地の壁が印象的だった。さすがに贅を尽くされた王城でも落ち着く場所ってあるんだなーと不思議な気持ちになる。といってもあたしが座っている草木模様の布が張ってある椅子も、結構いいお値段なんだろうけれど。

「お待たせいたしました」

 先程の女中さんが、にっこりとあたしに微笑みかけながら入ってくる。あたしは思わずその微笑みに見とれてしまう。
 別に女中さん自身は絶世の美女というわけではないんだけれども、なんていうか働く女性の美しさっていうものが出ている感じで、素直にこんな女性になりたいと憧れてしまう感じの人だ。

 あんまり年齢が変わらないのに不思議。王城で働けばみんなこうなるの? そうならヤバい。

 女中さんがあたしの机を挟んだ向かいに座る。てっきりあたしはここでお偉いさんが来るのだと思っていたので、なんだか安心するのと同時に拍子抜けしてしまった。
 ここにこの女中さんが座ったってことは、この人とお話すればいいわけ? あたしが口を開こうとすると、それを読んだかのように、女中さんがこういってきた。

「申し訳ございません。本来はわたくしの主がお伺いする予定だったのですが、急用が入ってしまったので、わたくしがお伺いさせて頂きます。申しおくれました、わたくしはルルと申します」

 丁寧に頭を下げて謝罪をされた。でもあたしはお偉いさんに会う必要がなくてちょっと安心した。

「いえ、こちらが急に参上しましたし……」敬語の使い方がよく分からなくて、あたしは口ごもってしまう。これでいいわけ? あたしの不安な気持ちを払拭するかのように、女中さんはまたにっこりと笑ってくれた。

「こちらの手紙をうちの長老から預かってきました。読んでいただけると嬉しいです」

 あたしは長老がしたためた手紙を渡した。女中さんはその場で読み始める。さらりと目を通して手紙を閉じると、女中さんはあたしに視線を向けた。

「霊異物と思われるものを持ってきてくださったと伺いましたが、それはどちらに?」
「これです」

 あたしは霊異物らしい、あの炎の精霊様の炎から出てきた、不思議な透明な二十面体が入った箱を置いた。女中さんはそれを手に取って、すぐさま開けた。

「なるほど、これは……担当の記録所員に見せることにいたしますね」

 女中さんが目を細めてそういうと、すぐに箱をしまった。あたしはその表情が引っ掛かった。あんな一瞬で何か分かったわけ? ここは女中さんまで化け物じみてるってわけ? あたしは怪訝な顔になりそうなのを慌てて取り繕った。一応村の代表だし、ヤバい。長老に怒られたくないし。

「実はお詫びしなければならないことがあるんです、謝礼の件なんですが、実は本当に先程、聖氷が無くなってしまって」
「へっ?」

 人間って驚きすぎると、こんな変な声しか出ないんだなって、頭の片隅のあたしが呟いたのが分かった。
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