大暑の救援人―涼を作り出す妖精―【イルケマラム建国記番外】

水銀(みずかね)あんじゅ

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聖なる氷と妖精さがし

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「申し訳ございません。今年はどこでも暑さが昨年よりもひどくて……聖氷の消費量が桁違いなのです。氷の精霊様の恩恵を受けている地域の予備の聖氷ももう、底を尽きておりまして……」
「そんな……」
「ですので、」
「っていうか、あたし来たばっかりなのに、そんなことありえるの? ついさっき王都には氷があるって聞いたばっかりなのに、そんなすぐになくなる?」

 頭では拙いって分かっているのに、あたしの口は止まることを知らなかった。さすがに拙いでしょ! って思っているのに、日ごろの言動ってこんなところで出るってこういうことかー って他人事になりたい気分を抑えて、なんとか口を閉じようとする。

「申し訳ございません、今年は炎の精霊様のお力が強い年なのです。それを見越して聖氷は作って頂いておりましたが、予想をはるかに上回ってしまい……」
「それマジ困るんだけど。うちの家族ずっとうわ言ばっかりで、あたしももう看病やってらんないし、本当どうにかならないの? 聖氷を食べるしかないって聞いたのに、ずっとこのままなわけ? ずっと家族に生き地獄を味わえってあたしから言えっていうの!?」

 ダメだ。女中さんの申し訳なさそうな顔を見れば見るほど、頭に血が上っていくのが分かる。別にこの人を責めたって氷が出てくるわけじゃない。でもそう思えば思うほど、家族の苦しんでいる姿が頭によぎって、胸が苦しくなる。その苦しさの分だけ言葉が漏れて、もうどうしようもなかった。

「落ち着いてくださいませ、ワルダ様」
「落ち着けって!? どう落ち着けっていうのよ! あんたの家族が同じ目に遭っても言えるわけ!?」

 その苦しさが頂点に達し、思わずあたしは立ち上がっていた。そのときあたしの目はふと女中さん――ルルさんと目が合う。ルルさんの目が、あたしを真っ直ぐと射抜いていた。

「方法がございます。聖氷は今はないだけです。お時間は頂きますが、お待ちいただくときに凌ぐ術は整えてあります。普通の氷ではありますが先ほどワルダ様のご家族あてに、氷をお送りさせていただきました」

 ルルさんの声があたしの頭のいらない熱――怒りを奪っていくのが分かった。

「……それ先にいってよ」
「申し訳ございません」
「で、今はないってどういうこと?」

 あたしは自分の丁寧な口調が崩れたことにも気づかずに、尋ねる。

「今はないのです。ですが、毎年聖氷はなくなるものです。毎年作っているものですから、今年は二回作ればいいだけの話です」
「でもこんな暑いのに聖氷なんて作れるわけ?」
「それなのですが、製氷のための人員がいなくて困っていたのです。しかしワルダ様は聖氷を所望していらっしゃる。そこでお願いがございます。申し訳ございませんが、できればこの聖氷作りにご協力いただきたいのです」
「はい?」

 ちょっとまって、この感じ長老の所でもあった気がするンだけど。

「聖氷作り以前に、この暑さでは活動するにも限界があります。けれども炎の精霊様を祀られているワルダ様の村のご出身の方たちは、暑さに他の地人達よりも耐性がありますし、霊具をお持ちのワルダ様ならば、そのご加護を十分に引き出せるはずです。暑さの耐性を霊具でつけて頂いて、氷の妖精を連れてきていただきたいのです。氷の妖精を連れてきていただきさえすれば、この暑い中でも聖氷を生み出すことが出来ますから」
「あたしに聖氷作りを手伝えって訳?」
「勿論命令ではございません。我が主からのお願いでございます。勿論ご家族の分――いえ、ルノフェの村の皆さんの分の聖氷をお渡ししますし、他にも別の報酬は勿論お渡ししますし、こちらに滞在なさっている間は、ワルダ様のお世話もさせて頂きます。長老には氷を運ばさせて頂いたときに、説明させていただいております」

 ルルさんはにっこりとほほ笑んで頭を下げた。その姿はとても堂に入っていて、女中なのに有無を言わさぬ迫力があった。……女中なのにね。

「ふぅん、まっいいけど、ひとつ教えてくれない?」
「なんでしょうか?」
「……この霊具の使い方あたし知らないんだけど」
「受けてくださるのですね! 有難うございます。ワルダ様!」

 そんなこんなで妖精を捕まえることになったんだけど、これがまた面倒そう。この炎天下にどこに居るかもわからない氷の精霊を捕まえろって無茶振りじゃね? 普通に考えてさ。だって暑いの苦手そうじゃん。あたしたち人間よりさ。って思ったんだけど、それは意外にも難なく解決した。
 なんでも元々ある祠に氷の精霊や妖精が好みそうなものを用意しておいたらしい。そう言ったものを安置した祠を確認してきてほしいというのが依頼だった。なら早く捕まえればいいじゃんって思ったんだけど、氷の供給に人が割かれたり、その忙しさで寝込む人が増えてそれどころじゃなかったらしい。あたしは霊具を作動させて、暑さを感じなくさせると、祠に向かうことにした。

 あたしは難なく祠に着いた。祠の周囲には人がいて、暑さが収まるように祈願している老女がいた。あたしはそのおばあちゃんが倒れないか気になりながらも、祠に入っていった。
 祠の中は小奇麗だった。きっとこの地域の人が日頃から清掃しているんだろうなって感じ。ここまで来たのはいいけれども、断っておくけれどもあたしには妖精が見えるわけじゃない。この使わせてもらっている霊具は、熱さを調整することは出来ても、妖精や精霊が見えるようになる力があるわけじゃないのだ。じゃあどうすればいいのか。

 あたしはここに来る前に買っておいた、樹脂香を取り出した。香炉を取り出して樹脂香を置く。そしてそこに聖別油を垂らした。そして霊具で火をともしてお香に付けた。
 このやり方は妖精や精霊にどうしても対話したいときに用いられるやり方だ。滅多なことではやらないし、あたしもやったことは初めてだ。それにこれをやったとしても応答をくれるかどうかは相手次第だ。
 この香炉のお香がこの祠全体に充満するまで、これを続けて瞑想するのが一連の精霊や妖精の呼び出し方だ。といってもごく普通の人間が出来るやり方ではってことだけどね。

 あたしは祠の中央で胡坐をかいて、瞑想した。パチパチという音とともに、樹脂香と聖別油が混ざったお香の煙が充満していく。あたしも息が苦しくなって、意識が朦朧としてきた。
 いつまでやればいいわけ? よく分かんないんだよね。あたしは流石にここで気を失ったら笑いものになると思って、お香と留めようとしたその時――直接頭の中で声がした。

「くっ、くるしい……」
「あっ、妖精様ですか、初めまして」
「この煙やめてよーったら! 益々暑苦しいよー」

 言葉にもなっていない叫びを聞いたあたしは意外に思った。
 えっ、知らなかったけど、もしかして苦しいからあたしたちに反応するの? これ妖精にも苦しいんだ…… あたしは少し申し訳ないなと思った。

「お願いがあってきたんですけど」
「いやーいやいやー」
「出来れば王城へ来ていただきたいのです」
「いやー」

 駄々っ子みたいに妖精は、全然話を聞く素振りすら見せない。こちらとしては姿が見えないので、煙から遠ざけようにもどうすればいいか分からない。

「どちらにいらっしゃるんですか?」
「ここーここにいるのー」
「姿が見えないんでそれだと分からないんですけど」
「ここだってばー」
「だから分かんないし……」

 あたしは思わず素になりながらふと視線を手元に向けると、少しでも涼むためにうちわを持っていたことを思い出した。
 あたしはすかさずそのうちわで辺り一面をあおいだ。すると煙が割れてあたしの方に向かってきた。思わずせき込みながらもあたしはあおぐのを止めずにつづけた。

「すずしー」

 妖精の声が聞こえたと思ったあたしは、うちわを振るのをやめた。けれども煙はいまだに充満している。とは言っても振る前よりは薄くなっている。あたしはこの分だと煙が消えるのは後になるだろうと思って、お香の火を消した。

「もっとあおいでよー」
「いや、だからどこにいるかわかんないし、それより王城にいけばもっと涼しいんじゃないですか?」
「それって札があるからってこと? 僕たち働きたくないよーそれでなくてもみんな今年はすっごく働かなきゃいけないんだよ、君たちの王様がうるさくてうるさくて、僕たちただ働きばっかりさせられるんだから」

 うん? ちょっと待てよ。バラドがうるさいっていうんなら、これ結構大変ジャン? 王城に連れて行くの結構むずいぞ? あたしの脳裏にはにこにこと笑っていた女中さん――ルルさんの笑顔がほんわかと浮かんだ。
「苦情はご本人に仰ってください、あたしは連れてくれ欲しいって言われただけなんですよ。女中のルルさんに」

 本当はもっと偉い人なんだろうけれど、あたしはその辺のことは知らないし、言われても困るのだった。ご本人通しでけりつけてくださいよ。ホント。

「うん? いまルルっていったの? ルルがよんでるの?」
「えっ、あっはい」
「ルルならいいかな、優しいしね」

 その言葉といっしょに、あたしの目の前にふよふよを蛍みたいな光が漂っているのが分かった。そしてそこから声が聞こえることも。きっとこの光が妖精なんだろう。

「じゃあ、みんな連れてくるから待っててね、あの怖い王様に捕まるなら、ルルについていった方がいいもん」

 光が――妖精が祠を離れていくのが見えた。

 ……ルルさん妖精に人気なんだ、妖精係とかなのか?

 あたしが待っているという感覚を覚えるよりも早く、妖精は帰ってきた。光がスイカみたいな大きさになっている。きっと人員が増えたからだろうけれど、なんていうか光る団子みたいでシュールだ。

「じゃあ行こうか!」
「えっ、はい」

 有難い妖精様に、なんでそんなに乗り気になったんですか? と聞けるはずもなく、あたしは妖精様ご一行と共に、王城へ戻ることにした。
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